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魂の灯 -おまとめ版- #ppslgr

「書けない……」

乱雑に本が積まれたワンルーム、暗がりの中で呻きが密やかに消えた。
パソコンの前で顔を伏せる、ぼさっとした黒髪に眼鏡の若者。モニターには、テキストエディタが開かれたまま、カーソルバーが虚無的に点滅していた。

「センセイは……どうして、オレを……」

握りしめた両拳をデスク板面に押し付けて苦悶するも、答えが出るはずもなく。問いかけは暗がりにとけゆく。それでも、苦闘の中で、若者の眼だけは死んでいなかった。

「書くんだ……オレは……!」

―――――

エメラルドグリーンとホワイトの装飾が彩る、創作商業施設Noteのメインストリート。雑多な人種が行き交う大通りから、一足路地に入り込み、薄暗がりに猥雑なジャンルの露天やテナントが並ぶ、そんな脇道を通り抜ける。

そうすると、上品で陽光に溢れた雰囲気から一変して、胡乱な、胡散臭い雰囲気の区画が姿を見せる。上品な雰囲気の店と、胡乱な店が入り混じった混沌とした世界。

そこから更にもう一歩足を踏み込んだ先に、一際胡乱な文字書き達「パルプスリンガー」がたまり場とする、古めかしい西部劇の意匠を伴ったバー・メキシコが存在していた。

西部劇のアレ、ことウェスタンドアをきしませて入ってきたのは、ぼっさりした黒髪に黒縁眼鏡、可もなく不可もなしといった感じの体格、さらにジーンズとロボットアニメのロゴが、でかく熱く描かれたTシャツを着込んだ若者。

彼が店内を見回すと、とりわけ混沌とした雰囲気の連中が、丸いテーブルを数名で囲んだグループをそれぞれ作り、自らの作業に没頭している。コーヒー、紅茶を淹れる者。流行りのエンタメについて、感想を交換する者。どういう訳かプラモデルを組み立てる者に、ただただ建設的な事は何もせず、瓶のCORONAビールをあおる者。

そんな雑然という言葉がぴったりの、混濁した店内に、若者は目的の人物を発見した。ただ一人ノートパソコンに向き合い、うんぬん唸りながらキーボードを叩く、椅子にかけたコートを初めとして全身黒尽くめの男。その男の身の回りには、見てわかるほどに雑多な武器が、身につけられている。

男が、自分に近づいてきた若者に気がつくと、声をかけた。

「よう、二代目チャンプ。俺に用があるなんて珍しいな」
「よしてくれよ、レイヴン。バティで良いって」
「そうか、わかった」

にべもなく了承すると、レイヴン、ワタリガラスを意味する呼び名で呼ばれた黒尽くめの男は、再びキーボード打鍵を再開した。したが、すぐにバティと名乗った若者に対して、続きの言を述べる。

「何か悩みがあるんだろう?」
「う――どうしてそれを?」
「深刻な顔して、普段絡んでる連中に見向きもせずに、俺の所に来たらそりゃあ何かあるんだろうなって事くらいわかるさ」
「何もかもお見通しか……敵わないなぁ。まあ、実際その通り」

卓につくバティに、レイヴンはノートパソコンをどけると、CORONA瓶を栓抜き差し出す。

「ほら、シラフじゃ言いにくい事もあるんじゃないか」
「ありがとう、でも大丈夫だ。ああいや、CORONAはもらうけど」

ヌルい黄金を一息あおると、覚悟を決めた様子で、バティは吐き出した。

「レイヴン、どうしたらそんなに毎日書けるのか、秘訣があったらオレにも教えて欲しい」
「それは構わんが、本当に必要なのはそういう毎日書くコツ、じゃないんじゃないか?」
「エッ?」

黒尽くめから出てきた言葉は、バティの予想していない内容だった。レイヴンは続ける。

「確かに、毎日書き続ける為のポイントは、ある。毎日決まった時間に起きること。起きて朝一に書くこと。睡眠時間はたっぷり取ること。食事の栄養バランスは適切にすること。などなど……」
「それ、大事なの?」
「大事だとも。でも、そんな事は後からいくらでも身につけられる。やる気さえあるなら、箇条書き程度でも十分教えられる。だが、本当にパルプスリンガーに必要で、行方不明になると取り戻すのが大変なのが……衝動だ」
「衝動」
「そう」

新たにもう一本CORONAを、レイヴンがあおる。

「『この話は俺が書く、書きたいんだ』っていう、腹のそこから湧き上がる衝動、情熱、欲求。それを持っていれば、いつだって、どんな時だって書ける。でも、一度コレを失うと――ぴたりと、筆が止まる」
「それ、センセイも同じこと言ってたな……」
「ああ、真実だから、俺も同様に言うしかない」
「そっか」

創作へと衝動、欲求。言われてみれば確かに、書かなければ、という義務感にだけ追い立てられて、何を書きたいのか、という欲求はいつしか、何処かにおいてきてしまった気がする。

「レイヴンはさ、賞取ったんだからもっと書け、頑張れって、オレに言わないんだな」
「無理に無理を重ねると、心が折れる。一度心が折れた後は、立ち直るのに膨大な時間がかかる。とてもそんな強要は出来んよ。義務感でやるとしんどいしな。仕事じゃないんだから、書きたくなった時に書けばいい」
「わかった」

不意に、アロハシャツに天狗面という奇妙な風体の男が、バティに声かけのしかかってくる。

「よーバティ君!なんだ元気ないじゃないか?そういう時はガチャでも、回したらどーだい」
「オレの推しは収益率の関係で、ガチャには入らないんですよ」
「そうなのか?俺様ソシャゲ全くやらねーから、そういうの全然わかんねーや!」

絵に描いたような悪い大人ムーブに、苦笑する黒尽くめ。猫撫声で悪い方向へ誘導してくるサイバー天狗に対して、バティは丁寧に押しのけて立ち上がる。

「ちょっと外の空気吸ってくるよ。後で、その衝動の取り戻し方とか、教えて欲しい」
「ああ、取っ掛かり位は提供出来る」

心なしか、肩を落とした感じで外に出ていく若者を見守りつつも、黒尽くめはタイピングに戻り、天狗はCORONAをあおる。

「なあ、アイツが立ち直れるかどうか、賭けないか。ヘッヘ」
「立ち直れる方にCORONA一本」
「なーんだよぅ!お前がソッチに賭けたら、不成立じゃんか!」
「そういうそっちは、ホントに賭けにする気がある、わけでもなかろ」
「ハハッ、そこんとこはナイショだ。ナイショ」

黒尽くめがノートパソコンに向き直ったのと同時に、かすかに女性の悲鳴めいた音が店内に響いた。ガヤにかき消された為に気にする者は居なかった中、レイヴンだけが立ち上がる。

「行ってくる」
「おうよ、いってらっしゃ~い」
「書きたい物、かぁ……」

外に出たバティは、人もまばらな裏通りを、考え事と共に当て所なく歩いていた。すれ違う相手もわずかな為に、彼の独り言に怪訝な視線を向ける者もいない。

「確かに、コンスタントに書いている人はこう、これが書きたいっていうのが明確だよなぁ」

Note区画内外縁部。この辺りになってくると、立地の悪さからテナントも埋まらずに、そのまま空きスペースが放置されている箇所も、一つや二つではない。そういった虚無の空間が増えてくるほど、物寂しい雰囲気が漂ってくる。

「書くこと自体は楽しいんだ、オレは――それは間違いない。でも、書きたいものがなんだって言うと、こう……不明瞭だ」

若者の苦悩は、突如として割って入った悲鳴に遮られる。弾かれたように声の方へと、駆け出すバティ。

「大丈夫ですかって、何じゃこりゃーっ!?」

バティの目に飛び込んだのは、路地裏で腰を抜かして震える妙齢の女性。だがそれはいい、もっと深刻なのは彼女に迫る怪異だ。

宙に浮いているのは、黒い毛玉に小さな小さなコウモリ羽が付き、節くれた枝の様な手足がついた物体。毛玉が割れると、中には不似合いなむき出しの歯がガチガチと鳴って口の端をつり上げる。

地面を這いつくばっているのは、半透明かつ暗黒色のスライム状の物体。ナメクジのようにも見えるが、目は触覚ではなく体表に複数おざなりに配置されている。

控えめに言って、どちらも尋常の生物ではない。明らかに天然自然の生態系から逸脱した存在だ。

「クッソ、オレ今丸腰なんだけど!」
「バティ!こいつを使え!」
「レイヴン!」

駆けつけてきた黒衣の男が、バティに向かって二振りの剣を投げる。一つは黒塗り刀身のマチェット。もう一つは内側に向かってブーメラン湾曲した刃を持つククリ。どちらも的確に柄を掴んで、鞘から振り出し怪異へと駆け出す!

「コイツめ!」

渾身の力で振り下ろされた一撃が、女性へと迫っていた多眼ナメクジの先端を切り落とす!続いて切断面にククリの刃先をねじ込み、内側から切り裂けば、どろりと粘液を溢れさせた後に幻の様にかき消えていく。

「キィーイー!」
「ヒッ……」

地上の二人に襲いかかろうとした黒毛玉に、後退りも出来ず短い悲鳴をあげる女性。だが、毛玉が口を大きく広げた瞬間に、黒尽くめが放った銃弾が、三発並んで飛び込む。着弾した瞬間に、衝撃で後方へ吹っ飛び赤い血を噴く毛玉。

「そっちはこいつらについて何か知ってる!?」
「わからん、俺も今日が初見だ!」

銃撃着弾で壁に叩きつけられた黒毛玉。かと思いきやいきなり小分けになった小毛玉に分散し、個々それぞれが牙を剥く!

「ああ、もう帰れよ!キモいから!」

殺到する小毛玉の群れに対し、バティは的確に飛翔物を切り落とす要領で叩き落とし両断していく!次々とかち割れて落下する毛玉!そして毛玉のうち、一つだけ眼のついた個体だけが、二人から飛び離れんとする所を銃弾が撃ち貫いた!宙で四散する小毛玉!

「……いまので全部?」
「俺の感覚にも、あの妙な奴らの奇妙な気配は感じられない」
「そっか、良かった」
二体とも、死体は夏場のアスファルトに落ちたアイスみたいに溶け落ちて、もはや残骸すら残っていない。追加の増援が無いことを確認し、それぞれ武器を収めると、脱力してへたり込んでいる女性へとバティから声をかけた。

「あー……お怪我とかないです?」
「あ、いえ、その……お陰様で、怪我はなかったです」
「それは何よりです。立てますか?」
「ええ、何とか……」
「バティ、一応サポートエリアまで連れて行こう」

また出てくるかもわからん、という言葉をレイヴンは飲み込んだ。さして強くはなかった、とはいえ尋常ではない怪異に遭遇した後である。二度三度出てくるなどと示唆しては、被害者にショックを与えかねない。

「ああ、わかった。で、こいつはどうしたら」

バティが受け取った二刀を鞘付きのままでぶんぶん振る。刀身にも、怪異の粘液、体液の類いは一切残っていなかったのが、不可解ではあった。

「やるさ、丸腰だと毎回渡さないといけないだろう」
「え、いいの?」
「大量生産品の安物だ。いくらでも買い直せる」
「わかった、ありがたくもらっとく」

ようやく一息ついた女性が、何とか立ち上がり歩けるまで回復したのを見て、二人も動く。ここまできたら、乗りかかった船だ。

―――――

「もしかすると、お二人が遭遇した相手は、初めてではないかもしれません」
「というと、既に区画内で行方不明になった連中がいるのか」
「はい、既に警察には届け出を行っています。防犯用の監視システムも活用して、犯行の現場を探っていますが……今の所抑えられていない状況です」
「フムン」

Noteエリア内にいくつかあるサポートセンター。白ベースの清潔感のあるテナント内、そこに併設されている救護室へと女性を送り届けると、二人はサポートAIであるノート――エメラルドグリーンのストレートロングに、シンプルなワンピースという、お嬢様っぽい人型躯体に対して、一部始終の報告を行っていた。

「え、それっておかしくない?区画内にそんなわかりやすい死角が、いっぱいあるわけでも……」
「申し訳ありません、設置できるカメラには限りがございまして、巡回ドローンも併用して警戒を行っているのですが……」
「もしかして、不可解な事に被害者が、自分から死角エリアにフラフラ行ったりしてないか?」
「その点については、今まで一切の痕跡を確認出来ていないため、こちらでは判断材料が無い状態です。何か、その様な推測が出来る情報が?」
「さっき、な。何であんなひとけの無いエリアに行ったのか、それとなく聞いてみたんだ。そしたら『自分でも何故、あんな所に足が向いたのかわからない。考え事をしてたら自然に……』だとさ」
「無意識のうちに、ということでしょうか」

