見出し画像

歳をとる




お母さんが昔話なんてするもんだから、ある人の夢を見た。

わたしの夢の舞台はいつも白黒で、それでいて生々しくて、なんとなく今の私と同じ立場のまま繰り広げられる。ほんの少しだけ気持ちは大胆になっているようで、現実のわたしの性格とはわずかに違ったりもする。心の奥の奥の方にあるちょっとした心残りみたいなものを引っ張り出してきては、ドラマにしているようなものなんだ。

そんな風に明け方見ていた夢は、昔の恋人と久しぶりに再会するシーンだった。夢の中で主人公の私は今と同じ、おそらく31歳。それから今と私と同じように、息子と旦那さんがいる。寝ている私と同じように家族を大切に思っているのがよく分かった。それできっと本当なら昔の恋人になんて会っても会わなくてもどっちでもいいし、できたらもう、「会う」なんてしないような、古いことなのに。
知らない公園の屋根のあるベンチで再会する。せっかくだからと近くの自販機で二人ブラックコーヒーを買って、冷たくて苦いそれを飲んでは少し目を合わせたりそらせたりしながら、よそよそしくお喋りをした。たわいもない、でも互いが少しわがままに会話をしていた。私は正直に言えば「あぁ、私は昔、この人のことが好きでたまらなかったんだよね」ともどこかで懐かしくしながら。

「昨日、お母さんがあなたとの昔話をしていたんだけど。言うことの聞かない若者だったってことを思い出してゲラゲラ笑ったのよ。」みたいな話をして。良くも悪くも当たり障りなく、私は母と話した時と同じように彼とゲラゲラ笑いあった。それから私はわざとあっけらかんと「息子が待ってるからもうそろそろ帰るよ。じゃあね。」と、お別れをした。
帰り道に私は思うんだ。

「やっぱりあの人のああいうところが嫌だったのよね。とても真剣なシーンで、これが最後って分かっていても。何でもないようなずるい感じ。あの時ダメになってしまって本当に悲しかったけれど、やっぱり私には彼のそういう冷たさが耐えられなかった。」なんて。

いつもふざけているけれど、真剣な時には迷わずに泣いてくれたり、抱きしめてくれるのが今のパートナーだし、私の家族だ。私は夢の中でも、自分が帰っていく姿を誇らしく思っていた。
目が覚めた時、初恋は終わり生活があった。けど私はとても良い心地で目の前の現実に、ありがとうにも似たおはようを言えたのだと思う。

夢の中でも私はまた一つ大人になっていた。現実とリンクして、夢の中でも地に足をつけてアレコレ見つめて帰ってくる。それに少し驚いたんだ。夢の中でもちゃんと歳をとるのね。甘い記憶はその甘さを宿したまま、でもちゃんと、歳をとる。

この記事が参加している募集

沼落ちnote

今月の振り返り

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?