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美人はいつも空腹だったりするらしい/真野愛子

昔、ある大物女優が言っていた。
「私は人前では食事しません。ですから台本を読んで食事のシーンがあったらカットしてもらうか、別のシーンに変えてその台詞を言わせていただきます」
わたしは小学生でその女優の言っている意味がさっぱりわからなかったが、母は「この女優さん、上品な人ね」と発言の真意を察しているふうだった。

それから時がたって、ある日わたしは突然その女優の言ってる意味がわかった。こういうことだ。
“食欲を満たしている姿を人前にさらすのは欲望を見られているようで恥ずかしい”
その頃、わたしは高校生になって初めて男の子と二人きりの食事を経験した。デートだ。
この時、彼の前で食事をすることがどれほどの緊張だったかは今もなつかしく記憶している。
きれいに食べられるか。
けど、たくさん食べる女の子だと思われたくない。
食欲はちっちゃめで上品な女の子だと彼の目に映りたい。
そんなことを思った。
普段なら部活から帰ってきて、まだ食卓に並ぶ前の唐揚げをつまみ食いして「コラッ」と叱られていたそのわたしがだ。
食欲ってどこか恥ずかしいと気がついたのだ。
 
それから数年後、わたしはその女優の発言の真意にさらに気づく。
“食事を見せるのってベッドシーンみたいなものでしょ”
と、言っていたのだとやっとわかった。
食欲も性欲も欲を満たしていることに変わりはない。
そんな姿はあまり人様に見せるものじゃない。
慎みは忘れたくない――そう言っていたのだ。
確かにその考えには品があるなと思う。
 
しかし今の時代、食べることにいくらかのはしたなさを感じる人はほとんどいないのではないだろうか。
わたしなどグルメサイトの美味しそうな記事を見つけては「週末には必ず食べに行くからな!」と誓い、それを励みに仕事しているところがある。
品のかけらもないですね(笑)。
ネットやテレビでも、YouTuberやアイドルやモデルが食べてばっかり。
食べたものをすぐに頬の片方に寄せて喋れる口にしておいて、「うん、美味しい」なんてコメントしている。
そういえば昔、母から「食べている時は話さない」とよく叱られた。

今、思い出してみると、母はずいぶんと古風な考え方をする人だった。
高齢でわたしを産み、時代錯誤な価値観をたくさんわたしに植え付け、わたしを戸惑わせた。
 
その母とはもう会うことはできないけれど、もし会えたら、ご馳走をほおばりながら女友達とおしゃべりに興じる今のわたしを見て、なんと言うだろう。
「あなたはブスねぇ」
そう言われそうだ。
もしかしたら美人はいつも腹ペコなのかもしれない――母を思い出してふとそう思った。

じつは母がわたしに植え付けた時代錯誤な価値観に、今になって感謝している。
きっと彼女は、女は見せ方次第で美人になれる。そう伝授していたのだ。
写真の母は、娘のわたしが言うのもはばかれるが美しい。
若い頃はたくさんの男性を振ったとこっそり自慢していたこともあった。

欲にまみれ、やすきに流され、たるみきっているわたしはときどきヤセ我慢をしてイイ女を気取っている。
仕事の不満を愚痴りたいのをぐっとこらえて、コートのポケットに手をつっこんでツカツカと歩く。

人前で満たすな。こっそり満たされろ。

なんて古い考え方。けど、これは知恵だ。
母が伝えていたのは、女のコツだ。
最近になって少しずつそれが身に染みるようになってきた。

【真野愛子 プロフィール】
超インドアですが、運動神経はよい方だと思ってる20代女。料理と猫好き。創作ストーリー『暗闇で愛が咲く』に出演。将来の夢はお嫁さんw

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