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『正常』にこだわる理学療法士が考えるべきこと

理学療法士はその仕事に就く前、養成校の頃から『正常』というものを勉強し続けてきます。

正常な姿勢であったり、正常歩行であったり。

その結果、理学療法士になってすぐは『正常』にこだわりすぎてしまう人も少なくないように思うのです。

そして経験を積む中で、『正常』ばかり追求してどうするんだ?と気付くのです。

今回は理学療法士が『正常』をどのように捉えるべきなのか、『正常』と『多様性』との間にどのように折り合いをつけたら良いのか、について考えてみたいと思います。

この記事を読むと、
●正常歩行や正常な姿勢の捉え方が変わる
●『正常』に必要以上にこだわる状態から脱却できる
●『正常』を知っていることの強みがわかる


『正常』とは何か?

そもそも、『正常』って何なのでしょうか?

正常な姿勢と言われるのは、

横から見ると
耳垂ー肩峰ー大転子ー膝関節前部ー外果
後ろから見ると
後頭隆起ー椎骨棘突起ー殿裂ー両膝関節内側の中心ー両内果間の中心

が一直線に並んだ姿勢のことです。

これを読んでくださっている方の大半は『正常』について学んだことのある理学療法士やリハ関連職の方かと思います。

もちろん『正常』な姿勢をご存知なので、いつもこの姿勢で立ってますよね?

って、そんなわけないですよね。

常にこの姿勢で立っているのであれば、それはそれで『異常』ではないでしょうか。

なぜなら、人間は常に揺れているのですから。

人間の股関節はそもそも不安定になるようにデザインされています。

常に身体が前後に揺れるのに対し、前後の筋を協調的に働かせて姿勢を保つ、というのが二足歩行を獲得した人間がとる姿勢制御の戦略です。

しかも、いくらじっと止まろうとしても、心臓を止めることはできません。

心臓の拍動は微細ではありますが身体の揺れを作り出します。

そう考えていくと、常に『正常』姿勢で立っている人などいないことがわかります。

では、『正常』姿勢って何なのでしょうか?

それは、揺れながら、様々な姿勢をとりながら立位を保持している中の一瞬、最もエネルギー効率の良い一瞬を切り取ったものだと考えます。


変えられることこそ『正常』

『正常』歩行について考えてみましょう。

例えば、Initial Contact(IC)からLoading Respons(LR)にかけて距骨下関節は次のような動きをするとされます。

LRにおける運動の範囲
・踵骨は5°外反する.
・距骨下関節は回内する.
(K.Gotz-Neumann著, 月城慶一ら訳:関節による歩行分析, p57, 2005)

確かに、平地歩行であればこのような運動が起こるのが『正常』なのでしょう。

では、平地じゃなければどうでしょう?

地面が横に傾いていたら?

上り坂や下り坂だったら?

アスファルトに舗装された道でも、デコボコの道は多いですよね。

そんな道でも距骨下関節の動きは『正常』歩行の動きで良いのでしょうか?

『正常』歩行しかできなければ、このような場面では不利になってしまいます。

つまり、歩行中の外部環境や、環境と身体との関係性に合わせて、歩き方を様々に変化させられることこそが大切なのだと考えます。

ケガを負った方、脳卒中による片麻痺を患った方などは、このように環境に合わせて歩行することが非常に困難です。

その結果、平地ではスムーズに歩行できていても、不整地に出くわすと極端にゆっくりとした歩行になったり、恐る恐る歩くような様子がみられることが多いです。

もしも理学療法士が『正常』歩行しか教えていなければ、『正常』しか考えずに介入していたのであれば、様々な環境に適応して歩行する能力はいつ獲得すれば良いのでしょうか?


『正常』"も"できるのが一番

どうしても『正常』を学んだ結果、理学療法士は『正常』な姿勢や歩行を目指そうとしてしまいがちです。

しかし、これまで考えてきたように、『正常』な姿勢や歩行というのは、多様な姿勢・運動様式の中の一部に過ぎません。

では、『正常』をどのように捉えるべきなのでしょうか。

私の意見ですが、『正常』"も"できるというのが一番良いのではないかと考えます。

立位姿勢であれば、揺れながら様々にアライメントが変化する中で、『正常』とされる姿勢を経由して揺れることができること。

歩行であれば、平地で定常歩行などの条件が揃えば、『正常』とされる歩行に近い動きができること。

そして環境や状況が異なれば、それに合わせて『正常』から逸脱できること。

これこそが人間に本来備わっている動きであり、最も目的に則した動きだと考えられるのではないでしょうか。


まとめ

今回は『正常』とされる姿勢や歩行について考えてみました。

理学療法士は『正常』を追求しすぎてしまう傾向があると思います。

最近の若い理学療法士は私たちの頃より賢くなっていると思うので、こんなことは杞憂なのかもしれませんが。

もし『正常』を追求してしまう理学療法士の方がこの記事を読んでくれたのであれば、『正常』とは様々な動きの中の一部であるという視点で『正常』について考え直していただけると幸いです。

『正常』は確かに最も効率的な姿勢であったり運動様式であったりしますが、生活を営む上で最も大切なのは変化する環境に適応していくこと、姿勢や運動を最適化していくことなのですから。


より深く学びたい方へ

基礎運動学 第6版
理学療法士で持っていない方はいないでしょう。
正常姿勢や正常な運動について考え直すなら、一度読み直してみても良いかもしれません。


観察による歩行分析
正常歩行についてサクッと確認するのであれば本書が役に立ちます。
かなり詳細なデータを用いて、正常歩行とその機能について解説されています。
正常歩行を正常な関節運動という視点だけでなく、正常歩行を行うことで得られる機能的な利点についても学べます。


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