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冥竜探偵かく語りき~生体迷宮停滞事件~ おまとめ版 第二話 #DDDVM

会話を続ける内に、話題となった山岳地帯が見えてきた。
この一帯は神話においては、神威による威容と言われている。しかし残念ながらそれは、私の出生よりずっと前の時代の事だ。
あるいは、『エルダー』、すなわち老境に列せられる先達であれば、その様子を目の当たりにした方も存在するかもしれない。もっとも、『エルダー』にあたる様な竜は、同じ竜種といえどそう簡単に接触は出来ないのだが……

「あ、ちょっと、直接近づいちゃって良いの?仮にも竜でしょあなた」
「すでに王家より、私が伺う事は現地に伝わっているはずさ。石を投げられたりしない事は保証するよ」
「話が早いのね、なら良いんだけれど」

目的地となる、迷宮公の居住まいはざっくり説明すると二つの山頂を緩傾斜の高原がつなぐ三日月型の船の様な造りで、公の入り口、もとい御尊顔は高い方の山頂部へつながる中腹に存在している。あたりはなだらかな高原となっていて、山頂部から離れた二つの峰の中間部には村落があることも視認出来た。

ゆっくりと滞空し、かの迷宮公の正面にあたる場所へと降下していく。
突如舞い降りた私に対して、きりっとした人物と、丸い人物の二人の兵士が駆け寄って来た。

「失礼!王家より通達があったシャール殿でお間違えないかな!」
「その通りです」
「は、はー……良かった、違ったら僕たち二人なんかじゃ絶対太刀打ち出来ないし」

牧歌的な雰囲気の丸い兵士の方が、明らかに安堵した様子を見せたところをキリッとした兵士がちょんと肘でつついた。彼らに頭部を下げて会釈している間に、背の三人がそれぞれのペースで地面へと降りていく。

「あなた達はここに駐留されているんですか?」
「あ、はい。我々はグラス公への訪問を管理する門番です。もっとも、公がその気になればお口を閉じれば済む話なので、もっぱら自分達の勤めは公との雑談役といったところですが……」

そこまで話した所で、彼は深くため息をついた。

「公の様子が一変した日からさかのぼっても、駐留部隊の誰一人として、中に人どころかネズミ一匹入れていないって言うんです。もちろん、自分たちも含めて」
「ふむん」

ここでまた一つ、謎が増えてしまった。自然に停止されたのでなければ、犯人は姿を見せずに迷宮の奥深くに潜っていき、目的を果たしたことになる。
私が顔を兵士たちから視線をあげると、山肌から突き出すように、黒鉄とも黒曜石とも似つかぬ質感の、灰黒色のなにかが鎮座していた。

それは岩竜の分厚い岩鱗が組み合わさった頭部にも似ているが、より幾何学的形状に削り出したかのような存在だ。今は眼にあたる部分は閉じられており、竜の口よりなお大きな口腔はぽっかりと開け放たれている。真っ先に降りてきたワトリア君が、私の傍らで同じ存在を見つめていた。

「あれが……」
「迷宮公に間違いなさそうだね」

迷宮公、グラス・レオートは生前と変わらぬ様子で、今もこの双子のような山の中腹に鎮座していた。

「いざ探検ってなると、ドキドキしますね」
「その前にちょっと失礼、門番さん。公は王国と盟約を結んでいたそうですが、それはそれとして中に脅威となる存在……要するに魔物などはいるんですか?」

奥の暗がりを覗き込んで身震いするワトリア君を他所に、リューノ殿は落ち着き払った様子でキリッとした方の門番へ質問を投げかけていた。彼は歴戦の冒険者であるはずだが、その思考には思い上がりや慢心といった物は見られない。しごく礼節と慎重さを兼ね備えているように私には見受けられた。

「はい、そこまで強力な種はいないはずですが、公いわく『なにせ迷宮なのだからそれっぽくしておくべきだろう?』とおっしゃっていて、今も中には脅威となる魔物がそこそこ徘徊しています」
「どうも。ではトラップの類もあるようで?」
「ええと、大枠で二種類ありまして、公自ら維持されているものと我々が後付で設置したものです。そのうち、公自身が維持されているトラップは、おそらく今はもう機能していないと思います」
「ありがとうございます、承知しました」

