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冥竜探偵かく語りき~生体迷宮停滞事件~ おまとめ版 第一話 #DDDVM

あなたは、迷宮というものを体験した事はあるだろうか。
ない?実に結構。迷宮とは、暗く、複雑であり、罠に富んでいて、その上日のあたる世界では存在し得ない怪物達もいる。決して迷い込んだ者を生きては帰さない代物が迷宮だ。その様な危険に縁がなかったのは、実に恵まれています。

あなたが迷宮に縁がなかったのは実に結構なことだが、そうなると今度はこれから起こる事件について説明するのは、少々骨が折れる話になるでしょう。なにせこれから私が語ろうとしている事件の犠牲者は、生きとし生ける迷宮なのですから。

申し遅れました、私はシャール・ローグス。同胞より『冥竜』の冠位をいただく、しがない謎解き屋です。

今回は、私が光栄にも女王陛下より仰せつかった、生ける迷宮の殺害事件、その顛末についてお話しようと思います。どうか、最後までお付き合いいただきたい。

―――――

私の助手であるところの、ワトリア君が掛けている眼鏡越しに見る謁見室は、アルトワイス王国の規模からすれば質素ですらある印象を受けた。
とは言っても、白亜の建材を基礎に金の縁取りが施された室内に、竜の私から見ても上質であることが見て取れる真紅のカーペットは決して安価な代物ではない事がわかる。

そして謁見室ということは当然、この場にいるのは女王陛下にほかならない。陛下はワトリア君の正面に位置する玉座に、年若いながらも一国の長に相応しい威厳と共に座していた。

陛下は落ち着きのある純白のドレスをまとい、豊かな灰銀の髪をシニヨンと呼ばれる後頭部に編み上げる髪型でまとめ、その空色の美しい瞳には大いに憂いをたたえてワトリア君を見つめて……いや、彼女の視線は明らかに眼鏡越しに私の存在を見つめていた。

女王陛下の向かって左側には、蒼銀の装甲鎧をまとい金糸の髪をみつあみにして流した女性の護衛騎士が、右側には慇懃な表情を隠そうともしない、自信家らしき襟高の紅く豪華さの目立つ服装の大臣が控えている。しかし、彼らの他には謁見室には誰もいない訳だが。

「じょっ、女王陛下におかれましてはご機嫌麗しく……!」

よもや謁見の機会など想定していなかったであろうワトリア君は、可哀想に私と初めて会った時以上にカチンコチンにこわばった様子で、大仰な挨拶を述べようとした所を慇懃な大臣に遮られた。

「ああ、ワトリア君だったか?そんな硬くならんで良いぜ。ここにいるのは陛下の他には頭の硬い騎士殿とこの俺、だけだかんな。ハッハ」
「イルギス!いつもの事ですが、陛下の前でその様な言い振る舞いは……!」
「おいおい、それこそ今にはじまった事じゃねーだろ?それに今回は緊急事態ってやつなんだから、客人に硬く緊張される方が話が進まない。違うかい?」
「むぅ……」

イルギスと呼ばれた大臣に口ではかなわないのか、護衛騎士殿は整った顔立ちの頬を可愛らしく膨らませて押し黙る。そんな中、満を辞して女王陛下が口を開いた。

「シャール、私の声が貴方には届いていますか?」
「ななな、なんのことでしょーか。わたしはしがない一般学生でそんな竜の知り合いなんてとてもとても……」
「ほーんとーうかーい?陛下の見立てでは、君はかの竜と縁があると見て呼び出された訳なんだが……きみ、我々に隠し事かね?」
「めめめめっそうもありません!私はあくまで無害ないっぱんしょみんです!」

残念だが、腹芸ではとてもじゃないがあの海千山千の曲者大臣相手にワトリア君が私とのつながりを隠し通すのは、土台無理な話だろう。それどころか、女王陛下にはとっくのとうに私達の繋がりについては露呈している。彼女は元々、昔から聡い少女ではあったけれど、ここは私が一本取られたとして白旗をあげるしかなさそうだ。

