自虐教科書の病理② 日清・日露戦争~どこが「侵略戦争」なのか
教科書では、日清戦争により「わが国が大陸に勢力を伸ばした」という受け止め方をしています。しかし、どうして戦争に踏み切らねばならなかったのかは書かれていません。
開国によりわが国は、弱肉強食の国際社会に飛び込みました。そんな中でロシアは虎視眈々と太平洋への出口として。朝鮮と我が国を狙っていました。万一朝鮮がロシアの手に落ちれば、侵略者の次のターゲットは明らかにわが国です。既に幕末には、ロシアによる対馬占拠事件も起こっていました。
清国がわが国に友好的で、なおかつ朝鮮を統治する能力を持っており、さらに、ロシアに対抗できる実力を持っているなら、日清戦争は必要なかったのかも知れません。しかし、不安定な朝鮮の政情に加えて、清国は宗主国としての当事者能力に欠け、さらには朝鮮とわが国の交易に妨害さえ加えていたのです。ましてや、ロシアの侵略を阻止する能力などありません。それで
もわが国は、駐朝公使・大鳥圭介を通じて交渉を重ねたのですが、清国はそれに応じなかったのです。日露戦争の時には、キリスト教の立場から反戦論を唱えた内村鑑三も、日清戦争に関しては、諸手を挙げて賛成していました。
一方、日露戦争の教科書記述もひどいものです。「満州をめぐってロシアと戦った」とだけ書かれておれば、それは単なる領土欲に過ぎないことになってしまいます。しかし、ロシアの満州侵略を放置すれば、朝鮮は間もなく彼らのものとなるでしょう。そして前述の通り、次の獲物はわが国となるのです。国力の差も考慮し、わが国は、やはり最初は交渉による局面打開を考えたのですが、彼らは満州からの撤兵に応じないばかりか、兵力を増強するに至ったのです。
日露戦争は、祖国防衛戦争です。
わが国がロシアを退けたことには大きな歴史的意義がありまあす。もし、敗北しておれば、わが国はロシアの領土となり、革命の混乱の後、あのソ連の恐怖政治を経験し、未だにその負の遺産を背負っていたかも知れないのです。
有色人種が、初めて白人国家を打ち破ったということは、世界史的観点からも特筆に値します。日本海海戦の英雄・東郷平八郎の肖像を使ったフィンランド(現在はオランダの会社に買収されました)の「アドミラル・ビール」、トルコには、「トーゴー・シューズ」というメーカーもあります。
東郷提督は世界史的英雄なのです。そして当時、アジアの独立指導者の中で、日露戦争に触発されなかった人は一人もいないでしょう。
ところが教科書では、秋山好古・真之兄弟はもちろん登場せず、東郷や乃木希典の名前すら軽んじられています。その一方で、「君死にたまふこと勿れ」の与謝野晶子は反戦論者として必ず登場します。この歌は、実家の後継ぎだった実弟の身を案じた、姉としての心情を表したもので、単純な反戦歌などではありません。晶子は、大東亜戦争中に息子の出征に際して、「水軍の大尉となりて我が四郎御戦に行くたけく戦へ」という歌を詠んでいるくらいなのです。
確かに、戦争はない方がよいに決まっています。しかし、過去の戦争を全否定することが平和につながるというような浅はかな考えでは、真の平和教育は構築し得ません。なぜそうなったのか、を考えることが重要なのです。
連載第44 回/平成11 年2月17 日掲載