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Split of Spirit 9

「鳴田君が拉致されたみたいなんです!」

「……………マジ?」

「何かあったんですか?」

周りの先生方が集まってくる。

「状況は?」

南場がいつになく真剣な顔つきになる。

松裏が説明する。

「ホテルの前の商店街を抜けたところで、喧嘩騒ぎがあったみたいなんです。

鳴田君が喧嘩していた二人を仲裁しようとしたときに、後ろから高校生ぐらいの男子が連れて行ったみたいなんです。

でも鳴田君は無抵抗だったらしくて。」

「でもそんなの絶対おかしいですよ!」

「鳴田くんがそんなことするなんてありえない!」

槙野さんが強く否定する。

南場は妊婦を襲っていた男や、芝田の挙動を思い出す。

(もしかすると…………)

「南場先生!!手分けして探しましょう!!」

「ああ」



―どこかの廃屋―

「うっ……」

鳴田の意識が戻る。

「目が覚めたか?」

吉沢が覗き込んでくる。

鳴田の身体は椅子に縛り付けられている。

「なんで俺を」

「その理由が知りたいというんだね」

鳴田は何も言えず困惑する。

「いいだろう、話そう、俺たちの運命を。」

吉沢が語りだす。

「とある国の研究所で実験が行われていた。

そこでは人の幻想を実現させる物が創造されたんだ。

それを『イマジナリーブレイン』と呼ぶ。」

鳴田は吉沢の言動を理解できない。

「呆気にとられるのも分かる。

だがな、存在するんだ!

人のあらゆる望みを叶えてしまう代物が!!」

吉沢は興奮しながら語りだす。

「君はおそらく、生まれながらに持ったその善性や自己犠牲の精神が作用したんだろう。

自分の力だけでは救うことのできない人達をも救いたいという無謀な願いが、鳴田君の意識外で表面に現れている。

それが君の能力だ。

僕からすればあまりいいとは思えないがね。

自己犠牲や善い行いも所詮は他人の評価軸に合わせた生き方だな。

その行いが自分のためになっていると思うのならば、それは自分のエゴを相手に押し付けているだけの空虚な生き方だ。」

「なんだ?急にしゃしゃり出てきて偉そうに。

お前だって人のこと言えないだろ?

人を洗脳してるくせに。」

吉沢がしゃがみ込んで、座っている鳴田まで視線を下ろす。

「いつ気づいた?」

「何回も見てればわかるだろ。

妊婦を襲った人造人間といい、この前の筋肉ダルマといい、実際にされてみて分かったがな。」

「やはり鋭いな!驚いたよ!!」

「質問したいことがある。」

「なんだ?」

「俺は…………」

考えていることを口にしたくない。

鳴田の心構えができる前に、吉沢は話を遮り、語りだす。

「そう、君はその『イマジナリーブレイン』の被検体第一号だ。」

「………」

鳴田は沈黙を続ける。

「その後、鳴田君の経過観察が追えなくなり、人間ではなく、人造人間たちが標的となった。

鳴田君のように、脳の半分という中途半端なものではない。

100%「イマジナリーブレイン」の移植だ。

生まれ持った人間性は完全に剥奪される。」

「……………」

「まぁそのおかげで今、こういうことができるんだけどね。」

吉沢はどこか空しそうな様子で自分の手を見つめる。

(洗脳する条件は吉沢の手が体のどこかに触れること。)

「おっと、逃げようなんて思うなよ。」

吉沢が指を鳴らすと、廃墟の外から人造人間たちが集まってくる。

(数はずっと20から30人。

正直一人で相手するのは厳しい。)

パリンとガラスの割れる音が吉沢の背後から響いてくる。

吉沢が振り向くと、そこにはガラスのみが散乱している。

視線を鳴田に戻す吉沢。

鳴田を庇うように、南場が立っている。

「南場ちゃん!!」



〈六〉

「ハハッ!見事に出し抜かれたね!!」

吉沢が不敵に笑う。

「鳴田に『それ』が成長するまで手を出さないんじゃなかったのか?」

「いいじゃないか、鳴田君が知っておいて損はないはずだ。」

「そうじゃない、危害を加えないという話だ。」

「君はどちらの味方なのかな?」

「俺はいつでも弱い奴の味方だ。」

「弱い奴で悪かったな!!」

拘束の解けた鳴田が南場の背中を叩く。

「それにしてもなんで俺の居場所が分かったんだ?

こんなに山奥なのに。」

「GPSは標準装備だろ?」

南場がスマホに映る鳴田の現在地の画面を堂々と見せつけてくる。

「……………分かってるよな?」

鳴田が、怒りを露わにする。

「はい、すみません。」

「さて、おしゃべりも済んだみたいだし、お手並み拝見といこうか。」

吉沢が手を振り上げ、人造人間たちに合図する。

周りを囲んでいた人造人間たちが、一斉に襲い掛かってくる。

「『退却』最優先で行くぞ。」

「おう」

鳴田は南場に背中を預ける。

周りを見渡し、飛び道具持ちがいないか確認する。

「ッ!!」

鳴田が敵の腹部へ強烈なストレートを入れる。

「腰入れろ!!腰!!」

「わかってる!!」

南場が鳴田へ注意を向けた瞬間、南場の前に構えた敵が金属バットを振りかぶる。

「遅い。」

南場は敵の腹部に拳を近づける。

『寸勁』

敵の身体が、宙を舞う。

威力の衝撃で、前方の敵の何人かがまとめて倒れる。

「突破するぞ!!」

「おう!」

「行かせないよ」

吉沢が鳴田の前に立ちはだかる。

南場は人造人間たちに囲まれる。

鳴田が吉沢に向かっていく。

(鳴田君の動きは単調で読みやすい。)

鳴田が左足を思い切り踏み込む。

(右だ!!)

吉沢は左腕で構える。

(オーバーロード)

鳴田の意識は瞬間的に「それ」と交代する。

(なッ!!)

鳴田は身を屈めながら接近し、立ち上がりながら背中を突き上げ、吉沢を吹き飛ばす。

『鉄山靠』



数秒後、吉沢が目を開けた時には、二人の姿はなかった。

「………油断したね。」

「奴らを追いますか?」

「いや、今日はこの辺にしておこう。

現時点でのタスクは達成した。」

今度は鳴田君の意思でこちらへ向かってくるはずだ。」

吉沢は鳴田に攻撃された箇所を手でさする。

「まだ、完全ではないか………。」



廃墟を出た二人は、南場が運転してきた車に乗って、宿泊予定のホテルへ向かう。

「南場ちゃんって、車の免許取ってたんだな…。」

「まぁな」

「追ってくるかもしれないから飛ばすぞ。」

「任せた、うぉっ!」

南場は北海道のまっすぐな道路を目前に猛スピードを出す。

「南場ちゃんは組織のスパイみたいなもんだって前に言ったよな。」

「ああ、そうなるな。

今回の件で俺はもう組織には戻れそうにないがな。」

「あの時、(Split of Spirit 2、3参照)俺を組織のところに連れて行ったのは、本当に南場ちゃんの判断なのか?」

「ああ」

「あの時、さっきの吉沢ってやつはいなかったのか?」

「俺が確認した限りではな。」

「ふう、まぁいいや、ちょっと疲れた。」

「実戦でもきれいな形で使えたな。

『オーバーロード』」

「心の中で叫んでるのちょっと恥ずかしいけどな。」

「なんでだよ、かっこいいだろ!!そっちのほうが」

「まぁいいんだけどさ。」

鳴田と南場の笑い声が車の中で響く。

明るい声は車内の二人にしか聞こえない。



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