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Polar star of effort (case8 前編) アスリートとアスリートに関わる全ての人達に・・・

                            Case 8   35歳 男性 競輪

 石渡 一樹 35歳 競輪選手。3年前から通ってくれている。入会当初は、腰痛に悩まされているということでコンディショニングを主な目的として利用してくれていた。 
 太腿は、63㎝。流石の太さである。
 競輪の世界は、実力主義である。勝てば上のランクに上がり、比例して賞金も上がる。
 勝てなければ成績が下がり、代謝制度というものがあり、最終的には「強制引退」いわゆる「クビ」になってしまう。

  石渡選手は、S級1班。S級S班とともに最上位のカテゴリーにいる。
 ある時、こんな相談を受けた。
 「あの、やっぱり今より上を目指すなら筋力が必要だと思うんです。もう腰の不安もなくなったので筋力の強化にも目を向けていきたいのですが。」
 確かに、アスリートとして上を目指していくなら競技種目にもよるが、筋力UPは避けては通れない課題である。
 彼は、コンディショニングと並行して動作トレーニングもやってくれていたので、すでに「立甲」(Case3参照)と「股関節中心の脚の使い方」(Case6参照)さらに「体幹スクワット」(Case7参照)は、マスターしていた。
 つまり、強化トレーニングを実践する条件は整っているということになる。
 
 筋力を強化するためのウェイトトレーニングの種目は数多くある。
 有名なのが「ベンチプレス」「スクワット」「デッドリフト」などが挙げられる。
 筋トレと言うと、すぐこれらの種目に着手しがちだが、あえて私は彼に提案した。
 「石渡さん、まず、デッドローをやってみましょう。自転車の動作から見ても、今後ウェイトトレーニングを進めていくにあたっても石渡さんに向いていると思うんです。」
 「なるほど、デッドローですか。背中の種目ですね。良いですよ。背筋は大事ですから・・・」と、望むところといった様子である。
 「確かに背中は大事ですが、今回やるデッドローは、ちょっと、いや、かなり違います。言うなら“利重力デッドロー”です。」
 「利重力?・・・・重力を利用したデッドローということですか?」
 「そうです。体幹スクワットで体幹部のバネを引き出す感覚はつかめましたよね?」
 「はい。あの体幹部を使う感覚と股関節中心の脚の使い方で自転車の乗り方が180度変わりましたね。」
 さすがトレーニング動作を、すでに競技動作にリンクさせている。彼は続けて、「なんといっても自転車で、もがいても全く大腿四頭筋が疲れることがなくなりました。脚を使わないから、最後までへたらないですね。」
 「流石ですね~。今日は、さらに自転車の乗車フォームに近い状態で負荷を掛けて筋力を強化しようということです。」

 一般的に「デッドロー」とは、背上部の筋力を強化する種目である。
 臀部、ハムストリングスで体幹部を支え、背中を真っ直ぐに固定し、肩甲骨を寄せるように重りを引き上げる。

 「それじゃないんですか?自分は、そう思ってましたけど。」 
    「イメージで言うと、体幹スクワットを横にする感じですね。」

 「うーん、解るような。いや。解らないいですね~。」

<Case7より>

 体幹部のバネ。このバネをデッドローでも使おうというのである。

 体幹部のバネを引き出すには、肩甲骨、胸腰椎移行部、骨盤の連動がポイントであった。
 スクワットの場合、直接肩甲骨の上にバーベルを担ぎ、その重量を利用して肩甲骨が下がることで連動を促した。
 デッドローの場合、バーベルの重量がかかるのは腕である。つまり腕を介して肩甲骨を可動させる必要がある。

 まず、バーベルを持ってこの姿勢が取れるかやってみましょう。
 バーベルの重さを利用して、肩甲骨が下がり、胸腰椎移行部が伸展、骨盤が前傾する姿勢を確認します。確認出来たら、バーを下に持った状態から体幹スクワットをします。

 「ああ!確かに。バーを担がないで手に持った状態でも体幹スクワットのバネの感覚ありますね。」
 石渡選手は、一発で出来たが、これは実はなかなかに難しい。
 感覚がつかみについ場合には、後ろに傾くと分かりやすい。

 「石渡さん、そしたら身体を前に倒した状態、お辞儀をした状態でやってみてください。」
「こうですね。」

 この一連の動作は、利重力デッドローを習得する際の前段階的種目で「デッドロースクワット」と呼んでいる。と彼に説明したら、
 「普通のクリーンの初動作ですよね。(笑)」と突っ込まれた。
「さすが、トレーニングに詳しい。(笑)」
 「でも、普通は背筋の力で引き上げていましたけど、全然感覚が違いますね。なんか肩甲骨と骨盤に体幹部を割り込ませていくというか、芯を捉えているというか・・・力感がないですね。」
 「そうです。負荷を受け入れると“軸”ができます。軸ができると骨格で支える感覚が得られます。力は要りません。同じ重さのものを同じ高さに上げるならば、力感がない方が良いですよね。同じ仕事をするなら、楽な方が良いということになります。」
 「確かに。この種目だけでも自転車の0発進(発走機からスタートする。いわゆる立ち漕ぎ)の時に使えますね。体幹スクワットの時の体幹部のバネの使い方のバリエーションの一つということですね。」

 さて、彼は、ここまで難なくクリアできたので、早速「利重力デッドロー」を始めることにした。

 まず、デッドロースクワットと同じようにバーベルの重さを利用して体幹部がしなる姿勢が取れるかをチェックする。

 「石渡さん、大丈夫そうですね。今日は、ここまでにしておきましょう。正しいフォームができることが確認できましたから、次回、実際の動作と負荷を掛けてのトレーニングをやりましょう。」
 彼は、時計を見て、「あ、もうこんな時間か。」とつぶやき、挨拶をして帰り支度を始めた。
        Case8 前編終了  後編に続く

スタートラインに立ち、結果を残すのはアスリート本人である。
トレーナーとは、常に裏方の存在なのである。

このお話は、一部事実を元にしていますがフィクションです。
この事例が、全ての人に当てはまるとは限りません。トレーニング、ストレッチをする際は、専門家にご相談ください。

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