見出し画像

お肉のアンバサダーが一転、代替肉のエバンジェリストに [フィンランド]

「脱ミート革命」や「フードテック革命」など、よりサステナブルな食べ物として代替タンパク質や代替肉の台頭が一段と加速しています。
その第一線を行くのは米国やイスラエルですが、ここフィンランドも多分に漏れず、市場は急成長中です:

・"Plant-based market grows in Finland"
・"The market for plant-based products is growing rapidly"
・"Finnish food firms increasingly offer plant-based 'meat' options'"

中でも快進撃を続けているのは、2019年の商品ローンチから僅か一年以内に同国内でマーケットリーダーの座を手にしたMeEat Food Tech社です。
特徴は、まるで本物のお肉のような味、食感、そして外観を実現した商品。

ステーキ、ミンチ、チキンナゲット、ソーセージ、ハム、
ローストビーフ等々、まるで精肉店のような商品ラインアップ

今年3月には世界食品イノベーション賞2023(World Food Innovation
Awards 2023)におけるBest New/StartUp Business部門 で見事優勝

創業者兼CEOのMikko Karell氏は、肉切職人の父親を持ち、食肉処理場での職務経験、肉料理中心のシェフ、鶏肉工場の経営など、25年以上の経験でお肉の全工程を知り尽くした、まさにお肉の専門家です。
そんなKarell氏がなぜ代替肉へシフトしたのか。Karell氏の半生を追いながら、"It's time for a change. We need to do something else to heal the earth."と力説するKarell氏の原動力とキャリアの軌跡をご本人へのインタビューを通して追わせていただきました。


10代、初の職場が食肉処理場

Karell氏のお肉との切っても切れない関係は、分厚いソーセージのサンドイッチ、ポリライネン("Porilainen")の発祥地である、フィンランド南西部に位置するポリ市でスタートしました。
父親は肉切職人、母親は小売店主。
Karell氏はポリ市で生まれた時からお肉が身近にある環境でした。

学校とお店の手伝いで一日が終わる日々。
お店では商品の陳列から棚卸し、チラシの配布や集金など、幼い頃からあらゆる仕事を手伝っていました。
ある程度大きくなると、実際にお店以外で仕事に就くことになります。
初の職場、そこは食肉処理場でした。
普段食事のテーブルで目にする豚肉の、スーパーで売られる前の処理工程をKarell氏は自らの手で経験することになります。
一般的にはあまり知られない、お肉の裏側の世界を目の当たりにします。
Karell氏、当時まだ年齢は10代でした。

お肉のシェフで、料理番組のレギュラーに

食肉処理場での勤務と並行して、Karell氏は学勉を継続していました。
食への関心が強かったKarell氏。中学卒業後は調理の専門学校、その後はレストランの専門学校へと進みます。
世の中に良い食べ物を提供したい」と高い志を持ち、卒業後は料理人としてのキャリアを踏むことを決断します。

20歳の頃にはヘルシンキに引越し、レストランのウェイターから仕事を始めます。その後スイスでも料理人としての腕を磨いた後、Karell氏にフィンランドで思わぬ転機が訪れます。

ある日新聞の求人欄を見ていると、フィンランドの大手食肉企業Atriaが料理番組を始めることになり、その番組で出演するシェフを募集していることを知ります。名声あるAtriaでシェフをするということは、一流のシェフである証になると同時に、専門であるお肉のアンバサダーとしての地位を確立することになります。
Karell氏は早速応募し、見事採用されます。

Atriaのシェフとしてテレビ出演していたころのKarell氏

エシカルを経営に取り入れる難しさ

テレビ出演は3年ほど続きました。
出演を終えた後、Karell氏はAtria社にProduct managerとして残り、約8年間、マーケティングやR&Dの実践的なビジネス経験を積みます。その後、さらに約8年間ネスレなど別の企業で食品、特に食肉の一連のバリューチェーンへの造詣を深めます。
一方、知れば知るほど、食肉ビジネスの抱える様々な問題にも精通します。現状の食肉ビジネスはサスティナブルではない、何かドラスティックに変える必要があると感じ始めていました。

