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村上春樹、スプートニクの恋人

 「スプートニクの恋人」はなぜか好きな作品で、本棚の大量の本の中にあって、タイトルを見るだけでなんだか胸踊るような、読みたくなるような、ちょっと光って見える作品です。
 なんでそんなに自分にとって良い本だったのか、久しぶりに読み直してみました。ネタバレが目的の記事ではありませんが、好きな文章を抜き出したり、感想を書いているので、まだ読んでなくて新鮮な気持ちで読みたい方は読まない方がいいかもしれません。。。


それがすべての物事が始まった場所であり、(ほとんど)すべての物事が終わった場所だった

 この小説は最初の文章だけがメモとしてずっとあって、この文章から始まる物語を書こう、というふうに書きはじめた小説だと、どこかで村上春樹が言っていたと記憶しています。だから、なんと言っても最初の文章が良い。

22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。そして勢いをひとつまみもゆるめることなく大洋を吹きわたりアンコールワットを無慈悲に崩し、インドの森を気の毒な一群の虎ごと熱で焼きつくし、ペルシャの砂漠の砂嵐となってどっかのエキゾチックな城塞都市をまるごとひとつ砂に埋もれさせてしまった。みごとに記念碑的な恋だった。

 この後にすみれがどんな人に恋に落ちたのかの説明があって、見出しで引用した文章に続くのですが、村上春樹の気分的にも、この文章から物語を書きはじめる、ということで、「それ(=この文章)がすべての物事が始まった場所であり、(ほとんど)すべての物事が終わった場所だった。」という言い換えもできるかもしれません。

「スプートニク」という隠喩

 「スプートニク」は当時のソヴィエト連邦が打ち上げた世界初の人工衛星で、直径58センチ、重さ83.6kg、地球を96分12秒で一周したそうです。改めてこの隠喩について考えてながらこの小説を読んでみると、「スプートニクの恋人」は

・はるか遠くにいて手が届かない
・謎めいていて、ある種の暗さを持っている
・遠くからみると流星のように美しいが、それ自体はとても孤独

という感じの人なんだなあ、ということがとてもよく理解できました。こんな人はどんな人なのか、どういう恋の展開になるのか、ぜひ小説を読んでみてください。

好きな文章

 村上春樹の小説では比喩が多用され、その比喩におけるユーモアセンスが魅力の一つだなあ、と思っているのですが、この小説では主人公たちに文学的な背景があるので、会話文でも色々な比喩が出てきます。それが読んでいてとても楽しい。その中で好きな文章の一部を紹介します。

「ねえ」とすみれは言った。そして微妙な間をおいた。ペテルスブルグ行きの汽車がやってくる前に、年老いた踏み切り番が踏切をかたことと閉めるみたいに。

こういう比喩って、ちょっと思いつかないと思うんだけど、思いついた時にせっせとメモしているんだろうなあ、と思う。

くだらない冗談を燃料にして走る車が発明されたら、あなたはずいぶん遠くまで行けるわよね

これは村上春樹が実際に奥さんに言われてそう。勝手な想像ですが。笑

あなたってときどきものすごくやさしくなれるのね。クリスマスと夏休みと生まれたての仔犬が一緒になったみたいに

たしかにこの3つを並べられると優しい気持ちにならざるをえない。

この恋は私をどこかに運び去ろうとしている。しかしその強い流れから身を引くことはもはやできそうにない。私には選択肢と言うものがひと切れも与えられていないからだ。私が運ばれていくところは、これまで一度も目にしたこともないような特別な世界であるかもしれない。それはあるいは危険な場所かもしれない。そこに潜んでいるものたちがわたしを深く、致命的に傷つけることになるかもしれない。わたしは今手にしているすべてのものをなくしてしまうかもしれない。でも私にはもうあと戻りすることはできない。目の前にある流れのままに身をまかせるしかない。たとえわたしという人間がそこで炎に焼き尽くされ、失われてしまうとしても。
惑星が気をきかせてずらっと一列に並んでくれたみたいに明確にすらすらと理解できたの。私にはあなたが本当に必要なんだって。あなたはわたし自身であり、わたしはあなた自身なんだって。

この二つの文章をみると、上が恋で下が愛だなあ、ととても納得します。恋は衝動的でそれだからこそ理性的に考えて傷つくことがわかっていても突き進むしかない。愛はお互いがお互いをとても理解していて、腹落ちするもの。相手を自分のことのように思えること、みたいな。(その区別はとても微妙なものだけど、、、)

最後に

 なんでこの小説が自分にとって良い本だったのか、というの考えると、この小説を最初に読んだとき、人を好きになるとか、人を愛するというのはこういうことか、と納得させられたような気がします。そして、スプートニクとか宇宙を比喩にした文章がたくさんあって、宇宙のことが好きな自分にとっては、好きな文章もたくさんあってよかったのだろうと思いました。読み終わった今もまだちょっと光ってる。またしばらくしたら読み返すんだろうなあ。

以上です。最後まで読んでくれてありがとうございました!


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