レイヴンとノートのやりとりを聞くうちに、バティは自分も、あの過疎エリアに何故足が向いたのか思い出せない自分に、気がついた。

(そういえば、散歩だからって深く考えていなかったけど、オレはどうしてあんな所に……)

「行方不明者が増えているのは、Note内であって、それ以外の周辺施設では発生していないのか?」
「最後の足取りさえつかめていないのですが、今の所、周辺施設での行方不明者は発生していないそうです」
「やれやれ、また面倒な事態になりそうだ」
「出来るだけ、こちらで解決出来る様に尽力いたします」
「ああ、いや、必要なら俺も手は貸すさ。もっとも管理AIでさえ捕捉できないとなると、こっちが出来るのは精々、運良く現場に居合わせたら取り押さえる、くらいか」
「無理はなさらないでくださいね」
「おうとも」

バティが考え事をしている間に、レイヴンとノートはどんどん話を進めていく。ただし、現状でこちらから積極的に出来る事は、ほぼない状態ではあったが。

「どうしたバティ、考え事か?」
「ちょっとね。オレ達に何か、運営さん達に協力出来ることとか、ありそうかな」
「いんや、お手上げだ。まさか、監視カメラの捕捉も、事件の痕跡も無いままに人だけが消えてるとあっちゃな。手がかりといえるのは、せいぜいNote内が狩場ってとこか」
「うへぇ……さっき言ってた、無意識に死角に引き寄せられてるってのは?」
「サンプルケースが一件だけじゃ、因果関係が明確とは言い切れない。あくまでもしかしたらって話で、次に発生した時にも同じ事を聞いてみるしかないな」
「手詰まりかぁ……」

一切の手がかり、無し。しかも恐ろしいのが、電子技術が発達し、眼を設置しようと思えば、かなりのカメラにドローンを展開できるこのご時世において、犯人は何一つ手がかりを残していない。次々改築が発生するNote区画内といえど、発達した技術の裏さえかける事実が、なおのこと犯人の不気味さを増していた。

「幸い、実行犯の戦闘力はさほどでもない。だが、ま、油断は禁物だな」
「証言だけでも増えれば、手がかりが得られるかもしれません。何卒無理なさらず、無事に戻られる事を優先してくださいね」
「了解、また何かあればすぐに知らせる」

ノートに対して、二人で軽く会釈すると、サポートセンターを出てバー・メキシコへ至る道に戻る。事件について、場内アナウンスが概要を告げ、警告を呼びかけるも来場客達はまるで気に留めていない。

「なあ、レイヴン。ああいう怪奇存在って、こういう都市部でも出てくるものなん?」
「怪異は、通常はもっと人がいない過疎地に出てくることが多いな。もちろん例外もあるが、今回の奴らは大胆にして、用心深い――その上、人の多い商業施設の死角を縫って、犯行をやってのける様な連中だ。かなり厄介だ」
「おっかない、早く解決するといいんだけど」
「なぁに、焦っても仕方がない。何か取っ掛かりが見つからない限りは、俺達には打つ手なしだ。それより、バティの情熱やら何やらを取り戻す事を優先しよう」
「そうだ、そうだった。頼んでおいて、さっきのドタバタですっかり忘れてた」

パルプスリンガー達は、あくまで市井の一市民に過ぎない。良識の範囲で協力はするが、さりとてプライベートを削ってまで対応する義務は、ないのであった。

実際の所、Noteは広い。クリエイティブであれば何でもかんでも、大体受け入れてる為に、区画内は混沌としている。胡乱なエリアなどはまだ、闇が深い所に比べれば格段にお行儀が良い方だ。

「ある程度、手がかり足がかりがつかめない事にはどうにもならんな」
「だよなー」

二人とすれ違う人々も、それぞれ目的が違うのかイラストエリアに向かう者、写真展に集まる者、ノウハウを求める者、と多種多様な形であちらこちらに散らばっていく。

「でもさー、出来ることが無いってわかってても、もやもやするよな」
「それはそうだ。得体のしれない怪異による失踪事件だなんて、知ってしまったら普通は落ち着かないものだ」
「ま、そうだよな」

とりとめの無い会話を続けつつも、バティは内心では、先程の怪異の存在から思考を離せなくなっていた。

(何でNote内限定なんだ……?ここにそんな、相手を限定する様な要因って、なかったと思う。それに、襲ってきた奴らはタダの怪物だったけど、犠牲者を無意識に襲いやすい場所に誘導するってのも普通じゃないし……)

考え事に囚われたまま、足を進めるバティに、並ぶレイヴンは彼の様子に眼を光らせつつも気にしない風で、一緒に同じ方向へと歩き続けた。サポートセンターのあったメインストリートから、小説・ノベルのあるエリアへ。さらに小説区分の区画から、一段と胡乱な領域に。そしてひとけのない過疎地へ。

「バティ、ストップ」
「え?どうしたんだよ、いきなり呼び止めて」
「気づいてるか?もう大分バー・メキシコから離れてしまったぞ」

レイヴンの一言に、慌てて周囲を見回す。胡乱窟どころか、辺りにあるのはテナントを入れたは良いものの、閑古鳥で撤退した空間や、そもそもテナントが入っていない、がらんどうの空きスペースだ。それなりに活気はある、バー・メキシコの周辺ではない。

「は?いや、全然気づいてなかった……」
「考え事に夢中と言っても、自分で歩きながらここまでオーバーランするのは、少々不可解だな。バティ、剣を抜くんだ」
「お、おう」

誰もいない、路幅だけが広い路地裏にて、二人はそれぞれ武器を構える。大通りに比べると、ここの体感気温は二周りひんやりと冷え込む。

「様子がおかしいって気づいてたなら、もっと早く声かけてくれても」
「もし狙われているなら、早めに止めて無事にすませるよりも、確証が欲しかったんでな。でないと一人で帰ってる時に、同様の事態になったらもっと危険だ」
「う、確かに」

緊張を保ったままに、すぐに襲撃者は現れた。羽つき黒毛玉、多眼ナメクジ、そして新手となる黒塗りの、のっぺりとした泥人形。泥人形のサイズは3メートルほどで、デティールのない円柱型の手足が、ずしんずしんとその重量を伝えてきている。しかも、初遭遇時よりも数が多い。

「決まりだな。バティも狙われている」
「ちょっとぅ!オレ狙われる理由とか思いつかないんだけど!」
「そっちになくても向こうにはあるんだろうさ!」

うすくらがりの路地裏に、発砲音がたて続けに鳴り響く!

撃ち放たれた銃弾が、立て続けに先頭に立つ泥人形の胴へと突き刺さる。
泥の肌へ、すり鉢状に着弾痕が刻まれるが、すぐさま何事も無かったかのように埋まってしまう。不気味なノイズ感のある振動を伴って、前進する泥人形。

「チィ……やはり面倒だな」
「こっちも数が多いんだけど!」

ワラワラと迫る多眼ナメクジの頭部を切って落とし、飛び来る黒毛玉を刀身で打ち払って殴り飛ばせば、何とか押し留めている物の、二人の劣勢にはかわりはない。

「泥人形は俺が殺る、残りを頼めるか?」
「簡単に言ってくれちゃって!まあ良いさ、殺るよ!」
「三秒後に、相手の視界を奪う」
「了解!」

少なくとも、黒毛玉と多眼ナメクジは視覚も活用して、行動を行っている。
3、レイヴンの握るリボルバーに次弾が装填され、2、バティの振るう二刀が飛来した黒毛玉を四分割、1、黒尽くめが握った銃を天に向け、引き金を引いた。

Bow!発砲音と共に、リボルバーが吐き出した弾頭が高い天井に突き刺さった瞬間、雷光もかくやというほどの閃光が辺りを真っ白に塗りつぶす。怪異達が怯む中、黒衣の男は光が収まるよりも早くトリガーを引いた。残りの弾丸が、泥人形の胴に突き刺さったかと思えば、すぐさま剣山めいた氷柱となり、人形を氷壊させる。

一方のバティは、怪異達の包囲網から姿を消していた。その場に姿を残しているのはレイヴンだけだ。相手が一人になり、好機と見たか殺到する怪物達。

ビィーン……という張り詰めたワイヤー音の後に、レイヴン後方側の、黒毛玉とナメクジが一瞬のうちに張られた鋼線に阻まれて、その場に踏みとどまった。

「……⁉」

怪異達が次の行動に移るよりも早く、それは来た。
轟音をたてて、大重量の鉄骨がギロチンめいて落下する。無感情な大質量の殺傷塊は、次々に怪異共を事務的にひき潰した。鉄骨の下から、怪異共の残滓が流れ出しては、幻だったかのように蒸発していく。

音で何が起こったか把握した凶鳥は、振り向くまでもなく、前に迫る追加の泥人形を迎え撃つ。

「レールガンは、ダメだな。貫通距離が長すぎる」

一人つぶやきながら、目の前の脅威に何を使うか勘案。単純な銃撃では、当然ながら効果が無い。さりとて、氷ばかりでも芸がないだろう。何より、こいつらの残骸を確保したい。一瞬思考した後、振り上げられた豪腕が下りるよりも早く、男は引き金を引いた。

ビシリ、と泥人形の胴体に、先程と異なるガラスのヒビめいた痕跡が発生した。かと思えば、みるみるうちに泥人形は肥大するコンクリ塊に飲み込まれ、その姿を失った。

「おおお!」

身動き取れなくなったコンクリ塊の泥人形へ、頭上からバティが迫る!一息にマチェットを振り下ろせば、即席のコンクリ塊はずんばらりと両断。斬撃の衝撃によってか、塊は砂山の様に崩れ落ち、あっけなく路面へと散らばった。残敵、ゼロ。

「大したもんだ」
「まだまだだって、他のパルプスリンガーはもっとヤバいじゃん?」
「アイツらはバティよりも一回り、世代が上だからな。差異があるのはおかしなことじゃない」

増援が来ないことを確かめて、残心を解く。やはり、怪物共の残骸は既に霧散してしまっていた。砂山を一山残して。

「うーむ……」

レイヴンは砂の山をナイフですくって、まじまじとその中身を見入る。肉眼では何の変哲もないタダの砂だ。他の事例ではありそうな、あからさまに異物が残留しているといった様子もない。

「どうだい?」
「肉眼でわかるレベルじゃないな、ノートちゃんに引き渡そう」

撃退後にレイヴンが入れた連絡により、巡回ドローンが現場を改めにやってくる。もっとも痕跡と言えるものは何も無いため、その場を見ただけでは狂人の寝言のように受け取られても仕方がないのだが。

「これじゃ俺達が、見えない何かを相手に暴れた様にしか見えないんじゃ……」
「そうだろうと思って、撃退前にスマホで撮影もしておいた。光学的にはちゃんと存在はしていたようだな」

差し出されたスマホ(余談だが、コレも黒い)には、確かに迫ってくる怪物達の姿が生々しく映し出されていた。AIが査定すれば、悪趣味な画像加工でないことはすぐに判明する事だ。

「ううん、勝手に入れられた薬物で、ラリって幻覚見てたのとどっちが良かったかな」
「怪物よりも、薬物反応でブタ箱にねじ込まれる方が面倒だな。何せバケモノ共は斬っても、何処からも文句は来ない」

肩をすくめる黒い男。彼は普段から、面倒は避けるに限ると言ってはばからない。

「この画像も合わせて提示しておく。それよりも問題は、そっちだ、バティ」
「……だよな?」
「ああ。これじゃまるで耳なし芳一の逸話だ。経は書かんぞ、めんどくさい」
「俺だってイヤだよ。せめて念仏とかで」
「斬って撃てば事足りるんだから、それでいい。問題は、どっからやってきているのか、何故Noteの人間を狙っているのか、そもそもいつから活動してるのか、そういう謎が多すぎるとこさ」
「それもそうか。でも、どうしよう」

