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将来はお菓子を配る中年女子になるつもり/真野愛子

漫画家でコラムニストの辛酸なめ子さんとラジオの仕事をしたことがあって、その時に本番前の打ち合わせが始まろうとしたところで突然、
「ちょっといいですか?」
と辛酸さんが言い出した。
なんだろう? と思ったら、
「お菓子を持ってきたので、みんなで食べません?」
とカバンから取り出し、スタッフ全員に配り出したのだ。
「これ、美味しんですよ。ここに来る前に買ってきたんです」
こうして、その場にいた全員が分けてもらったお菓子を食べながら打ち合わせを行ったのだが、おかげでなんとも和やかな雰囲気になった。
わたしは辛酸さんがくれたお菓子が美味しくてやめられない止まらないだった。

シンガーソングライターの櫛引彩香さんの弾き語りライブに行った時のこと、ライブの途中で突然、
「カバンにお菓子あるんですけど、お客さんの数だけ配れるのでみんなで食べません?」
と櫛引さんが言い出したことがあった。
「全然食べながら聴いてもらっていいので」
わたしたちはお菓子を受け取り、それを食べながら演奏を聴いた。
これも会場の雰囲気が柔らかくなり、なんとも温かい気持ちになった。 

そんなことが続いたので、いつしかわたしの中でこんな価値が生まれた。
『お菓子を配る女性は素敵だ』
抜群のタイミングで、さり気ない誘い文句でお菓子を配れるようになったら、女として気配りのできるオトナだと思う。
 
恥ずかしい話だが、わたしは幼い頃、お菓子をもっと打算的なことに利用していたことがあった――。

同じ幼稚園のホシ組にカイトくんという男の子がいて、わたしはカイトくんがカッコよくてひとり占めしたいと思っていた。
「ママにナイショでお菓子持ってきたけど食べる?」
カイトくんは「えっ」と動揺していた。
なぜなら幼稚園にお菓子は持ってきちゃいけないからだ。
幸いその時、先生はいなくて、わたしはカイトくんとふたりきりだった。
記憶は定かじゃないけど、朝早くてわたしたち以外はまだ園に到着していなかったのかもしれない。ただ、暑い日だったのは覚えている。
わたしはカバンの奥からラムネの粒をつかんで握りしめたままグーにして素早くカイトくんの手に握らせた。
グーの中のものを誰かに見つかっちゃいけないと思ったから、もしかしたら手汗が出ていたかもしれないけれど、受け取ったカイトくんもそれをぎゅっと握りしめてくれた。
 
「ラムネ……?」
 
手の感触からそう思ったのだろう。
 
「そうだよ」
 
渡しきれなかったラムネの粒がわたしの手の中にまだ残っている。
わたしとカイトくんはまわりに誰もいないことを確かめると、手の中にあるラムネを一気に口に入れた。
 
「…………。おいしいね」
 
カイトくんはわたしを見つめて言った。
なんだかイケナイ味がした。
まわりには誰もいなかったけど、口を動かすと何か食べていることがバレるんじゃないかと思って、わたしたちはひたすら口の中でラムネが溶けていくのを楽しんだ。
その間、会話はない。
ただ、おいしい味が口の中で広がっていくうれしさ。
そして胸のドキドキ。
わたしはカイトくんをひとり占めできたと思った。
 
わたしはすっかり味をしめ、次の日もお菓子を持っていき、ひと気のない場所にカイトくんを誘ってはこっそりとふたりで食べた。
そんな日がどれくらい続いただろうか。
 
ある日、カイトくんとひと気のない場所に行こうとしたら、年長組のおねえさん二人組が現れた。
「あなた、お菓子持ってきてるでしょ?」
ついにバレたのか……?
わたしは「ううん」と首を横に振ったけど、二人組は「誰にも言わないから正直言いなよ」と問い詰めてくる。
「カバンの中でしょ。お菓子」二人組は証拠をつかんでいるみたいな口ぶりだった。
わたしは観念し、カバンの中を見せた。
「やっぱりね」
カバンにはチョコが入っていた。
「先生には言わないけどさ、ダメだよ、そんなことしたら」二人組はそう言って去って行った。
なぜかカイトくんはわたしに、

「ごめんね」

と謝ってきた。
わたしは、わたしとカイトくんの仲が引き裂かれたようで悲しくなり、その日はチョコを食べることができなかった。
 
この出来事をさかいに、わたしは幼稚園にお菓子を持っていかなくなる。
その後、夏休みに入り、カイトくんと遊ぶこともなくなっていくのだ。
たまに神社で見かけても声をかけることもできず、カイトくんを見つめるだけだった。
 
わたしは、お菓子がなければ彼を引きとめられない女だったのだ……。

 ◆ ◆ ◆

今、思い出すと、かなり打算的でいやらしい。
「わたしとイケナイことしよっか?」と誘っているわけで赤面だが(爆)、当時は幼児ながら好きな男子に振り向いてもらいたくて必死だったのだろう。
使えるものは何でも使う攻撃だ(笑)。
 
しかし、わたしも歳を重ねるごとにそんな大胆なことはできなくなり、いつしか慎みを覚え、その慎みはわたしを少しずつ不自由にしていった。
今や、その不自由さに慣れ、脳内だけで妄想が羽ばたく、こじらせ女の出来上がりだ。
 
大人になると、誰もが不自由になる。
人の目を気にしたり、誰かに気を遣ったりして、いつも身体がちょっとこわばっている。
だからお菓子は和ませるために使うべきだ、と最近思うようになった。
きっとこれが正しい。
今のわたしなりの答えだ。
 
わたしは将来、お菓子を配るオバさんになろうと思う。
今からカバンにお菓子を入れておく習慣を身につけるので、あとは自然に「よかったら食べません?」と言えるかどうかだ。
強制的なニュアンスを消して、軽くお誘いする。
これはコツがいりそうだ。
今から練習します。
 
将来、わたしからそう言われた時は、ぜひいっしょに食べてね。
あなたと和みたくてそう言ってますから。 

【真野愛子 プロフィール】
フリーライター。超インドアですが、運動神経はよい方だと思ってる20代。創作ストーリー『暗闇で愛が咲く』に出演。料理と猫が好き。将来の夢は、お嫁さんw

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