迷宮の内情について把握している人物がいるのは、類推するにとてもありがたい事だろうと考える。迷宮という存在は大抵は人間達に合わせた大きさで、私のような竜が探検するにはあまり向いていない。もっとも同胞の中にはその様な迷宮の奥深くに陣取り、財宝をコレクションすることを良しとする個体もいるのだが……この迷宮においてはその様な者の話を聞いたことはなかった。

「では、私が前衛、ワトリアさんは二番目、シャンティカさんはしんがりをお願いします」
「ええ、その配置で不満はないわ」
「き、緊張します」
「それではシャール殿、行ってまいります。お二人はこの身に代えても無事に守り抜きましょう」
「その言葉、ありがたく受け取るけれど、私としては三人そろって無事に帰ってきてくれることを願っているよ」
「失敬、自分の存在を軽く扱いがちなのは私の悪い癖で。友人にも良くたしなめられるのですが……では、全員無事に帰還出来るよう尽力しましょう」
「ああ、そうして欲しい」

徐々に高くなってきた日が、私の艶めいた鱗に弾かれて彼の仮面兜を照らす。やはりスリットの奥の顔立ちまでは伺いしれず、これから迷宮の暗がりめいて暗闇だけが帳をおろしている。そのことが、何とも彼の誠実な振る舞いにミスマッチで私の好奇心をかきたててしまう。論理的に考えれば、彼はたまたまこの件に回されてしまった存在として仮定するほうが筋道は立つのだが。

「それじゃ先生!行ってきまーす!」
「うん、慎重にね」

まるで遠足に行くかのような意気込みで背の高い戦士と小柄な狩人に挟まれて手を振るワトリア君を見送ると、その場には門番君達二人と私だけが残された。彼らの方へ首を向けると、どうにも居心地悪そうと受け取れる表情が返ってきた。

「ご安心を、私も一度巣に戻りますので、ここに居座るつもりはありません。もしもの時に助けに入ろうにも、公の入り口は私には小さすぎますのでね」
「あっ、はい。わかりました」

彼らの反応の方が、どちらかと言えば一般的な竜への反応だろう。生物の強度が根本的に異なる以上、致し方ないことである。対話が成立するだけ、彼らは十分に理性的と言えた。

私が門番達へ別れを告げ、空に舞い上がってから程なくして私の左の単眼鏡を通してワトリア君の視界情報が移ってきた。もちろん、そちらと飛翔と思考に意識を三分割しても、何ら支障はない。なんだったら、地上から雨あられと砲撃されてもすんなり察知して避けることが出来る。それが、竜という生き物なのだ。

今もワトリア君の眼鏡にかけた魔術を通して、現地の様子が私の視聴覚へと伝達されている。迷宮公に、魔術のつながりを分断するような御力がなかったことは幸いと言えるだろう。

数百年の間、今の所変化が無い青空よりも迷宮内部の様子に多めに意識を割り振ると、まず最初にリューノ殿のつぶやきが漏れ聞こえてきた。

「どうやら、ランタンは不要な様ですね。手が空くので助かります」

彼はそう言って、盾を掲げた態勢で油断なく迷宮公の口腔、いやエントランスホールと思しきエリアへと先頭にたって足を踏み入れる。そこは、閉鎖空間である迷宮とは思えないほど、十分な光量が確保されていた。

灰黒の滑らかな壁は、王宮などの高度な石工仕事を遥かに上回る平滑さで、天井にはおよそ人間の手のひら大ほどの円が複数等間隔で存在しており、おそらくは人間の視覚でも見通しが利くのに十分な明かりがそこから供給されていた。

「壁……も、まるで見たこと無い素材と構造です。学園で見た魔術装置にも雰囲気は似ていますけれど」
「はい、はい、不用意に手は出さないでね。観光とは違うんだから」

思わず手を伸ばして壁に触れそうになったワトリア君を、私が制するより先にシャンティカ君がとどめてくれた。いきなり罠があるとも考えにくいが、だからこそ警戒しておくに越したことはない。罠とは、その様な思考の裏をかくものである。

