筋トレ後の吐き気やその他の消化管症状のメカニズムと対処法を知っておこう!
筋トレの後に「吐き気がする」や「お腹の調子が悪くなる」といった症状に関する相談を受けることがあります。
このような筋トレ後の体調不良の原因として、ネット上では酸欠や脱水症状、睡眠不足や消化不良などが挙げられています。これらは確かに原因となることがありますが、最新のスポーツ科学では、筋トレ後の体調不良の主な原因が明らかにされています。
今回は、筋トレによって吐き気などの体調不良が生じる科学的なメカニズムとその対処法について、最新の研究報告をご紹介しながら考察していきましょう。
◆ 食後に運動するとお腹が痛くなる理由
食事をしてすぐに走るとお腹が痛くなることをよく経験します。
私たちが食事をすると、食べたものは胃で消化され、その後小腸で栄養が吸収されます。もし消化管の機能が何らかの原因で低下すれば、消化吸収能力も同様に低下し、結果として吐き気や嘔吐、腹痛などの症状が生じることがあります。
消化管の効率的な機能には「十分な血液量」が不可欠です。
しかし、運動をすると筋肉に血液が集中し、消化管への血液供給が減少します。実際、高強度の運動を開始してから10分以内に、腸の血流が50%以上も減少し、重度の虚血状態が生じることが報告されています(van Wijck K, 2011)。
この状態が続くと、虚血によって腸の上皮細胞に炎症が生じ、損傷を受けることがあります。さらに、虚血は腸のバリア機能を弱め、通常は取り込まれない細菌やタンパク質が血中に侵入し、様々な免疫応答を引き起こします(Chantler S, 2021)。
運動によって腸への血液供給が不十分になると、虚血状態による腸の機能不全が生じ、それが運動中や運動後の吐き気や嘔吐、左腹部痛などの消化管症状を引き起こすと考えられています。
特にランニングやマラソンなどの持久性アスリートの間では、60~93%という高い割合で消化管症状が報告されています(Peters HP, 1999)。
そして、筋トレにおいても消化管症状が生じることが、最新の研究によって確認されているのです。
◆ 筋トレでも消化管の機能不全が生じる
2022年、リップスコーン大学のHartらは、筋トレによる消化管症状の有無とそのメカニズムを調査した結果を報告しました。
対象となった筋トレ経験者(経験年数平均6.3±3.9年)は、スクワット、デッドリフト、レッグエクステンションなどの多関節エクササイズ(コンパウンドトレーニング)を、中から高強度(最大筋力の70%)で10回4セット実施しました。
トレーニング前後および60分後には吐き気や腹痛などの消化管症状に関するアンケートが行われ、血液サンプルからは腸の上皮細胞の障害マーカー(I-FABP)、腸の透過性(L/R比)が測定されました。
その結果、被験者の70%に少なくとも1つの消化管症状が認められ、最も多く報告された症状は吐き気(63.3%)、次いで嘔吐(33.3%)、急な便意(23.3%)でした。男女間で症状の発症率に有意な差は見られませんでした。
腸の上皮細胞障害マーカー(I-FABP)は、全体として増加傾向にあり、特に男性では有意な増加が認められましたが、女性では有意差は見られませんでした。
腸の透過性(L/R比)も全体で有意に増加し、男性では有意な増加が、女性では増加傾向が見られました。
また、腸の上皮細胞の障害の程度とトレーニング強度の間に中程度から高い相関関係(r = 0.599)が認められました。
これらの結果から、筋トレを行うトレーニーの約70%が吐き気などの消化管症状を経験しており、原因としては腸の上皮細胞の障害や透過性の増加が挙げられます。また、これらの消化管症状はトレーニング強度が高まるにつれて増加する可能性が示唆されています。
筋トレにおいても、持久性トレーニングなどと同じように、腸などの消化管に負担が生じ、吐き気などの消化管症状を誘発する可能性が示唆されたのです。
さらに、筋トレによる腸への悪影響は、ランニングなどの持久性トレーニングには認められない特殊なメカニズムがあることも明らかになってきました。
◆ 筋トレによる腹腔内圧の上昇が消化管を圧迫する
筋トレは他の運動に比べて、特に腸への圧力が生じやすいとされています。
