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Split of Spirit 1

<序>

 部屋の中が見渡す限りビーカーや薬品の瓶で溢れかえっている。

お湯の湧き上がった音を聞くと男は眠りから目覚めたようで、ゆっくりと立ち上がって電気ポットの前へ立つ。

ポットの隣においてあるインスタントコーヒーの蓋を開けてスプーンで少量すくい、お湯を注いでかき混ぜる。

コーヒーを片手に持ちながら、席まで歩いてコンピュータの電源をつける。
マウスを動かしながら、ファイルをクリックして確認作業を行う。

男は手を止めた。

魅了されているかのように液晶画面を見つめ続ける。

男は微笑みながらカップを置き、椅子から立ち上がって伸びをする。

ポケットの中からスマートフォンを取り出し、電話をかける。

「もしもし…――――か?例の件だが…あぁ期待していろ、予想以上のものを見せられそうだ。」


西暦☓☓年、日本で、人工知能が用いられた人造人間に我々と同じように人権が与えられることが総議員の79,3%の賛成で可決された。

猛反対する国民の声はあったものの、各国間での経済活動において人造人間は人間と同等もしくはそれ以上の働きをしていることは当時の人間から見れば、周知の事実だった。

現に、人造人間のメンテナンスセンター、人間で言うところの病院のような施設数は、すでに200を超えていた。

話は逸れるがロボット三原則というものを知っているだろうか。

というのも今回の決議で人造人間は完璧な人間ではないロボットのようなものとも人間社会に属しているものとも言えるようになった。

このロボット三原則を人造人間に当てはめるか否か、最近のニュースでは、この話題で持ちきりである。

ロボット三原則

第一原則
「ロボットは人間に危害を加えてはならない。」
第二原則
「第一原則に反しない限り、人間の命令に従わなくてはならない。」
第三原則
「第一原則、第二原則に反しない限り、自身を守らなければならない。」



「どう考えてもあんな人もどきと俺達が共存するなんてェ無理に決まってるじゃないか。」

「そんなことないと思いますけどね〜」

「おや?あなたはAI肯定派ですか?」

「僕は中立的な立場ですよ。」

朝っぱらからなんの騒ぎだと不機嫌そうに少年は目を開く。

少年の名前は鳴田秀平、
近所の高校に通っている一人暮らしの学生だ。

昨日から一晩中点いていたらしいテレビが今朝のニュースの様子を映し出している。

ふと自分の周りを見ると、昨日の自分は布団ではなくソファーで眠りについているらしかった。

議員の裏金だったり、芸能人の不倫だったり、テレビはどうしてこうも決まった話題を繰り返すのだろうか。
飽き飽きする。

大きなため息を漏らしながら、リモコンを手に取り電源を消す。

テレビの画面が暗転し、目に入った画面。

自分の後ろに見知らぬ誰かが立っている。

少年は叫び声を上げた。


青年は片手で耳を塞ぎ、うるさいと言わんばかりのジェスチャーを見せつけた。
少年が事態を把握しきれずに困惑していると

「爺さんに頼まれて来たんだって言えばわかるか?」

「爺ちゃんが?」

「お前が一人暮らししてるからだって……最近何かと物騒だろ?」

「そうですか…。」

「リアクション薄いな…まあいいや喉乾いたから茶をくれ。」

「お湯沸かすんでちょっと待っててください。」

少年は客人ではあることに変わりないが如何せん厚かましい態度だと感じる。
電気ポットで湯を沸かす間に、注意深く、青年の行動を監視する。

自分よりも年増で、大柄な体格、足を組みながら椅子に座っている。
礼儀はあまりなっていないらしい。

ただ、最近この街で、犯罪が異常に増加しているらしいと高校の先生に注意されたので、一人暮らしの自分にはいい話だった。

ひとまず青年をダイニングの椅子に座らせ、恐る恐るお茶を差し出す。

「お気遣いどうも。」

「いえ」

ふと外から物音が聞こえたので、カーテンを開ける。

どうやらいつも駅前で見かける抗議活動のようなものがこのあたりの住宅街まで押し寄せてきているらしかった。

「私の息子は人造人間によって職を奪われて路頭に迷い、今も生活保護を受けて生活しています!!」

【ロボットに人権は不要!!】

【国民は人造人間によって苦しめられている!】

こんな住宅街にまで来なくてもいいのにと思う。

そう思ったのと同じくらいのタイミングで、青年の舌打ちが耳に入ってきた。
青年の方を見ると、見るからに不機嫌そうな顔で、煎れたばかりのお茶をもう飲み干していた。

「あ、熱くないんですか?」

少年は興味本位で尋ねる。

「別に」

さっきまでの図々しいような態度とは打って変わってむくれている。
なにか地雷を踏んだだろうかと少年は思い返す。
思い返している途中で、ようやく彼に名前を教えてもらっていないことに気がつく。

