見出し画像

Polar star of effort (case2) アスリートとアスリートに関わる全ての人達に・・・

      Case 2 17歳 女子 サーフィン

 ある日の夕方、パーソナルトレーニングを終えて、フロントに戻ると一人の女の子が座っていた。顔や腕は綺麗な小麦色に日焼けしており、笑った時に覗く真っ白い歯が印象的な女の子だ。服装はラフだが、彩鮮やかなで、お洒落な感じであった。
 本人に聞くまでもなく、「サーフィンやってるの?」と聞くと「はい!ショートやってます!」と元気に答えてくれた。
 彼女は、片瀬 舞 17歳。サーフィンの先生から紹介されたとのこと。先生に「股関節が硬いから、サーフィンが上手になりたければ行った方が良い。」と勧められたという。
「え?先生の名前は?」
「葉山先生。葉山礼子先生。」
「ああ!葉山さん。」
 葉山さんは、以前うちに来てくれていたプロサーファーである。
 話を聞くと、サーフィンを始めて2年。最初からすぐ立つことができ、一緒に始めた人達の中でも一番上達が早かったという。だが、波が良いときは思い通りのライディングができるのだが、状況が少しでも悪いと、すぐ転んでしまうし、ターンの際もバランスを崩しやすく、連続でターンすることが難しいとのこと。上を目指して練習を重ねるほど、理想のライディングに近づけない現状が浮き彫りになったようだった。
 葉山さんにコーチングを受けるようになったのは1か月前からということだ。
 恐らく、その現状を打開したく、葉山さんのコーチングを受けようと決意したのだろう。

 ということで、姿勢、可動域チェック。
 確かに、10代の女子ということを考えると、股関節の可動域がもっと広くても良いかな、と思うが現時点でサーフィンをやるには支障はない範囲だった。
「あぁ・・・葉山さん、もしかして・・・」

 何となく葉山さんの思惑が理解できたので、動作確認をしてみた。
 下肢の使い方をチェックするのであるが、この動作を行うと一発で一流アスリートになれる逸材を見つけることができる。

 それは、「スクワット動作」
 競技をやっている人ならば、いや、競技者じゃなくても脚を鍛えるため、あるいはダイエットのために誰もが一度は行ったことがあるトレーニングではないだろうか?
 この一般的に行われているスクワット動作のどこを見れば、逸材を見つけることができるのだろうか?
 何も言わず、スクワット動作をしてもらう。できれば身体が下がったところでキープしていただこう。その際、脚の使い方が2パターンに分かれる。
 膝中心パターンと股関節中心パターンである。

 もし、股関節中心のスクワットができていれば、幼児期からの理想的な下肢の使い方を維持している逸材と言える。
 年齢を重ねるごとに、あるいは競技の経験を重ねるごとに、脚を使うとは膝を使うことと同義になっていく傾向がみられる。しかし、下肢の中心は膝ではなく股関節なのである。
 舞ちゃんは完全に膝中心タイプだった。念のためライディングの時の構えもしてもらった。スクワットは、膝を曲げて鍛えるという固定概念がある場合、意識的に膝中心に動く場合も考えられる、スクワットは膝中心だが、競技動作であれば股関節中心で動くことができている可能性もあるためである。
 「どう?構えをキープしていると何処が疲れてくる?」と聞くと
 「膝の上、太腿の前が疲れます。」と舞ちゃん。
 やはりそうだ。舞ちゃんは完全に膝中心タイプだった。コーチである葉山さんは、彼女のライディングを見て、脚の使い方が膝中心であることを見抜いたのである。
 改善点を見抜けたのは良いが、長年かかって身に付いた動きの癖は、なかなか治らない。ましてや不安定な波の上、サーフィンをやりながら股関節の使い方を改善させるのは至難の業である。
そこで、葉山さんは、「餅は餅屋」と考えて、私の施設に彼女を送り込んだのだろう。
 どの競技もそうだが、「競技動作」とは、その競技に特化した動作である。それぞれの競技のコーチは、その特化した動きの専門家である。
 対して我々トレーナーは、全ての競技動作の土台となる「基本の動き」の専門家である。つまり、脚の基本的な使い方は私の方で身に付け、専門的な技術は葉山さんの方でという「餅は餅屋」作戦開始の運びとなった。