そんな矢先、次は鶏肉加工販売会社のCEOとして声を掛けられます。そこでは国産の飼料を使ったり、鶏たちが動けるスペースの広範囲化を行い、鶏たちが可能な限りストレスがかからないように配慮するなど、言わば「エシカルさ」を経営に取り入れました。
結果はどうだったかと言うと、消費者の受けは良かったものの、消費者がエシカル消費のために少し高い価格でも支払うかというと、残念ながらそこまでには至らずでした。Karell氏は経営面において様々な妥協をせざるを得ず、結果、会社は財政難に直面してしまい、最終的にはスウェーデンの会社に事業を譲渡することになります。筆舌に尽くしがたい辛酸を舐めます。
※しかし、それでもフィンランドの鶏肉市場で3位の地位までは事業を大きくすることに成功しています

写真:PowerPoint

社運と信念を賭けた"MUU(ムー)”

サスティナブルな事業を行うには、ビジネスをドラスティックに変える必要がある。深い思索を重ねていたところ、Karell氏に絶好の機会が訪れます。
Pouttu社という当時で約80年以上続く老舗食肉会社が業績不振に陥っているので、CEOとしてターンアラウンドして欲しいという話が舞い降ります。
工場を訪問すると、Karells氏はその生産体制の成熟度に圧巻されます。
生産体制は業界トップクラス。あとはそこで生産している製品を変える必要があると考えました。

ちょうどその頃アメリカではビヨンド・ミートやインポッシブル・フーズ等の代替肉企業が世界を変える勢いで急成長していました。
食肉は環境負荷が高い(排出される温室効果ガスは、世界の温室効果ガスの約14%)ことは周知の事実。それでも代替肉がこれまで消費者に受け入れられなかったのは、その味や食感、価格でお肉に劣っていたから。
しかし、Karell氏のお肉の専門家としての深い知見と世界トップクラスの生産体制を合わせれば、世界と伍する、美味しくて値段もリーズナブルな代替肉を創れるのでは

「これだ」と思い、Karell氏は早速アメリカに飛び、現地のスーパーで販売されていた代替肉をスーツケースに詰めれるだけ詰み込み、Pouttu社の工場に持ち帰り、新商品の開発に社運とKarell氏の信念を賭けて取り組みます。

代替肉で最も重要な要素は「味」
"Taste is the king. And we know what meat eaters like."
Karrell氏はお肉のシェフとして国に名を知らせたほどのこともあり、消費者の嗜好を熟知している。また、Atria社などで培ってきたR&Dにも強い。

代替肉は味が最も重要。写真:MeEat社

"Then, price."
Pouttu社の工場には高品質を保った上で大量に生産する体制が整っていることで、競争力のある価格設定が可能。

Karell氏とPouttu社員とのシナジー、そして互いの奮励が実を結び、Karell氏がアメリカから大量の代替肉商品を持って帰った日から半年足らずで、Pouttu社の新しい代替肉商品をスーパーの陳列に並ばせることが出来ました。

その後は既述の通り、商品のローンチから僅か1年ほどでフィンランド内における代替肉の分野でマーケットリーダーとなります。

商品ブランド名は「MUU("ムー")」。
フィンランド語で「change」や「something else」という意味を持つ。
"We need to do something else"と力説していたKarell氏の想いが込められています。
写真:MeEat社

”本当に”ヘルシーでシンプルな食材

Pouttu社の代替肉(後にPouttu社から本事業をスピンアウトし、「MeEat Food Tech社」としてKarell氏が代表となる形で独立します)は、ビヨンドミート社やインポッシブル・フーズといかに違うか。

ポイントは、「”本当に”ヘルシー」で「クリーンラベル」であること。

世に出回っている代替肉の中には、健康を謳いつつも、原料の過度な使用と加工が行なわれている商品等もあり、本当に健康かどうか、懐疑的な見方もあります。

MUUはその点、お肉のような味を維持しつつも、可能な限り原料の数を少なく、且つ、その原料の持つ栄養源を最大限に活かして、消費者にとって本当にヘルシーである商品を届けることにコミットしています。