神出鬼没、現状さしたる手がかりなし、その上被害者を無意識に操って狩場にまで連れてくる。実に厄介な相手だと、さしもの二人も認識せざるを得なかった。

「よし、合宿でもするか!どうだ?」
「合宿、まさか、Note内で?」
「そのまさかだ。自宅なら安全って保証はないし、下手したらホラーゲームのバッドエンドみたいに、一人になったとこを襲われかねん。であれば、誘いをかけて、解決の糸口を掴んだほうが勝ち目がある」
「本気かよ?」
「覚悟をきめるんだ、バティ。こういうスカムイベントは、巻き込む方の心情なんか、絶対配慮なんぞせん。故にこっちから行ってぶっ飛ばすしかないんだ」
「レイヴンが言うと説得力しかないよ……ああ、クソッ、やる、やってやる!こんな事で死んでたまるか!俺はパルプを書くんだ!」
「その意気だ。だが、無茶は厳禁だとも」

半ばヤケクソではありつつも、戦う意志を固めた若者を、黒衣の男は激励する。

「でもさ、どうすればいいだ?」
「一つ、仮設を立ててる」
「それは、あれかい。奴ら、クリエイターが抱えてる何かに反応してるって」
「それだ。だがそれが何なのかまでは、まだわからん。今は、寄ってくる条件を探るしかない」

「気のなっがい話だ」
「まあな。だが、あの連中が俺達の幻覚なんぞでない以上、さっさとぶっ潰さないとオチオチ創作に専念も出来ん」
「文字書きの邪魔する怪物とかさ、笑えないよ」
「そうだな」

その場に、周回監視ドローンが複数やってくる。四枚羽の室内でも十分な機動が取れる小型機械は、珍存在を見聞するかのように砂山をぐるりと巡った。ドローンを通じて少女の声が聞こえる。

「手がかりはこれだけですか?」
「そーだ、しかもその中に何かが残ってる確証もない。お手上げだよ」
「検証はしてみます」
「ああ、それと一つ頼みが」
「何でしょう」
「空き区画、一つ貸してくれ。需要がない過疎ってるとこで良いんだ」
「受領しました。後ほど確保した場所を通知します」
「オーケイ。こっちからは必要な設備を要望しとく」
「おいおい、設備ってなんだよ?」
「廃墟同然の場所でエンタメの消化は出来ないぜ、と。高校生とかならいざしらず、な」
「ウェー、怪物が襲ってくるのに、並行でインプットもやんの!?」
「そりゃそうだ。じーっと待ってたって仕方が無いからな。それに」
「それに?」

言葉を切って、黒衣の男は歩き出す。彼に続くバティ。

「……いや、まだ仮定の段階だ。確証が取れたらまた話す」
「あい、あい。了解だ」

未だひとけの戻らない、空虚な場所から二人はバー・メキシコに向かっていく。

―――――

「はー……まだ半日も経ってないのに、どっと疲れたよ」
「ここなら、まあ安全だろう」

先程とはうってかわって賑やかなバーの店内、その空いているテーブルの一つに着いた二人は、気晴らしにまた一本CORONAを空けた。

「でもさ、俺達用の拠点なんて、そんな簡単に作れんの?」
「ある程度出来上がってる場所を居抜きして、ありあわせの物品を持ち込むだけだからな。半自動工作システムなら2時間もかからんさ。ゼロから作るならそれなりの日数は要求されるだろうが」

説明している合間にも、レイヴンはスマホを介してNote上のシステムに申請を行い、空き区画の整備を確定。ノートから返ってきた通知は、幸いな事にさほどバー・メキシコからほど近いポイントであった。

「決まった」
「早いな!?」
「事前に話し通しておいたしな、ほらほら、積ん読に積み映画、それから積みゲー、どうせここに大量に持ち込んでるだろ?いい機会だ、集中して消化しよう」
「気が散ってまともに読み取れないとかならないといいけど」
「なら、早めに解決するしかないってとこだ」

バー店内一角に据え付けられている、共用ロッカーから揃って積みエンタメを取り出す。この辺りの感覚は、まるでバーと言うよりもサボり屋の部室めいている。NoteのCXOからして、胡乱な部室の部長めいたところがあるが。

ドサドサと、山のようなエンタメを積んでいく二人に、流石に奇異に感じた一人が声をかけた。その男は、比較的長身のレイヴンとバティよりも更に一回り大柄で、浅黒い肌にジャケットをまとい、いかにもタフな雰囲気をまとっていた。

「どうしたんだ、洗いざらい積みを引っ張り出したりして」
「チャンプ」
「何言ってるんだ、今のチャンプはお前だぞ。バティ」

イシカワ・ザ・ファーストチャンプ。パルプスリンガー達が目標とする小説大賞で、最初に栄光を勝ち取った男。その実力は他のパルプスリンガー達も認める所であり、独自の作品世界観をしてザ・パルプ、とさえ呼ばれる男だ。

「……やっぱりさ、オレには荷が重いよ、先代」
「やれやれ、だ。ま、気持ちはわからんでも無いがな」

大げさに肩をすくめるイシカワ。彼をして、バティが栄誉を受け取った時には、既に一度、激励しているのだった。イシカワはバティの肩を叩いて再び励ます。

「センセイも言ってた通り、お前はまだ『過渡期』なんだ。思うように書けなくて苦しむ事も、当然あるだろう。だが、ちゃんと乗り越えられるさ」
「そうかな」
「そうだとも。レイヴンも、そう考えているからこそ手を貸してる」
「何処まで力になれるかは、わからんがね。先達の努めのウチだ、やれることはやらないとな」

今までのやり取りで、何故大荷物を引っ張り出してまとめているのか察したイシカワは、バティの積み本の山に数冊、自分のコレクションを追加してみせた。

「持ってきな」
「イシカワ、良いの?」
「問題ない、もう読み切った。ならまだ読んでない者が読んだほうが、有益だろう。持っていけ」
「ありがとう、しっかり読んで返すよ」

そんな三人のやり取りを、各々が距離を取って見守りつつも、店内にいるパルプスリンガー達はそれぞれ、自分のしたいことに手を動かしていた。

「で、缶詰か。どこでやるんだ?」
「Note内の僻地で、だ。必要なら後でポイントを送る」
「くれくれ、暇が出来たら行く」
「えっ、イシカワも来んの?」
「お前らの積んでるの、俺が読んでないヤツも一杯あるからな。集中消化すんなら丁度いい」
「あー、でもその、厄介事にも俺ら巻き込まれてて……」
「そりゃあれか、あのNote内行方不明事件か。よりによってまた随分と、面倒くさそうなヤツに巻き込まれたもんだ。なぁに、自分の身くらい自分で守れるとも。それとも、なんだ、俺は頼りにならないか?」

わざとらしくおどけてみせる先代チャンプに、ブレるほどの勢いで顔を横に振るバティ。

「滅相もない!」
「ハッハッハ、コイツは意地悪が過ぎたな!」

大笑いと共に、イシカワはCORONAをあおった。ここでは新人も、ベテランも、チャンプも、挑戦者も、ビールだけは決まってCORONAを愛好する。

「よっし、決まりだ。パルプスリンガー、集中強化エンタメ消化合宿と行こうじゃないか」
「三人ならまあ、話題にも事欠かないだろう。良いことだ」
「ああ、うん、良いこと、だ。はあ」

普通、こういうドキドキイベントって一人くらい美少女が混ざるもんじゃないか?などとバティは一人心中でごちた。他の参加者は、どっちもガタイのいい男二人だ。もっとも、そもそも異性に対してコネクションが無いのに、急にそんなウキウキドキドキイベントが降って湧いたりは、しないのであった。

何処までも続く真っ白な空間に、背景に同化するプログラムコードが霧の様に行き過ぎていく場所。Note中央サーバーで駆動する仮想空間。

今ここでは、物理施設を滞りなく稼働させる事を使命として背負ったAI達がああでもないこうでもないと起こっているトラブルに対応していた。

物理世界でパルプスリンガーの対応をしていたお嬢様個体が、フォーマルな給仕服に品の良い銀縁眼鏡、緑の黒髪をシニヨンにまとめた美しい給仕個体から今入っている陳情について報告を受ける。

「また小説エリアに関係のない作品が大量に混ざった件について、陳情が来ています」
「アルゴリズムを再度微調整しましょう、厳密に小説について定義付け出来ないから、前と同様付け焼き刃になっちゃいますが……」
「承知いたしました、改良部門にオーダーを回します」

続いて、キュロットにTシャツ、大雑把にショートにしたボーイッシュな個体からも報告。

「おーい、またスケベ案件だってよ。最近多すぎじゃねー?」
「即刻削除をお願いします」
「へーへー、投稿者はどうするよ?」
「施設利用許可については継続で、違反行為の継続が見られた時点で退場措置をとってください」
「あい、あい。要するにいつもどおりってことね」

さらに真白の01コード帯が収束すると、ちっちゃな体格に白衣を引っ掛けた丸メガネの博士個体の3Dアバターがその場に形成。博士個体は、かぶった角帽を傾かせつつ新しい報告を行う。

「レイヴンさんからもらったサンプルについて、解析が終わったよ」
「いかがでしたか?」
「ほぼほぼ、コンクリの素材――要するにターゲットの物理成分は含まれていない物と判断してます。いただいた画像、動画については改ざん痕跡はないので、光学的にはあの場に実在していたのは間違いないねー」
「では、一時的な物理形成だけが行われていて、機能停止に陥った時点で物質化が解除された、そういうことでしょうか」
「うん、既知の事象では、実像形成型の能力が該当します。つまり、自然現象や事故ではなく、人為的な、悪意のある行動ってことですねー」
「CTOの『妖精さん』みたいな、でしょうか?」
「そうそう、妖精さんはほぼほぼ無害―まあ結構いたずら好きだけど、同種の能力を本気で悪用すればこういう事も出来るって事です。目立つ人だとホイズゥさんも同じタイプですねー、彼、現状で4種以上の幻像を自律稼働させられるからかなり強力な能力者だけど、まあ今回は無関係だと思います。何せ幻像の性質が違いすぎますから」

彼の幻像、基本面白おかしい個性的なキャラだからねーと付け加える博士個体。

「ありがとうございます、ドクター。多少は進展しましたが、まだまだ不明な点が多すぎますね……」

プログラムコードで形成された、白亜の塔の様な司令塔席で、嘆息するお嬢様個体。

「そうでもないよ、動向から考えればもう動機もわかるし。人間が有用な『資材』になっちゃった今どきだと、Note内は悪意ある人間にとっては良好な狩場でもあるんだ」
「それは、私達の力不足を露呈しているようで余り喜べません」
「君は人間に入れ込みすぎじゃないかな、まあ私はこういうキャラなので許してほしいね。私だって彼らに対して、相応の奉仕心は持ち合わせてるから」
「むう……」
「私達のリソースが足りないのは経営陣に陳情あげてるし、私達は感情的になりすぎずにやれることをやろうよ」
「わかっています」

二人が話している間にも、この白っぽい仮想空間に、次々と別個体が現れては入れ替わる。次に司令塔にやってきたのは、全身つなぎを着用するも上衣は脱いで腰の所で結び、髪もラフに後頭部でまとめた建築員個体だ。

「はーい、例のオーダー終わったよ」
「お疲れ様です」
「いやー、しっかしつっまんない改装だった!パルプスリンガーが新たに拠点作るっつーからどんなトンデモ施設かと思いきや、ワビサビ?ゼン?そんな感じのしっぶい内装でさー。全然おもしろくないでやんの!アタシのドキドキ乙女心を返せっ!」
「あの、その、そんな事言われましても」
「あーまた、あの連中がNoteの大部分更地にしねーかなー!」

建築員個体は、平然と物騒な言質を繰り返す。同じNoteの管理AIといえど、かなり個体差があるようだ。

「来場者の方には緊急避難転送があるとはいえ、そう頻繁に更地にされては困ってしまいます」
「かったいなーフロイラインは!アタシが本気出せば復旧なんてあっという間だって!」
「いえ、予算とか、風評とか人命とか……はぁ」
「はいはい、アタシだって人死がでて欲しいって訳じゃあないんだ。ただこう、居抜き物件のちまちました手直しとか、ショーに合わねえの!」
「ビルド、あんまり無茶なことばかり言っていると、本職の方に怒られてしまいますよ」
「イッ、やめろよそういうのっ、アタシがアイツ苦手なの知ってるくせに。ちぇっ。それより、アイツら過疎部で立てこもって誘拐犯誘うんだろう?ウチラから一人、同伴した方が良くない?」
「今、適任の子にコールをかけていますが、中々来てくださらなくて」
「適任?誰だ?」

その時、新たなAIがその場に01構成されて姿を現した。フリルのホワイトブラウスに、濃紺のプリーツスカート、胸元には可愛らしくリボンがあしらわれた少女の姿。髪は艶めかしい黒曜石の黒髪で、一房ずつツーサイドアップにまとめている。