「結構、降参しようかワトリア君。彼らにとって用があるのは私であって君を害そうというわけではなさそうだからね」
「先生……」
「ほう、ほう、何処からともなく声がするね。出どころは……その眼鏡かい、いーやはや竜の魔術というのは実に発達している。魔術士達が聞けば泣いて教えをこうだろうに」
「大臣殿、申し訳ないが私は教師には向かない質でね。それよりも、陛下のご依頼を伺おう」

私がそれとなく促すと、イルギス大臣はすんなり引き下がり、女王陛下が玉座より立ち上がってはワトリア君に……正確には彼女のかけている眼鏡に視線を向ける。私の記憶が正しければ、陛下の歳の頃はワトリア君とほぼ同世代だったはずだが、資質か、あるいは環境か、その振る舞いには大きな隔たりがあるといっていいだろう。

「王位継承の儀、以来ですね、シャール」
「その時お伝えしました通り、王家伝来の盟約があれど、私は王家に対して積極的に関わるつもりがありませんでしたので」
「忘れたわけではありません、ですが今回はそう、緊急事態なのです」
「ええ、陛下としても覚悟の上と存じております。お聞きしましょう」

私の言葉に、陛下は一拍おいた後に事の次第を語り始めた。

「まず、事実を申し上げましょう。我が王家にとって不朽の守り人、悠久の時を経し生ける迷宮……グラス・レオート公が崩御されました」
「え……っ⁉」
「む……」

ワトリア君は驚きの声をあげ、私もまた彼女の告げた事実に思わず人間で言う所の眉根を寄せた。もちろん、竜に眉はないのだがね?

それはさておき、これは大問題だ。女王陛下が呼びつけるとなれば大事だろうと腹はくくっていたものの、まさかかの大先輩たる生体迷宮殿が犠牲者とは。

「今、公の状態はいかがでしょう」
「完全に沈黙しており、迷宮内部の機巧に至るまで駆動を停止していることが確認出来ています。しかし……」
「彼が何故、死したのかについては一切手がかりがない、と」
「その通りです。この事態に対し、私達の中に解決出来る知恵者は……」

沈痛な面持ちで述べる陛下に対して、イルギス大臣は飄々とした口調で割って入る。

「俺も頭にはちっとばかし自信があるんだが……いかんせん、陛下の統治に微力ながらも粉骨砕身、勤めないといけないのでな?こういうのは得意な方におまかせするのが筋という、わ、け、さ」

なんとも、実に口の減らない人物である。聞きしに勝る、とはこのことか。だが一方でその統治能力は本物、アルトワイス王国の平穏にこの油断ならない男は少なからず寄与しているという。

「まずは、状況についてお聞かせ願いたいのですが」
「そうそう、そうこなくっちゃ。陛下、ワタクシめから説明して構いませんな?」

大臣の確認に、陛下は黙して頷く。はらりと灰銀の髪が一筋舞った。

「事件が起こったのはおおよそ三日前の晩、グラス公の顔に見張りとしてついていた兵から異変が知らされた訳だ。いわく、公がうめき声をあげた後に沈黙し、こちらの語りかけに答える事がなくなったとね」
「見張りとおっしゃいましたね?」
「そうとも、グラス公は我が王国との盟約により、その体内に忌々しい遺物どもを保管してくださっている。そう、現在進行でな。見張りなどつけずとも、今まで独自に彼の中を踏破出来た者はいないそうだが……まあ念の為というやつだ」

いけしゃあしゃあと現状を語ってみせたイルギス大臣は、そこまで言って大きく嘆息してみせた。公の死は不遜に見える彼にとっても頭の痛い問題のようだ。

「彼の協力があれば、迷宮内部の探索はスムーズであったと」
「その通りだとも、迷宮どころかホテルの趣さえあっただろうよ。彼の案内を通して我が国は厄介極まりないが、さりとて始末するのも難しい厄介物を彼の体内の奥底へと保管させてもらっていたわけだが……わかるだろう?」

フフンと鼻を鳴らす大臣。今説明した内容から、彼らが何に難儀しているかもわからない様では、私はお役御免というわけだ。すっとぼけてワトリア君と共に退場しても良かったのだが、さりとて悠久の時を経たはずの大先輩の死、その謎をちらつかされて引き下がれるほど、私も物分りが良いわけでもなかった。

