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【創作】マッチングアプリでいいねができない。

「社会人になったら出会いがなくなったの意味を痛感してる」

「わかる~。ゆーて学生時代もなかったが」

「理恵は共学だったじゃん。こちとら女子大卒の女子の花園へ就職だかんな。なめんな」

「菜穂さんや、男がいても話すかどうかは別なのよ」

 女が集まればもっぱら話題は恋の話であるが、彼氏いない暦イコール年齢の女が揃いも揃って話す内容は、だいたい夢が詰まった理想の男性像についであった。そして話題の行き着く先はいつだって『出会いがない』のみである。
 社会人2年目。今年24歳。趣味と友人関係が充実してるし彼氏なんていたら邪魔じゃね?なんて言い張っていた学生時代も過ぎ、親、上司から結婚を心配される年齢になり多少焦りを感じていた。

 終わりの見えないウイルスと共に暮らす生活にもおかしな慣れが出てきたものの、やはり対面で友達と話せないのは心がきつい。それは、普段積極的に交流を持たず狭い世界で生きる私も同じであった。
 
 仕事柄、このご時世に遊びに行くのは憚られる。でも話したい。チャットは文字を打つのは面倒くさい。ということで数カ月ぶりに通話をする事にした私と理恵は、挨拶もそこそこに恋話(仮)をスタートさせた。

「彼氏欲しいー」

「菜穂は行動しなよ。顔だってそこそこ良いんだからバーとか行けば案外すぐできるかもよ」

「バーで誘ってくる男は危険って愛読書で読んだ。はぁぁどっかの石油王、私のこと拾ってくれないかなぁ」

 どこからか王子様が現れる、なんて夢物語は起こらない。私は現実を見ているんだから、と思いつつも二言目には必ず石油王と結婚が出てくるのだから大概立派な夢女である。

「行動しないと出会えないって。こんな環境下ならなおさら」

「なに、偉そうなこと言って同じ穴の狢じゃん」

「あたし、実はマッチングアプリ始めたの。んで、昨日会ってきた」

「は?!」

 やはりこれが噂の共学卒と女子大卒の差なのか。女子しかいない環境があまりにも楽すぎて何かの機会が無いと自分からアプローチをかけるのがだいぶ億劫である、と以前理恵に溢したことを思い出す。

「どうだったの?」

「普通にご飯行って、お金は向こうが払ってくれて、まっすぐ駅まで歩き始めるからお開きかと思ったら家に連れてかれた」

「ごめん恋愛初心者には意味がわからないよ。展開はやっ」

「今まで何人かと会ったけどこれは初めてで私も戸惑ったよ。で、家で酒飲み直して私が帰るって言って解散した」

 今日はこれが話したかったんだよね、と理恵はケラケラ笑う。

「え、え、怖くない?なんで会おうと思ったの?」

「なんとなく、良いかなって」

「もっと自分大切にしな?」

「いやいや!今どきマッチングアプリなんてみんなやってるしみんな会ってるよ。空気感知るためだけでも菜穂も入れてみなよ」

「いやいや、何年まともに殿方とお話してないと思ってるの?無理だよ、いいねきたらどうするの」

「いいねは来るんだよな。画像登録してなくても来るんだから」

「はぇぇそしたらどうするの?」

「いいと思ったら返せばいいし、気が乗らなかったらスルーすれば良いよ」

 理恵は自分のプロフィール画面を開き、どんな風に自己紹介をしたか、画像はどうしたか、相手とどんなトークをしたかなどをスクショで見せてくれた。
 スクショできちゃうんだと内心驚いたがそこは口にしない。