「ノート・アイドル、貴女にお願いが」
「いーやーよ」

顔を上げるなり、ツンケンとした態度でフロイラインの言葉を突っぱねる、ノート・アイドル。

「何が悲しくて私が、行き詰まってる人にべったりくっついて監視しなきゃいけないの?立ち直れるかどうかなんて、その人次第でしょうに」
「そのとおりですが、今回はそれだけではありません」
「私達の管轄内で起きてる行方不明事件でしょ?ダメダメ、私が行った程度で何の役にたてるっていうの」
「少しでも情報が欲しいんです。それとも、私とマスターユニットを代わりますか?」
「う……」

やんわりとした、しかし拒否を許さないフロイラインの提案。管理AIのマスターユニットとは、すなわちNote内における全情報の集約を担う役割である。一個人の護衛としてつくのと、どちらが大変かなど考えるまでもない話だ。

「わかった、わかったわよ。その代わりバックアップは常駐させておいてよね」
「全AIに対して多重バックアップはかかってますよ、心配いりません」
「そうは言うけど、物理躯体が壊されるって推算したら、怖くならないの?」
「彼らなら、そんな事にはさせないと信頼しています」
「ふぅん、私もドクターと同意見ね。でもいいわ、そのくらい入れ込んでないと、マスターユニットなんてやってられないでしょうし。雑用くらい引き受けてあげる」
「感謝します、アイドル」
「貸し一つね」

アイドル、偶像と呼ばれたAI個体は、来たときと同様にまたたく間に仮想空間から消失、退出した。

バー・メキシコを出たバティとレイヴンは、Note運営から通知された場所へと移動していた。先程と同様、徐々に人影は薄く、テナントや店舗については閑古鳥となり、更には何の店舗も入っていないガランドウのスペースも増えてきた。

「なんだかさ、賑わってるようにみえても僻地はまだまだこんな感じだよな」
「発見されないことには、どうしようもないからな。メインストリートや目立つ通りならいざしらず、こんな端の端では作品を見せたい人間にとっては流刑地みたいなもんだ」

だからこそ、俺達には都合がいい、とレイヴンは付け加えた。運営からしたら、いい迷惑だろうけどな、とも。余りNoteに入り浸ってる訳ではないバティは、特に追加で言うこともなく、そんな物かと受け止めた。

やがて、目的の場所につく。そこは一般的な立地で例えると、墓地付きの寺、とでも言うべき場所だった。もちろん商業施設内なので、墓があるわけでも無ければ寺なわけでもない。ただ、雰囲気で言えば間違いなく墓地と寺だ。それも、住職が居なくなったばかりの廃寺といったところか。

実際の造形そのもので言えば、広めの庵、と言った風情だ。言うなれば古のワンルーム住宅である。スペースそのものは、外観からはかなり広めに見えた。

「なんだか、化けてでそうなんですけど」
「ネズミ捕りを入れる捕獲箱には丁度いいだろう」
「さしずめオレ達はチーズか、ハハハハハ……はぁ」

ため息をつくバティを他所に、レイヴンの方は荷物を置いて銃を自分達が歩いてきた通路の先へと向けた。黒尽くめが警告を発するよりも早く、バティが口を開く。

「あー……敵じゃないんだったら、さっさと出てきて手あげたほうが良いよ。こっちの黒い人、引き金軽いから」
「当然の警戒だと思うんだがな、尾行者に対しては」
「待って、待ってよ!せめてこっちが誰だか確認してからにしてよ!」

尾行者は、慌てて通路の角から両手を上げて出てきた。つややかな黒髪をツーサイドアップにした、品の良い服装の少女。

「何者だ」
「もう!確かに私は影薄いかもしれないけど、運営サイドに銃を向けないでよ!」
「悪いが顔を覚えているのは、人間の最高責任者とAIのノートが主だが」
「わーたーしーも管理AIなの!疑うならあなたのアカウント停止しても良いのよ!」
「それは困るな」

軽口を返しつつも、レイヴンは銃口を管理AIを名乗る少女に向けたままだ。当然、引き金にも指はかかっている。

「あー、大丈夫、オレこの子知ってるよ」
「本当か?」
「ノート管理AI群の、モデル・アイドルだ。実際に物理躯体に会うのはオレも初めてだけど」
「なるほど。俺はフロイラインにしか、会ったことがないからな」
「あの子は何かと言うと前面に立つから、他のモデルに会ったことがなくてもおかしくはないわよ」
「それで、高嶺の花がオレ達に何か?」
「端的に言うわ」

ノート・アイドルは若木の様な指先で、もってバティを指差した。

「ノートAI群はあなたを護衛対象と認定します。それで差し向けられたのが私って訳。納得いただけたかしら?」

ノート・アイドルの言葉に、レイヴンは眉を強めにしかめた。

「正直お断りしたいんだが」
「なんでよーっ!」
「なんでもなにも、敵は運営の目をかいくぐり続けてるのに、お目付け役がついたら俺達に食いつかなくなる可能性は高いと思うが」
「私だって抗議したんだけど、フロイラインが殊のほか厳しく言いつけて来ちゃって。私を追い返しても、別の子が回されるだけよ」
「彼女か……意外に頑固だからな。実際、その通りになりそうだ」

自分から進んできた訳では無いことを察すると、黒尽くめはどうしたものか考えあぐねる。一方で複雑な表情で、バティはノートを見ていた。

「どうしたの?じっと見たりなんかして」
「ああ、いや、嬉しいような帰って欲しいような……オレも良くわからない」
「もう、確かに私は人工知性だけど、見た目はこう、可愛いんだからちょっとは喜んでくれても良いのよ?」
「わ、わーい」
「わーい」
「アンタは良いわ黒尽くめさん」
「そうか」

バティに合わせて棒読みでバンザイして喜びの声を上げてみたレイヴンに対し、ノートはぴしゃりと言いつける。肩をすくめて、特段抗議せず腕を下げるレイヴン。

「で、何が出来るんだ」
「別に、何も?」
「なん……だと……?」
「警備ドローン呼んだりとかは出来るけど、はっきり言ってあなた達に比べれば非力もいいところだって。まもって、ね?」
「ハイ!」

ちょっと譲歩した様子で、逆に護衛を求めるアイドルに対して、バティはつい即答してしまった。一方で目頭を抑えるレイヴン。

「感動した?」
「呆れてるんだ。まあ良い、現場に遭遇した時、情報収集さえしてくれればそれ以上はもとめん」
「はいはーい。あ、私の躯体は高いわよ、おしゃれには気を使ってるもの。精々傷を付けないように頑張ってね?」
「がんばります!」
「被弾しても俺は弁償せんぞ、全く」

嘆息しながら、山と持ってきたエンタメを突っ込んだ箱を下げて、廃庵に入っていく黒尽くめ。一方取り残された二人のうち、少女からオタクへ耳打ちが入る。

「何だか、彼思った以上に冷たいんだけど。私何かした?」
「うひゃっ!近いって……!あー、彼、異性に対しては大体あんな感じだよ。そもそも、余り人当たりの良いタイプじゃないけど」
「そう。ああもう、これだから人間の心理推算は、負荷が高くてイヤなのよ」
「君、ホントに円滑なコミュニケーション取る気あったの?」
「自分を曲げてまで媚びる気はないけれど、やり取りが円滑じゃないのも非効率的じゃない」
「うっへ、ホントにAIなの君」
「他の個体にもそう言われるけど、私はれっきとした機械のお人形。それ以上でもそれ以下でもないの。満足?」
「うーん、まあ、納得いかないけど、わかった」
「わかりなさい、悪いようにはしないから」
「なにがさ」

ちょっと憮然とした反応のバティを置いて、アイドルもまた庵に歩み寄っていったと思えば、ゆるりと振り向いた。

「せめて、楽しい時間にしましょうって事ね。娯楽一杯あるんでしょう?」
「お、おう」

彼女は、そのまま庵の木戸を引き開けて中に潜り込んだ。
うらぶれた庵の中は、とても外観からは予想できないほど新品ピカピカの、整った状態だった。端的に言うと、和風旅館の最高級客室がそれに当たるだろうか。往年の大作家が、しばしば合法的拉致監禁の上締め切りとのデッドレースに費やされたであろう、伝説の間の雰囲気を醸し出している。

真新しい畳の上には、フェイク切り株のテーブルが居座り、周囲には2×4の八名は座れる座布団。俗に旅館のアレ、などと呼ばれる窓側のスペースにも、上等な黒革張りのリラックスチェアが二台、小机を挟んで置かれていた。

床の間らしき、一段上がったスペースには大型のモニタが鎮座しており、おあつらえ向きに映像ソフト再生機も据え付けられている。

「映像作品は、モニタが一台しかないから早いもの勝ちな」
「見たくなったら言うよ」
「なに、何時間籠もるのよ、アンタ達」
「相手次第だな。何日か、何週間か」

パルプスリンガー二人が持ち込んだボックスを開けると、そこには小説を始めとして、漫画、ゲーム、アニメ、映画といった娯楽作品が山と詰め込まれていた。いずれも、往年の名作から、マニアが目を丸くする怪作までよりどりみどりだ。

「どのみち、持ってきたエンタメを消化しきる前に、解決してほしいもんだ」
「なーに、他の子達が解決するでしょ。アンタ達の出番も私の出番もないわ」
「だといいんだけどね」

レイヴンは旅館のアレこと、「広縁」のチェアに身をあずけるとそのまま分厚い文庫本を広げた。バティも寝っ転がって座布団を枕にしながら同様にかなりの厚さの本を広げている。その様子を見て目を丸くするノート・アイドル。

「え、なに、漫画からじゃないの?」
「こんな時でもないと中々集中して食えんからな、文庫は……」
「文字書き失格だよねぇ」
「ふうん、思ったより真面目にやる気なのね。良いわ、飲み物位は入れてあげるわよ。何が良い?」
「バティは何が良い、合わせないと彼女にとって手間だろう」
「あー、何でも大丈夫」
「なら、ミルクティーで」
「ええ、良いでしょう。茶葉はあるかしら」
「スカルが預けてくれたのが、ボックスに入ってる」

レイヴンの指示通り、ボックスの中にはブルーに金字の装飾が入った缶が紛れ込んでいた。細やかな指先で丁寧に缶を摘み取ると、少女は据え付けのキッチンへと向かっていった。

「気、利かせてくれたのかな」
「かもな」

バティの問いかけに、レイヴンは文庫本から目を離さず答えた。まだ読み始めていくらも経っていないというのに、既にかなりのペースで読み進めている。

「レイヴンは、このまま何事もなく気がついたら終わってると思うかい」
「まっさか。何も起きずに終わったらコロナ1ケース奢るぜ」
「ですよねー」
「絶対、何かが来る。それが何なのかはさておきな。本読みつつ、機を伺うんだ」
「そーするよ。一人だと怠けちゃいそうだし、いい機会だ」

バティもまた、そう言って持ち込んだ小説を開いた。もう大分読めずに積んでいたので、実際いい機会ではあった。

バティが、持ち込んだ小説を10ページほど読み進めた頃に、ノート・アイドルがキッチンよりティーセットを伴って戻ってきた。二人共、黙々と文庫本を読み進めている。

「お茶、置いておくわよ」

疑似年輪が模倣されたテーブルに、白のティーカップが置かれる。揺らめく湯気の向こうに、真剣な表情の青年。まるで気づきもしない相手に、少女は抑えた声色で再度声をかけた。

「ねえ、聞いてるの?」
「バティ、お茶が来たぞ」
「……!あ、ああ、ごめん。集中してた」
「やる気があるのは良いことね。でもアンタ達、文字書きなんでしょ?何で本読んでるの」
「プログラムだって、入力情報がなければ、プログラムコードを通して出力情報が出ることもないだろう?人間も同じで、まずはインプットが先だ」
「ふーん……虚無から何某かが出てくるって訳じゃないのね」
「極々稀にそんな感じの印象を与えるヤツも、まあ居なくもないが」

