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エッセイ『過去の色』

 古い記憶を思い出すとき、その景色がやけに青いと気がついたのは最近のことだった。

氷解

 きっかけは偶然で、何年も前に撮った旅行のビデオを眺めているときに「しっくり来ないなぁ」と感じた事だ。画面に映る景色と自分の記憶の中の景色と、どうも印象がずれている。そして、それはあくまで《印象》であって、例えば「こんな建物あったかしら」といったような具体的な像を結ぶことが出来ないものだった。

 何が違うんだろう。
 どうしても違和感の正体が気になった私は、ようやく最近使い始めたばかりの動画編集ソフトで、動画の彩度や明度をいろいろと加工してみた。いろんなフィルターを試すうちに、「あっ!」と思わず声を上げたくなるくらい、記憶と一致するものにたどり着いた。それは、青いフィルターだった。

古くなるほど青く沈んでいく記憶

 どうやら記憶が今よりも遠ければ遠いほどその傾向は顕著だった。私がよく思い出す景色は古いものほど青みがかっている。写真や紙のインクが赤茶に古びていくのとは対照的だ。
 逆に、自然がつくる青い景色を見ると、昔のことをよく思い出したり、はたまた昔のことのように錯覚してしまう現象にも気がついた。
 この前は、青空が窓に反射したのか、白い壁が薄く青づいているのを見たとき、初めて見た光景なのに、強烈に懐かしいものを見ているような感覚がしたのだ。記憶が眼前に立ち現れたかのような鮮烈な衝撃だった。

 私にとって、青は過去の色なのである。

朽ちゆく記憶の色褪せ方

 ちょっと調べてみると、面白いことが分かった。
 《記憶色》という用語があるらしい(既に用語があることについて多少落胆したが、自力で見つけ出した自分を讃えてあげたい)。人間は、実際とは異なる色調で物を記憶することがあるというのだ。これは特定の物に対して持っている固定観念のようなもの(林檎は赤いといったような)が記憶に影響している事例を主に指すようなので、私の話とは少し異なるかもしれないが、例えば私にとって《記憶は青いものだ》という固定観念が無意識に刷り込まれていたのだとしたら、思い出全体が青みがかっていることも記憶色の現象の一種と言えるかもしれない。そうだとすれば、《記憶は青い》と思うにいたった原因が何なのかについては非常に興味がある。まだまだ調査が必要だ。

 さて、皆さんの記憶は何色なんだろう。
 人によって異なるのか、何らかの傾向があるのか。
 何か面白い発見がありますように。

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