 膝中心に脚を使う、これはサーフィンの上達には致命的である。なぜそう言えるのか?
 膝中心の脚の使い方で中腰の姿勢を維持すると、舞ちゃんも話していたように太腿の前面が著しく疲れてくる。太腿の前の筋肉は「大腿四頭筋」この筋肉の筋力で身体を支えることになる。

 「何を当たり前のことを」と思われるかもしれないが、実のところサーフィンに限らず、一流アスリート達は、このような脚の使い方はしない。筋力で身体を支えるということは、力みを生じる。すなわち、下肢の問題だけでなく上半身、首や肩も力みやすい状態にある。全身に力が入った状態では、正確で素早く、細やかで柔らかい動きはできない。
 特にサーフィンのように不安定な波の上でパフォーマンスを発揮する競技では、不意な波の変化に、力んで固まった身体では対応できない。
 更に加えると、筋力で支えているため、何より疲れやすい。信じられないようなパフォーマンスを発揮する一流アスリートは、効率的に身体を使う。    つまり、最初から疲れないように動いているのである。
 その効率的な脚の使い方というのが股関節中心の使い方である。

 ここでも、重力を利用する。この場合、自身の体幹部(胴体)の重量を使う。体幹部の重量を股関節に乗せるようにするのである。股関節中心に身体を支えると、ハムストリングス、殿筋群、特に大殿筋という大きな筋肉の張力を引き出すことができる。張力とは、筋肉が伸びる力で支えることで、簡単に言うとストレッチをした状態で身体を支えている状態である。
 筋力で支えるのと比較して、ストレッチしながら支えている訳なので、疲労度が劇的に少ない。しかも力みがないため、上半身に力が入りにくい。首や肩の力も抜け、リラックスした状態で構えることができる。すると、ターンに入る動作もスムーズに行えるだけでなく、反射的な素早い動きが可能になり、また急な波の変化によるバランスの崩れにも体幹部のクッションで対応でき、安定したライディングが可能になる。
 はっきり言ってしまうと、膝中心で脚を使っている選手は、決して股関節中心の選手には勝てないのである。
 膝か股関節かの違いが、その選手のその後を左右すると言っても過言ではない。頑張れば頑張るほどパフォーマンスが低下し、ケガに悩まされるのか、反対に疲労しにくく楽にたくさん練習ができ、パフォーマンスがどんどん高まって行くのか、全く正反対の結果をもたらすのである。

 舞ちゃんのように得てして腕や脚の筋力が強いと、肘や膝の力に頼ってしまって体幹部を上手く使えなくなってしまうパターンが非常に多い。
 使いやすい末端部を使うので、器用な人なら初めのうちは上達が早い。しかし、この場合、必ずある程度まで行くと、上達が頭打ちになってくる。筋力に自信のある男性にもありがちな例である。
 反対に、初めは上達が遅くても、腕や、脚の筋力に頼らず、体幹部を使っていると身体が慣れてきて、あるところで急激に上達する。こちらの例は、その後の上達も著しく、留まるところを知らない。
 腕力の弱い女性アスリートが男性顔負けのパフォーマンスを発揮できるのはこのためである。

