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インサイト・コンサルティング —「転」の編(その4)

こんにちは、RDPi 石橋です。

前回は、提案スキルの一つである「インサイト・コンサルティング」の中核とも言えるインサイトについて解説しました。提案相手に、複雑な問題を解決できることを確信してもらうためには、課題を生じさせている根本原因をロジカルに説明することで危機感を高めることに加え、インサイトによって課題の見方、考え方を変えてリフレーミングを生じさせるということをお伝えしました。インサイトによって相手の感情を大きく揺さぶるのです。

今回は、実際に前回までの工程で作成したシナリオ原型にインサイトを加えることで、提案相手のリフレーミングを生じさせるシナリオにレベルアップすることがテーマです。

クリティカル・シンキングとクリエイティブ・シンキングの融合

シナリオ原型は、推測を加えた上で論理的に仮説を構築し、問題の根本原因を明らかにして作成しました。問題にかかわる重要な要因を抽出して、ロジカルでわかりやすいシナリオを作るわけですから、クリティカル・シンキングによる産物ということができます。

一方、インサイトは、前回お伝えしたように、目からウロコが落ちるような見方や考え方のきっかけとなるものですから、インサイト作りには、ロジックを超えたクリエイティブな発想が求められます。クリエイティブ・シンキングによる産物といえます。ただし、クリエイティブ・シンキングだけで作ったシナリオは、突飛なアイデアという印象を与えてしまうことになり信頼を得ることにはなりません。シナリオは、ロジカルな分析が土台となって、創造的な見方や考え方が加わることで、提案相手の理性に訴えた上で感情を揺さぶるものになるのです。インサイトに基づいたシナリオは、クリティカル・シンキングとクリエイティブ・シンキングが融合したものなのです。

図1 クリエイティブ・シンキングとクリティカル・シンキング

インサイトに基づいたシナリオ

このように、インサイトに基づいたシナリオは、ヒアリングやデータなどの観測結果に推測を加えたものを材料にしたクリティカル・シンキングによる根本原因分析と、問題に対する見方や考え方を変えるクリエイティブ・シンキングによるインサイトを融合したもので、この融合が相手のリフレーミングを引き起こすのです。

図2 インサイトにもとづいたシナリオ

それでは、クリエイティブ・シンキングによるインサイト作りは、実際にインサイトに基づいたシナリオ作りを体験してもらうとわかりやすいと思いますので、これまでに紹介している事例を使って解説したいと思います。これ以降は、インサイトに基づいたシナリオをインサイト・シナリオと呼びます。

前回、根本原因分析を行うことで以下の3つのシナリオ原型を作りました。

シナリオ原型1「品質の根本原因分析ができていない」
試作品の品質を上げることが最優先であるにもかかわらず、デバイスのトラブルが多発しているのは、品質問題の根本原因分析を実施していないからだ。起きた問題の根本原因が明確になっていなければ効果的な対策を実施することができずにトラブルを繰り返すことになり、これからも計画通りにサンプルを顧客に納めることができず顧客の信頼を失うことになる。

シナリオ原型2「属人的な開発方法や管理になっている」
数人の特定の技術者に頼った属人的な開発方法となっていることで、その数人に開発業務が集中し開発リソースのボトルネックとなっている。そのため、作業負荷が限度を超え、品質問題などのトラブルを引き起こし、計画も遵守できない状況を引き起こしている。当然、実質的な開発責任は彼らが担うことになるので、どのようなプロジェクト体制を組んだとしても、開発の管理責任は曖昧なものになる。さらに、彼らは他の技術者を育てることもできず、今の状態を脱却することもできない。

シナリオ原型3:「計画や進捗管理、リスク管理の仕組みを持っていない」
特定の数人による属人的な開発方法となっているために、開発計画も彼らのそれぞれが自分の経験をもとに作成しており、その人以外は計画の妥当性を判断することができない。さらに、妥当な計画かどうかわからないので進捗管理のための基準として使えない。そもそも、開発の中心人物であるその人にしか開発状況は把握できないのに開発業務で手一杯となるため、進捗管理やリスク管理などを含め、プロジェクト管理にまで手が回らない。

インサイト・ワークシート

この3つのシナリオ原型と、得られた情報や分析結果などの関係する要因を見ながら、提案相手の固定観念や思い込みが何か、そして、それを崩すきっかけとなる視点や思考は何かを考えます。クリエイティブ・シンキングは簡単なことではありませんが、シナリオ原型に関係するこれらの材料をもとに、いろいろな制約を外して、分析的に深く深く考えた先にインサイトとなるものを思いつくことができます。