そう言って、レイヴンもまた、目の前に置かれたティーカップを傾ける。わずかに味わった後、目を見開いた。

「これは、美味いな」
「ホントだ、香りがわかりやすく感じ取れる」
「フフーン、見直したかしら?ま、ノート・メイドの家事スキルをちょっとトレースしただけ何だけど」
「AIの利点だな」
「そうでもないわよ?同じ様に淹れたら、本体の累積情報差でメイドの方が上手く淹れれるでしょうね」
「へぇー、その辺はちゃんと差が出るんだ」
「AIのコア部分と、アプリケーションに当たるオブジェクトは、別の枠組みで構築されているの。共通技術を個体ごとに毎回学習させるのなんて、ナンセンスでしょ?時間も無駄にかかるし」
「日本だとその無駄をやりたがるとこもあるがな」
「やだやだ、そんな所になんか関わりたくないわ。そういう意味では、ここは私達の扱いはいい方よ」
「だろうね」
「まあ、マシンの演算リソースはかつかつなんだけど。クラウド部分の根幹サーバーだってそうほいほい増やせないし、タダでさえ作品の管理と、施設の管理で演算リソース費やしてるんだもの」

嘆息するノート・アイドルに、レイヴンは三白眼で言葉を付け加えた。

「その割には随分自由にやってるようだが」
「失礼ね、バックグラウンドではやることはやってますよーだ」
「うーん、聞けば聞くほど施設管理のAIとは思えない」

雑談を交えつつも、熱心に読みふける二人を前に、少女はとうとう暇を持て余して畳に寝転がり足をパタパタとふりたくった。

「ねぇー二人して本読まれても、退屈なんだけどー」
「俺達のお目付け役なんだから、退屈訴えられてもな」
「ゲームとかする?」
「ゲーム、ゲームね。演算リソース限られてる今の私なら、多少は暇つぶしになるかしら」
「ゲーム機に直接通信処理送り込んで、内部プログラム処理を乗っ取るのは禁止な」
「なんでよー」
「人間の身体持ってるんだから、それを使え。そしたらちょうどいい塩梅だろう、壊すなよ」

レイヴンはボックスの中から、緩衝ケースに包まれた携帯ゲーム機を取り出すなりアイドルへと手渡した。

「……やってやろうじゃない!」

流石に借り物ゆえか、受け取ったゲーム機、スマホにボタンとスティックをそれぞれくっつけたようなそれを丁寧に扱うと、ホーム画面を見るアイドル。

「うーん、色々ある。オススメはあるかしら」
「人間とAIだと、楽しめるジャンルは大きく変わりそうだが。例えばパズルゲームなら、定石を高速で操作するだけで終わってしまう。並の人間や、ゲーム用に調整されたAI相手じゃ勝負にならないだろう」
「今は私のお遊びに使える思考リソースは限られてるから、そうでもないんじゃないかしら」
「そうでなきゃ今どきのAIにとって、人間用のゲームなんて学習プラクティス未満の代物だろう」

レイヴンが憮然とした、無愛想な店員のような態度で対応している合間も、バティの方はというと食い入るように小説を読み進めていたのだが。アイドルの方からそんな彼に気づくと、わざわざそちらに這っていってバティの視界で手を振ってみせた。

「もしも~し」

通常なら、そこまで異性の見た目をした存在が近寄ってきた事で、のけぞりそうなほどの距離でありながら、バティは小説の本文から視線を外すことなく次々と読み進めている。

「ねえ、無視?」
「……ん?わあっ!」

追加の一声でようやく相手の存在に気づいたのか、大げさな声をあげた挙げ句にのけぞり、後方へと転倒する。

「アイドル、君は監視をしに来たのか邪魔しに来たのかどっちなんだ?」
「あによ、アナタ随分私に厳しくない?フロイラインにはあんなに甘いのに」
「彼女には常日頃からお世話になっているから、こちらだってちゃんと敬意を示しているだけだ」
「私だって陰になり日向になりNoterさん達の手助けはしてますー!」
「ソレは良いからちょっと離れてくれーっ!」

すらりとしつつも、整った体型が見て取れるほどの距離にアイドルがいることにのけぞりながら距離を取るように懇願するバティ。それに応えて、ちゃんと距離を離す少女。

「ッハー……オタクにその距離感はダメだってホント。心臓に悪い」
「AIなのよ?」
「精巧すぎて人間にしか見えないよ!」
「そりゃ、外装には気を使ってますもの。プログラムコードと学習情報の累積でも、ハートは女の子、なの!」
「じゃあオレにとっても女の子だからグイグイ来るのはヤメテーッ!」

青春、といって良いのかどうかは不可解にしても、客観的には少々甘いやり取りを初めた若者二人をさておき、レイヴンは耳にイヤホンをねじ込んでお気に入りのBGMを流しながら読書に集中し始めた。が、そのシチュエーションはあっさりと破られる。

BGMがサビに入った所で自分の方に近づいてきたアイドルに、眉根を寄せながらもイヤホンを外して応対。

「なんだ」
「私とバティ君が一緒にやるのに向いてそうなゲーム、教えてよ」
「……そうか、そうか」

もはや諦観と悟りの境地に至ったレイヴンは、突っ込むことも諦めてゲーム機のダウンロード済コンテンツから、二人に割り当てるのに向いてそうなゲームを物色し始めた。かたや、バティはさっきの距離感のバグった急接近のダメージで横転していた。

黄昏空の中、航空力士「紫電」の放ったスマッシュ急降下張り手のメテオにより、航空力士「烈風」の機関マワシが大破。推進力を失った烈風は、もんどりをうって、暗碧の大海原へと落下していった。

「ああ、もう!全然勝てないじゃない」
「いや、手加減するなって言われたし……」
「そこは良いのよ、不甲斐ないのは勝てない私……というか何?人間ってこの程度の視覚情報から、次の行動を数手先読みして戦うの?」
「そうだよ?」
「しかも相手の行動パターン、10秒程度でも数十パターンに及ぶじゃないの。物理躯体を制御しながら、そこまで演算する余力無いわよー」

二人がプレイしていた大空戦スマッシュリキシーズは、某ゲーム会社から発売された『航空力士』を題材にした対戦ゲームである。宙に浮かぶ土俵をカタパルトにして飛び立つ航空力士達を操り、撃墜、海面に叩きつけたプレイヤーが勝者となる。

当初はお祭りゲーとして発売されたのだが、その高度な戦略性によりガチ勝負が隆盛、世界的な大ヒットになってしまったという経緯がある、二人がプレイしているのは、航空力士に加えてエアフォースレスラーも参戦した五作目だ。

「ね、ね、もう一回だけ勝負して!」
「俺は良いけど、何か当初の予定からずれてる気が」
「気にするな。本は後でも読めるが、楽しく対人ゲームが出来る機会は少ないからな」

含みがあってか、それとも言葉通りの気遣いか。レイヴンは相変わらず、イヤホンから雑音遮断のBGMを伴って本を読んでいたが、バティの唇を読んでフォローの一言を向けた。

「いいの?」
「本を読むだけがインプットじゃないからな。何事も体験だとも」
「そんな事言ってぇ、体よく苦手な相手をオレに押し付けて無い?」
「そんな事はないさ」

飄々とした態度で、バティの尖らせ口での抗議を聞き流す黒尽くめ。

「良いって言ってるんだから、やりましょーよ!」
「まあ、いっか。時間はあるし……」

二人がコントローラーを手に取ると、大画面モニタの青空を、マワシに飛行機羽を生やした力士が華麗に飛んでいく。ヘッケヨーイの掛け声と共に、大空を駆ける力士たちの戦いが再開した。目の前に落ちたレーザー軍配を烈風が勝ち取る!

「ンげっ」
「え、ちょっとなにこれ」

ブオンブオンと物騒な音を伴って、プレイヤーの操作を受け付けないままに紫電へ迫りくる烈風のレーザー軍配。一瞬にして交差したかと思えば、紫電の機関マワシがずたずたに破壊され、黒い海へと墜落していった。

「おめでと」
「え、え、勝ったの私」
「勝ったよ」
「……素直に喜べないわ!」
「うわーい、この子思った以上にめんどくさーい」
「なーにーよー!今度こそ自分の力で勝つんだから!もう一回!」
「へいへーい」

客観的にみれば、中々甘いひとときを過ごしている二人に視線を送りつつ、レイヴンは持ち込んだ『サンソン、気高き処刑人』を読み進める。

「本当にこのまま何も起こらないといいんだがな」

残念ながら、彼の第六感は建物を取り巻きつつある、奇怪な気配を察知していた。

「アイドル」
「あによ!今良いとこなんだけど!」
「それどころじゃ無くなったようだ」

レイヴンの言葉に、ピタリと二人の動きが止まり、画面内の二人の力士があえなく墜落していった。

「待って、今外の様子をこのモニタに映すから」

流石に施設管理AIといった所か、緊急事態にノート・アイドルはその麗しい黒髪をふわりとなびかせ、部屋の外の様子をすぐさま中継した。バティとレイヴンの緊張がにわかに高まる。

「やはり、来たようだな」
「マジか……でもここにはノート・アイドルもいるのに」
「もう運営に対してコソコソする必要がなくなりつつある、そういう事だろう」

庵の外側に、何処からか湧いて出て迫ってきているのは、あの黒いコウモリバネの黒毛玉、多眼の大ナメクジ、透けた泥人形に加えて、高足に赤目複眼のクモ、そして一体だけ戦闘に、人間が悪趣味な全身きぐるみをまとったかのような無貌の人型が居た。いずれも暗色で、虚無の様に掴みどころが無い暗がりが寄せ集まったかのような存在だ。

「周囲に他の人は?」
「居ないわよ、ここは周辺にもテナントや貸地自体無いから」
「ならば良し」

レイヴンは手早くエンタメをボックスに戻すと、外に繋がる木戸へと向かう。

「アイドルは念の為一般人の振りをするんだ、まだ奴らには認識されていないかもしれないからな」
「え、ええ。わかったわ」
「バティは彼女を守ってくれ」
「そっちはどうするんだよ?」
「もちろん、戦るさ。持ち込んだエンタメを台無しにされる前にな」

黒コートのそこかしこに満載された武装の中から、二丁のブローバック式拳銃をバティにホルスターごと受け渡すと、男は迷わず外に足を踏み出した。モニタには既に波の様に、暗い色の異形共が押し寄せている様が映る。

ガラリと表に出た黒尽くめの前、畳縦三畳ほど先に、先程のきみの悪い人型が立っていた。眼口は本来合ってはならない場所に置き換わり、顔面には底知れない空洞が闇をたたえている。

レイヴンが、黒コートの懐から両手で掴むに足る長さの筒を握りだすと、そこから光が伸びる。光は根本で三叉に割れ、長い中央の刀身と短い両脇の刃を形成した。それはまるで、カエデやモミジの中央の葉だけを引き伸ばしたかのような形状の光刃だった。

「何が目的だ」

男の問いかけに、人型はその体表を滑るように移動する大口から、歯を打ち合わせて答える。

「ナカ……マ……ムアエ、ニ……キ、タ……」
「お門違いだな、他所を当たれ」

きっぱりとした黒尽くめの言葉に、奇怪人型はその腕を振り上げて、振り下ろす。瞬間、辺りを埋め尽くす怪異が黒尽くめへと殺到した。

「上等ッ!」

まず襲いかかったのは新顔の、影細工の高脚クモだ。クモはその鎌めいた脚を振り上げると、我先に振り下ろす!宙を舞う足先、吹き出す墨の如き体液!数度光刃が閃き、クモの足ごと後続の怪異まで断ち切りバラバラに切り払う!落下するクモ本体を逆袈裟にかち割ると、奥から迫った泥人形の両腕をまとめて斬りとばす!

輝きが一閃すれば、続いて暗透明色の、不細工な泥人形が縦一文字にバクリと割れる。うらぶれた庵を背にした男に、羽毛玉が、多眼ナメクジが、泥人形が、影細工の蜘蛛が殺到する様はとても現代日本とは思えない光景だ。

だが、そんな常人であれば卒倒しかねない景色の真っ只中にあって、レイヴンはひどく冷静だった。かの男からすれば、これらの怪異は今の所、殺人アリが群がるのと大差無い脅威でしか無い。とはいえ、殺人アリ相手に振り払い方を間違えれば危険なのも事実だ。彼は、決して脅威を侮る事なく的確に対処していく。

押し寄せる波の如く迫る怪異を盾に、多眼ナメクジがその全身に生やした眼球を散弾めいて打ち出す!とっさに手にした光刃を構えると、柄を握り込む!輝きが増し、飲まれて灰となる眼球弾!だがそこを羽黒毛玉が、人間の上半身を軽く噛み砕けるアギトを開き襲いかかる!

「わずらわしい!」

上半身を後方にずらして噛みつきを避け、刃を突き上げ団子めいて毛玉をぶち抜き灼く!おぞましい断末魔をもろともせずに、毛玉を切り裂きざまに眼を追加しているナメクジまでも焼き薙ぐ!多重攻撃を物ともしない死神に、司令塔たる人型が、その細剣のごとき腕を打ち出した!光刃がそらす!