「あ、はい。気をつけます」
「よろしい」

小型の竜であれば十分にくつろげるサイズであろうエントランスの壁には、あたかも血脈の様にぼんやり薄緑に光るラインが幾何学模様を刻んでおり、中央には来客をいざなうかのように一本の通路が伸びていることが確認出来た。実際のところ、私も現場にいれば手を伸ばさないという自信はない。公の体内は非常に興味深い存在だった。

「でも、なんだか事前に想像していた感じと違っていて、不思議な感じです。生体迷宮って二つ名ですから、こうもっと生き物の中みたいな感じかと」
「そんな感じだったら、正直入り口で引き返してたかもね、私」
「ちょうど、『蠢く深き高き山のオウグトエル』の中に放り込まれた時は、ワトリアさんの想像していた様な感じだったな」
「そういうのも実在するの?この世界の中だけでも、十分すぎるほど不思議が一杯だわ」
「その時の話は時間があれば。グラス公に話を戻すと、私の伝え聞いた所によれば、たとえ地に刻まれ、動かざるとも、理知を持ち、言葉を理解し、意志を示す。であれば、生きているに違いない。そう考えた古代の人々が、生きている迷宮、すなわち生体迷宮と公のことを呼び始めたそうだよ」

自律した意識を持つのであれば、生きているという解釈はなるほど素朴な感性を持っていた当時の人々由縁のものらしい。だが、彼の構造は現代における『生体』の定義からは大きくかけ離れている。

彼らからすれば全くの未知となる迷宮ではあるが、観察は程々にして奥に続く道へと足を踏み入れていく。ワトリア君の視界からうつるリューノ殿の背は、歩みにおいても体幹のブレがなく鍛えられきっているのがわかった。

同時に私は自分の住まいの上空、住み慣れた山の中腹に開いた穴へといそいそと身を移すと彼らの動向を気にかけながらも人間で言う書斎へと潜り込んだ。

私からして、迷宮公の実態、その生体には実に謎が多い。自然に停まってしまったのか、それとも悪意ある何者かが彼を破壊したのか、いずれにしてもそれを判断するためには彼がどの様な存在であるか少しでも知らなければならない。これが私に回ってくる『事件』の実に厄介な点だ。

仮に人間種が犠牲者であれば、彼らの医学見地から人はどの様に死に至るのか蓄積された知見がある。だが、強大な存在とは基本的に希少でもあり、希少であるということはすなわち、どの様な生態を持っているか調べるのは非常に難しい状況につながる訳だ。

「今回はまだ、過去に公と交流があった人物の詳述があるから情報が豊富な方ではあるね」
「ご期待にお応え出来る内容であればよいのですが」

誰に、というわけでもなく一人呟いた私に、即座に返事が返ってきた。書斎の壁を埋め尽くすお手製の本棚の方から入り口……人間からすれば過大に大きな穴に見えるであろう空間に首を向けると、ちょうどよい頃合いで来客が到着しているのが確認出来た。

来客の人物は標準よりも背の高い印象の女性で、亜麻色の髪を後頭部でまとめ、華奢な体格には給仕の類型にのっとった服装をまとっていた。そして、ほっそりとした顔立ちにはワトリア君のそれよりも輪をかけて野暮ったい印象の太枠の丸眼鏡がかかっている。眼鏡の度は相当にキツい事がレンズ越しの彼女のブラウンの瞳から見て取れた。

その背には、長方形の頑健な背負い箱が、かの女性には不釣り合いな印象をともなって背負われている。私を視認した彼女は、その背負い箱を前におろすと私の眼前まで持ってきて実に頑丈そうな仕掛けを解いてくれた。

「ご要望いただいた迷宮公に関する資料群です。主に歴代の門番達の日報をもってきました」
「ありがとう、司書殿。知らない事を学ばない事には推理などなりたたないのでね」

