あかしまうま

2018年5月から2021年9月まで、 喜連川社会復帰促進センターという刑務所にいまし…

あかしまうま

2018年5月から2021年9月まで、 喜連川社会復帰促進センターという刑務所にいました。 どんな所なのか? どんな生活をしていたのか? 中でどうやってQOLを上げていく攻略法 その他もろもろ書いていきたいと思います。 趣味 映画を観る 音楽を聴く ドライブ とか。

最近の記事

久々の投稿

ものすごーく久々の投稿になってしまった…。 最後に書いてから、 たぶん10ヶ月くらい経ってるかも? 書き始めた頃は、 でて間もない頃で時間もあったのだが。 世の中に慣れようとすると、 忙しくなってしまって…そのまま放置。 TwitterはたまーにTweetしていたけど。 まぁ放置気味だった。 せめて週1回くらいでも投稿したいなと。 そんなワケで、 これからは書くのを再開しようと思います。 よろしくです。

    • 【体験記6】喜連川社会復帰促進センターへ移送@入所〜考査編

      5月16日午後 東京拘置所から、 バスで2時間ほど走ってから、 矢板インターを降りて、 しばらくすると団地のような所が見えてくる。 それは職員用の住宅で、 そこからものものしい雰囲気の門をくぐった記憶がある。 「ようこそ喜連川社会復帰促進センターへ」 誰が言ったわけでもないが。 この瞬間から3年半の間、 自分はここに留まさせられることとなる。 そして、 やっと到着と思った瞬間。 「コラー! さっさと動け」 と物々しい雰囲気に。 ちょっと、 映画「ショーシャンクの空

      • 色々なタイプの刑務官【職員】

        刑務所にいる以上、 職員なしでは、 自分達では何も出来ないというか、 部屋から出られないと基本考えていい。 制限区分と優遇措置がカンストしてれば、 少し話が変わってくるが。 ドアを開けるのも、 薬を持ってきてくれるのも、 居室〜工場に連れていくのも、 面会に行く時も、 なんか注意されるときも、 みんな職員の仕事なのだ。 今回は、 どんな職員がいるのか、 書いてみようと思う。 工場担当受刑生活で、 いちばん接することになる職員。 工場に出役〜環室するまで、 接することに

        • 受刑者という羊を見守る牧羊犬、刑務官とは。

          刑務所生活の明暗を分ける人間「刑務官」刑務所生活において、 必ず関わらなくてはいけない人間。 それが、 同囚者と刑務官だ。 同囚者なんか、 ムリなら相手にしなければいいのだが。 刑務官は、 そういうワケにはいかない。 生活環境を握られているからだ。 刑務官ってどんな人たち?それでは、 刑務官はどんな感じなのか書いてみる。 自分の書いている文には、 「職員」と表現しているのが刑務官だ。 以下「職員」と表現させていただく。 他の皆は「オヤジ」と呼んだり、 「先生」と呼ん

          刑務所でのストレスを軽減する過ごし方

          刑務所に収容されていた人の記事を読んでみると。 「最悪だった」とか、 「職員の感じが悪い」とか、 「イジメがすごい」だとか、 「自由がない」だとか、 とにかくネガティブなネタが多い。 ついでに自分の受刑生活を振り返ってみると、 「みんなが言うほど辛くはなかった」 と言うのが印象。 イジメもほとんど見なかった。 受刑生活が楽ではもちろんなかったけれど。 嫌なことが多いのは、 最初の半年間だけだった。 あとは、 職業訓練に行ったり、 衛生係になったりして、 モメるコトも

          刑務所でのストレスを軽減する過ごし方

          【体験記5】東京拘置所〜喜連川社会復帰促進センターへ移送@出発編

          5月16日の朝 起床して、 朝食を済ませて、 しばらくしてから1番下の階に連行される。 そして、 移送前の手続き。 着替え、 私物の確認。 この時点では、 どこに移送されるかは、まだ教えてくれない。 終わってから、 周りを見渡してみると。 入所する人と、 移送される人が入り混じって処理されている事に気づく。 受付にいる職員と、 これから入所する人のやりとりは、 こんな感じだったのを覚えている。 入所者Aの人の特徴は、 マユ毛が針金のように細い、 パンチパーマの人

