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『第四夜』

こんな夢をみた。


凄まじい嵐に巻き込まれて船が難破し、
遭難してしまったという記憶だけはあった。
気が付いたときには、この奇妙な無人島に漂着していた。

夏らしい強い日差しの下で、
私はひとまず、雨風を凌ぐことができそうな場所を探すことにした。
少し歩いてみるとすぐわかったが、
どうやら無人島と言っても、もともとは人が住んでいたらしい。
あちらこちらに住居や店があり、
まるでつい先程まで人が住んでいたかのような美しい状態を保っていた。
不思議と動物や虫にも遭遇することはなかったが、
そのことは安堵よりも得体のしれない恐怖を私に与えた。
人だけでなく、動物や虫までもが示し合わせたようにどこかに隠れていて、
まるでよそ者の私をジッと観察しているかのような、
気味の悪い想像を掻き立てるのだ。
密集した植物の発する慣れない湿気がそういう気持ちにさせるのだろうと、
自分の気持ちを奮い立たせながら、散策を続けた。

島内を歩いて回るのは簡単だった。
平地の多い、小さな島であった。
私の知っているような果実や野菜こそ見当たらなかったが、
食べることのできそうな植物はたくさんあるし、
川も見つけることができたので水分補給についても当分は問題がなさそうであった。

数日間この島で過ごしていても、
相変わらず人はおろか、虫すら見かけることはなかった。
だが、次第に恐怖は薄れ、徐々に島に対して愛着すら抱くようになった。
殊に興味を惹かれたのは、神社である。
鳥居は立派な石造りで、
両脇には壮健な狛犬がキッとこちらを見つめ返してくる。
どこからか心地よい風が常に吹いており、
遠くで風鈴がちりんちりんと涼やかに鳴るのが聞こえた。
自分が遭難していることすら忘れてしまうほどの安らぎと、
現実離れした美しさがそこには在った。
まるで金魚が、小さな鉢の中を心地よく泳いでいるときのような気分なのだ。閉ざされているからこそもたらされる完璧な美と安寧......。
ずんずんと意識が吸い込まれてゆき、
ハタと気づくと本宮の冷たい床に倒れていた。
風鈴がすぐそばでたくさん鳴っている。
目の前にはたくさんの鳳凰の形をした彫刻が、
艶やかな玉虫色の光を纏いながら、
発条の仕掛けられた機械のようにぎゅるんぎゅるんと音を立てて
首や羽を震わせていた。

「寂しいか」

まどろむ意識の中で、《なにか》がそう話しかけてきた。
身体は火照ってずっしりと重く、口を開く気力もないので、
「寂しい」と心の中で応えた。
するとそれに応じて、語りかけてくる。

「この島から出たいか」

やはり人が恋しかった。私は「出たい」とだけ応える。

「羽を授けよう。ただし、羽を与えられたら、必ずこの島から飛び立たねばならない」

その声を聴いた途端、抗いがたい睡魔に襲われて、気を失ってしまった。

目が覚めると、
何事もなかったように最初に漂着したときの状態で私は倒れていた。
長い長い夢を見ているような気持ちだったが、確かに飛び立てる気がした。
私は静かに瞼を閉じる。

自分の羽が広がっていく。

すっと足が浮くのを感じた。

どんどんと地面から離れていく。

ふと島を振り返ると、たくさんの《住民》たちが、私を見送っていた。

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