爪をひとふりすると、箱の中の雑多な資料達がふわりと浮き上がり、お行儀よく本棚へとしまわれていく。そのうち一冊を見えざる手で宝石を扱うよりも慎重に、丁寧に取り出すと目の前で開いてみせる。

「そのお爪で読まれるのではないのですね」
「昔はそうしていた時期もあったのだがね、製本技術が進んで紙が薄くなってきた昨今に、苦労して手に入れた一冊を誤って台無しにしてしまったんだ。以来、本を開くのはもっぱら魔術頼りだよ」
「実に結構な事です。竜に書を持っていけ、と言われた時には目を白黒させましたが、丁寧に扱っていただけるのは幸いな事ですね」

眉ひとつ動かさない時間が止まったかの様な表情で告げる彼女に、私は苦笑してしまった。もっとも竜の表情がそれと人間に伝わるのかはまだよくわかっていないのだが。

相応の経年劣化は見られるものの、王国にとって重要な存在を見守る役目とあってか革張りの表紙に包まれた日報は今も当時と変わりのない情報を私へと伝えてくれた。

公との雑談を楽しむ担当、僻地に送られたことでしがらみから距離を置けた事をつい書いてしまった担当、早く王都に戻ることを願う担当などなど、悲喜こもごもの内情が綴られている。この様な当時に思いを馳せることは普段であればとても楽しい行いなのだが、今は推理に必要な情報を優先して拾わなければ。

そんな事を考えていた私の視点に、一つごくわずかな違和感が引っかかった。その違和感は、ともすれば過ぎていった年月の産物のようにも思えてしまうようなちょっとした特徴にすぎない。それは、染みだ。それも黒インクをこぼした派手な染みではなく、ほんの水の染み跡である。

染み跡をよくよく観察するためにページを捲ると、いずれのページにも縦筋の特徴的な染みが刻まれている。手に入れられる限り多くの書を読んできた私だが、この様な染みを見るのはこれが初めてであった。

「司書殿、おかえりになられる前に一つ伺いたいのだが……お持ちいただいた資料はもちろん厳重に保管されておりましたよね?」
「はい、機密情報の為、これらの資料は王都内の専門部署で保管しております」
「そこに、水染みが生じる様な環境は」
「いえ、むしろ火気水気厳禁です。何か気がかりなことがございましたでしょうか?」
「これを見ていただいたく」

問題の書を彼女の直ぐ側まで浮かばせれば、ペラペラと不可視の指で丁寧にページをめくってみせる。返答よりもはやく、彼女の眉根を寄せた表情が違和感を物語っていた。

「おかしいですね、この様な染みは初めてみました」
「あなたもですか。ふむぅ……」
「この事が、何か今回の事件に関わりがあるのでしょうか?」
「いえ、それを断定するにはまだ早いとおもいます。まずは結びつける為のつながり部分を、ワトリア君達に探っていただく必要がありますね」
「さようでございますか。しかしいかなる形にせよ、漏洩があり得たかもしれないとなれば我々の責任問題となりますため、関連が判明したら私どもにも情報をいただいてよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも。そちらの伝書箱に伝書鳩をお送りいたします」

ここでいう伝書鳩とは、魔術で編んだ使い魔の一種であることはお断りしておこう。本物の鳩は間違っても私のところまで寄ってくることは……たまにはあるが、基本的にはない。

「感謝いたします、シャール様。他にも必要な書類があればなんなりと……それでは、私はこれで失礼いたします」

優雅に挨拶をしてくれた司書殿は、図書室仕えとは思えない俊敏な動きで私の住まいから色付きの風となって退出していく。思えば、彼女の服装には泥はねの染みさえ一つとしてついていなかった。私のすみかは遠足で来れる程度の険しさだが、そうはいっても不可解ではある。

