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即興実験小説「シンプルなくらし、シンプルなころし」

お題:シンプルな殺し 必須要素:ビール 制限時間:1時間


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シンプルな暮らしにシンプルに殺される。俺の自尊心。
「ミニマリズムにハマっているの」と言って同棲中の彼女がどんどんモノを捨てはじめた。同棲中というか、求職中で一文無しの俺が彼女の家に転がり込んだだけだからこの部屋をどうこうする権利も彼女にあるのだが、服は全く同じものを5枚買いローテする、とか、シャンプーも要らない湯シャンでいい、とか、キッチン道具も要らないこんなに外食文化が栄えているのだからと言ってシンクもツルッツル、ガスコンロさえ売り払ってしまってもはや朝のコーヒーも淹れられない、これはちょっとやりすぎじゃないか。
もともと彼女の決断力があるところ、周囲に流されず自分の意見を持つところは長所だと思っていたし、たしかにモノが減ると気持ちいい、視界がシンプルになる、がしかし、そのうち敷布団はいらない床に直接寝よう、とか、テーブルもいらない直接床に食器を置こう、とか、部屋にいながらキャンプみたいだ、と、二人で毛布にくるまりながら思う。シンプルな暮らし、の暮らし、の部分さえ脅かされ始めもはや、シンプルな生存?

彼女の好きなものは外食、嫌いなものはプレゼント(ただしAmazonギフトカードとかメルカリですぐ換金できるものはのぞく)
その日届いたのは缶ビール24缶の段ボールだった。
俺が電器屋でDSを買った時に応募した懸賞があたったのだ。俺は飲むが、彼女は飲まない。
「そもそも懸賞に申し込むっていう行為が、ミニマルじゃない、無駄」
もはやえんぴつ一本単位で持ち物を減らしているミニマリストの彼女は段ボールをもてあましながらそう口を尖らす。
「だいぶ前に応募して、忘れてたやつなんだよ」
「邪魔。どうするの?」
「どうするって…」
「てか、最近思ってたんだけど」
その時点で俺はもう彼女の次の言葉を知っていて、胃に突き刺す痛みを感じていた。ああ、その言葉を言うのか。
「あなたのことも、もういらない」
そう俺はこの一か月間、彼女があらゆる身の回りのものを「いらない」と言ってゴミ袋に放るのを見ていた。その時の目つきで彼女が俺を見ていた。
「待ってよ、俺、便利だよ? 寝るときはゆたんぽになるし、マッサージもするし、面白お喋りもするし、あとえーと、落ち込んでる時は話きくし」
「私が落ちこんで話きいてもらうことってあったっけ」
確かに。もともと俺より賢くタフで気丈な彼女は弱音や迷いを口に出さないしミニマリズムを推進してからは邪念が減ったのかさらにその傾向は強まっていた。
「ゆたんぽとテレビ買った方が、あなたの光熱費食費より安い。あとビール邪魔」
何が彼女の逆鱗にふれたのか分からないが彼女はやたら缶ビールの段ボールを足蹴にしはじめ、そしてベランダに出してしまった。
確かに飲まない人にとって缶ビール24缶入り段ボールは、おそろしく邪魔、に、違いない、けど。
「あと、あなた今日からベランダで寝て?」
「なっ…」
今日は雪。下手したら死ぬ。
「いやならすぐ出てって。終電ならまだ間に合うんじゃない?」
素寒貧の俺の財布には電車賃さえない。それを知ってか知らずか、彼女は涼しい顔でいう。
「人間ゆたんぽ、いらないの?!」
「ゆたんぽ云々とか言って食い下がるそのコスい根性が嫌なの」
「そ…それでも人間かよ…そんな、今日急に、いきなり。人としてもっと、情とかないのかよ…」
「私、その人情とやらもダンシャリしちゃったのかも」
「う」
ここまで言われて彼女にどなり声ひとつ浴びせることができない自分が不思議だった。徹底的に従順な飼い犬としてこの部屋に住み着き生き永らえた根性がしみついていざとなってもとれない。
俺はベランダの段ボールをベリベリはがして缶ビールをつかみ出した。
「今から俺、これ、飲むから! 邪魔だもんね! うん!!! れいちゃん、飲まないもんね!!」
そしてプルタブを抜くと腰に手をあてて一気に飲み干した。彼女は冷気と同じく冷たい目で俺を見ている。
「今日マジ、飲んじゃうから!!」
「全部?」
「…………………………全部」
「今?」
「…………………………今」
「まあ、そしたらテレビより面白いかもしれないよね」
何度めかの行為が繰り返される。もはやネジ巻式で動く人形のように勝手に腰が動き缶をとりタブを開け腕を腰に当て飲み干す。視界がかすむ。俺は断捨離をまぬかれるのか、それとも不要宣告されるのか。そもそも俺は何をやっているのか。これで合っているのか? 彼女の瞳の色は、いま、モノを捨てようか迷っている目、なのだ。
よだれかビールか胃液か分からないものが口の端からこぼれる。マジ、シンプルに死ぬ。



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※「即興小説トレーニング」サイトを使用して書きました。 http://sokkyo-shosetsu.com お題が出てきて制限時間も図ってもられるし、同じお題で書いた人の作品も見られて楽しいです! みんなもやろーぜ即興小説。ほかにも私が書いた即興小説はこちらでみられます http://sokkyo-shosetsu.com/author.php?id=71540902

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