「あの…名前…」

「なんだ?」

「教えてもらっても?」

「あぁ、そうだったな…俺は南場だ。よろしくな鳴田秀平。」

そう言って南場と言うらしい青年は手を突き出して、握手を求める。

「なんでフルネーム…」

「まぁ細かいことは気にすんな、男だろ。」

「セクハラですよ」

青年のさっきまで険しかった顔は嘘のようにほぐれていた。

鳴田秀平と南場の出会いである。


<一>

南場も自分と同じような孤児だったのを爺さんに拾われたらしい。
育ての親が一緒なので自分たちは兄弟であるというのが彼の言い分だ。

今の職業を聞くと、兄(仮)は表情を曇らせて目線を外した。

ニートですかと呟くと南場はまた落ち込んでしまった。

しょげる南場をよそ目にスマホに注意をやる。

「まぁそれ以外にも色々あるんだよ…仕事が…っておい聞けよ。」

「まただ…」

交通事故が起こったらしく、街から人が二人減ったらしい。

最近の街の死亡事故件数は過去のデータと比べても明らかにに不自然だった。

シャープペンシルを取り出しノートに記録する。

「うわっ!!何だお前それ!?」

後ろから覗いてきた南場が大声を上げる。

「何ってこの街の死亡者数の増減の記録ですけど」

「鳴田、お前機械じゃないんだから」

「趣味だし、別にいいでしょ。」

「…まぁ、着眼点はいいがな…」

「何かいいました?」

「いや、なんでもない。なんか読み取れるのか?そのデータから」

自分なりの推理を彼に話す。

「〜このデータからもわかる通り単なる事故だけではないと思います。
いくら事故や事件の種類が違うとはいえ不自然で、何らかの目的を持った人たちが組織化していると考えるのが妥当です。」

つい早口になって熱弁してしまった。

我を取り戻し、ノートから目を離す。

南場は頬杖をつきながら呟く。

「いいね…」

「からかわないでください」

「いや、本音さ。」

少し談義を交わしたあと、昼食の買い物に出かけた。

スーパーに向かって歩いていると南場からこれまでの一人暮らしについて聞かれる。

「いつも自炊してるのか?」

「外食はたまにしかしません。」

「学校も行きながらで大変だろ」

「まぁいずれ自立しないといけませんし。」

「うっ…」

現在ニートの一般成人男性には少しきつい言葉選びだったようだ。

これからは二人分の食事を用意しなければならないと陳列棚の商品を手に取りながら考える。

「なんかアレルギーとかあります?」

「トマトが苦手だ。」

「じゃあ克服しましょうね」

今日の昼飯はトマトづくしのイタリアンに決まった。

自分より屈強そうな男の人の気分がコロコロ変わるのは見ていて面白かった。

レジでの会計を済ませて、店を出ると駐車場の辺りで、妊婦さんらしき人と男が何やら揉めている。

妊婦の方はへたり込んでいた。

「お願い…やめて」

「これで実質2人分と…」

男が妊婦に向かって拳を振り上げる。

「おい!!」

鳴田は買物袋を手から離して男の方へ向かって走り出す。

「待て!!」



南場も俺が走り出したのと同時に男を追いかける。

男は二人に気づくとその振り上げた拳を翻し、一目散に逃げていった。

妊婦に怪我はないようなので

警察を呼んでくれとだけ言い残し路地裏の方へ逃げた男をたどる。

二人一斉に走り出したものの南場は俺よりも先に男に追いつこうとしていた。

「くそったれ!!」

男はそばにあった大きめのコンクリートブロックを軽々と手に取りすぐ後ろまで近づいていた南場に向かって振り下ろす。

一瞬肝が冷えたが、彼の体勢は少しよろめいただけだった。

むしろぶつけられたコンクリートブロックのほうが粉々に砕けていた。

南場は何も言わずにポケットから銃のようなものを取り出して、銃口を走っていく男の背中に向ける。

しかしさっきの殴打で脳震盪を起こしていたようで膝をついてしまった。

南場にようやく追いついた僕は、

「これ実銃?」

首を軽く横に振ったのを確認すると、銃を持っている南場の手を支える。

「おい、何やって」

引き金を引く。

映画やドラマで聞いたことのある重苦しい音とは違い、乾いた音だった。

銃弾は、狙っていた男の足元を捉え、男は前のめりに倒れ込んだ。

それでも、うめき声をあげながら腕の力で男は前に進んでいる。

鳴田と南場は男を囲む。

違和感に気づく。

「この男、血が…」

さっき撃たれた場所には麻酔針のようなものが刺さっていた。

南場がそんなものを持っていることに多少の疑問を覚えたが、それも別の情報に遮られた。

体勢を崩して倒れ込んだ男の膝の傷口からの血は無かった。

代わりに傷口から見えているのは無機質な金属の回路だった。

「バレたか…」

鳴田の思考が止まる。

男は不敵に笑っていた。

「Code OFF」

「やめろ!!」

南場が叫んだ。

鳴田が硬直してほんの一瞬の虚だった。

機械音声のようなものが、目の前の男から聞こえてくる。

『音声認証 コマンド実行』

男の意識はそこで途切れた。

指の先に触れてみても脈と体温を感じることができない。

「南場、コイツって…」

俯いて互いに目を合わせようとしない。

ゆっくり口を開く。

「人造人間だ」




























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