「あなた方が懸念されている通り、これは他殺でしょう」

私の言葉に、陛下の麗しい顔立ちはやおら険しい表情を刻んだ。

「グラス公はすでに長い時を経てきた存在です。それがただ不慮の問題で停止したというのは、ありえるでしょうが可能性としては低いでしょう」
「そう、それだ。だーが、見張りが言うには誰も公の中には侵入しなかったと証言している。今まで誰も攻略出来なかったグラス公を、見張りに気づかれる事なく攻略した輩がいるとすれば、一体全体どうやってやり遂げたのか……実に頭の痛い問題だろう」
「ですが、現に彼は停止しており、そして動機となりうる物もあるわけです。彼が保管している過去の遺物群だ」

遺物、レリック……そう呼ばれる物品が、この世界には多数存在している。アンティクラトルの歪曲環、千の陽と万の夜の書、断罪者の携えし悔悟の剣、などなど、今あげた代物はアルトワイス王国管理の物ではないが、どれ一つとっても国一つひっくり返す事など容易いと、そう世界に信じられている。

「その通り。下手人からすれば、公の腹の中は宝の山に見えても、まーしょうがないだろう。詳細な目録こそ公表はしていないものの、我が国が厄介物を彼に預けていた事自体は公然の秘密であるからして、な」

動機は明確、自然死の線は限りなく薄い。だが問題は、如何様にしてそれがなされたのか……犯人は、姿を見せることなく生ける迷宮の奥深くへと侵入し、グラス公の息の根を止めてから目的の遺物を持ち去ったのか。何もかもが謎だ。

「現状はわかりました。ですがわかっていることはあまりにも少ない。現場検証の実施は避けられないと考えておりますが……」
「ああ、それね。君の助手君に行ってもらいたい」

イルギス大臣の吐き出した言葉に、私はたっぷり一分は沈黙し、爪の腹で目頭を抑え、自分の聴覚に入ってきた内容をこれ以上無いほど精査した。いっそ裏があれば、という私の期待はもちろんかすりもしなかったわけだが。飄々とした態度で私からの回答を待つ大臣に、聞こえない様に深く深く嘆息すると回答を告げた。

「ワトリア君、この場から退出してもらって結構。私達はこの件から手を引いたほうが良いだろう」
「い、良いんですか?」
「良いも何も、今までまともに攻略出来た者がいない迷宮の、さらに奥深くに君を送り込むのを承諾するほど私は薄情では無いつもりだ」

私が自分で探索できれば何の問題も無いのだが、完全な透視・千里眼については私自身目下研究中であり、最低でもなにがしかのレンズは現地に持っていってもらわないといけない。では冒険者であれば良いかというと、あまり信用のおけないならず者に、自分の秘術を預けたくはないのが私の本音だ。付け加えると、グラス公は間違っても私が探索出来る様な造りではないと聞いている。入れるのは精々人間大が限界だという。

憮然としてきっぱり断る私に、騎士は眉尻を釣り上げ、陛下は硬い表情まま押し黙り、そしてこの食えない大臣は何ら動じずに次の言葉を紡ぎ出す。

「まあ待ちたまえよドラゴン君、難攻不落、前人未到の迷宮というのはグラス公が存命の時の話だとも。彼の迷宮としての性質については、君はどの程度把握しているかな」
「伝説として伝聞されている範囲にとどまります。実体については無知といっていいでしょう」
「じゃあ説明させてもらうとしよう、なあに、非公開の知識をただで聞けるんだから損はないぜ?」

彼の口の上手さを考えれば、ここは会話を強引に打ち切って退出するのが正解ではあるだろう。だがここは王家の謁見室であり、私達の眼の前には依然として女王陛下が座しておられる。下手に不躾な振る舞いは行えないところだ。

「彼の迷宮としての難易度を跳ね上げているのは、一重に彼が生ける迷宮だったからでな。内部構造はそれこそ朝令暮改、子供の積み木細工よりも早く入れ替わり、罠も必要とあればいつでも生やせて、哀れな犠牲者を逃さず仕留めるといった塩梅さ。もっとも公は元来温情な方であるからして、侵入者は無力化されて外に吐き出されるのが精々ではあったがね」
「公が停止した事で、迷宮としての危険度は大幅に低下していると?」
「そこは一長一短っつーところだとも。公が停止しているということは、要するに迷宮内部で遭難、もしくは行動不能になってもグラス公の救助は期待できんということと同義でね。下手を打てば、君の助手は助からんのも事実さ」
「ふむぅ……」