ただ、インサイトはロジカルな作業手順によって生み出すことができないため、インサイト作りをサポートするためにインサイト・ワークシートを作りました。

図3 インサイト・ワークシート

インサイト・ワークシートは、インサイトを生み出すための材料となった要因を記述する「得られた情報/分析結果」ブロック、生み出したインサイトの内容を説明する「インサイト」ブロック、そのインサイトを端的かつ印象的に表現した「インサイト・キーセンテンス」ブロック、このインサイトに基づいたシナリオにより実現する未来像を伝える「シナリオのビジョン」ブロック、という4つのブロックで構成されます。

この4つの要素がインサイト・シナリオを作るための重要な要素になります。このワークシートを使って各要素の中身と、要素相互の関係を見ることで、適切なクリティカル・シンキングとクリエイティブ・シンキングの融合になっているかどうかを確認します。

それでは、実際にワークシートを作成しながら、各ブロックに記述する内容を説明したいと思います。

固定観念の推察

ワークシートに記入する前に、まず、インサイトそのものを考えなくてはいけません。そのためには、まず提案相手である事業部長がどのような固定観念をもっているのかを分析します。

前述の3つのシナリオ原型について、これまでの分析から、事業部長には次のような思い込みがあると考えました。

思い込み1
不具合の根本原因分析ができていないのは、開発プロセスを整備することで根本原因をなくすことができると考えているため、実際、不具合分析は実施しているものの、そこから導き出した対策はなく、開発プロセスグループを設置したり、3点見積もりの仕組みを導入したりといった施策に力を入れている。他社の成功事例などから開発プロセス整備が重要だと思っている。

思い込み2
属人的な開発方法や管理になっているのは、数人の技術リーダーに技術面だけでなくプロジェクト管理面も任せ、開発するデバイスごとに技術リーダーを主役としたプロジェクト体制を組むのが、自分自身の成功体験だからだ。このやり方で顧客からの信頼を得てきた。開発進捗も技術リーダーがしっかりしてくれれば、状況を聞くだけで把握できる。技術リーダーがもっとレベルアップしてくれれば、従来通りのやり方で開発を進めることができる。

思い込み3
顧客の信頼を得ることが最重要で、そのためには顧客に提示した計画通りに開発することが必要不可欠。そして、技術リーダーは、営業部門が顧客にて維持した計画に合意しているし、いつも「大丈夫です」と前向きな姿勢でいてくれる。信頼できる技術リーダーに開発を任せるのがもっとも効果的なやり方なのは間違いない。

「インサイト」の作成

提案相手である事業部長のこのような思い込みを崩すきっかけとなるものがインサイトです。そのためにはどういうことを伝えればいいのか、繰り返しになりますが、現状調査や分析結果に基づいた具体的でロジックに基づいた説得力のあるものにすることが大切です。次のようなインサイトが、事業部長の思い込みを崩す切り口になると考えました。

インサイト1
従来から開発プロセス整備に力を入れてきたにもかかわらず、計画外試作の回数やリリース後の不具合を減らすことができていない。これは、従来からのやり方では問題解決にはならないことを示している。不具合件数という最終結果だけに注目していても、整備している開発プロセスが効果的な対策になるかどうかは判断できない。不具合を作り込んでいる状況や過程がわかる不具合の根本原因分析の仕組みを構築することが必要不可欠。

インサイト2
デバイスを特徴づけているコア技術部分は明確になっており、実際の開発は、コア技術を利用した短期間のシリーズ開発となっている。デバイスごとに従来通りのプロジェクト体制を組むのではなく、子会社も含めたプロジェクト管理の役割と責任を明確にすることで、少人数での派生開発でバリエーションを増やす開発体制を組むことが可能になる。

インサイト3
ビジネス拡大のためには、「人」を信頼することから「仕組み」を信頼できるものにすることが定石で、計画作成においても、考慮すべき要素は何か、そして、作成した計画の妥当性を基準に基づいて判断するための仕組みはどういうものなのかなどの仕組み化を行う必要がある。人を信頼するやり方では、信頼する人の数だけ正解のやり方が存在してしまう。各種データを取ることは行っているのだから、それらを活用して進捗などを可視化することができる。

インサイトを考える時、独りよがりにならないように気をつけてください。インサイトは、あくまでも提案相手の固定観念や思い込みを崩す、すなわち、リフレーミングを引き起こすためのきっかけ、トリガーです。これまでの調査や分析から、提案相手がどのような思い込みを持っているのかを分析し、それを崩すことができる切り口を考え出すことが重要です。

