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脳卒中片麻痺者に対する装具療法

こんにちは。理学療法士のまじぃです。

先日、理学療法学でシリーズ「脳卒中重度片麻痺者の歩行再建を図る理学療法技術の進歩」ということで連載が始まりました。

第1回は阿部浩明氏が急性期の理学療法ということで、歩行に関連する神経機構、歩行様式による筋活動の変化、長下肢装具を用いたトレーニングの効果などを紹介されています。

私自身、現在はいわゆる生活期を対象に関わるため装具を用いたトレーニングを行う機会はあまりありませんが、回復期勤務の頃は装具を積極的に使用していた時期がありました。

そんな経験から、装具についての考え方を紹介したいと思います。


この記事の対象

・装具にあまり触れたことのない若手療法士や学生さん

・急性期や回復期の脳卒中者さんと関わる機会のある療法士

・利用者さんの装具をどう扱って良いかわからない生活期で勤務する療法士

・患者さん/利用者さんに「装具なしで歩けるようになりたい」と言われ、どうして良いかわからない療法士


治療用装具と更生用装具

装具療法の考え方には大きく2つあり、治療用装具更生用装具があります。

勘違いしないように注意したいのが、装具の種類によって治療用・更生用のどちらかに分類されるのではなく、使用する目的によって分けられるということです。

治療用装具はその名の通り、治療に用いる装具のことで、動く関節の数やその範囲を制限もしくは誘導することで、歩行練習の中で目指す歩行様式や狙った筋活動を引きだそうといった目的で使用されます。

生活の中で使用するのは現実的でない長下肢装具(LLB、KAFO)なんかが代表的だと思います。

一方、更生用装具というのは、残存した機能不全を補い、生活における歩行などの手助けをすることを目的とした装具です。

プラスチック製の短下肢装具(オルトップ、SHB)なんかが使われることが多いですね。

例えば両側支柱付きの短下肢装具なんかは、回復期入院中は治療用装具として処方され、退院後にはそれをそのまま更生用装具として使用する、なんてことも実際に有ると思います。

また、入院中には治療用装具として長下肢装具が処方され、機能向上に合わせてカットダウンされ、退院時期には更生用装具としてプラスチック製の短下肢装具が処方される、なんてことも多いです。


装具のメリット

回復期病院に勤務していた頃、まだまだ装具療法(特に治療用装具としての長下肢装具)は一般的に行われる方法ではありませんでした。

そんな中、先輩や主治医を説得して長下肢装具を(医師に)処方してもらったり、リハ室の備品としてモジュラータイプの長下肢装具を購入してもらうなど、積極的に装具の使用を推し進めた経験があります。

もちろん、装具療法にはそれだけのメリットがあるからです。

それは、関節の動きを制限もしくは誘導して、より適切な歩行様式と姿勢制御を促すことができるということです。

歩行というのは立脚期だけに絞っても、接地した足底の上で足関節が背屈していき、下腿が前傾していく中で膝が曲がってしまわないように膝伸展をキープし、それによって前方へ移動していく大腿骨とその上の骨盤・体幹を制御するための股関節を適切に制御し…といった、多くの関節の細かい制御が必要となります。

歩行に関連する全ての関節(つまり全身の全ての関節)をセラピストの手でコントロールするというのは無理があります。

装具を適切に使用することで、脳卒中片麻痺や機能障害の程度に合わせた難易度の課題(歩行練習や姿勢制御練習)を設定することが可能になり、脳卒中片麻痺者の運動学習を促すことができます。


装具のデメリット

装具を使用することにはいくつかデメリットもあります。

一つは、関節の動きを止めてしまうということです。

「いや、さっきメリットって言ってたじゃん」と思われるかもしれませんが、これはメリットにもデメリットにもなります。

ヒトは歩くとき、遊脚と立脚を繰り返します。

『Double knee action』という言葉があるように、遊脚と立脚のそれぞれで膝は屈曲します。

例えば長下肢装具を装着して膝を伸展位にロックしていると、当然膝を曲げることはできません。

これはつまり、『Double knee action』を制限しているということになります。

本人は自然な動きの中で膝を曲げようとしているのに、装具がそれを止めてしまっているわけです。

これは本人にとっては動きづらさでしかないですね。

もう一つは、装具に頼ってしまいがちということです。

ヒトは体の内部に骨格を持ち、その周りにある筋肉で動いたり支えたりします。

カニなどの甲殻類は外骨格を持ち、ヒトで言う骨が体の外側にあるような構造をしています。

装具はこの外骨格として利用可能なため、自身の骨と筋肉で支えるのではなく、外骨格としての装具を利用して体を支える、というパターンでの歩行を学習してしまう可能性があります。

具体的な例では、足関節底屈を制限した装具(両側支柱付き短下肢装具やSHBなど)を使用していると、足関節底屈筋の筋緊張が高まり、足関節の背屈制限が助長される、といった場合があります。