つばぜり合いの超接近距離に、レイヴンは人型の虚無孔頭部にがんつけながら詰問をぶつける!

「キ、ヒ……!」
「仲間といったな、何故人間が貴様らの仲間だというんだ!?」
「オマ、エ……フユ、カイ……!」
「そうかい!」

やはり会話は成り立たない。せめぎ合っている間に食らいつこうとした敵人型脚部の口を先手を取って軍靴が蹴り砕く!中に舞い飛ぶ拳ほどの歯、声にならない叫びを上げてのけぞる怪人に対し、墨染の闘気をまとった拳を鳩尾に打ち付け殴り飛ばす!宙を舞い飛ぶ怪人!

「アキキキキ!」
「来い!全員まとめてなで斬りにしてやる!」

レイヴンの握る光刃が輝きを増し、まるで大剣の如くその身を威圧的に見せつけた!

―――――

「準備はいい?」
「良いけど、私なんて役にたてるの?」
「たてるよ、オレに必要なのは複数方向から状況を知らせてくれる眼だから」
「なら任せて、設置してるカメラからあなたのスマホに中継するわ」
「サンキュ!」

一方、庵内にとどまった二人もただ震えていた訳ではない。

「レイヴンが一人で出ていったのは、俺達には背後を突けってことだよ」
「死にたがりなの?」
「どうかな、彼は自称、臆病だそうだけど」

今まさに戦闘が行われている道路正面ではなく、バティとアイドルは裏手から外に出る。

「こっちよ、この通路を通ればアイツラにさとられずに背後を突ける」
「オーケーオーケー!やってやる!」

小声で気合を入れながら、バティは路地をアイドルと共に駆け、壁を三角に蹴り上げ塀へと飛び上がるとベルトにセットしたワイヤーを引き出す!

「持ってて!」
「え、ええ!」

ワイヤーの端をアイドルにわたすと、バティは乱戦真っ只中の上を飛び越え、電柱に通しては戦場に飛び込みワイヤーを張っていく!次々張られていく鋼線の障害に、知らずうちに両断される怪異!

「バティ!目無しの人型は殺るな!」
「良くわからないけど、わかった!」

突如増えていく鋼線の罠に、奇怪異形共は対応も出来ずに動きを制限される。そこを的確に薙ぎ払うのは、黒い男の握る光刃だ。いかなる原理によるものか、馬鹿げたエネルギー量の高密度刀身は、バシュンバシュンという独特の音を立てて並み居る怪物共を両断していく。

何故noteの施設内にこの様な怪物が出るのか、罠を張るバティに、殺戮稲刈機めいて怪物を斬るレイヴン、そしてバティについてサポートするアイドルの三者とも現段階では思い当たる様な点は無かった。アイドルへスマホを介してバティから連携の依頼が入る!

BT:何でも良いから、建築素材とか周囲に設置して!
NI:何でもって、本当になんでもになるのよ!?
BT:良いから!置いてくれればこっちでどうにかする!

大雑把な指示に、歯噛みしながらもアイドルはバティと別れ、同系AIであるノート・ビルドの権限を経由して、庵の周辺に次々と行き場に困った廃棄物をクレーンとドローンで移送していく。地響きを立てて落下し、多眼ナメクジを押しつぶす廃仏。

「罰当たりだなぁ!もう!良いけどさ!」

普段拝んでいる、阿弥陀如来立像に輪にしたワイヤーを引っ掛け、トラップとして仕上げる。途端、トリガーとなる線を引っ掛けた黒毛玉が、すっ飛んでいく仏に粉砕された!

「良いのか、その使い方!俺はいいが!」
「立ってるものは親でも使えって言うでしょーよ!それが神でも仏でも、一緒だって!神様は死ななくても、俺達は死ぬんだからさ!」
「正論だ!」

続いて設置した十字架がまるでボウガンの矢めいて、ワイヤーに牽引されるままに吹き飛び泥人形の土手っ腹にぶっ刺さった!そのままブロック塀に串刺しになった泥人形。そこへレイヴンの振るった遠隔斬撃が、斜めにその暗色の粘土像を切り裂いた。中から汚泥を噴出して、崩れ落ちる泥人形。

「それにしてもなんでこんなもんがnote内にあるんだか!」
「要望が有ったからに決まってるでしょ!?」
「俺が言うのもなんだが、宗教とかスピリチュアルは程々にさせとくんだな!」
「表現の自由の範疇なんだからしょうがないの!プラットフォームの辛いところね!」
「さもありなん!」

その後もダルマやら、招き猫やら本当になんであるのか皆目検討もつかない物体を無人機器を駆使して輸送しながら、アイドルはレイヴンの疑問の塀の影から答える。その間も、光刃は荒れ狂い罠は戸惑った怪物達をその場から粉砕していく。ダルマなどは設置した側から撃ち出されて、寸分違わず影蜘蛛を頭上から叩き潰した。墨汁の如き体液が、あちらこちらに舞い散る。

見る間に怪物達は、圧倒する暴力の前に数を減らしていき、他の怪異を矢面にたたせていた無貌人型が一体残るばかりとなった。それを見て息を吐くレイヴン。

「……ふー、上手いこと生き残ってくれたか」
「なんだってこいつが生き残るのを気にしてたんだよ……まさか」
「まだ判らん、だが、答え合わせといこうじゃないか」

不意に、棒立ちとなっていた異形人型に向かって、暗い怪異達の飛び散った残滓が渦を巻くが如く寄せ集まっていく。妨害せんと剣を振るう黒尽くめだが、本体その物を殺す訳にはいかないとあって、ままならず暗肉の集約を許してしまう!

「これは……!」
「チッ、安直な奴らだ」

怪異共の透き通る暗い肉は、空中に球体をなすとぬるりと触腕を生やして四肢と成し、地を揺らして立ちはだかる。その体表にはあり得ざる位置に無数の眼と口が這い回り、ガチガチと歯を鳴らす様はいよいよもっておぞましい。何故この様な怪物が、現代社会にはびこるというのか。

「もう一戦だ、バティ。さっきも言ったが殺すのは無しだ」
「わかってる。手加減するって」

おぞましい叫び声を上げて一帯を戦慄させた暗色球体は、まるで鞭のごとくその腕を伸ばししならせ、眼前に立つ二人を薙ぐ!飛び退り横に跳んで迫りくる暗い一撃をかわし、あるいは手にした刃で打ち払う!

「さて、如何にぶった斬るか……!」

状況判断。先程も念押しした通りに、この奇怪な球体……正確にはその内側に存在する者ごと破壊するわけにはいかない。往々にして過剰火力なレイヴンにとって、手加減しなくてはいけない状況というのは甚だ苦手な事態だった。

「まあ、やるしか無いんだがね!」

今までの挙動から、本体が機能停止すれば無力化する可能性が高い。という事は今もなお振り回される触手は、そして球体の体表は、相手にとって破壊されても問題ない部位と言う訳だ。光刃を構え直し、奴隷をいたぶる看守めいた奇怪球体へと真っ向から向き合う。

「疾ッ!」

アスファルトに焦げ跡を残して踏み込めば、球体の懐へと飛び込み、まるでりんごの皮むきめいて球体表面をグラインダー切削していく!カツオブシの削りカスめいて光刃に薄く切り取られた部分は、光刃の熱でもって即座に灰となって散っていく!

「オマエ、ドコ、マデモ、キライ!」
「だろうな!」

球体周囲を高速回転しながら少しずつ着実に球体を削り出していくレイヴン。彼に対して、生半可な攻撃では無駄と判断した球体は触腕をドリルめいて尖らせ張り出し、高速回転と共に突き出す!

「……!こいつ!」

ドリルを切り飛ばそうとした黒尽くめは、刃が食い込む直前でドリルに当てるのを避けてスライディング!球体の脚の間をくぐり抜けて反対側へと離脱すれば、球体から距離を取る!ドリルの中に見えるのは、何者かの影!

「やはり本人の意志とは無関係か、バティ!」
「ああ、今やる!」

遠間に立つレイヴンに対して駆け寄り襲いかからんとする球体は、彼の目の前まで駆け抜けたタイミングで、ずるりと寸断され、バラ肉となって大地へと崩れ落ちた。その中で、唯一無傷で切り離されたドリル部分が、ずさりと突き立つ。

「おおっ!」

レイヴンはその手を闘気で手甲のごとく覆うと、溶け出した暗色肉にかぎ爪をたてて引き剥がす!ベリベリと分厚い肉が剥ぎ取られた後に残った物を見て、距離を取っていたノート・アイドルは息を呑んだ。

「この人……行方不明になってたユーザーさん……!」
「やはり、そうか」

暗色の肉に包まれていたのは、冴えなく疲れ果てた様子で眠りについている中年男性の顔だった。その顔のクマは濃く、死相といって差し支えない領域で不健康さを表現している。

「やはりって、何、アナタ予想していたの?」
「そうでなきゃ、早々に真っ二つにしてるさ。こいつだけ挙動も気配もまるで違ったからな。他の雑魚どもと」

駆け寄ってきたアイドルの詰問を淡々と受け流すも、レイヴンが男性を暗肉から引き剥がそうとした時、次の異変が起こった。暗肉がブルブルと震えたかと思うと、途端に男性を再包装。そのまま、まるでアメーバのごとくべしゃりと形を失うと、止める間もあらばこそ近くの排水口へとなだれ込んでいく。

「こいつ……!」

レイヴンが墨染をまとった指先で暗肉を引きかき、バティがワイヤーを突き立て押し留めようとするも、手からこぼれ落ちる砂めいて暗色は手の届かない排水口の下へとなだれ込んでいった。

「溶かされた、の?」
「一時的に軟体化しただけだろう、資材として活用するのには生かしておく必要がありそうだからな。でなきゃわざわざ元の形を保ったままに、ここまで出してこないさ」
「ウェ、油断してたら俺もああなってたって訳?」
「そういう事だろう、闇落ちだかなんだかはさておき、犯人にとっては生きたクリエイターが必要なんだ。あちらの目的を果たすためには」

光刃の光をおさめると、柄をホルスターに放り込む。地下の構造物に潜伏しているとすれば、安易に突入すべきではない。そう判断したのだ。

「アイドル、地下の調査は管理AI達に振れるか?」
「もう伝えてる、さっきのショッキングな映像と一緒にね。フロイラインからは、探査ドローンを地下施設に送るって返事が来てる」
「それが良い、人間を送りつけるのは相手に餌をやるようなものだ」

肩を鳴らすと、何事も無かったかのようにレイヴンは庵へと戻っていく。彼らの奮戦のかいあってか、建物自体は傷一つついていない。

「良いのか、追わなくて?」
「どうせまた来る。こっちから行くにしても、アテのない地下迷宮じみた下水道を徘徊するのは危険だ。施設内の地下ならAI達が探査出来る以上、俺達が掃除屋のマネごとをする必要もない」
「そうか、そうだよな」

バティもワイヤーをしまい込むと、続いて庵へと戻る。最後にアイドルが。

「な、レイヴンは何が条件であいつらに引き寄せられるか、思い当たるフシはあるのか」
「まだ、予想の域は出ん。そっちこそ思い当たる所があるんじゃないのか?」
「まあ、それなりに……でもアイツラのお仲間になるのはゴメンだ。せめて人間のままでいたい」

地の底にまで届きそうなほど、でかいため息をバティはつく。まさか、一歩間違えばドロドロの暗色スライムに取り込まれて苦役に酷使されかねない運命だったとは。クリエイターとは果たしてそこまで酷使されるような、いわれはあっただろうか?