この圧力は「腹腔内圧」と呼ばれます。
スクワットやデッドリフトなどのリフティング動作では、体幹の安定性が非常に重要です。
例えば、ショベルカーが重たい土をすくい上げる際、シャフトの硬さ(剛性)が力を伝達する上で重要です。もしシャフトが曲がってしまうと、土を効率的にすくい上げることはできません。
スクワットやデッドリフトでもこの原理が当てはまります。リフティング動作では、大殿筋やハムストリングスなどの股関節を伸ばす筋肉がモーターの役割を果たします。この力を効果的に伝達するためには、体幹の剛性が重要となります。
リフティング動作時、背筋群(脊柱起立筋や広背筋など)は収縮して体幹の剛性を高めます。また、横隔膜や腹直筋、内外腹斜筋などの腹筋群も収縮し、腹腔内圧を増加させ、体幹の安定性を高めます。
この背筋群と腹筋群の協働によって体幹の剛性が高まり、リフティング動作が効率的に行えるようになります。
しかし、腹腔内圧の上昇は体幹の剛性を高めるだけでなく、消化管(胃や腸など)に圧迫を加えることになります。
特にバーベルを持ち上げる際の腹腔内圧の上昇は大きく、腸を圧迫し、虚血状態を引き起こし、腸の機能不全を引き起こす可能性があります。
セット間のインターバルでは、腹腔内圧は元のレベルに戻り、腸への血流が急速に戻ります。この血流の急激な変化が、吐き気の感覚や腸の上皮細胞の損傷を悪化させる可能性があります(van Wijck K, 2012)。
このように、リフティング動作による腹腔内圧の上昇と低下は、腸の虚血と再灌流を引き起こし、腸の機能不全を促進する要因となるのです。
◆ 対処法を知っておこう!
筋トレ中にどのようなトレーニングが腹腔内圧を高めるかを調べたのは、プラハ・カレル大学のBlazekらです。
Blazekらは、高強度(最大筋力の80%)での筋トレ種目が腹腔内圧に与える影響について、16件の研究報告を基にシステマティックレビューを実施しました。
その結果、スクワットが腹腔内圧を最も高めるトレーニングであることが明らかになりました。デッドリフト、ローイング、レッグプレスも腹腔内圧を高めることが示されました。一方で、ベンチプレスは腹腔内圧が最も低いトレーニングであることが判明しました。
スクワットやデッドリフトなど、体幹の剛性を高めるトレーニングは腹腔内圧を高めやすく、ローイングやレッグプレスのような体幹を安定させる多関節トレーニングでも同様です。対照的に、臥位で行うベンチプレスでは腹腔内圧が低く、スクワットの約3分の1程度です。
筋トレ後に消化管症状が生じるメカニズムは、腹腔内圧の上昇と低下による虚血と再灌流が繰り返されることに起因します。特にスクワットやデッドリフト、レッグプレスなどのリフティング動作や脚の多関節トレーニングを行うと、腸の機能不全が促進され、吐き気や下痢、食欲低下、気分不良などの消化管症状が生じやすくなります。
では、どのように対処すれば良いのでしょうか?
まずは、筋トレは消化管の機能不全を生じさせやすいという前提から、筋トレ直前の消化しにくい固形物の摂取は控えたほうが良いでしょう。
筋トレしたあとに吐き気などの消化管症状が生じやすい場合は、その日のトレーニングメニューを見返して、腹腔内圧が高まりやすいトレーニングが多く含まれていないか確認してみましょう。
もし、スクワットやレッグプレスなどの腹腔内圧を高めるトレーニングを連続して行っているのであれば、間に負荷を減らしたセットを取り入れたり、レッグエクステンションなどの単関節トレーニング(アイソレーション)やベンチプレスのような腕のトレーニングを入れることによって消化管を休ませるメニューを組んでみても良いかもしれません。
また、筋トレ後の1時間は腸の機能不全が残存するため消化吸収能力が低下することが報告されています(van Wijck K, 2013)。そのため、筋トレ後に消化管症状が生じやすい場合は、筋トレ後から十分な時間をおいて食事を摂取したほうが良いでしょう。
ただし、筋トレ直後は筋肥大に効果的なタンパク質摂取のゴールデンタイムでもあるため、消化吸収しやすいプロテインなどの食品からタンパク質を摂取することが望ましいです。
◆ 筋トレの科学シリーズ
シリーズ1:筋肉を増やすための「タンパク質摂取のメカニズム」を理解しよう!