「ふむ……達人とは思いの外、日常に潜んでいるものだね」
「先生、そちらは何かありましたか?」
「ああ、頼んでおいた資料がようやく届いたくらいだよ。そちらは今のところ危険は無いようだね」
「そうね、でも気が緩んだ頃合いに割ってはいってくるのがお約束、よ」
「実に頼もしい、そのまま三人揃って無事に戻ってきて欲しいとも」
「ホント、つくづく竜っぽくないわねあなた」
「そんな事はないさ、伝承に語られる連中は私達の中では喧嘩っ早い荒くれ者か、縄張りの広い輩と相場が決まっていてね。穏健派にあたる者たちはそもそも他種族との接点を持つことが非常に少ないんだ。だから君達の一般的な竜の印象は偏った接点がもたらしたごく一面的なものだろう」
「ふうん……ま、友好的でもいざ喧嘩になったら勝負にならないもの。近づきたくないのは私だけじゃないと思うけれど」

雑談にのっているようで、彼女の感覚は鋭敏に周囲の変化を観察していることが声色から私にも伝わってきた。街中のような安全地帯とは異なる声の張りだ。彼女がいつでも撃てるように携えている、黒橙の弓、私の知人ならぬ知竜の一部で象られた弓が、天井の明かりを受けて艶めいた。

彼女たち一行がエントランスホールから奥に進んだ迷宮の通路は、大型の魔物であればすんなり通れる程度の空間を保持しており、やはりあの真円型の光源が一定間隔で通路に明かりを提供している。ワトリア君が緊張感を何とか保ったまま、口を開いた。

「まるで見たこと無い雰囲気の場所ですけど、やっぱりなんというか……迷宮っぽくは無いような気がします。リューノさんはどうお感じですか?」
「武骨者の私の直感で良ければ、迷宮を意図して作られた、というよりも複雑な構造にせざるを得なかった神殿や何らかの施設、のような印象を持ちました」
「今のとこ罠も敵も出てきてないけど、そもそも悪意が薄いのよね。ここは」
「ええ、仮に入り込んだ者を破滅させる意図があるのであれば、そもそもこの天井の灯りでさえ存在しないでしょう」

冒険者二人のやり取りに、ワトリア君は落ち着かなげに眼鏡を揺らしておとなしく真ん中の立ち位置に収まっていた。

「ワトリア君、君は学生であり、医学を志す者なのだから二人に対して気後れすることは無いと私は思うよ?」
「あ、はい……でもやっぱり未熟さを痛感しちゃいますね」
「あなたはまだお若い、いずれ立派な医師になれるでしょう。その日が必ず来るよう、私がお守りします」
「ありがとうございます、リューノさん」
「しっ、曲がり角から何か来るわ」

シャンティカ君の制止により、ワトリア君は慌てて自分の口に手を当て、リューノ殿は携えていた盾と剣を構え迫りくる脅威に備える。シャンティカ君はというと、背後からの敵襲は無いと判断してワトリア君よりも前に出た。

「足音無し、ごくわずかな風切り音が二つ。前方右側の角から感じる」
「わかりました」

にわかに、三者の緊張が高まった。その様はおもに筋肉の緊張として現れ、シャンティカ君は若鹿の如き四肢を張って弓を張り詰めさせ、一方のリューノ殿はもともと屈強であった手足を丸太のごとく膨張させて招かれざる客を出迎える。

私にも聞き慣れない風切り音が感じられるようになった段階で、曲がり角より迫りくる脅威が姿を見せた。

それらは長短二種類の三角錐を二つに合わせて浮かせた様な物体で、中央にはまるで瞳のように水晶体がはめ込まれている。三角錐の周囲には人間の握りこぶし大ほどの球体が三つ周遊しており、実に奇妙な存在だ。そんな三角錐が三体、こちらに向かってくる。

「ゴーレム……の一種でしょうか」
「魔力、マナは感じないわねっと!」

逡巡するよりも早く、矢が三つ連なって打ち出された。シャンティカ君による先制の急襲だ。撃ち放たれた矢はまっすぐに浮遊ゴーレムの瞳に向かって突き進むが……浮かぶ球体が前に並ぶと真剣白刃取り、とでも言うように挟み込んで止めれば大地へと叩き落とした。