ここで死の危険なぞ一切ない、と言ってこないのは彼のせめてもの誠意の現れといったところだろうか。人を喰った態度を崩さない人物だが、さりとて非道でもない。とはいえ、危険な冒険であるのは事実だ。

「それにだ、説明した順番が悪かったがワトリア嬢をまっさか一人で迷宮の奥底まで行って人身御供になってこい、なんてつもりじゃないとも。ああ、もちろん」

言葉だけなら大層気を使った風な言い回しだが、私をからかっていると思わしき大臣の表情は実に愉快そうだ。まったく、評価に困る人物であることこの上ない。彼が説明する分には信頼が得られないと判断したか、ここで女王陛下が続きをついだ。

「私がもっとも信をおいている冒険者の方に、同行していただくよう協力を取り付けます。その方の元であれば、ワトリアさんの身に危険が及ぶ事はないでしょう」
「そうそう、陛下一番のご執心……ではなく、ご信頼の厚い腕利きを同行させようって言うんだ、不安な事なんて何もないと言えるんじゃないかね?」
「我々の方は、その御仁を存じませんので何とも言えませんね」

参った、彼らは彼らでなんとしてもワトリア君を送り出して、彼女を通して私に調査をさせたいらしい。もちろん、彼らからすれば国家最高の金庫が半開きのままで止まっているかもしれないとなれば、原因の究明に犯人の特定は、危急の課題であるのも事実なのだが。

これはデッドロック、膠着状態だ。交渉事がそこまで得意とは言えない私は、巣の中で一人ため息をついた。今まで黙ってやり取りを聞いていたワトリア君自身から、一つの提案が入る。

「女王陛下、先生、私からよろしいでしょうか」
「ええ、この場では貴方が主賓です。気兼ねすることなく発言してください」
「私からも止める理由はないよ、ワトリア君」
「それじゃあ……その、私自身は、入ってみたいです。グラス公の迷宮に。だってほら、王家の禁足迷宮に入れてもらえるなんて一生に一度の体験ですから」

そうだった。ワトリア君自身もまた、私にまけない位の好奇心の塊であった。であれば、私の方が延々彼女の意志を無視して依頼を拒むのも、パートナーシップに欠ける行いと言える。

「ほらほら、賢竜殿。肝心のワトリア君もこう言っているんだし、君のほうが拒み続けるのは少々大人気ないんじゃないかい?」
「自分だけが安全な所にいて、友人だけを危地に送り出す事はそう安々とイエスとは言えませんよ、大臣殿。とはいえ、私だけが意地を張るのも良くはない。ここは一つ、私からも要望をいくつか出させていただきたい」
「王家に解決出来る事であれば、助力は惜しみません」

陛下からお墨付きをいただくと、私もまた要望を淡々と述べていく。

「一つ目は、もうひとり私が信頼をおいている冒険者を同行させること。ニつ目は事件の解明よりもワトリア君を初めとする調査者の生命を優先すること。最低でも以上二点は承諾していただきたい」
「そんなんで良いのかい?遺物の一つ位は要求されると思ってたんだがね」
「危険物に興味はありませんよ。先人の封印すべき、という判断を尊重すべきでしょう」
「ありがたいこったね、であれば何か対価とかいらんのかい?」
「対価、ふむ」

何でもくれると言われても、私が欲しい物はアルトワイス王国においてごくごく限られている。だが、竜の身では手に入れるのが難儀な物が多い。例えば……

「では、王国内に存在する全ての図書館、それらの利用カードを希望します」

私の、それはそれは奥ゆかしいであろう要望に、女王陛下は初めて微笑を披露してくれた。

―――――

「冒険者ギルド、実は初めて行くんです」
「む?そう言えばゴルオーンの時も君は一人だったね。冒険者に依頼をしようとは思わなかったのかい?」
「ええと……ゴルオーンさんの名前を出しただけで梨のつぶてになるかと思っちゃいまして」
「おそらく、その推測は正しいだろうね。しかしなんというか……ワトリア君はもう少し臆病になっても良いのではないだろうか」
「てへへ」

