【小説】ファストパッション

なぜ、感覚器官は外側にしかついていないのか。
きちんと消化されたか見るために胃に目があってもよかった。心臓がちゃんと鳴っているか確かめるために臓器に耳があっても良かった。目が飛び出して自分の姿を見られる作りでも良かった。

これは神様のいたずらのように感じる。
自分のことが分からないから、「自分とは何か」を探し続ける生き物なのだ、人間は。
自分のことが分からないから、「自分とは何か」を探し続け、そして人間は、文明を、文化を、芸術を作った。

ねえねえ自分の内側を見たことがある？　私見ちゃった、ついに見れちゃったんだ。
嘘ー、どうだった、どうだった？　なんかねー、すっごい気持ち良かった。ええーいいなー！
はいその時見たものがこちらです、と言って、小説家は分厚い本を手渡した。

“私の内側にはびっしり、小説が書いてあったんだ。それはつまり、手の平にびっしり指紋が書いてあるのとちょうど同じにね”

画家の内側には絵の具がべったり、数学者の内側には数式がびっしり。デザイナーの臓器は256色で、音楽家の臓器はいつもスイングしてにぎやからしいよ。

『あーあ、私の中には何にもないの。感じがいいだけで何にもない。かいがいしいだけでパンチもない。アイマイミーマインのメインコンテンツの不在、最下位のふがいない不戦敗。

そうか、目が飛び出してついていないのは、神様のいたずら、じゃなくて、神様のやさしさ、だったんだ。
なんにもない私のなんにもなさを、自分の目で見なくて良くしてくれたんだ。』

～～ああなんて謙虚な人なのでしょう。彼女のお腹の中には、きれいに磨かれた鏡があったのです。でも自分の腹の中を見る目を持たない彼女はそんなことはつゆ知らぬのでした。～～

ありがとう、あなたのお陰で私は私の腹の中の小説が読めたんだよ。

見えないおしゃれ、と称して、身体の中に入れ墨をすることが流行しまして。
医者も大繁盛。

ねえ、何彫る？　何彫る？　恋人の名前？　人生のモットー？　強くなれる龍？　美しくなれる女神？　ノーノー、内側だから、内側だから誰にも見れない触られない。だから本当の願いを、張るのもダサい本当の見栄を張れる。医者だけが見れる触れる。

『医者だけが教える！　本当の人類の願い』
『医者だけが知っている！　人間の欲望トップ34』

老いない
衰えない
才能が枯れない
金に困らない
男に振り回されない
死なない程度にいつも楽しい

おまじない、うらない、おなじだいたい、
なぜか、内臓に彫られる入れ墨はやたらと否定形が多かったという。

ないないないない内臓が悪いようですね、は、ヤブ医者も占い師も言える簡単な詐欺。なぜなら内臓は見えないから。
Wi-Fi飛んでますね、は、誰でも言える簡単な嘘。なぜならWi-Fiは見えないから。

「iPhoneは臓器です」とは、エゴサーチからのイイネとフォロー返しに定評のあるバンドマン、ピエール中野のツイッタープロフィールに書いてあった言葉です、

と書こうとして裏を取るためググったら、「iPhone6s欲しさに自分の肝臓を売ろうとした中国の少年」というニュース記事が引っかかってしまってこの少年こそiPhoneが臓器。

iPhoneはみんなの臓器。なぜならiPhoneは私の内側を知っているから。
人の気持ちを知ることが出来ます、iPhoneならね。
人の身体の内側をみることが出来ます、iPhoneならね。
人の気持ちが目に見えるインターネット、それはそう、ちょうど私の身体の内側がびっしりそうであるように、びっしりと文字で埋めつくされたテキストサイト、

えー、そうなの？

その人が選んだ、その人が　　見　　せ　　た　　い　　気持ちしか並んでいないインターネット、
それを「匿名だから本音が見える」とか「顔が見えないから本当の事が書けてしまう」とかヌカされても、

ねえ？

猫の画像をふぁぼって、寝てない自慢と試験落ちた自慢、右翼か右翼叩きを叩いて、電車のマナーで議論して、メシとモテと美容の話ばっか拡散して、スムージーの味より写真に躍起になって、赤子と子供のいい話シェアして、それが「人間の本音」ってことで、

いいんですか？

素人がなあ、自分で自分の内臓見せびらかそうとしてもしょせんタカが知れてるんだよ、だから専門家の手術が要るんだよ。
ねえ、本音を見せる手術は誰がするの？　医者？　ノーノー、芸術家。