「むむーっ、見た目より賢いわ、アレ!」
「前に出ます。援護を」
「ええ」

今や寸前三メートまで迫ったゴーレム群に対し、リューノ殿は盾を前面に構えると砲弾の勢いもかくやの速度で踏み込む。だが、ゴーレムもさるもの。彼を包むように包囲陣を敷くと三方向より浮遊球体による殴打を振るう。

「危ないっ!」

思わずワトリア君が声を上げるよりも早く、彼は動いていた。
正面からの一発は盾でそらし、背を狙う一玉はかがみ込んで伏せ、頭上を複数の球体が虚しく行き過ぎる。かがんだ反動で伸び上がるように剣を振り上げると、手近なゴーレムの三角錐が真っ二つに切り裂かれ、水晶体が青と白に明滅した。

「左方に撃つ!」
「了解!」

続いて行われたシャンティカ君の援護射撃が、健在な左方のゴーレム側面を今度は的確に撃ち抜く。だが、矢じりは表面をわずかにえぐっただけにとどまるも体勢までは維持できなかったか、軸のぶれたコマのように波打った動きのままたゆたう。

右のゴーレムが再度球体による猛打を繰り出せば、彼は剣を打ち払って叩き落とし、返す一刀であやまたず左のゴーレムの瞳を真正面から貫く。精緻な装飾の剣がゴーレムの背から飛び出した。瞬きするほどの間に二体のゴーレムが何も出来ないままに無力化されている。

残りの一体も、リューノ殿に再度襲いかかろうとしたところで隙を見せた瞳に矢じりが吸い込まれていった。三本の棒がゴーレムの瞳に突き立つと、痙攣とともに落下し最後の個体も停止。だがリューノ殿もシャンティカ君も構えを解いてない。

「後続の気配はありますか?」
「いいえ、いまので最後」

その言葉でようやく二人は残心を解く。流石に練達の冒険者といったところだろう。ワトリア君が硬直している間にあっさりと事は済んでしまった。警戒を保ったまま、ゴーレムに突き立った矢を引き抜くシャンティカ君。

「冗談みたいな強度ね、これ。私の弓、並の金属装甲だったら撃ち抜けるはずなんだけど」

ゴーレム達の身体はこの迷宮の壁材と同質とおぼしき灰黒の物体で構築されており、シャンティカ君が手にした矢じりでつついてもかすり傷一つついていない。

「門番さん達がくださったメモによると、公の使い魔に当たる存在のようです」
「ふうん、主がうんともすんとも言わない状態でもちゃんと仕事してるなんて、健気ね」
「一般的な魔物よりも若干厄介ですね、気をつけて行きましょうか」

一行は浮遊ゴーレムの観察を終えると、再び進行を再開する。
しかして、リューノ殿の剣の冴えはいかほどのものか。これほどの強度の存在をあっさりと切り裂くとは。

―――――

遭遇戦を複数回こなした後、相変わらず見かけは変化に乏しい迷宮内についてシャンティカ君が言葉をこぼした。

「この事件、もし犯人がいるとしたらこの中に誰にも気づかれずに潜り込んで、この地味に厄介な公の使い魔を全ていなした上で、おそらくは奥の奥にしまい込まれてる遺物を盗み取ったって事なわけ?」
「まあ、君の言う通りだとも。シャンティカ君」
「はぁ……自然死の方がまだ筋が通りそうよ。だってほら」

彼女は自分たちが進んできた、幾度となく曲がった道を振り返って見せる。

「床にだって、私達の足跡でさえ入り口には残ってたのに、先客の痕跡は何一つ見つかってないの。本当に誰か先に入ってたのか……疑わしくもなってくるわ」
「君が注意を払っているのは人間の痕跡かい?」
「そうよ、まあこの中に入れる頭の回る生き物については極力考慮しているけれど……それにしたってなんにもなさすぎると思うんだけど」
「魔術の跡についてはどうかな」
「そっちについても、注意は払っているって。でも実際に使われていたとしても自然に存在するマナと見分けがつかないほど霧散しちゃってる。正直探知出来ないわね」
「ふむ……」
「これって、いわゆる不可能犯罪じゃないの?」