謁見の後、私達はその足で王都にある冒険者ギルドへと向かっていた。理由はもちろん、本件の調査隊として参加するメンバーに合流するためである。
陛下推薦の人物はすでに先方へと合流指示が出されており、ギルド施設にて合流する手はずとなっている。

王都特有の赤レンガの建築物が立ち並ぶ街路を一人歩きながらその場にはいない私と会話するワトリア君に、度々奇異の視線が向けられるのが少々申し訳なくも有り。さらに、彼女の胸元には似つかわしくない豪奢な勲章まで貼付されている。これはワトリア君がアルトワイス王家からの王命代行者であることを示す証だ。その事実がますます彼女の存在が与える印象を奇妙に落とし込んでいた。

「でもこれ、こんな目立つ付け方しても良いんでしょうか……」
「王命代行者の職務は公務として扱われ、それを妨害した場合は厳罰がくだされたはずだよ。だから目端の利くスリなら返って避けると考えられる。もっとも、高価そうというだけで眼をつけてくる輩もいるだろうから一長一短だね」
「うう……気をつけます」

ここまで会話した頃合いで、煉瓦街に溶け込む一つの建物の前に私達は到着した。ワトリア君の背丈を大きく超える門の上には、剣と斧が交差した紋章が刻まれている。元は傭兵ギルドから移行した冒険者ギルドが持つ、戦いと開拓を示す紋だ。

「緊張します」
「国家からの認定を受けた公的機関だから、そこまで怖いことはないはずだ。落ち着いていこう」
「はい!」

ワトリア君が如何にも重苦しい造りの木製の扉を開けようとした時、不意に内側から扉が開いた。

中から姿をあらわしたのは、陽の光を受けてみどりがかった翠金の髪を一束まとめて左側に流し、アルヴァ族特有の木々の樹皮を加工した衣服をまとい、その背に可憐な姿に不釣り合いな黒橙の滑車つき剛弓を背負った人物であった。

「ごめんなさいね」

ワトリア君とニアミスしたその女性は、涼やかな声色で行く手を塞いでしまったことを詫びると、自ら脇にどいて街に出ようと歩み出たのだが、私は迷わずそんな彼女を呼び止める。

「シャンティカ君!」
「ん?」

ワトリア君とは面識がない彼女、アルヴァ族の冒険者シャンティカ嬢は、不意に自分の名前が呼ばれた事に怪訝な顔を見せつつ振り向く。

「今、私の名前を呼んだのは、あなた?どう聞いてもあなたの声色じゃなかったけど……」
「それはその、私じゃなくて先生が……」
「先生?ああ、なるほど。道理でどこかで聞いた声だと思った」
「察しが早くて助かるよ。予定が空いているなら君に仕事を依頼したい、いかがかな?」

私の打診に、シャンティカ嬢は爽やかに笑った。

「ええ、何か急ぎの依頼があるわけでもないし、まずはあなたの話を聞きましょうか」

シャンティカ君の了解を取り付け、ギルド施設内に入ったワトリア君を迎えたのは、人間の施設で言う所の酒場に近い構造の施設だった。

正面には細長く伸びた木製のカウンターがあり、その内側では何人もの受付担当者がせわしなく働いている。カウンター内には雑多な書類が整理されて木棚に格納されており、冒険者であろう人々に応じて引き出されていた。

向かって左側には丸テーブルを囲んで何脚かの椅子が設置された打ち合わせスペースが複数あり、右側には奥につながる通路と二階につながる階段が設置されていた。

「シャンティカ君、開放スペースではなく個室で打ち合わせしたいのだが、ギルドにはそういったサービスはあるのかい?」
「もちろんあるわ。ちゃんと盗み聞き対策された個室がね。そこらに転がってる柄の悪い連中には聞かせられない話だって、いくらでもあるでしょう」
「じゃあ、個室の方を受付でお借りしますね」

シャンティカ君をおいて受付に進み出たワトリア君に、たまたま受け付けてくれた係員の女性が彼女の事をひと目見るなり微笑んで、個室席への案内を申し出てくれた。ワトリア君が何か言い出す前の事で、流石のプロといった塩梅だ。

