はなびら
春
日差しは柔らかく、時折心地よい風が吹いて桜の木がそよぐ。
ピンク色の花びらは咲き誇り、数日後にはそれは散り始めるであろう桜の木の下で、僕は、僕たちは大学のサークルの仲間と一緒に花見をしていた。
男女合わせて15人くらいか。
その時に一緒だった女の子の一人が美咲だった。
自然な流れでの何度目かの席替えがあって、いつからか美咲と隣り合わせになっていた。
いつもは口数の少い僕も、美咲もお酒が入っていたこともあったせいかお互いお喋りになっている。
次第に彼女と話をしていることが楽しくなっていった。
美咲は僕と同い年で高校の時は吹奏楽部でフルートを演奏していたそうだ。
今日はラベンダー色のニットと、花見ということもあるせいか動きやすいパンツを着こなしている。
長い髪を時折色細い指先で触る仕草、棘のない丁寧な言葉を紡ぐ声、何よりその上品だけど気取りのない優しい笑顔が僕にはたまらなく魅力的に感じられた。
少しずつ、いや、どんどん気持ちが高揚していくのを感じる。
それを誰にも悟られないように、他でもない美咲に悟られないようにするのに僕は必死だった。
でも、この時間が続けばいいのに。
そう思っていたのも事実だった。
夕方遅くになって花見はお開きになった。
花見の帰り道、少しずつグループが分かれて僕は美咲と二人になった。
帰りの電車の駅が一緒だったからだ。
二人きりなって、花見の続きで色々な話をしていく。そうしていくうちに僕の気持ちは増々高まっていく。
美咲も話すことを止めない。むしろ話を広げてくる。
もうすぐ駅に着く頃、思い切って僕は美咲に聞いた。
「あのさ、今度一緒に遊びに行かない?」
「え?」
美咲は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑って答えてくれた。
「うん、いいよ。
私、行きたい所があるの。」
嬉しそうに美咲が言う。
しばらくして二人が駅に着いた時には次に会う予定が決まっていた。
改札を抜け、別々のホームに立って、数分後に美咲が乗る電車が先にホームに滑り込んできた。
電車に乗り込んだ美咲は車内から僕の方を見て、あの笑顔で僕に手を振ってくれている。
僕も慌てて美咲に手を振った。
無理矢理ではない、はっきり言って満面の笑顔なのが僕にもわかる。
美咲の乗った電車を見送ると何とも言えない感情が湧き上がり、今日は眠れないんじゃないかと思いながらその日は帰路についた。
土曜日
僕は朝から小さな赤いレンタカーを借りて美咲の家の近所のコンビニに向かった。
美咲が行きたいと言っていた所へは電車を乗り継いで行くよりも車で行く方が利便性が高くて都合が良い。
二人きりになりたいと言う気持ちがなかったと言ったら嘘になるか。
コンビニの駐車場には僕を待っている美咲の姿があった。
花見の時とは違って今日はミントグリーンのトップスに白のフレアスカート。美咲の長い髪に良く似合う。
美咲と挨拶を交わした後、僕と美咲を乗せた車は走り出した。
車内ではサークルのこと、バイトのこと、好きな音楽のこと、それから色々な事を話した。
口数が多いのは美咲で、僕は慣れない運転のせいか美咲と二人きりで緊張しているせいなのか、美咲の話を聞いていることが多かった。
でもそれは、美咲のことをもっと知りたかったからと言うのが本当のところだ。
慣れない運転ながらも、美咲が行きたいと言っていた場所に到着した。
駐車場では係の人に誘導されながら、何度も車を切り替えしながらも何とか駐車スペースに車を停めることが出来た。
美咲も笑顔で「運転お疲れ様でした」と言ってくれた。嬉しいのとホッとした気持ちが交わる。何より無事に車を運転してここまで辿り着くことが出来て美咲に恥をかかずに済んだ。とにかく一安心だ。
駐車場から二人で並んで歩いていく。
青い海を臨むその場所には、海沿いの防波堤の上に遊歩道が続いていた。遊歩道に二人で立つと心地よい潮風が吹いてくる。
緊張していた気持ちがほころんでくる。
美咲も気持ち良さそうだ。
その遊歩道に「幸せリボン」と言うものを結ぶと願いが叶う、と美咲は言った。
美咲はここに来たかったのだ。
美咲が言うには、色のついたリボンに願い事を書いて結びつけるとその願いが叶うと。
「いつか必ずここに来たいとずっと思っていたの」
隠しきれない喜びを噛み締めながら美咲はそう言った。
僕と美咲は遊歩道入口へ向かった。
リボンはそこで購入する。
売り場には説明書きがあった。
美咲は何色を選ぶんだろう。
僕はそんなことを考えた。
それと同時にこれはチャンスなんじゃないかと。
もしかして、僕と一緒に来たのは…。
もしも、美咲がピンクのリボンを選んだら。だってそうじゃないか。
こんな所に若い男女が二人で来るなんて。
こういう所って、そういうのって…。
もしも、もしも美咲が選ぶのがピンクのリボンだったら…。
僕はこの場で美咲に告白しよう。
そうしたら美咲はきっと…。
胸の高鳴りを感じながら、固唾を飲んで僕はその時を待った。
「これ、お願いします」
売り場の係の人にそう言って美咲はリボンを手にした。
「それって…、あの…、」
無意識に僕の口からその言葉がこぼれた。
美咲は笑顔で振り返って僕の方を向いて言った。
やっぱり黄色だよねー!
カネだよ、カネ、お・か・ね!
お金があればなんでも買えるしなんでも出来るし。どこにも行けるよね。
それにお金って裏切らないじゃん!
いくらあっても困らないしさ。
そうだよね?そう思うよね?
なんて書こうかなぁ?
金額はいくらにすればいいと思う?
億?あ、兆まで行っとこうか?
それとも円高だからドルの方がいいかなぁ?
ねえ?ねえってば?
聞いてる?
ねえ?
売り場の係の人ははにかんでいた。
笑っているのか、それとも…。
よくある光景なのかも知れない。
季節外れのピンク色の花が満開だったのは僕の頭の中だけで、美咲の頭の中ではお札の花びらが舞っているようだった。
こんだけ引っ張っといてコレかよ、笑
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