小説家の僕の仕事は君の臓器の声を聞くこと。君の臓器に書かれてること読んであげるね。

『心のきれいな人はどんなケアをしているのでしょうか？　いつも親しんでいる友人、恋人、本当に効果はありますか？　本当に効果があるのか、気になりますよね。ガサガサで渇きがちな心、シワシワ、タルみがちな生活……「年だから」で諦めていませんか？　もしかしたらそのケア、間違っているのかもしれません。私のコンプレックスだった黒い心が驚きの早さで美白に変身しました。セロトニンは、簡単に言うと、感情を安定させたりする神経物質です。セロトニンが減ったりうまく機能しなくなると、心の潤いも保持されなくなりどんどん乾燥が進みます。もしかしたらダイエットのしすぎで栄養不足かもしれません。温度のみならず湿度も低くなる冬という季節は、心には大変シビアな時期です。みなさんもご存知のセロトニン、お試し期間なら返品できるのでまずは試してみては？　もしかしたら、間違っているかもしれません。でも、ちょっと待ってください。基礎代謝が上がり、ターンオーバーが促され、狂ってしまったホルモンバランスもスッキリ！　ネガティブになっていませんか？　ネガティブになってしまいますよね。皆さんはこの文章を読んでいる皆さんは、読んでいますか？　とっても大切ですよね。不安ですよね。なんのために？　ぜひお買い求めください。私は30代なのですが、参考になりましたか？』

わーあ、君は美容ブログbotなの？　それとも美容ブログbotに毒されてしまった人間なの？　お肌もつるつる、脳みそもつるつる臓器もキレイなピンク色だよ！　毛穴ひとつないし除毛も保湿もばっちりだよ！

高度に発達した美容botは人間と見分けがつかない、いやいや、高度に発達した美容ブロガーは美容botと区別がつかない。

あんな文章ばっか書いてて頭おかしくならないんですかね？　小説家はブロガーに言った。

生計を立てるためです、と美容ブロガーは言った。

「何度も言わせないでください。何で生計を立ててるんですか？という質問はもうしないでください、生計は立てていません」とぼく脳さんは言った。

彼の、芸術、というか、お笑い、というか、とにかく彼の作ったコンテンツを猫画像とか道の面白看板と同じノリで楽しみリツイートする人たちがいた。それが理由かは分からないが、とにかく彼は今SNSをあきらめてしまった。

脳みそがしわしわで、臓器が真っ黒の、小汚い人間が、生計を立てずに作った作品や小説や音楽に、あなたはしっかり感動してるくせに、なぜ、それを作っている人間に偉そうに「それで生計立てられるの？」と聞くのか。

誰かに見せてもらわないと自分が何か分からないくせに。
誰かに見せてもらわないと自分が何か分からないくせに。

誰に見せるわけでもないのに、彼が臓器に入れた刺青は「死ね」だった。
誰に見せるわけでもないのに、彼が臓器に入れた刺青は「あたり」だった。

死した後、臓器を見た他人を、呪うか、祝うか。

”いつかね、宇宙人がね、視察しに来るんですよ。地球を。
で、この星を侵略出来るかどうか、この星の文明度をはかるために、「この星を支配する人間という生き物はどんなものですか？　何か見せてください」と言うんですよ。”

”そういう時はね、テクノロジーの粋を見せたところでタカが知れてるんですよ、だって宇宙人は地球に来れてるんだもん、向こうの方が上だもん。もし地球によその星行ける技術力があるなら人間のことだからとっくに行ってるはずだし、そうできないってことはまだその技術力無いんですよ、こっちには。”

”だから、そこでは技術じゃなくてオモシロで勝負ってことになるんですよ。
「あ、こいつら、技術はショボいけどなんかオモシロいから、侵略しないどこ」って思わせるしかないんですよ。つまり宇宙のピエロ担当。”

”で、何が宇宙人にササるかっていうのは、本当わかんないんですよね。
万里の長城なのか、ルーブル美術館なのか、万里の長城なのか、テレビなのか。もしかしたら猫画像なのか、面白GIF動画かもしれない。”

”ただ、多様性があるにこしたことはないんですよ。だから猫画像で10万リツイートみたいな、誰が見ても同じTLみたいな世界とか、売れるものだけ生き残る、みたいな理屈は、ちょっと待ってください、その方法、危険かも？！　生物の生存戦略を知っていますか？　気になりますよね。気候や環境や外部要因によって、これまでの方法、意味が無かった？！　生存が不安定……そんな時に助けになるのが多様性。だから、一見役に立たないかな？　と思う個体も、無駄じゃありませんよ。でも、面倒ですよね。まだ大丈夫、なんて思ってると手遅れに？！　数世紀後、きっと効果が現れます。参考になりましたか？　ぜひ、試してみてくださいね。

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