―――――

「まあ、良いでしょう。引き受けるわ」

受付エリアと違って、全面を煉瓦で覆われた少々重苦しい雰囲気の個室席にて、我々の説明を受けたシャンティカ君はあっさりと了承の意を示してくれた。

「ありがとうございます!」
「良いの良いの。でも私からも一つ報酬を要望したいのだけれど、王家には受けてもらえるかしら?」
「そうだろうと思って、こちらから先に話を通しておいたとも。君が望んでいるのは、迷宮内にある遺物の使用権だろう?」
「さっすが!話が早いわ。うん、それなら文句なしね」

笑顔を見せたシャンティカ君とは裏腹に、ワトリア君の方は困惑の表情をしている、気がした。

「遺物の使用権、シャンティカさんが必要としていたんですか?」
「ちょっと事情があるの。というより、私の旅の理由はほとんどそれなんだけど、心配しないで。そんな世界に迷惑をかけるような物騒な使い方は求めていないから」
「むう……わかりました。よろしければ道すがらその事情を教えてほしいです」
「ええ。普通のゴロツキには聞かせられないけど、シャールの信頼したパートナーなら良いでしょう」

その時、通路と個室を隔てていた木製のドアが甲高い音を立てた。

「合流相手がこちらの部屋にいらっしゃると聞いて来ました。中に入っても構わないかな?」

実に若い、張りのある男性の声。この状況でやってきたということは、恐らく王国側の冒険者だろう。敵、という訳ではないはずだが、私達ににわかに緊張感が走る。

「どうぞ、お入りください」

ワトリア君から、入室を促す回答が出た。

入ってきた人物について、まず印象深かったのは頭部を隙間なく覆う鋼鉄の仮面だ。前面には五本のスリットによる視界取りこそあいているものの、何某かの仕掛けによってか中の容貌を伺い知ることは出来ない。

比較的長身に入るその屈強な身体には、急所を覆った金属パーツと軽装の革鎧がぴったりとずれなく身につけられ、腰には古めかしい鞘に収められた、鍔元だけでも分かるほど金と白の精緻な装飾が施された剣が寄り添っている。

「失礼します。あなた方がアルトワイス王家より、王命を受けた方々ってことであってるかな?」

丁寧さとフランクさの入り混じった口調で、入ってきた仮面の人物は我々へと語りかけてきた。私の視界の揺れから、随分としゃちほこばった様子で立ち上がったと思しきワトリア君が会釈する。

「はい、その通りです。私はワトリア、一介の医学生です」
「ワトリアさん、か。どうぞよろしく」
「あの、その仮面は……」
「聞いても無駄よ、その人が仮面取った話なんて聞いたこと無いもの」
「え、ええ?一体どうして……」

困惑するワトリア君に、シャンティカ君は不敵な笑みで続けた。

「決して兜は取らずとも、依頼達成率はわかってるだけで九割越え、失敗しても被害は最小限、腕利きの冒険者は数あれど、この人ほどスマートな仕事を行う冒険者は他に居ないんじゃないかしら?そうよね、無貌さん」
「買いかぶり過ぎです、自分も失敗もすれば被害も出しますとも。ただ常に精一杯の仕事をしているだけで」
「え、と……信用させてもらっても……?」

部屋の隅に追い詰められた小鼠のような視線ですがりついているであろうワトリア君に、シャンティカ君からは肩をすくめて追認の言葉が綴られた。

「王家の人達、取れる選択肢で一番良い人物を送って来たって言ってもいいでしょう。決して顔をあらわにしないってだけで、諸国一の冒険者なのは間違いないわね」
「そういうあなたは、どなたかな」
「アルヴァ族のシャンティカ、駆け出しの冒険者よ。依頼者からの要望でこの件の調査に同行するわ、よろしくね、顔無しさん」
「はい、よろしくお願いします」

シャンティカ君にさえ、信頼をおけると判断させるほどの知れ渡る名声に、それを裏付ける女王陛下からの直接依頼。それに反して、この鉄兜の人物の物腰は非常に柔らかく穏やかなものだった。おおよそ、荒くれ者を想像させる冒険者の印象からはかけ離れた、実に奇妙な人物である。