「インサイト・キーセンテンス」の作成

インサイトをリフレーミングのきっかけとして、提案相手に効果的に伝える役割となるのが「インサイト・キーセンテンス」です。相手にとって、インパクトがある短いキャッチーな文章で、伝えたいインサイトの内容を表現します。こうすることで、考え出したインサイトを相手に強く印象づけることができるのです。そして、インサイトはそれなりの内容量があるため、提案相手にそのまま記憶してもらうのは少々難しいのですが、インサイト・キーセンテンスを使うことで、インサイトにラベルづけをする効果があり、インサイト・キーセンテンスを言葉にするだけで、頭の中にあるインサイトの内容を引き出してもらうことができます。

前述の3つのインサイトそれぞれに、次のようなインサイト・センテンスを作りました。インサイト3については2つのインサイトに分けることして、4つのインサイト・シナリオにすることにしました。

インサイト・キーセンテンス1
開発プロセスによる対策は不具合削減に効果なし

インサイト・キーセンテンス2
目指すべきは短期開発に適した開発体制

インサイト・キーセンテンス3
(a) 計画に対する認識は三者三様、大きなギャップ
(b) 進捗が見えるデータはすでにある

「得られた情報/分析結果」の整理

これまでの現状調査や分析に基づいてインサイトを考え出したわけですが、「得られた情報/分析結果」には、そのインサイトを考え出すことになった調査内容や分析内容を整理して記述します。

インサイトがどのような要因から生まれたものなのかを説明できるようにしておくためです。インサイトは、クリティカル・シンキングとクリエイティブ・シンキングの融合による別の見方や考え方を促すものであるからこそ、どのような要因からインサイトができたのかを説明できるようにしておくことが大切なのです。

「シナリオのビジョン」の作成

「シナリオのビジョン」には、インサイトによって問題となっている現状が改善された結果、どのような状態が実現するのかを記述します。インサイト・シナリオごとに、どのような未来となるのかを表現することで、期待を明確で現実感のあるものにします。

また、実施する施策のアイデアがある場合もここに記述しておきます。施策を明示しておくことで得られる成果や状態をイメージしやすくなるからです。

インサイト・ワークシートの作成例

このようにして作成したインサイト・ワークシートが次の4つです。「得られた情報/分析結果」の部分は、この連載では調査結果を紹介していませんが、参考例として見ていただければと思います。これらの例を見ていただければ、インサイト・ワークシートを使うことで、インサイトの出来具合を確認できるだけでなく、後日見直し・修正をする場合やチームで共有する場合にも役立つことがわかると思います。

図4 インサイト・キーセンテンス1のインサイト・ワークシート
図5 インサイト・キーセンテンス2のインサイト・ワークシート
図6 インサイト・キーセンテンス3(a) のインサイト・ワークシート

図7 インサイト・キーセンテンス3(b) のインサイト・ワークシート

これまで4回にわたって、「インサイト・コンサルティング」における提案の中核となる「転」プロセスを解説してきましたが、今回のテーマであるインサイトの作成は、その中でも至ってコアなステップです。どのような固定観念や思い込みをもっているのかを明確にするのは、たとえ自分のことであっても難しいものですが、だからこそ、提案相手の固定観念を崩すことができれば、提案を受け入れてもらえる確率は格段に高いものになります。ぜひ、頭を振り絞ってインサイトを作り出し、インサイト・ワークシートを作成してみてください。

次回は、最終プロセスとなる「結」プロセスについて紹介したいと思います。インサイト・シナリオに沿ったソリューションとその期待効果を具体化することがメインテーマです。

ちなみに、今回紹介した4つのインサイト・シナリオですが、私が一番のインサイトだと思っていたのは「目指すべきは短期開発に適した開発体制」で、当たり前でインサイトの効果は低いだろうと思っていたのが「計画に対する認識は三者三様、大きなギャップ」でした。しかし、もっとも事業部長の心に響いたのは「計画に対する認識は三者三様、大きなギャップ」だったのです。どんな固定観念を持っているのか、どんなインサイトが刺さるのかは、結局は相手次第で提案してみないとわかりません。心を読むことはできませんから。ただ、相手の心に響くリフレーミングを引き出すインサイトになるかどうかは、これまでの調査や分析の努力に加え、どれだけ頭をフル回転させてインサイト・シナリオを考えたのかに大きく関係するといえます。結果に至るまでのプロセスが大切です。できることはすべてやり切ったと言えることを目指しましょう。

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