もう一点、個人的にはとても協調しておきたいところですが、足底が床に接触しないという点があります。

ヒトの足底には感覚受容器が豊富に存在しています。

それはつまり、立位や歩行で姿勢を制御するために、足底の感覚は重要な役割を担っているということです。

それなのに、装具は多くの場合で足底全面を覆ってしまい、足底は硬い板を介してしか床に触れることができません。

脳卒中発症後、動きも感覚もよくわからなくなってしまった状態で、足底が床に触れず、関節の動きが制限され、しかも外骨格で支えられた状態での立位や歩行を学習した結果、本来のヒトの歩行とは全く異なる戦略での制御を学習してしまうことになります。

上記は治療用装具としてのデメリットが中心ですが、更生用装具のデメリットとしては、

・装具を外さなければならない場面(入浴など)では歩けない

・脱着に手間がかかる

・定期的なメンテナンス(修理や再作成)が必要

などがあります。


装具を使って理学療法士は何をするのか

前述のようなメリットとデメリットを把握した上で、理学療法士は装具を使って何をしたら良いのでしょうか。

また、装具をどのように活かすことができるのでしょうか。

私の考えでは、装具を装着して歩いたから良くなる、というものではないと考えています。

理学療法士は装具を使用して、適切な難易度の練習課題を設定する必要があります。

そのために、装具や継ぎ手の選定が重要になってくるのです。

この適切な難易度設定というのは、脳卒中者が歩行や姿勢制御を学習するのに難しすぎず簡単すぎない難易度に設定することだと、私は考えています。

重症度によりますが、脳卒中者は最初、立っているのもままなりません。

そんな状態で、麻痺側の立脚期だけでも『足底の地面への接地』『足関節の制御』『膝関節の制御』『股関節の制御』『体幹の制御』『頭部、体幹、下肢の位置関係の把握と制御』『重心と支持基底面の位置関係の制御』など、多くの変数を制御することが求められる歩行を練習して、適切な難易度の練習と言えるでしょうか。

そこで使えるのが装具です。

例えば、足関節を90°で固定、膝をロックした状態の長下肢装具であれば、体幹の股関節での姿勢制御に集中して練習することができます。

さらに、足関節の固定をなくし、背屈をフリーにすることで、麻痺側立脚期の受動的な足関節背屈に伴う股関節および体幹の姿勢制御を練習することができます。

次に膝のロックを外すことで、足関節・膝関節・股関節・体幹を関係付けて制御する練習や、遊脚の練習へ進むこともできます。

このように、長下肢装具一つを例に挙げても、問題点や課題設定によって様々な使い方ができるということです。

理学療法士に求められることは、数ある装具と継ぎ手の種類を把握し、メリットとデメリットを理解しながら、適切な課題設定を行う、ということではないでしょうか。


大切なのは何を学習したか

適切な課題設定を行うことで、脳卒中者は姿勢制御や歩行を学習することができます。

課題が難しすぎるもしくは複雑すぎると、何を学習して良いかわからなかったり、学習しようにも課題遂行に精一杯でそんな余裕がない、なんてことになってしまいます。

少なくとも治療用装具の場合には、装具の使用は練習のための一時的なものと考えます。

つまり、装具を外すために装具を使うということです。

そうなると、姿勢制御や歩行のために装具に頼るのではなく、装具がなくても如何にして姿勢を保つか、如何にして歩くか、ということを、脳卒中者自身が学習していく必要があります。

そこで私自身が装具を使用した練習を行う中で重視していたのが、脳卒中片麻痺者自身が何を学習しているかです。

どういうことかというと、

・練習を行う前に、練習の目的をどのように捉えているか確認する

・練習を行う中で、どこに注意を向けているか、何を気にしているかを確認する

・練習を行った後、どんな感じがしたか、何が難しかったか、何が上手くできたかを確認する

といった点を本人に聞いて確認するということです。

療法士がいくら適切な難易度の課題を設定したとしても、患者さん本人が全然見当違いのことに注意を向けていたら、適切な要素を学習することはできません。

そういう意味では、練習を行う前にポイントとなる要素をすり合わせておくというのが非常に大切だと考えています。

もちろん、聞いても上手く答えられない、上手く言えない方もいます。

そんな場合はノンバーバルコミュニケーション、つまり表情や動きなどから推察する、ということも必要になります。

また、デメリットとして足底が床に接触しないという点を挙げました。

この点に関しては装具の特性上避けられない部分ですが、本人の注意を足底に向け、会話の中で確認することによって、ある程度克服することができます。

足底は床には接触しないものの、装具の足底部分には触れています。

そして、足関節が固定されていない限り、装具の中でも足底にかかる圧は変化するはずです。

装具を装着して漠然と歩行するのではなく、本人の意識付けも活用しながら課題設定を行っていくことで、学習して欲しいことを設定し、それを実際に学習できたのか、できなければ学習できなかった原因の追及と課題の修正を行うことが可能になります。


まとめ

今回は装具脳卒中片麻痺者に対する装具療法について、考えを述べました。

装具が良い・悪いといった議論がされることもありますが、結局のところは療法士と患者さん本人が装具をどのように利用するか・活用するか、ということが大切だと思います。

患者さんにとって何が問題となっているのか、患者さんは次に何をできるようになるべきなのか、練習の中で患者さんはどこに注意を向け何を学習しているのか、常に考えながら練習課題の設定と修正を繰り返すことが必要だということを再度お伝えして、この記事は終わります。

みなさんの臨床の一助となることを切に願います。



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