紅 琳子
2000字程度の短編集
トン、カラララン。コト。 昔ながらの喫茶店で私はランチの到着を待つ。座席についた際にいただいたお冷には氷が入っており、テーブルに置くたびにカラカラと涼しい音をたてた。 生まれてから18年。一度も引っ越しもせずこの街に暮らしていたけれど、こんなに風情のある喫茶店があることを私は知らなかった。 周りのみんなが受験勉強に本腰を入れ始めた中間テスト後。やりたい事も行きたい学校も特になく、でもこのご時世だから近くの大学は出ておこうと私も少し勉強を始めた。 元から一生懸命勉
とある日の音楽堂のステージで、合唱部による県大会予選が行われていた。 ポロン、ポロンと静かにピアノの伴奏が鳴る。流れ出したメロディーが空気に乗り、会場の1番奥まで音を届けた。 何もかもが大きく感じた。客席も、ステージも7人にはとても広く、大きい。同じ壇上にいる筈なのに、他のパートの声が届かなくなる事がある。隣にいる仲間の声も聞こえず、酷く孤独だ。 指揮者と伴奏と、視界に入る仲間の姿が私は一人じゃないと実感させるが、スッカスカの雛壇を埋めるよう、30cm程開かれた互
とある日の音楽堂のステージで、合唱部による県大会予選が行われていた。 ポロン、ポロンと静かにピアノの伴奏が鳴る。流れ出したメロディーが空気に乗り、会場の1番奥まで音を届けた。 指揮者の指示により、スッと音を響かせ30人が一斉に息を吸う。 天使のような繊細なソプラノが。厚く、落ち着いたアルトが。曲に深みを出すメッゾソプラノが。 それぞれが「主人公」であるかのように、しかしお互いの邪魔をしないように。顔を指揮者に向けたまま、空気の振動と伝わる音を頼りに駆け引きをする。
「1年間ありがとう。亮太に赤いチューリップをプレゼントです」 大学3年の夏、付き合って1年目の記念日に花をもらった。 彼女である綾香は1つ下で、出会った時は高校生感が残る、良くいる量産型女子というイメージだった。 俺達が距離を縮めたきっかけは映像研究の講義。たまたま前後の席で、たまたま同じグループになり、話すようになるという良くあるやつだ。 綾香はハッキリ物を言い、遠慮なく脛を蹴ってくる子だった。 毎日馬鹿みたいに笑い、優しい笑顔で人を明るくする、人に好かれる子
湯気が沸くカップがテーブルに1つ。 その横をゆらゆらと彷徨う左手は、持ち手を見つけられずカップの胴体を鷲掴んだ。 「飲み物を飲むときくらい本から目を話せばいいのに」 何かに熱中している時は周りを気に留めない彼のことだ。私のこの呟きも聞こえていないだろう。 左手はカップを掴んだまま、右手で器用に本のページをめくる。横着だとも言える仕草でさえ、彼の細く長い指が行えば妖艶に見えるから不思議だ。 特段、彼の指が綺麗なわけではない。人差し指はささくれだっているし、爪だって深爪
「社会人になったら出会いがなくなったの意味を痛感してる」 「わかる~。ゆーて学生時代もなかったが」 「理恵は共学だったじゃん。こちとら女子大卒の女子の花園へ就職だかんな。なめんな」 「菜穂さんや、男がいても話すかどうかは別なのよ」 女が集まればもっぱら話題は恋の話であるが、彼氏いない暦イコール年齢の女が揃いも揃って話す内容は、だいたい夢が詰まった理想の男性像についであった。そして話題の行き着く先はいつだって『出会いがない』のみである。 社会人2年目。今年24歳。趣