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【エッセイ】常識が死んだ世の中をヌメヌメ生きる

 令和になって今年で5年目になるという事に、驚愕した令和5年の新年。
 あまりにも閉塞感、無力感、停滞感にさいなまれ続けた日々だったから、私にとってはようやく令和元年な気がしてならない。
 でも、おそらく世の中の多くの人がそう感じているのではないだろうか。
 令和になった途端に、未知のウィルスが世界中に蔓延し、今までの生活が一変し、息苦しい日々の中に、聞き馴染みのない言葉が飛び交った。
 「クラスター」「ロックダウン」「ソーシャルディスタンス」「リモート」
 更に生き苦しさを助長するような「自粛警察」による個人的な行動規制の声がSNSで飛び交い、エステサロン経営時にはあんなにお世話になったSNSが、手のひらを返すように嫌いにもなった。

 そんなコロナ禍に重なって、私自身も長々と忍耐の日々だった。
 離職、人生初失恋。それを乗り越えて心機一転、湘南に引越しして「さあこれから!」と思ったのも束の間、昨年は元旦早々に三果骨折という大怪我をして1か月入院。2ヶ月間は松葉杖生活という不自由な日々だった。
 それでも、しいたけ占いの牡牛座で言われるところの「真面目系戦闘民」というキャッチコピーが当てはまる私は、動けない身体で「ぜってー負けねー」とだけ思っていた。
 私は女性であるけれど、心の中で呟く時はだいぶ言葉遣いが荒いので、たまに言葉が荒くなるかもしれない事をご了承願いたい。
 そして入院中は、Netflixで韓国ドラマの医療物と刑務所物ばかり見て、「辛いのは自分だけじゃない」とか「刑務所生活よりはマシだ」と自分を慰めていた。

 そんなこんなで、長いトンネルを抜けようとしている令和5年。
 世の常識というものが、完全に死んでいるなぁ〜と感じている。
 前々から、「風邪ひいたら汗かいて治すとか、昔は常識のように言われた事が今は全く違うよね〜」っていう事は多々あったけど、こんなにも一気に死んだのは、昭和の敗戦後ほど劇的ではないけど、なかなかないのではないかと思う。
 そして劇的ではない分、気付いていない人も多くいるだろう。
 とにかくもう「マジョリティは正義じゃない」って事だけは、多くの人が感じていて、マジョリティ=常識というなら、確実に常識は死んでいるか仮死状態な筈。
 だから「死んでいる」と感じている人が、「死んでいない」と思っている人が多いコミュニティに属しているとしたら、それはそれは生き辛いだろう。

 私は今は、日本だったり県だったり市に属しているし、社会のルールにのっとって生きてはいるけど、隠れ社会不適合者なので、なるべくコミュニティには属さずに、スライムのようにヌメヌメと生き延びている。
 そんな私のヌメヌメした生き様や、脳内反社の戯言を、徒然なるままに綴っていきたいと思う。
 どなたの役に立つとも、立ちたいとも思っていないけど、同じような隠れ社会不適合者の方々に僅かにでも共感していただけたら幸いです。

 という事で、細々ですが、今後ともよろしくお願い申し上げます。

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