 だが、これで、第一に取り組むべき課題は明らかになった。
 舞ちゃんには、脚の使い方を股関節中心に変えて、一流アスリートになれる逸材になってもらおう。
 原因が判明するとあとは単純明快である。スクワット動作を繰り返せば良い。この場合、筋力強化の目的ではなく動作改善のためのスクワットである。
 まずは、ポジションの確認。股関節中心の中腰姿勢を舞ちゃんに取ってもらう。
 「あ!全然違う!太腿が疲れないです。股関節の辺りが窮屈ですけど。」
 舞ちゃんにとっては、初めての感覚だったようだ。
 「そうそう。その股関節が窮屈な感じで身体を支えて。股関節に骨盤を乗せる感じ。スクワットの動作をする毎にその感覚を求めていこう。」と伝えた。
 初め股関節中心の動作は20回中5回だった。それを繰り返すごとに、5回が7回、7回が10回と増えていく。
 舞ちゃんの股関節スクワットが100発100中になったのは、2週間後のことだった。
 なかなか良いペースである。サーフィンで股関節中心のライディングを行うには、意識的に動作しようとしていては遅い。無意識に反射的に身体が動いてくれないと競技には使えない。
 よって、まず何もない陸上で反復し無意識でも股関節中心の動作ができるようにしていかなければならない。
 膝中心の動作の癖を「上書き修正」していくのである。
 どの競技でも基礎練習に「素振り」というものがある。
 やったことのないスポーツをする場合、その動作は未知のものである。例えば、ゴルフをやったことのない人であれば、ゴルフクラブを持ってスイングするという動作は未知の動作である。この時人間は、未知の動きを分析して理解しようと大脳をフル回転させる。
 つまり考えながらスイングするのだが。残念ながら考えながら行う動作は不正確なのである。無意識に正確な動作を行わせるには、「小脳」に動作を落とし込まなければならない。
その小脳に落とし込む作業が「素振り」なのである。

 あとは、徐々に実際のライディングに近づけていく。例えば、中腰の姿勢を2分間キープする。あるいは、エアークッションや、ボールの上など不安定な状態で行う、スケートボードで滑りながらスクワットを繰り返す、等々。
 3カ月もすると、葉山さんから「ライディングが別人のように良くなった。」と連絡を受けた。
 本人も手応えを感じてくれたようだった。そんな時、
 「初め、ここに来たときはトレーニングっていうから、筋トレで追い込まれるのかと思っていました。(笑)」と言われた。
 私は、笑いながら答えた。「確かに、脚が疲れるイコール脚が弱い。だから脚の筋トレ。というのは単純で分かりやすいけどね。」
 もちろん、筋力はないよりあった方が良いか?と聞かれれば、「あった方が良い」と答える。ただ、その筋力は、本当に競技に活かされるものなのか?
 例えば、膝中心の動作を改善しないまま、スクワット等で筋力強化を行えば、スクワットで扱える重量はアップするだろう。しかし、それは股関節中心の動作ではない。サーフィンのパフォーマンスアップにつながるとは限らない。
 むしろ、膝中心の動作を助長し膝の傷害につながる可能性が高まる。
 アスリートを診るトレーナーとして重要なのは、トレーニング内容が競技動作に即しているかを見極めることである。
 まず、第一に「筋力強化」ではなく動作の理解が最優先なのである。

 それから1年後・・・・・
 「そういえば、今日は、舞ちゃんの試合の日だな。」
 パソコンでJPSA(日本サーフィン連盟)のホームページを開いた。
 ヒート表を見ると、片瀬 舞の名前が、本戦の第2ラウンドに載っていた。
 「あ、第1ラウンド勝ち上がった。ということは、プロ合格!」(※当時の基準)

 舞ちゃんは、葉山さんにコーチングしてもらえて本当に良かったと思う。もし、膝中心の脚の使い方が改善されなければ、「自分には素質がない」とか「プロになれるような人は天才だから」と、あきらめていたかもしれない。
 「素質がない」のではなく動作が違っているだけなのだ。「天才」の身体の使い方が理解できれば、それを実践し身に付ければいいのである。

そ の日の夜、葉山さんのフェイスブックを覗いてみると、写真がアップされていた。サーフィン仲間たちに囲まれた舞ちゃんと葉山さんが写っていた。満面の笑顔で。

その日の第三のビールは格別だった・・・


スタートラインに立ち、結果を残すのはアスリート本人である。
トレーナーとは、常に裏方の存在なのである。

このお話は、一部事実を元にしていますがフィクションです。
この事例が、全ての人に当てはまるとは限りません。トレーニング、ストレッチをする際は、専門家にご相談ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?