ハンセン病元患者の方々へのインタビュー動画。 高松市のハンセン病療養所 大島青松園のパネル・作品展。 瓦町フラッグにて6/27〜7/3開催。 日本国民全員が知るべき事実。
◼️高松市の大島にあるハンセン病療養所 大島青松園のパネル・作品展。 瓦町フラッグ8Fにて6/27〜7/3に開催。 2019年以降、この大島青松園のパネル・作品展には毎年、訪れている。
2018年に複数回の実地研修と筆記試験を受け “せとうち島旅ガイド”に認定され瀬戸内国際芸術祭の公式ガイドを務めた。 その際に何度も国内外の方に大島の療養所 青松園を案内させて頂く貴重な機会を得た。
ハンセン病は、感染しない、治る病気だと分かりながら”らい予防法“は改正されず、各地のハンセン病療養所に平成の時代まで隔離され続けた元患者の方々がこの日本に大勢いる事実。
🔹らい予防法(らいよぼうほう、昭和28年法律第214号): らいを予防するとともに、らい患者の医療を行い、あわせてその福祉を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的として制定された日本の法律。
1953年(昭和28年)8月15日に公布され、1996年(平成8年)4月1日に廃止された。
🔹らい予防法違憲国家賠償訴訟
ハンセン病国賠裁判 全国原告団代表 曽我野一美さん達と徳田靖之弁護士の死闘を描いた映像は必見だ。
厳然たる事実と生きた証を決して風化させてはならない。 日本人全員が知るべき事実だ。
大島青松園のハンセン病元患者の方々への大変貴重なインタビュー動画が残る。
🔹【重要・必見】徳田靖之弁護士のハンセン病国賠訴訟の件は日本国民全員が知るべき事実。
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🔹高松市瓦町フラッグ8F
◼️【大島青松園】ハンセン病元患者へのインタビュー 磯野 常二さん
◼️【大島青松園】ハンセン病元患者へのインタビュー 坂田和人さん・ヒデ子さんご夫妻
◼️【大島青松園】ハンセン病元患者へのインタビュー 野村 宏さん
🔹大島の位置。高松港から船でわずか30分の所に国立ハンセン病療養所 大島青松園がある。香川県民であってもここに元患者の方の療養所があることは殆ど知られていなかったが、2010年以降、瀬戸内国際芸術祭をきっかけとして徐々に知られるようになった。私は昭和の時代に小中高と香川県で育ったが、この大島にあるハンセン病療養所について学校で触れられることは一度もなかった。2018年に初めて大島を訪れ、高松港からこんなに近い島にハンセン病療養所があり、元患者の方々が住み、その歴史を知り愕然とした。
🔹大島への行き方
🔹高松市に属する大島は屋島と庵治町の目と鼻の先にある。この辺りは源平合戦の屋島の戦いがあった場所だ。大島の東側の兜島にはかつて森繁久彌さんの別荘があり、森繁さんはヨットでこの兜島へやって来ては島の方と酒を酌み交わし交流していたことは知られていない。”社長繁盛期”や”衛前桟橋”の撮影でも高松に来ている。又、高松市庵治町に関係する歌も作詞、作曲している。
🔹嗚呼舟がくし · 美空ひばり · 森繁 久彌 · 森繁 久彌
大島の東側にある兜島に別荘を持っていた森繁久彌さんは庵治町にある屋島の合戦時に平氏が船を隠した”舟隠し”を題材に歌を作詞、作曲した。
🔹【重要】ハンセン病国賠裁判 全国原告団代表 曽我野一美さん達と徳田靖之弁護士の死闘。 日本人全員が知るべき事実。
※ハンセン病国賠訴訟のきっかけとなった一通の手紙を書いたのは小説家の島比呂志さん。一時期、大島青松園におられた。
🔹曽我野一美さん
🔹島比呂志さん。
🔹坂口力 元・厚生労働大臣
日本国政府として、初めてらい予防法によるハンセン病患者に対する「無癩県運動」の日本国政府の責任を認め、2001年5月11日の熊本地方裁判所で判決が下された『らい予防法違憲国家賠償訴訟』の国全面敗訴を受け入れ、福岡高等裁判所へ控訴しないことを厚生労働大臣として決定し、内閣総理大臣小泉純一郎に進言した。
また厚労省官僚は控訴すべきと各所に説明した際には、後年「霞が関はすごい組織です。 あの時ほど役人が怖いと思ったことはない」と述べており、厚生労働大臣の辞任を決意していた。
内閣総理大臣小泉純一郎が控訴を断念し、確定判決となった際には、謝罪声明を発表し、かつてのハンセン病患者・国立ハンセン病療養所入所者に対して謝罪した。
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