【創作】君に花を贈ろう
「1年間ありがとう。亮太に赤いチューリップをプレゼントです」
大学3年の夏、付き合って1年目の記念日に花をもらった。
彼女である綾香は1つ下で、出会った時は高校生感が残る、良くいる量産型女子というイメージだった。
俺達が距離を縮めたきっかけは映像研究の講義。たまたま前後の席で、たまたま同じグループになり、話すようになるという良くあるやつだ。
綾香はハッキリ物を言い、遠慮なく脛を蹴ってくる子だった。
毎日馬鹿みたいに笑い、優しい笑顔で人を明るくする、人に好かれる子。
好きだった奴に振られた時は、問答無用で俺を呼びつけた。そして無理やり隣に座らせ静かに泣いた。
俺は彼女の、自分の感情に素直なところに惹かれ、告白した。
「チューリップ?俺花なんか育てらんねえよ」
「なに、花なんかって。ちゃんと私の気持ちが詰まってるんだから受け取ってくださーい。」
そう言った綾香の顔はいつもの優しい笑顔だった。
「赤いチューリップの花言葉って知ってる?真実の愛、愛の告白なんだって。だからぁ、これからも、ずっと好きです……て気持ちを込めて、ます」
不自然に言葉を切り、語尾が小さくなる綾香は俺から顔をそむけた。耳を赤くして、照れてるのがもろバレだ。
興味のないふりをして一輪のチューリップを受け取るけど、俺の心臓はドキドキしっぱなし。普段売り言葉に買い言葉で言い合いばかりの俺たちだから、こんなに愛らしく、ギュッと腕の中に閉じ込めてしまいたくなるこいつは激レアキャラだった。
2回目の記念日は俺もチューリップを1輪贈った。綾香も赤いチューリップを持ってデートにやってきた。
「私も貰えるなんて思ってなかった」
大きな目をさらに見開き、本当に驚いたという顔をする。素直に可愛いと思った。
それからは、毎年必ず赤いチューリップを贈りあい「1年間ありがとう、これからもよろしく」と伝え愛を育んでいた。
もうすぐ4年目を迎える今年、俺は花を贈って同棲の提案をしよう画策していた。
先に社会人になり一人暮らしを始めた俺の家で半同棲生活を送っていた、がきちんと区切をつけたいと思ったからだ。
それに彼女が新卒入社した会社が色々と大変らしく、体調を崩しがちな事が気がかりな事も理由の一つ。人生の先輩として、パートナーとして側にいてあげたい。
俺はあれこれ計画を立て、記念日当日を待つ。
「今年はね、絵にしてきたの。本当は手に入れたかったんだけど、ちょっとできなくて」
記念日当日。そう言って綾香は、くるくると巻かれ輪ゴムで留られた1枚の紙を俺に渡してきた。
そこには水彩テイストで描かれた赤いチューリップの花束があった。暗黙の了解で贈られる、記念日の赤いチューリップがたくさん。俺は、明らかにいつもと違う点を指摘する。
「なんでこれだけ黒いチューリップなわけ?」
「私の気持ちだよ。愛情がたぁーーっぷり詰まった私の気持ち」
「ふーん。なんか、黒って格好いいな」
「そういうバカっぽいところ、付き合う前からずっと好きだった」
ケラケラと笑う彼女の顔はあの頃より大人びていて、だけど変わらず優しかった。
「俺手紙書いてきたんだ」
「うそ!いつからそんな粋な事できるようになったの」
失礼な奴。
俺はカバンから取り出した封筒を人差し指と中指ではさみひらひらとゆらす。
「今なら俺の音読サービス付き。お代は愛の口づけで結構。お得ですよ、いかがですか?」
「……仕方ないですねぇ」
優しいキスを対価に俺は手紙を読み始める。
「拝啓 草木の緑も一段と濃くなって――。」
「亮太。来年も、再来年も、ずっと幸せでいてね」
「当たり前だ。俺だけじゃなくてお前も幸せになるんだよ」
目に溜めていた涙がとうとうワァッと溢れだし、グスグスと鼻をすする綾香を俺はぎゅっと抱きしめた。
本格的に一緒に暮らし始めるのは来月を目標にと話をまとめ、その日は体調が悪くなったという彼女を実家まで送り届けた。
翌日、休みだった俺は昼まで爆睡。起きてすぐSNSを確認したが綾香からの連絡はない。珍しいなと思いながら『おはよう』と一言メッセージを送った。
貰った水彩画を壁に貼り、ニヤつきながら黒いチューリップの花言葉を検索し、綾香に電話を掛けた。
繋がらない。
実家にもかけたが数時間前に出かけたらしい。
身支度も早々に家を飛び出し、目的地もわからないまま駆け出した。
どれくらい時間がたったかわからない。もしかしたら30分もたっていないかもしれない。
彼女の実家から一本の電話が入った。
「綾香が自殺した」
13:34 メールを1件受信しました
「亮太ごめんね。この先私の事は忘れて幸せになって。ありがとう」
黒いチューリップ 花言葉 『私を忘れてください』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
Prologue投稿作品 一部改良