シリーズ2:筋トレ後に摂るべき「タンパク質の摂取量」のエビデンスまとめ
シリーズ3:筋トレ後のタンパク質摂取は「24時間」を意識するべき理由
シリーズ4:筋トレの効果を最大にする「タンパク質の摂取タイミング」のエビデンスまとめ
シリーズ5:筋トレの効果を最大にするタンパク質の摂取パターンを知っておこう!
シリーズ6:睡眠前のタンパク質の摂取が筋トレの効果を最大化させる最新エビデンス
シリーズ7:筋トレするなら「タンパク質の摂取と腎臓結石のリスク」について知っておこう!
シリーズ8:筋トレ前の静的ストレッチは筋力増強の効果を低下させる最新エビデンス
シリーズ9:筋トレの効果を最大化するトレーニング要素の最新エビデンス
シリーズ10:筋トレの効果を最大化する「トレーニングの順番」を知っておこう!
シリーズ11:コーヒーブレイクが筋トレのパフォーマンスを高める最新エビデンス
シリーズ12:筋トレするなら「フルレンジ」が効果的という最新エビデンス
シリーズ13:筋トレ後にタンパク質と炭水化物(糖質)を摂取しても筋肥大の効果はアップしない
シリーズ14:筋トレには「ぽっこりお腹を引き締める」効果がある!?
シリーズ15:科学が明らかにした「モテるボディの絶対条件」を知っておこう!
シリーズ16:筋トレによる筋肥大と脂肪の減少効果を最大にする「プロテインの摂取タイミング」を知っておこう!
シリーズ17:ダイエットでやるべき「筋トレの方法論」を知っておこう!
シリーズ18:筋トレで筋肥大の効果を最大化するには疲労困憊まで追い込むべきか?
シリーズ19:筋トレ前の炭水化物(糖質)の摂取は必要ない?
シリーズ20:タンパク質の摂取は「筋トレの前と後」のどちらが効果的?
シリーズ21:筋トレのトレーニング強度と筋肥大の関係について知っておこう!
シリーズ22:筋トレによる筋肥大の効果は「週のトレーニング量」で決まる!
シリーズ23:筋トレに役立つ「オメガ3」の効果と摂取タイミングを知っておこう!
シリーズ24:筋力を増強させる最低限のトレーニング量を知っておこう!
シリーズ25:筋トレ後の吐き気やその他の消化管症状のメカニズムと対処法を知っておこう!
◆ 参考文献
van Wijck K, et al. Exercise-induced splanchnic hypoperfusion results in gut dysfunction in healthy men. PLoS One. 2011;6(7):e22366.
Chantler S, et al. The Effects of Exercise on Indirect Markers of Gut Damage and Permeability: A Systematic Review and Meta-analysis. Sports Med. 2021 Jan;51(1):113-124.
Peters HP, et al. Gastrointestinal symptoms in long-distance runners, cyclists, and triathletes: prevalence, medication, and etiology. Am J Gastroenterol. 1999 Jun;94(6):1570-81.
Hart TL, et al. Resistance Exercise Increases Gastrointestinal Symptoms, Markers of Gut Permeability, and Damage in Resistance-trained Adults. Med Sci Sports Exerc. 2022 May 25.
van Wijck K, et al. Physiology and pathophysiology of splanchnic hypoperfusion and intestinal injury during exercise: strategies for evaluation and prevention. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol. 2012 Jul 15;303(2):G155-68.
Blazek D, et al. Systematic review of intra-abdominal and intrathoracic pressures initiated by the Valsalva manoeuvre during high-intensity resistance exercises. Biol Sport. 2019 Dec;36(4):373-386.
van Wijck K, et al. Dietary protein digestion and absorption are impaired during acute postexercise recovery in young men. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol. 2013 Mar 1;304(5):R356-61.
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