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このズレた世界にようこそ #むつぎ大賞2023

 ノイズ、次にパッションピンクとイエロー、それから白く濁った半透明。
それが彼女が瞳を開けて最初に飛び込んできた物だ。ショッキングな色使いで、起こされたばかりの思考がクラクラした。

「おい、君、生きているか?生きているな?頼むから眼を開けてくれよ」

 よく響き渡る、聞き心地のよい男性の声。だが、徐々に視界のノイズが晴れてきたところに飛び込んできたのはイカだった。良く透き通っていて、その体を透かして辺りのやかましいほどのファンシーな色使いが貫通してくる。少女の思考は多すぎる情報量にかき乱された。

「……はい、私、生きてます」
「おお、そうか。そうかい。それは何より。ところで君、ボクが何に見える?」
「イカ、に見えます」
「そうだね、そうだろうとも、これでも元は人間だったんだけど。今はイカだよ。まったく酷い話だと思わないかい」

 いかにも鮮度が良さそうなイカは、彼女から栗毛の絨毯、いや馬の背そのものとしか思えない床に着地しては十本ある足をすべてつかって地団駄を踏む。少女が辺りを見回すと、壁のピンクはストロベリーケーキやレモンケーキのような華やかな色合いで、どうにも落ち着かなさを感じられた。

 周囲には脈絡なく生えた樹木が天井を突き抜け、かと思えばウサギが群れをなして部屋の奥から明かりさす外へと駆け出していく。おおよそ十畳ほどの空間には、整然とガーゴイル像にのたうつ海藻、さらには積み上がったゲーム機が並んでいた。

「まあ仕方ない。言葉が通じる人間が見つかっただけで行幸だ。君、名前は?」
「ミカミ、です」
「それは名字か名前か、どっちだい」

 イカの質問に、少女ミカミは返答に窮した。わからなかったからだ。

「ああ、すまない。この状況だ、名前くらい正確に思い出せなくても当然だとも」
「はい」
「ともあれ、これからあてが無いならついてきてほしい。何せこの体は、どうにも不便すぎるんだ」
「わかりました」

 ミカミの返事を聞いて、イカは胴体を傾けて頷くとヒョコヒョコと器用に床をあるき出した。その様はイカというより、まるでエイリアンのようだった。

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 一歩部屋を出ると、そこは辺り一面のお菓子だった。正確には、建物全体が菓子細工なのだ。チョコチップクッキーに、ブルーベリーのタルト、壁面はチョコとワッフルとマシュマロが代わる代わる並び、飴細工の手すりが吹き抜けを囲っている。

 二人がいる場所は、どうやら二階のようで、幅広い吹き抜けを挟んで向かい側にも菓子で彩られたドアがお行儀よく並んでいる。

 かと思えば、動くものは宙を泳ぐマグロに天井に張り付くキリン、コモドドラゴンからふわふわしている良くわからない生き物に、ジャラジャラ跳ねる宝飾品、どんぐりのように転がる銃弾など、何一つ脈絡がない。ミカミは落ち着かない心地を覚えた。

「ことの発端はね、まあ、ボクの旧友さ。君、こうなる前の世界は覚えているかい?」
「いいえ、ほとんど覚えてないです」
「うん、そうか。その方がいいかもしれない」

 イカは通路に横たわる丸太サイズのブッシュドノエルを器用に避けて、先に進んでいく。

「当然だけど、世の中ホントはこんな、インフルエンザでうなされている時の悪夢みたいな代物じゃなかった。ボクは身長180の理系で、海産物は食べるくらいしか興味がなかった。それが、今じゃ、こう」

 しゃべりながらイカは振り返ると、足をつっぱらせてくねくねとうねってみせた。イカの体色が黒白赤とせわしなく移り変わり、彼が力んだ分だけ床のスポンジ菓子がたわむんで跡を刻む。

「せめてネコとかが良かったなぁ。ボクイヌ派だけど」
「イカも可愛いです、よ?」
「慰めてくれてありがとう」

 しおれた声でそう答えると、再びイカは歩きだす。その後に続くミカミ。

「そのボクの旧友、ちょっとボクより頭が良くて、でもバカのスカポンタンはある日思ったんだ。なんでも、いらない物質をほしい物質に取り替えられたら良いってね。馬鹿げてるだろう」
「そうなんですか?」
「うん、ボクはバカバカしいと思う。そもそも、そんなこと出来たらもうそれは魔法なんじゃないかって。だけど、あいつは幸か不幸か実現の一歩前まで進められたんだ。そしてそれは起こった」
「なにが起こったんでしょう」
「存在情報の書き換え……って言って伝わるかな。物質は細分化すれば全ては分子、原子、量子、微細な粒の集合体だ。もちろん細分化しても鉄が銅になったり、金になったりするわけがない。それを、一度各分子の回転数と周波数を変更することで別の物質に……」
「すみません、わからないです」
「そうだね、ボクも言ってて頭がどうにかなりそうだよ」

 二人の横を、苦悶するサバが宙を泳ぎ去っていった。

「最初の稼働実験では、スクラップをケーキにするって触れ込みで行われたんだ。ボクはあいつの偉大な発明ってやつを目の当たりにするつもりで実況中継を見ていたんだ。そして装置が起動した瞬間……眼の前が暗くなって気づいたら世界はこのザマになってたんだ」

 一抱えサイズのバウンドする毬藻が行く手を阻み、先導するイカはその合間をやむなくすり抜けながら先に進む。ミカミも、その後に続く。

「他の人間の方はどうなさったんですか?」
「元人間なら、そこらへんにいるよ。もっとも言葉は通じないけど。何せここはショッピングモールだったんだから」

 イカの言葉に、ミカミは思わず立ち止まって周囲を見渡してしまった。リスと目が合った気がするも、当のリスは即座に逃げ出してしまう。二人の周りをイワシの群れが通り抜けていった。

「全部、これ、みんな、人間……です?」
「多分ね。何で喋れるのがボクだけなのかはわからないけど、イカなのが幸いだったのかも。ああ、下手に踏まない方が良いよ。こんな世界でも破壊は不可逆だから」

 そう言って、イカは肩をすくめた。実際には触手の生え際を縮こまらせたのだが。

「さあ、行こうか。君の素性はわからないけど、旅は道連れっていうし、こんな世界じゃ一人よりは二人の方がずっとマシだしね」
「わかりました」
「言っててなんだけど、君、素直すぎない?まあ、駄々こねられるよりはいいか」

 イカにいざなわれてビスケットの大扉を開けたミカミの眼に飛び込んできたのは、ちゃんと青い空。に、浮かぶ巨大な白鯨の群れ。元は海であろう液体は汚れなき乳白色の波がチョコレート色の砂浜に押し寄せ、打ち寄せていた。

 頂点には光り輝く海月がその存在をいかんなくアピールし、二人の元に夏の陽光を降り注ぐ。

 それが、二人が第一歩を踏み出した世界の最初の風景だった。

【終わり】

本作品は以下の企画様への参加作品です。

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