ふと、ワトリア君の眼鏡を通して彼を見定めようとしていた私と視線と、彼の視線が衝突した、様な気がした。いかんせん、兜の仮面に覆われていて確証は出来ないが、頭部の角度からすると彼が見ていたのはワトリア君ではない様に感じられる。

訝しがる私を他所に、シャンティカ君から私の存在について説明が入った。

「今回は私達の他に、ワトリアの眼鏡を通して私達を見守ってる竜もいるの。むしろ彼が一番重要な存在ってところね」
「ああ、なるほど。事前の説明では竜殿も参加されるとは聞いていたんだけど、まさかこんな所に収まるとは思えなかったですし、納得しました」

どうやら、私も調査の一員であることは知っていたらしい。だが、この人物は見れば見るほど謎多き人物、と見て間違いなさそうだ。

―――――

蒼天直下、程よく雲の漂う朝方に私はいつもの合流場所、具体的にはアルトワイス王都の城門より出て、少し歩いた場所にある小高い丘の影に身を潜めていた。

私の存在が人間にとって害が無いことは王家公認ではあるものの、実際に眼にした人々がどう受け取るかはまた別の問題である。ゆえに私はいつもこうやって、おおっぴらにひと目にはつかない様人里から離れた地点に姿をあらわすことにしていたのだが……実際の所この様な気遣いがどこまで人々に伝わっているかは、中々うかがい知ることは出来ない。

「今度ワトリア君に聞いてみようか……」

彼女の眼鏡が映し出す景色にばかり集中していたため、住居にひきこもってばかりで凝り固まってしまった身体を伸ばす。旧友はこういう時、微弱な電気を通して私の身体を解してくれたものだが、今となってはそんな頼み事をすることも出来ない。

ぐっと羽を縮めたまま身を猫の様に伸ばすと、パキリと生え変わり時期のウロコが一枚地面に落ちた。城門から死角となる丘の影から、爪を鳴らしてまるで鏡の反射で曲がり角の向こうを覗くように様子を伺うと、事前の取り決め通りワトリア君達三人がこちらを目指して来るのが見えた。

「せんせーい!お待たせしましたーっ!」

手を振りふらつきながら駆け寄ってくるワトリア君を先頭に、冒険者の二人が確かな足取りでゆっくりとこちらに近づいてくる。三者とも思い思いの準備をしてきたのか、相応の鞄に荷を詰め込んで来たようだ。

「こちらの方が今回の?」
「ええ、物好きな謎解き屋さんのね」

仮面の人物は、私の眼の前までたどり着くと物怖じした様子一つ見せずに、私に向かって会釈した。一つおことわりさせていただくと、ワトリア君とシャンティカ君は非常に度胸というか肝が座っている方である。いくら私が竜の中では害は薄い方とはいえ、こうして平然と初対面の挨拶を交わして見せる人物はごくごく稀……なはずであった。

「お初にお目にかかります、私はリューノ・プレヲカ。探索を人生の楽しみとする一介の冒険者です」

達人、その言葉が私の思考によぎった。彼の落ち着きは途方も無い実力者のそれだ。しかして彼は敵ではないし、敵意も感じられない。人間のようにはいかないものの、私も首をさげて会釈の真似事をしてみせた。

「はじめまして、リューノ殿。私はシャール・ローグス、同族から『冥竜』の冠位を押し付けられているもので」
「お噂はかねがねお聞きしています。しかし女王陛下は、今回の事件をよほど重大視しておられますね」
「迷宮公の立場を考えれば、陛下の判断が過剰とも言い切れません。我々は、それだけの期待をたくされたということですね」

私の言葉に、仮面の冒険者ことリューノ殿は深く頷いた。

「ええ、一刻も早く彼女の重荷を取り除いてさしあげたい。お力を貸していただけますか?」
「もちろんですとも。事前にお伝えしました通り私が現地にお送りします。ささ、背に登ってください」
「恐縮です」

ぺたりと私が地に伏せると、リューノ殿は何処かなれた様子で私の身に手足をかけするすると登っていった。続いて何度か乗り降りしているのに未だに不慣れな様子のワトリア君に、難なく登っていくシャンティカ君が乗ったのを確認すると私は翼を広げゆっくりと上昇した。

