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「旅の途中、ふと立ち止まる」喜悦旅游#21 宮古島

 宮古島の海は、なんとも形容しがたい青だ。

 この青が呼んだのか、わたしたちは半年の間に3回も、ここに来てしまった。

 いつでも宮古島の旅は、突然決まる。それでいて必然としか言いようのないできごとが毎回あり、その後のわたしたちの展開は、大きく変わっていく。

 「運命を切り替えるような磁場が、この島にはあるのかも知れないな」

 来間島の険しい石段を見下ろして、わたしは、ひとりつぶやいた。

 この石段を初めて訪れたのは、去年の秋だった。下地島空港に降り立ち、そのままナビも入れずに盛田さんが運転して、いつの間にか辿り着いたのだった。そのときも、風がびゅうびゅうと吹いていた。景色のうつくしさに心が吸い込まれ、気にはならなかったが。

 そして春。日差しは強くなったが、石段の前に立つと風がもろに当たる。それにしてもすごい高低差だ。来間島に橋がかかる前は、島民はこの石段を降りて港に行き、生活物資の荷上げをしていたという。青少年はこの石段で鍛えているので、足腰のバネが強いと一目置かれていたそうだ。


 盛田さんは、ものすごい速さでいつもどこかに行ってしまう。その背中に「わたしは降りないよ」と声をかけておいた。この青を、立ち止まって眺めていたい。そう思ったのだ。

 それにしても果てしない高さ。ここが生活道路であり、日常の生命線だったのだ。島に生きる人の生命力を、無言のうちに石段が教えてくれている気がした。彼らの生命力が、形を変えて今もあふれていて、訪れたものの運命のギアを入れているのだろうか。

 色々思いをめぐらせていたら、急に可愛らしい声が聞こえた。

 仔ヤギだ!

 ぴょんぴょんぴょん。
 一頭ではない。次から次へ、元気よくやってくる。その後ろには、おじさんがいた。

 「そっちじゃないよ、こっち。この道。降りるよ。」

 ヤギの一団は、おじさんのいうことをよく聞いて、ぴょんぴょんと険しい石段を降りていく。

 「可愛いヤギですね」声をかけると、はにかむようにおじさんは会釈した。

 ヤギたちのお散歩を見送ったあと、しばしあって盛田さんが戻ってきた。

 「ヤギの親子がいたよ。3世代なんだって。ペットだって言ってたよ。」

 

 進んで行った盛田さんと、立ち止まったわたし。

 見ていた景色は別々だ。しかしそれぞれが、それぞれのタイミングで、それぞれの場所で、然るべく出会い、時を共有する。

 旅の道連れとは、つくづく面白いものだと思った。

 
 さあ、次はどんな出会いが待っているのだろう。

 わたしたちは、来間島を後にした。



旅の私小説 喜悦旅游について

喜悦旅遊のオリジナル記事は、旅するユニットRaymmaのウェブサイトで連載されています。写真は盛田諭史、文章は伊地知奈々子がお届けしています。

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