不可能犯罪、それは文字通り実現不可能の様に受け止められる犯罪のことだ。常識的な観点であれば、彼女の主張はまったくもって正しい。近年発達が進みつつある科学も、錬金術も、魔術もまた万能ではない。だがそれは通常の使い方での話だ。

「確かに、君の主張する通りこれは一見不可能犯罪、のように見受けられる」
「でも、女王陛下はそうは思っていないって訳?」

私とシャンティカ君が相談を交わす間、ワトリア君はというと私の視点からは伺いしれないがおそらく居心地悪そうにしていることだろう。なにせ実質的には彼女が応対しているようなものだからだ。本当は彼女のかけた眼鏡越しに私が対応しているのだが。

「即断するには、判断材料が足りない、という所だね。これと言った証拠が見つからなければ、それを元に私が現実的にも不可能な行いで、公は自然死したと陛下にはご報告するよ」
「お願い、偉い人達に弁舌でなんとか納得させるなんて、私にはどだい無理だもの」
「任されました」

引受はしたものの、これを不可能と証明するのも俗にいう魔族の詐術、に入るだろう。まったくもって厄介な案件に関わってしまったものだが、麗しき女王陛下たっての願いとあれば、竜である私とて苦労の一つもせねばなるまい。

気を取り直して進もうとした一行だったが、その時のことだ。ワトリア君の眼鏡越しにも明らかな振動が迷宮の壁を揺らしたのは。

「え……?」
「二人共、私に寄ってください!離れないで!」
「は、はい!」
「了解!」

今まで冷静さを保っていたリューノ殿が逼迫した様子でもって二人に警戒と密集を呼びかける。背中合わせで周囲を警戒する三人を置いて、迷宮はまるで積み木細工を組み替えるかの様に入れ替わり始めたのだ。

私は居ても立っても居られず、手持ちの資料を鞄におさめ背に乗せると住まいを飛び出した。共有している視界の中では積まれたレンガを置き換えるような気軽さで迷宮の内部構造そのものが組み変わっていくのが分かる。

私が舞い戻ったところで、既に迷宮奥深くに進んでしまっている彼らに対して何が出来るというわけではない。それでも照りつける太陽を負ってじりじりとあがる熱を感じながら飛ぶ。

だが、幸いにも迷宮の変化は彼らを押しつぶしたりなどすることはなくたちどころに収まっていった。もっとも彼らが進んできた通路の前後は完全になくなり、通路の方向も九〇度ずれてしまっている。

「ワトリア君!無事かね!」
「は、はい……シャンティカさんとリューノさんもご無事です」

彼女からの返答を聞き、思わず吐息が漏れた。見た目ばかりは豪勢な黒いブレスが、虚空を焼いて霧散する。

彼女の眼鏡越しに見た所、出口のない密室に作り変えられたわけでもなさそうだ。もっともそうなれば、私が眼鏡にかけた魔術への経路<パス>をたどって穴掘りする他あるまい。

「流石に王家が災厄の遺物を託す相手ではありますね。例え構造変形ですり潰されなくても、事あるごとに内部構造が変わってしまうのでは探索は非常に難しくなります」
「書いていた地図ももう参考になりませんね……」
「出口のない部屋にならなかっただけ良しとしましょうか」
「ええ、しかし公は生きておられるのでしょうか?」
「それは、私の方で確認しよう。君達は脱出するにせよ奥を探るにせよ、探索を続けてくれたまえ」
「わかりました」

あれほどのことがあったというのに、リューノ殿は落ち着き払った様子で行動を再開する。そんな彼におっかなびっくりといった様子でついていくシャンティカ嬢。そしてワトリア君の身震いで私の視界がぶれた。

彼らが行動を再開する一方、私は迷宮公の元へと早々に舞い戻った。私の眼に門番の二人がぎょっとした表情で私を見ているのがうつる。

「お、お早いお戻りで……」
「申しわけない、おふた方。緊急事態なのだ、公の状態を確認させていただきたい」
「は、はぁ……わかりました」

極力落ち着いて話したつもりだったが、どうにも私の切羽詰まった雰囲気が彼らにも伝わってしまったのかもしれない。おっかなびっくり脇に退く彼らをよそに、私は迷宮公の、竜を模したと思しき死に顔に迫った。