          【体験記5】東京拘置所〜喜連川社会復帰促進センターへ移送@出発編

          【体験記4】東京拘置所アディショナルタイムと移送前夜

          東京拘置所強制就職脱落翌日、 元いた棟の単独室に転室。 担当の職員に、 「どうしちゃったの?」 と聞かれる。 いちおう理由は、 前の棟の担当に合わせて。 「精神的な問題で辞退しました」と、 答えておいた。 やはり、 辞退者は少なかったのだろう。 そして担当職員から、 「行動訓練すると、 運動は1人になるんだよね」 と運動は移送まで毎日1人でやるコトになった。 話す人がいないって、 本当にツラい。 人は1人では生きられないというコトを、 身をもって体感した期間だった。

          【体験記4】東京拘置所アディショナルタイムと移送前夜

          【体験記3】東京拘置所ダメだった編

          東京拘置所にて。 前回の分類の呼び出しが終わって3日後くらい。 紙袋を折り折りしていると。 1人だけで呼び出されて、 知能テストをやらされた。 問題内容は確か。 簡単な計算問題とか。 図形をひたすら書く問題とか。 文章を読んで、 文章に出てきた登場人物の1人が、 どこの席にいるのか答える問題とか。 子供向けなのかと思う問題内容だったけど、 解答時間制限があったので、 最後までなかなか進めない。 70〜80%くらいしかできない問題が多かった。 そばにいた職員に 「時間な

          【体験記3】東京拘置所ダメだった編

          はじめての刑務所選び

          はじめて刑務所行く人へ、 実際に行った人から聞いた話をまぜた、 オススメ? の 刑務所リストを書いておきます。 聞いた話と自分の経験からなので、 他にも行ける刑務所があるかも。 そこらへんはググッてみてください。 しかし、 誰でも当てはまるワケではないので。 以下の条件の人が当てはまります。 ・27歳以上 ・懲役8年以下の人 ・身体に重い障害、病気がない人 ・関東近辺で捕まった ・男性 ・東京拘置所 https://bit.ly/3A4lNvG 「特徴」 日本最大の刑

          はじめての刑務所選び

          【体験記2】東京拘置所赤落ち編

          東京拘置所にて 14日目から17日目くらい 14日経過したら、 すぐに未決期間が終わるのかと思ったら、 そういう訳でもなく、 少しアディショナルタイム的な期間があった。 運動の時間に、 「移送されるならどこが良いか」とか、 「赤落ちしたらどうなるか」とか、 「赤落ちしたらお菓子が食えねえ」とか、 話してた。 ちなみに、 赤落ちとは。 未決期間の時期が終わって、 「受刑者状態」になること。 東京拘置所では、 称呼番号も変わり、 番号札の文字が黒から赤くなる。 18日目

          【体験記2】東京拘置所赤落ち編

          刑務所のあれこれやリアルをなるべく前向きに書いてみる。

          2018年5月から2021年9月まで、 喜連川社会復帰促進センターというところにいました。 最初のころは訳が分からず、 色々苦労しました。 しかし幸いなコトに、 周りの人たち、 担当の刑務官に恵まれ、 比較的快適? に過ごすことができました。 刑務所は、 罰を受ける場所なので、 自由もないし非常にストレスフルな場所ではあります。 だから、 他の刑務所体験の記事やブログを読んでみると、 イジメや不自由な生活状況とか、 マイナスな印象な記事が多いです。 なので。 こち

          刑務所のあれこれやリアルをなるべく前向きに書いてみる。

          【体験記1】東京拘置所未決期間編

          2018年3月中旬。 保釈期間も終わり、裁判での判決を受け。 そのまま東京拘置所へ。 まずは控訴するかしないかで2週間の未決期間。 ここからは時系列で。 1日目 裁判所から拘置所に連れていかれる。 夕方5時半くらいに部屋に入れられて、 すぐ夕食だったような。 部屋は単独室。 共同室になる可能性もあったけど、 過去のうつ病のおかげで1人になった。 部屋に入る前の受付時。 他の人が「懲役7年です」って話しているを聞いて、 ザワザワしたのを覚えている。 2日目 運動の時間で、

          【体験記1】東京拘置所未決期間編