主な原料は発酵したそら豆
そら豆はタンパク質含有量が高い上、味は中立的でくせがなく、しかもフィンランドで多く生産されているのでコスト効率が高い。大豆が持つ遺伝子組み換え(GMO)の心配も不要で、発酵させることで消化性が向上される、まさにスーパーフードと言えます。

MUUの主な原料は発酵したそら豆。写真:MeEat社

クリーンラベルとは、商品に食品の原材料の加工方法まで明記した、消費者に対して透明性を確保し、安心感を与えるものを言います。
MUUの商品はクリーンラベルであることも消費者に約束しています。

「現在、食品が以下の項目を一つでもクリアする場合、クリーンラベル食品と呼んでよいものと考えている。
(1)消費者に分かりやすいシンプルな原材料配合である
(2)化学合成された食品添加物は使用されていない
(3)最低限かつトラディショナルな調理工程を経ている
 さらに最近では、以下の項目も重要なクリーンラベルの要素になっている。
(1)消費者に受け入れられる原材料のみ使用している
(2)人工的な響き、あるいは誤解を招くような表示の素材を含まない
(3)遺伝子組み換え原料を含まない
(4)製品の特長表示と使用原料との間に齟齬がない

引用:独立行政法人 農畜産業振興機構

人類の次なる進化に向けて

MeEat社は、会社のマニフェストとして以下を掲げています:

"The next step of the evolution. Revolution on the plate.
Tomorrows new normal. Leap of the food industry and agriculture towards sustainable future. Meeat is doing all this!"

引用:MeEat社

詳細版はこちらですが、つまりMeEat社は人類がこれまで260万年続けてきた肉食文化から、植物性の代替肉文化へ移行する後押しをすることで地球に貢献することを宣言しています。

お肉の専門家から、代替肉のエヴァンジェリストに見事なピボットを行ったKarell氏。それでも若い頃に抱いた「世の中に良い食べ物を提供したい」という志は今日まで一貫しています。

MeEat社オフィスにて。力強い握手がとても印象的だったKarell氏。写真:筆者

[付録] まるで”食肉業界の星野リゾート”: MeEat社の運用特化型ビジネスモデル

ここからは、戦略コンサルティングを生業としている筆者がどうしても紹介したい、MeEat社の独特なビジネスモデルの話になります。

同社は原則として自社で工場を持たずに、市場に既にある食肉工場を代替肉工場にトランスフォームして運営することに特化するという戦略を取っています。
筆者的に、これはまさに星野リゾートが観光産業で取っている戦略と同じと直感的に感じました。

星野リゾートは、ちょうど日本がバブル崩壊後に宿泊施設が市場で供給過剰状態に陥っていた時に、自ら大きな投資をして新たな施設を建てて持つのではなく、運営のみの方が遥かに早く、そして大きく成長できると考え、運営に特化した戦略を取ったことで成功を収めています。

食肉産業は、米国欧州を始め、日本を含む先進国では食肉の消費量が減少傾向が見受けられ、食肉工場が供給過剰状態、または、余剰生産能力が発生している状態と考えられます。

MeEat社は、Pouttu社の食肉生産ラインを代替肉生産ラインにトランスフォームさせた経験を活かし、食肉工場に対して、既存の食肉生産ラインを活かしたままMUU商品の生産体制を導入し、生産後のマーケティングやセールスも含めて運営を担うことに特化しています。

所有者のメリットとしては、新たに大きな投資をして代替肉工場の建設や高額な設備を購入する必要なく、また、大変な運営業務も手放すことができ、MUU商品が生産・販売されることで一定の安定した収入も期待できます。

MUU商品の生産体制の導入技術は、世界中どこにでもある既存の工場に連結可能のため、星野リゾート同様に拡大スピードは高そうです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?