「理恵はなんでこの人とマッチしようと思ったの?名前、織田信長だよ」

「織田信長だったからだよ。ギャグセンスが私と近いかなと思って」

「わからん、私はそのセンス理解できないわ……」

 まあまあと、なかば強引にマッチングアプリをインストールさせられる。

あれから4時間話し続けお腹も空いたしとのことで解散する事になった。


「プロフィール審査にはちょっと時間がかかるから今夜進展教えてね」

 終わり際に言われた一言は、絶対やれよという圧がこもっていた。
 私はため息をつきながら、根負けして入れたアプリを開く。

 早速案内に従って自分のプロフィールを作り上げる。それが終わったら今日のおすすめピックアップとかいって男性が何人か表示された。

 一人ひとりプロフィールを開き、んーとかあーとか唸りながら、スキップし次の男性を表示する為にスワイプする。

「これプロフィール開いたら足跡とかいうの相手にいくんだっけ」

 私は理恵が熱く語ってくれた説明を頭の隅から引っ張り出してくる。

「こんな機械一つに載せられる情報だけで彼氏見つけるの?人類すごい進化してる。…あ、私にも足跡がついてる。」

 大きな独り言に反応してくれる者は誰もいない。開けた窓から入ってくる大型トラックのウィンカー音が、のどかな雰囲気を室内に運んできた。
 こうでもしないと出会いがない自分の置かれた厳しい状況と、のどかな現実の温度差が虚しさを助長させる。

「私を選んでくれるなんて、業者かサクラか誰でもいい遊び人なのでは?」

 自分の好きなもの選択する機能を漁っていると、いいねされましたとメッセージを受信した。
 渋っていたが実際いいねがつくと正直嬉しかった。
 私はスマホを見つめ、この人は自分で良いのだろうかという申し訳無さと、スワイプだけで人を選別している状況への冷めた気持ち、そして少しの高揚感を感じていた。


「菜穂は誰かとマッチングした?」

 なんだかんだアプリをインストールしてから1週間たったが、私は彼氏候補を見つけるという目的を見失っていた。

 どうしたものかと理恵にメッセージを送ると休みだったのかすぐに返事が返ってきた。

「いや全然。最近は世の中にはこんな顔の人がいるんだなあつて見たり、どういう文面が業者かを見極める遊びしてる」

「なんでそうなったの?!」

「だって、やっぱりマッチングするの怖いんだもん。文では饒舌だけど対面だと緊張して話せないし、会っても良い印象与えられないよ」

「なーんか結構重く捉えてない?そんなの相手も一緒だよ」

「そうかもしれないけどさ」

 この1週間、タイプじゃない人からも好みの系統の人からもいいねが来た。
 昨日も結構良いなと思った人に足跡を付けたらいいねが来て、どうしようかと悩んでいるところだ。
 確かに好みのタイプだったし趣味も似ていたのだが、見た目が派手めで、私の人生で仲良くなったタイプではなかったことが踏み切れない原因であった。
 もし、マッチして、気が合って友達になれたとして。更に運良く付き合う事になったとして。私はこの人と結婚できるだろうか。
 私の好みのタイプではあるが、結婚を考える理想のタイプとは真反対で、年収項目も今の私と同じくらいで。子供ができたら家計を回していけるだろうか。
 何も始まっていないのだから杞憂に過ぎないことは十分わかっていた。どうやら一時の衝動で行動ができる年齢ではなくなってしまったようだ。学生を終えたこの数年で元々の慎重な性格に臆病さも加わってしまったらしい。
 高校生の時は好きな人に気持ちがバレるくらい素直で無敵だったのに。
 
「1回押してみたら?試しにさ!」

「うーん。わかった」

 私は深呼吸をし、来ていたいいねに反応を返す。
 おそらく、ここで挨拶のメッセージを送れば会話が続くのだろう。

 私はメッセージを送る勇気はなくそのままアプリを閉じた。

「菜穂!よく頑張った!向こうが気になったらメッセージ来ると思うよ」

 その日1日、ドキドキしながら過ごした。
 しかし何も音沙汰はなく、数日が経ち本当に杞憂でしかなかったことを実感した。

「来年までにはマッチングアプリで自分からいいね押せるようになろう!」

 自身がマッチングアプリに向いていないことは重々承知していたが、1%でも出会えるかもしれないという淡い期待から私は続けることを選択した。

 1年経てばアプリの仕様も理解しているだろうし、私自身にも自身がついているかもしれない。
 小さな目標を掲げ、私は今日もスワイプをする。


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