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生物と人間の間で。

生きることにも、 働くことにも、 何もかもに、 素晴らしくそれらしい理由が求められる時代に、呆然と立ち尽くしたまま時間が過ぎるこの有り様を恥じつつ、肯定していたいような気もする。 たとえばこのnote。 何の足しにもならないし、どなたが読んでくださっているんだかという無駄の極みに、「なぜ」と問うてみるならば。 理由:やってみたいから。 目的:やったことがないことをやってみる。 で、いっか。 それで胸を張っていられる世界で私は生きたい。 「それでくたばったら、それはそれ

    • 目盛りの細かさについて。

      「友達」という概念がいまいち分からない。 という話が発端。 同級生なら同級生。 職場の同僚なら同僚。 一緒に舞台をつくるひとは、一緒に舞台をつくるひと。 同じ劇団が好きで一緒に観に行くひとは、そういう、ひと。 どの人も大事なひとで、 たしかに繋がっていて、 私を形づくるひとだけれど、 「友達」かと言われると、そういうことではない。 決して薄情なつもりはなく、 気づいたのは、目盛りが細かいのだということ。 きっと私の言う彼や彼女を総括して、 「友達」と言うのだ。

      • 1時間ベンチにいて見えるスピード。

        公園をぶらぶらしていたら、不自然な白い物体が見えて思わず立ち止まった。 白い大きなサギだったのだけれど、 あまりにも動かないからモノかと思った。 なんとなく池を挟んで白いやつの正面に座ったら、気づいたら1時間も経っていて、シロもピクリともしなかった。 その間にも人間は、来ては去り、去っては来てとまあ忙しい。 こう、ベンチと一体化して眺めていると、皆ゆっくりと散歩をしているようでいて、本当にゆったりとした流れの中にいる人はほとんどいない。 意識が外に向いている人は、歩

        • 存在する意志。

          ■転居通知を出しなさい。  あなたが死ぬたびに。 (grapefruits juice) 生まれ出た延長上、結果生存しているということ以上に、 生きることを常に選び取っている人間。 って濃い。 好きなもの、やりたいこと、良しとするものごと。 本当に「そう」思っている人には敵わない。 どんな感覚なのだろうか。 私のは曖昧で、必ず見栄や逃げがいる。 純粋に何かを「思う」ことができなくて、 それは思考の目盛りが細かいからじゃなくて他人との線引きができていないからなのだろ

        生物と人間の間で。

          思考の足跡、始動。

          めでたく今日から生き直している。 メモアプリへの日記を経て、言葉を書くことを開いてみようという試み。とりとめのない言葉たち、思案、思考、思索の足跡。 本当に自分として、他者に溶け出すことも、他者をどぼどぼと摂り込むこともなく、輪郭をもって生きること。 生きている時間、起きている時間は短くて、集中している時間、わくわくしている時間にどれだけ当てられるかは、自分の裁量で決まることを肝に銘じる。思い出して楽しめる時間の使い方、お金の使い方、生き方をする。 思っているよりもモ

          思考の足跡、始動。