「ところで、君達は迷宮公についてはどの程度の事を知っているのかな」

飛び立ってすぐのこと、目的地までの退屈しのぎとして私の方から背の上でくつろいでいるであろう三人に声を掛けてみた。竜としてはいかがな物かとは思うが、私の背は人を運ぶのには多少向いた形状であるらしい。

「全然、そういうのがあるって噂くらい」
「子供の頃、おとぎ話で聞かされた程度です。迷宮公のお話は王国内では良く知られた物でしたし」
「自分も、冒険者活動の合間に聞いた伝聞程度ですね。迷宮公の真実はアルトワイス王国の秘匿事項に該当するため、本当の情報はほとんど表に流れていないかと思います」
「ありがとう、私も君達と同様に彼についての知識は伝承での伝聞程度だ。君達を送り届けた後に、陛下より手配いただいた司書官が、歴史的事実としての資料を手元に送ってくださる事になっているけれど」

緑の絨毯に、おうとつの激しい樹海が私の眼下に広がっていく。あの森は友である樹竜の縄張りで、人間たちは用がない限りはここに立ち寄ろうとはしない。視界を前方に向けると、大地の起伏が激しくなり、ぐっと突き上がった山脈の壁が私の目に写った。

「伝承によれば、迷宮公はかつて、おおいなる大地の現れたるガルド・アドステラが、その神威を示さんと深き渓谷を一瞬にして山脈へと変えた山脈励起の偉業をきっかけに『発見』されたという」
「『発見』?私のきいた御伽噺だと、迷宮公はアドステラ神の被造物としてその身を山脈に刻んだと聞きますが……」
「どちらも伝聞だからね、歴史書にはまた違う話が書いてあるかもしれないし、あるいは真実は何処にも残っていないかもしれない。公自身は自らの来歴をご存知だったかもしれないが、その彼も今はすでに沈黙している……まあ、ここは一度私の知っている内容を話そう」
「はい、お願いします」
「それでいいわ、私なんて森にこもりっきりだったから、一般的な伝承だって全然よ」

所詮、伝聞は伝聞に過ぎない。しかし、全く前提知識が無いままに物事に挑むのも論外だ。情報の共有は行っておくべきだろうと私は判断した。

「アドステラ神による山脈励起の偉業は彼の目論見通りに山々を形作り、当時の人々は大いに彼を信仰したのだが……一つ、想定外の事態が起こった。隆起した山脈の中でも、最も雄大なる頂きにいでた黒鉄色の巨大な物体がにわかに顔を刻み、言葉を放ったんだ」
「ええと、我が身はここにあれり、でしたね?」
「うん、そこは私の聞いた伝承でも一致している。その後、アドステラ神は迷宮公と対峙し、対話を行ったという」
「んん?シャールさん、一つ良いだろうか」
「どうぞ、リューノ殿」

本気の速度に比べれば実に緩やかな遊覧飛行を保ったまま、私は彼の疑問を述べるように促した。

「あなたの話した伝承にある程度真実が含まれるとするならば、迷宮公は神霊の被造物ではなく、たまたま埋まっていた何かが神霊の御業をきっかけに表に出てきた……そう解釈することは出来ないですか?」
「うん、鋭い解釈だ。そしてその場合、迷宮公は神の手によるものでもなく、さりとて人間達の手によるものでもない、ということになるね」
「待って、じゃあ一体誰が……」
「そこは、わからないんだ。もちろん伝承が残らないはるか古代に、神霊が彼を作った可能性もあるね」

【冥竜探偵かく語りき~生体迷宮停滞事件~ おまとめ版 第一話:終わり|第二話へと続く|第一話リンクマガジンリンク

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パルプスリンガー、遊行剣禅のパルプ小説個人誌です。 ほぼ一日一回、1200字程度の小説かコラムが届きます。 気分に寄っておやすみするので、…

ドネートは基本おれのせいかつに使われる。 生計以上のドネートはほかのパルプ・スリンガーにドネートされたり恵まれぬ人々に寄付したりする、つもりだ。 amazonのドネートまどぐちはこちらから。 https://bit.ly/2ULpdyL