まじまじと観察し、閉じられた瞳をそっと開けて覗き込み、言葉をかけて見るも反応はやはりない。

「あの、一体なにを?」
「公が本当に停止しているか確認をば。先程内部構造の組み変わりが発生したようで」
「なんですって⁉ああでも、公の状態はずっと変化なかったかと……」
「確かに、そのようだね」

事ここに至って、死んだふりであれば内部構造が変わった事を知っている私を前にしてふりを続けても意味は無いだろう。その他の反応もやはりない。であれば、やはり公は完全に停止している可能性が高い。

「では一体何故……」

それを判断するには、あまりにも情報が足りなすぎた。私は足りないピースの片鱗をつかむべく、爪先で岩盤を梳く。まとまらない私の思考同様、岩は幾多に分かれていった。

「まずひとつ目、今の迷宮で起きた構造改変は人間でいう所の死後硬直の様な事象という推論」

死後硬直とは、生命活動が停止したことによって起きる肉体の硬直化現象だ。生ける存在はその命脈によって体内に様々な生命維持に必要な事象が発生しているが、その生命が損なわれた場合は血の循環が止まり、筋肉が硬直。そしてやがて軟化していくという。

「だがあの現象は、死がもたらした機能停止・崩壊現象のようには思えない。明らかに整然とした動きだった。であればこの案は優先度を下げて良いだろう」

しかして、迷宮としての機能が存続しているのであれば、今度は公が沈黙したままである点と矛盾が生じてくる。私の爪を受け止めていた岩盤は、まるで蟻地獄の巣穴のようにえぐれてきた。

「考えられるのは、迷宮公の体内機能を別の存在が乗っ取った可能性。言うなれば寄生虫のような存在だ。公のサイズであれば、人間が彼の機能を乗っ取れる可能性はなくもない。だが……」

迷宮公の存在は、おそらくこの世界で唯一だと認識している。私とてあらゆる事を知っているわけではないが、記憶している限りの伝承でも彼のような存在については把握していない。それはつまるところ……

「世界にほぼ唯一の存在、なおかつアルトワイス王国の管理化にあり、更には公自身が知性ある生ける迷宮であった。そんな彼に対して乗っ取りをかけることが出来るほどの、研究を行うことが果たして可能なのだろうか」

通常の生物であれば、進化のせめぎあいによって大型の生物に対し寄生出来るよう能力獲得を行えるケースもあるだろう。だが、公は悠久の時を生きてきた唯一の存在である。もちろん、永く存在する、ということはそれだけ攻略の余地も多くなる訳だが。

「放置されていたならいざしらず、王国建国当初より盟約を交わしていた公に一般の人間が干渉する余地が……?」

首を回し、この場所からほど近くにある山村に視界を回す。そこは大規模な研究設備などあるわけもなく、至って牧歌的なよくある村に過ぎない。この地の立地を考慮すれば、外敵からの干渉の受けにくさと自給自足が成り立つ環境が両立したことによって成立した居住地であろう。

「むむむ……何か、この矛盾を解消するパズルのピースは……」

その時、思考を巡らせていた私に、ある閃きが訪れた。ついぞ力の入った爪がパキリとえぐれていた岩盤を叩き割ってしまう。

「ふむ、この線は確度が高そうではある」

矛盾していた状況を解消する、一つの推論が私の中にもたらされた。だが、今の所それを裏付ける証拠については見つかってはいない。

「であればやはり、まだ彼らには探索を続けてもらう他ないか」

けして安全ではない迷宮に潜り続けてもらうのは、少々心苦しい物がある。

「今後この様な状況がふたたび訪れた時に備えて、色々魔術を揃えて置かなければなるまい」

再びブレスを伴って嘆息してしまいそうになり、何とか呼気だけに留める。ここは空中ではないのだ。

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