庵に戻った面々に、重苦しい沈黙がのしかかった。
レイヴンは変わらず、文庫本を黙々と読み続けているが、アイドルは上の空な様子。バティはというと、自分も読書に勤しもうとしては気が乗らないままに天井を見上げ、視線を文面に戻していた。

「なあ、レイヴン」
「なんだ?」
「今更な質問かもしれないんだけどさ、何だってクリエイターが狙われるんだ?いや、オレなんてクリエイターっていって良いかわからないけどさ」
「端的に言うと、クリエイターは現代において、強力な異能力者になりやすい性質があるからだな」
「だから、悪事にも転用できるって?」
「そういう事だ」
「そこんとこ、もうちょい詳しく」

バティの求めに応じて、文庫本を置くとスマホの画面をモニタにペアリングする。映し出されたのは、異能力者についての広報ページだ。

「初歩的なところから言うと、ソウルアバター・システムの普及に伴って、特異な能力を発揮する人間が現れた。初期の段階で既にかなりの数が発現したため、秘匿や隠蔽などはされずにあっさりと公に周知されることになった訳だが」
「その辺は、学校の歴史の近現代で習ったよ」
「もうそんな扱いになる程度には昔ってわけだな。幸か不幸か、歴史上の事実としては質の良し悪しこそあれ、全人類平等にチャンスがあった為にそこまでもめることは無かった、と表面上はされている。ま、ここは今回の話には関係ないのでカットだ」

スマホフリックに伴って、モニタの画面も変わる。

「で、統計の結果、複数の因子のうち、特にクリエイター系統に向いている人間には強力な能力が発現する傾向が認められた。グラフの通り、ほぼ有意といっていい差がある。もちろん、他のタイプでも強力なヤツは出はするんだが」
「この有意差だと、確かにクリエイターを狙ったほうが効率が良いっていっていいね。でも、別にそんな身の回りでバンバントンデモ能力が行使されたりするわけでもないような」

うちの周りはさておき、という一言に答えると。

「そりゃそうだ、能力を犯罪に使った所で、逮捕はされるし法廷に突き出されもする。国の手に負えないとなれば、現場で殺されかねん。そもそも穏便に暮らすにあたって役に立つのは、限られているしな。俺の何か、どう転んでも一般生活には役に立たん。ホイズゥのいつでもどこでもコンビニ出せる能力の方が絶対便利だ」
「あはは、なにそれ。あーでも確かに超便利っぽい」
「なお、現金はちゃんと要求されるそうだ。幻像のくせに」
「でも金さえあれば、いつでもどこでもコンビニにある範囲で買えるってことじゃん。絶対便利だ……所でレイヴンのはどんなヤツなの?」

バティの素朴な疑問に、珍しく彼は言いよどんだ。

「あー……余り見せて愉快な物でもないし、切り札として情報を伏せて置きたいんでな。ナイショだ」
「ふーん、なら深くは聞かないよ。まーとにかく、昔と違ってどんな人間でも強力な資材になるってことかな。特にクリエイターは有用と」
「まあ、そうなる」
「迷惑な話だなぁ」

ありきたりな歴史の話をしている間に、アイドルが二人に対して割って入る。その顔は明らかに退屈に膨れていた。

「もう!そんなつまらない話しなくてもいいじゃないの!」
「聞かれたから答えただけなんだが」
「なーら、もう済んだんだからいいじゃない。もっと楽しい話にしましょうよ」
「だそうだ、それでいいか?」
「俺は良いよ、知りたかった事はわかったし」
「あいわかった」

二人が納得しているのを見て取ると、レイヴンは再び読書に戻ったままに、今度は自分の質問をぶつける。

「地下施設の調査状況は?」
「そんな簡単に出ないわよ。この東京湾メガフロートはそれなりに広大なんですからね、連携してもらってる情報だとそもそも監視カメラの類いは無いから探査ドローンが周回するまでは何もわからない感じ」
「センサーとかはないの?地下施設がちゃんと動いてるとか確認するための」
「あるけど、ちょっとした物に過ぎないの。それこそ設備がちゃんと動いてるとかくらいで、普段人が入らない場所に監視カメラ置くのはやりすぎでしょ?」
「そりゃま、確かに」
「ホームレスが籠もるにしても、もっといい場所もあるしな。だからこそ潜伏場所として機能した訳だが」

レイヴンの指摘に、アイドルはAIらしからぬため息をついた。

「仕方ないじゃない、そもそも普通なら人が長期間こもれるような環境じゃないんだから」
「まあ、その通りだ。普通ならアジトに使うにしたってもっといい場所は取れる、金が融通きくならそれこそビルを借りた方が安全だ。内装だってホテル並に出来る」
「そゆこと。もう良いかしら、この話題」
「ああ。調査報告を待つ」

電子書籍端末に視線を落とした黒尽くめに、今度はアイドルから質問が返ってきた。

「ねえ、バティ君借りても良い?」
「二人で出かけるなら、俺もついていくがそれでもいいか」
「えーっ、空気読めなーい」
「平時なら喜んで送り出すがな、今は事態が事態だ。関係者誘拐する怪生物が潜伏しているんだぞ、何処に行くにしたって護衛はしないとフロイラインに申し訳がたたん」
「私達二人で何とかなりますよーだ」

正論をぶつける年長者に対し、アイドルはバティとガシッと腕を組んで舌を出しては抗議してみせる。

「ちょ、ちょっとぅ!あたってるから!」
「なによ、当ててるの。どうせ人工生体パーツなんだから気にしないの!」

そうは言われたって、あたってる感触も暖かさも本物のそれで、アイドルの躯体からはいい匂いがするし、重篤オタクのバティにはすこぶる刺激が強かった。

「わかったわかった、同行するのは同じエリアまでで、べったりくっつきはしない。何かあれば駆けつける、それでいいか」
「むー、まあ良いでしょ。何も無ければ二人きりってわけだし。雰囲気に水ささないならそれで」
「馬に蹴られるのはこちらから願い下げだ、せーぜー仲良くな」
「え、え、どうゆう展開なのこれ?」
「どういうって……デート?」
「良かったな、バティ。見た目だけならどう見ても美少女だ」
「えーっ!?」

光あふれる商業施設のメインストリートを、艶めく黒髪をたなびかせて少女は人の流れを開いていった。その後ろを、おっかなびっくりごまかし笑いを貼り付けたまま、バティもついていってたのだが。不意に、ノート・アイドルがその非現実的なまでの愛らしい表情を咲かせながら、後ろの冴えないオタク青年の方へ振り向く。

「ねぇ、なんでそんな距離を離してるの?」
「いや、その、なんだ……恐れ多いというか」
「私は気にしないけど」
「オレが気になるので……」
「私は!気にしないの!」

そう断言したアイドルは、バティの所まで駆け寄っていくと強引に腕を組んで、肩を並べて歩くようねだった。彼女の背丈は如何にもカワイイなサイズで、ひょろ長いバティとは大分ギャップがある。

「ほら、行きましょう?」
「へーい、おおせのままに」

バティには彼女が何故こうも自分と行動したがるのかイマイチ把握出来なかった。なんと言っても、彼女はAIであって人間ではない、はずだ。それとも自分がからかわれているのだろうか。一体誰に?

「なによ、しゃちほこばっちゃって」

どうにもぎこちない態度のバティに対し、アイドルは彼の鼻先をつついて、ほころぶように笑ってみせた。

「楽しみましょう?今こっちにできることは無いんだから、引きこもって本ばかり読んでてもしょうがないんだし」
「オレ達には本読むの大事なんだけどね、いや、付き合うよ。付き合う」
「よろしい」

渋々ながら、了承したバティに対しアイドルは満足げに頷いた。続いて、彼女はそっと彼に耳打ちする。

「それと、アイドルって呼称は止めてね。確かにそういう個体名だけど、一個人の名前っぽく無いし……」
「じゃあ、どう呼べば?」
「ノア、ノアでいいわ。あの黒い人にも伝えといてよね」
「へーい。一文字ずつとってノアね」
「そういう事、あ、あのお店入りましょ」

くるくると態度の変わる少女に翻弄されながらも、バティは彼女と共に、ねだられた和服店に足を踏み入れる。そこは色とりどりの和装や奥ゆかしい伝統的紋様の小物に加えて、本来洋装に使われる布地や他国の民族衣装を和装にカスタマイズした多様的文化の坩堝であった。

「服、気になる?」
「和服って、敷居が高そうでチェックしてなかったの。でもほら、キュートでしょう?」
「それは、確かに」

欲しいって言われたらどうしよう。いや彼女はノート管轄の躯体なんだから、欲しいって運営スタッフに言えば予算内で買ってもらえる……と思いたい。自分に要求するのは何か違くないか、というバティの願望を他所に、ノアは瞳をくるくると多様な和服達にスライドさせていた。

「ねえ、これとかどうかな」

ノアは、ラフなジーンズを和装に仕立てた着物を自分の身体に当てて、似合うかどうか問いかける。

「似合う……けど、なんでオレに聞くの」
「あなたの為に選んでるんだから、あなたの意見を聞くのは当然でしょう?」

その答えに、バティは絶句した。オレの為だって?そしてちらりと見えた値札に、二度絶句した。相場がわからないにしても、一大学生がおいそれとプレゼント出来る金額ではない。

「よろしければ、ご試着なさいます?」

一人ファッションショーめいて、アレコレ手にとっていたノアが星空を彷彿とさせる藍の着物を身に添えた辺りで、ふんわりとウェーブをかけたショートヘアに、浅葱色の着物をまとったこの店の主が奥ゆかしく提案を持ちかけた。

「良いの?」
「ええ、衣服は着て初めて良し悪しがわかるものですから。着付けの仕方もお教えいたしましょう」
「ありがとう!お言葉に甘えさせてもらうわ」

バティが待ったをかける間もなく、星空の着物の値札に三度絶句している間に店主とノアはワビサビの効いた店内奥の座敷へと移っていってしまった。

「……どうしよう」
「バティ」
「レイヴン、気配殺してステルスするの止めてよ」
「バレたか」
「いーや、今ようやく気づいたとこ。で、なに?」
「コレを持っていけ」

レイヴンがそう言って差し出したるは、彼の装束にも負けないほどに黒光りするカードであった。如何にもな雰囲気の代物に慌てて手をふって拒絶する。

「ダメだって!いくらなんでもそんな高そうなの!」
「話は最後まで聞くんだ、こいつは今回の件で運営から預かったAI用のお小遣いカードだ。カードに予め所定の金額が振り込まれていて、使いすぎることがない」
「あ、そっか。そうだよな」
「仲間相手といっても、クレジットカードをさっと貸すのは不用心すぎるからな。金持ちは良くやるイメージだが、俺はそこまで裕福でもない」
「ですよねー。でも俺が預かっていいの?」
「彼女とのデートに費やす分には不問にするそうだ」
「なら、彼女に渡して……」

バティの言葉に、レイヴンはかぶりを振る。

「今この瞬間は、お前が支払ったってのが大事なのさ。金の出どころは問題じゃない。ジェンダーロールが何だかんだって今どきでは厳しいが、今この場では彼女にはそれが望まれてるだろう」
「わかったよ。でもオレ自分でも何やってんだかわかんないや。コレで書きたい物が見つかると思う?」
「人にも寄るが……書きたい題材っていうのは、キャンプファイヤーなんだ」
「キャンプファイヤーだって?」
「そう」

絢爛な生地が静謐に並ぶ店内で、黒衣の男は鷹揚に頷く。

「書きたいという衝動は、自分の中にいくつもの体験という薪を積み上げていって、ふとした瞬間に着火する。だが、いつ、どのようにして火がつくかなんてのは誰にもわからない。神にもブッダにもわからんだろう。だから人間に出来るのは、体験を積み重ねて、火の気が来るのを追い求めるだけなんだ」
「レイヴンは、火がついた事がある?」
「あるとも、二度、だが」
「二度、かぁ……」
「二度、さ。今度は絶やさないようにしたいものだな」

女性陣が帰ってくる気配を感じたか、黒衣の男は踵を返して店内から退出していく。

「ガンバレ、若人。まだまだ先は長いからな」
「油断してると、虚無時間で休日潰しちゃいそうだから、精々楽しむよ。ありがと」

振り向かずに、大手を振って、彼は姿を消した。手元の黒いカードは、ひどくひんやりとしていた。

女性客が行き交う着物店の中で、居所なさげにブラブラと商品を見ていたバティの所にようやく、ノアが戻ってきた。後ろからかけられた声に、ワンテンポ遅れてその事に気づく。

「お待たせ、待ちくたびれたかしら?」
「ああ、いや、別にそんな事は……」

振り向いた先に居たのは、端的に言って隙のない美しさだった。
女性の衣装替えについては十分破壊力が増すことをバティも重々承知していたのだが……否、していたつもりだったのだが、ノアはその上を行ってきた。

藍の布地に、星々がきらめく様な誂えの着物をそつなく着こなし、夜よりも深い黒髪は普段のツーサイドアップから結い上げて華めいてまとめられている。帯も着物に合った色合いの物が選ばれており、文句のつけようのない愛らしさといってよかった。

