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語られ、語り継がれる者 #第三回お肉仮面文芸祭

「貴方の武勇伝を聞かせて下さい」

冬、個人経営の飲み屋。そのカウンター。
そこには一人の男が背を丸め、飾り気のない白地の徳利を傾けていた。

「俺にか?物好きだな……で、何が聞きたい?」
「スケールの大きな話がいいです」
「スケールの大きな、ね。何を言ってもほら吹き男爵になるが、酒の席さ、いいだろう」

男は振り向きもせず、自身にかけてきた声の求めに答えた。
飲み屋の店主が、素早くカウンターに熱燗を置く。

「小話にちょうどいいくらいのスケールというと、そうだな。『繁茂する虚空 ル・グ・ガラン』がいいだろう」
「どのような存在だったんでしょう」
「名前の通り、意思を持ち、なんでも喰らって拡大再生産する空間さ。何せ空間そのものが個体なんだ、奴の前ではブラックホールですら上等な黒飴に成り下がる。実際、奴の出身世界はほぼすべてル・グ・ガランに捕食されて一時期消滅しかかっていた」
「それはとても厄介ですね。どのように対処されたんでしょうか」
「奴の存在座標を丸っと隔離して、スパっと抹消した。周辺世界を六つほど取り込んでいたが、内側は完全に捕食した空間を消化しきってしまっていたから、特に助けるべき存在もいなかったしな」
「ずいぶんあっさり解決できるんですね」
「単一世界支配者クラスでは、俺とは存在のスケールが違いすぎてクジラにアリが挑むようなものでね」

男は声をかけてきた相手に背を向けたまま、鷹揚に答える。

「ほかにも、同様に討伐されたことが?」
「あるさ、それなりに。だがエンターテイメントとして面白いかといえばNOだ。アリの巣を水責めするのが楽しいのはせいぜい幼児くらいの物だろう。それでも聞くのか?」
「ええ、他では聞けませんので」
「まあ、いいさ。じゃあ次はもう少し手間のかかった相手について話そう。『生死因果管理機構』はどうだい」
「大仰な名称ですが、なんらかの誇張がされておいでで?」
「そうだったんなら良かったんだが、名前の通りだ。こいつは自身の管理領域内の全生命体の生死を自由に発生させることができた。なんでも、発端は、ありとあらゆる生命体の死亡タイミングを必要に応じてコントロール、死亡させることで効率の良い発展が見込める……というアイデアをもとに建造されたそうな」
「死の運命をコントロールできるなら、全員を先延ばしにする、という方針ではなかったんですね」
「すべてを生かすと、返ってロスが増すという発想だったんだろう。だが、完成度が高すぎた結果誰も停止できなくなり、しかも影響領域が出身世界外に及ぶ段階に進んだために、俺が干渉せざるを得なくなった」
「どのように解決されたんでしょう」
「まあ、待ってくれ。親父、イカ唐と冷酒を頼む」

相変わらず男は、酒とつまみを喰らうばかりだ。
その合間に、与太話を続ける。

「先の奴とは違って、コイツは支配世界内に多数存命の存在が残っていた。あくまで生死の因果をコントロールするのであって、殺戮が目的のマシンではなかった。だから、パッとまとめて消して、とするには少々乱暴に過ぎたわけだ。そのため、どのような仕組みで生死をコントロールしているのか解体するところからはじめた」
「それは、それは。どんな仕組みだったんですかね」
「蓋を開けてみたら思いのほか簡単だった。ほぼあらゆる存在には始まりと終わりが一対で存在しているよな?『生死因果管理機構』の仕組みはシンプルで、その終わりのイベントが発生するタイミングを、時系列と因果律を都合のいいタイミングに調整できたのさ。でもこれには一つ欠点がある」
「ほほう」
「単純なロジックのエラーで、機構から観測して、すでに終わっている存在は再度終わらせなおすことができない。そこで自分の終焉イベントを前倒しにして、終わった後にも平気で動いている自分を増やした。後はその自分が現地の機構をいじり倒して自己崩壊させたらおしまいだ。今では、かの世界はコントロールされた理不尽な死から解放されて、アンコントローラブルな死に振り回されているだろうね」
「それは良いことだったんです?」
「さあね、どっちみちミクロレベルの体感では死の訪れはいつだって理不尽なものだよ」

男はそこで言葉を切って、目の前に持ってこられたイカのから揚げをかっくいらい、冷酒を煽ったのちに振り返って自身にインタビューしてきた相手に向き直った。

そこには、艶々したさしが入り混じるサーロイン。いな、そのお肉を仮面にした人物が立っている。お肉仮面だ。

「それで、君は俺の敵なのかな、『語られる怪異 お肉仮面』君」
「そんなつもりは毛頭ありませんが」
「そうかな。そもそも、語られるということは存外非常に強い力を持つ。『信仰の伝播者 オルム・バ・デカティア』という存在は、当初は取るに足らない形而上存在にすぎなかったが、形而下存在に認識され、観測され、語られることによって自身の形而上存在面積が拡大することを発見した。神ではなくとも、語られ、伝承され、信仰されることによって後付けで神性を得る。この世界線でいえば、当初は神の子の母、に過ぎない聖母マリアが後世の信仰によって偉大な存在に押し上げられていったのも同様のケースと言える」
「そんな大それたことは全然」
「フウン、それならそれでだろう。飲みたまえよ」

男はカウンターから、新しく注文した冷酒を手に目の前の怪異、その手のぐい飲みに注いだ。お肉仮面は、仮面着用のままぐい吞みを傾ける。

「まあ、君は良性のようだ。癌化しなければそう世界に悪影響も与えまいて」
「わかっていただけて幸いです」
「じゃあ、俺は帰るよ。インタビューが楽しんでいただけたならいいんだがね」

男はやおら立ち上がり、伝票を手に飲み屋を去っていった。
次の瞬間、お肉仮面と呼ばれた人影も、飲み屋の中からこつ然と消失していた。
後には、確かに一人の酔っ払いが飲み食いした跡だけが残されていた。

【終わり】

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