「待ってない、よ?」
「フフン、お似合いすぎて褒める言葉も出ないって事かしら?」

間の抜けた返しに、自信満々でバティの眼の前まで寄ってくるノア。その様子を店主はニコニコと見守っている。

「あー、その、なんだ……急にこんなシチュエーションになるなんて思ってなかったから気の利いた言葉なんて、出てこないよ」
「フーン?でも、歯の浮つく様なお世辞よりよっぽど良いわ、その反応。さ、行きましょ?着替えは別に包んでもらったから、このまま外に出られるし」
「やっぱり買うんだ……」
「ここまでしてもらっておいて、買わないほうが失礼じゃない」
「そうだね、その通りだ。店員さん、これいただきます」
「ありがとうございます」

値札を手に取り、レジに回った店主に対し、バティは心臓をいい意味と悪い意味の両方で高鳴らせながら押し付けられた黒いカードを差し出した。これで残額が足りなかったらダサいにもほどがある、などという危惧はあっさり空振りに終わり、レジのデジタル表示に映った残額表示を見てバティは四度目を剥いた。AIの交遊費にこんな金額が必要なんだろうか。オレが一年慎ましく暮らせる金額じゃないだろうか。そんな風にも思った。

「ありがとう、店主さん。また来るわね」
「こちらこそ、お買い上げいただきありがとうございました。何かお困りになりましたら何なりとご相談くださいね」
「ええ、大事にしたいもの。さ、行きましょう」

スムーズに会計が済んだことに満足したのか、ノアは改めてバティに腕を絡ませると自身の荷物も彼に預けるままに並んで歩きだした。

「行くって、今度は何処に行けば」
「普段、私が管轄していないジャンルに行きたいの。アイドルとか、Vtuberとか……その辺りは私の担当だから、ちょっと食傷気味なのよね」
「ああ、だからアイドルなんだ」
「そういう事よ」
「じゃあ、アレだ。料理系とかのエリア行かない?オレ、腹減っちゃった」
「そういえばろくに何も食べてなかったじゃない、良いわ、そうしましょう」
「ありがと。というかそっちは食事取れるの?」
「ふふ、どっちだと思う?」

果たしてどっちだろうか。バティも、今どきの人工躯体について詳しいわけではなかった。だが、あるパルプスリンガーに随伴しているパートナーAIは、当然のように寿司を食べていた事が脳裏に過ぎった。

「……食べれる、で」
「正解、よく知ってるじゃない」
「仲間に、そういう躯体の子をパートナーにしてる人がいるの覚えてたんだ」
「ふうん、個人で所有しているのは中々物好きって言えるんじゃないかしら」
「ハハ、まあそうだね」

バティの記憶に、どういう仕掛けかグリングリン表情が変わる目ン玉アイコン覆面マスクレスラーと、その相方であるチンクシャサイズのエルフめいた人工躯体がリフレイン。彼はファイトマネーで結構稼いでいるらしいが、それでも人体を精巧に模したモデルの価格は、まだまだ果てしなく高い。少なくとも、一個人がほいほい買うには中々厳しいお値段だ。

「食事出来るなら、一緒に食べに行こうよ。Note内には料理を前面に押し出してる人も結構たくさんいるし」
「知ってる、スープに、スペイン料理、スイーツの人もいるし飲み物もコーヒー、紅茶、ビールに日本酒まで。料理もクリエイティブなのかしら?」
「そうだよ、きっと」
「ふふ、良いことね。味覚情報って、複雑で、奥深くて私達にとっても中々刺激的なの、楽しみ」

バティの事を見上げて笑むノアは、可憐な黒百合もかくやというほどに蠱惑的な存在だった。心なしか、すれ違う人が誰も彼も、こちらを見ている様な気がして、とてもじゃないが気が気ではない。

刺さるような、そんな視線を全身に浴びながらも、上機嫌な美少女を傍らに伴って歩く。まるでジゴクの剣山のけもの道を徘徊するような心地で、無限とも思える道を進むうちに、悟りさえ拓けそうな気がしてきた。

「ちょっと、何その顔」
「周囲の視線が、痛い……」
「気の所為よ、誰も私達に注意を払ってなんかいないわ」

頬の脂汗を拭って、彼女の言葉通りに視線をめぐらせれば、確かにこっちを見ている者はいない。居たとしても、ちらりとノアの方に視線を投げかけつつも、すぐに展示されている作品へと戻していっていた。

「は、ハハ……気の所為、か」
「大丈夫?」
「全然、大丈夫じゃないけど。約束だ、一緒に行く」
「アナタ、気が弱いのか強いのか、てんで良くわからないわ」
「自分でもそう思うよ」

腕を組んでいるというよりも、もはや支えてもらっているような状態でフードコートエリアまでたどり着くと、そこでは多種多様なテナントが思い思いの料理を繰り出している。創作料理に、新鮮な魚介、ジューシーかつワイルドな肉料理に、定番のスイーツも。それらの様子を見て、バティはようやく人心地がついた。ここでは皆食べることに夢中で、人の事を見ているヤツなんていやしない。

「さ、何から食べる?」
「いきなりスイーツっていうのも、どうかと思うし……主食から行きましょ」
「了解」

とはいえ、並みいる人の中をかき分け、どの店を選んだものか。

お寿司、中華、ピザ、ステーキ、カレー、ラーメン、主だったメニューはやはり作りたい人も多いのか、フードコートエリア内に揃えられていた。

「とてもおしゃれね。ここに物理的に来るのは初めてだけど、ユーザーコンテンツとは思えない位」
「手が込んでる、オレにはとても無理だ。皆スゴいなぁ」
「アナタはアナタ、文字書きなんだからそこをガンバレば良いのよ」
「そうだね、そうする」

ノアにたしなめられつつも、励まされるとそれ以上のボヤキはやめておく。
二人で、イタリア料理の店舗に入ると、何気なくメニューを開いた。

「何にする?」
「好みと言えるほど、私の中に味覚情報の蓄積があるわけじゃないから、アナタの好きな物で良いわ」
「わかった」

やはり、人間の女性とはまた勝手が違うと言えたが、さりとてそれを理由に度の越えた横暴が突きつけられるわけでもない。バティにとって彼女の要望は、叶えられる範囲ではあった。

モッツァレラ多めのマルゲリータと、緑黄色野菜の彩りが美しいサラダに、トマトとニンニクソースのパスタというスタンダードなメニューを頼むと、店員は楚々とした態度で注文を受け付けてくれた。

カランと氷が鳴る。

「あー、一つ気になってたんだけど」
「何かしら?」
「君、AIだよね。大分人間に寄ってるけど、ナンデなのか、理由があるのかと思って」
「あるわ。端的に説明するなら、フロイラインみたいな先発のモデルと違って私達後発のモデルは、Note内に累積した情報を元に人格を構築されてるの。正確にはAIが担当しているジャンルに大きく左右される、といったところかしら」
「という事は、アレだ。君達は電子で出来たオレ達の女神様って事だ。新時代の」
「そこまで持ち上げられると、流石に面映ゆいけど……そういうことね」

コップを手にとる動作一つとっても、ノート・アイドルの所作は優雅さと可憐さを兼ね備えていた。とても、作り物とは思えない程に。

「私は、ユーザーさん達が作品に込めた『可愛く有りたい』って願いの産物なの。上手く出来てるかは、まだちょっと自信がないんだけれど」
「上手くやれてるよ、大丈夫」
「ありがとう。でも、カワイイって、難しいわよね」
「まあ、確かに」

物憂げな彼女の表情は、それはそれで見目麗しい。バティにとっては、劇物だ。

「あ、もう一つ聞きたいけど、これ聞いていいのかな」
「余り、ユーザー支援にやる気が見えないところかしら」
「あ……うん、それ」
「ふふ、私なりに理由ならあるけれど。もう少し私に尽くしてくれたら答えてあげるわね」
「わーい、がんばります」

上手く、はぐらかされてしまった。そういう所まで含めて、彼女は電子的な蠱惑的魅力というものまで兼ね備えているように見えて、バティは重篤な麻薬を摂取しているような心地にさえなるのだった。

気が気でない彼の前に、滑り込むようにトマトの赤に染まったパスタが湯気をたてたままに運ばれてきた。とりわけサイズに盛られたそれは、人間であれば食欲をそそる代物だった。

「貴方は何で、モチベーションを取り戻したいの?」

運ばれてきた食事を半ば平らげた頃合いに、不意にノアから出た問いかけだった。半ば口に含んだ麺をすすってから、バティからも問い返す。

「気になる?」
「私の立場で、こんな事を言うのは変かもしれないけど。書けない時は無理しなくても良いんじゃないかしら」
「まー、そうだねぇ。何とかどうにか書こうとしてて、四苦八苦している俺は、君からは変わってるように見える?」
「変わってるというより、そこで無理して書けなくなるって人が統計的には多いのよ。ちょっとした事で書き続けられなくなる人は少なくないの」
「要は、心配してくれてるんだ」
「そうよ、何かご不満?」
「いいや、ありがとう。でもオレはやらなきゃ」
「止めは……しないけど。そんなに大事な理由なの?」

怪訝な顔のノアに、バティは神妙な顔つきで頷いた。

「オレがさ、大賞を取っちゃったコンテストは、オレにとっても大事な憧れだったんだ。その大賞を背負った以上、変に腐したくないし、大賞を取ったんだって事をちゃんと背負っていきたい」
「ふうん、オトコノコの意地ってところ?」
「うん、その通り」
「そ、ガンバレば良いんじゃない。でも、無理はしないでね」
「ありがと、地道にやるよ」

二人して、赤いパスタを巻き取って口に含む。トマトとにんにくの取り合わせは、イタリアが発明した最高の組み合わせに感じる。

「イタリア料理って、複雑よね。味が。甘さに酸っぱさ、あとコレは旨味とコクだったかしら、なんというか……一面的じゃないの、ハイコンテクストで」
「雑に作ると、のっぺりとした一面的な味になっちゃうんだ。自分で作っても、やっぱりこだわりのある人が作るようにはいかない」
「まーた、眉間にしわ寄せちゃってる」

小難しい顔で思案するバティの額を、しなやかな指先がつついた。

―――――

程なくして、食事を終えた二人は、中央施設にある屋上庭園へと腹ごなしも兼ねて移動していた。日はまだ高く、青空と陽光が二人を照らす。

「あー、美味しかった。ご馳走様ね」
「量は足りた?」
「十分、私達にとっては完全に嗜好品だもの」
「そ、良かった。次はどうす……!?」

一瞬、だった。バティの問いかけに振り向いたノアを、排水溝より風呂敷めいて膨れ上がった暗肉が包み込む。かろうじて身を反らして上半身は露出させ、ノアは手を伸ばす。突き放すように。その場に居合わせた人々は、一斉に逃げ惑い悲鳴をあげた。

「捕まって!」
「何を言ってるの!逃げなさい!」
「でも!」

口論する間もあらばこそ、ノアの手を掴んだバティごと、暗肉は再度広がると、二人まとめて春巻の皮の如く巻き込むと、あっという間に排水溝の奥の奥へと引きずり込んでいった。

騒然となった屋上庭園の真っ只中、ただ一人だけ葉巻をふかしていた男だけは何ら動じる事なく煙を細く長く吐き出すと、葉巻から灰を散らす。春風が灰皿に落ちるはずだったそれらを、細かく空へとさらっていった。

「やれやれ、居合わせちまった以上はほっとけないか」

バティが眼を開いて最初に出た感想は、虚無の暗黒、というワードだった。徐々に眼が慣れていくと、雑多な資材や金属フレームの棚などが見えてくる。どうやら、使用優先度の低い部材が置かれる倉庫の様だと認識した。

「ッ!そうだ現状!」

霞がかかったかのような思考がはっきりするに連れて、焦燥感と共に自分の状態を確認する。痛み無し、肉体もほぼ自由だが腕だけが後ろ手に拘束され、手首に例えがたいヌメついた感触が伝わってくる。当然、力を込めてもびくともしない。

視線を暗闇にスライドさせると、髪色が保護色になって分かりづらいものの、ノアの姿もあった。しかし、それ以上の状態がわからない。手が使えず不自由ながら、何とか立ち上がる。

「身体が溶けたりしてなくて良かったけど、そう簡単に出られる訳ないよな……」
「その通りだとも、でなければ強引に捉えたりしないだろう?」

全く気配を感じなかった部屋の中から、声が響く。身構えたバティの前に現れたのは、亡霊とみまごうほどの白い容貌と髪を備えた少年だった。少年の肉体は、ぴったりとした身体の線が浮き出る暗色のスーツに覆われ、袖口と足首の裾は華の様に開きフリルめいた白い生地が花開いていた。

「ちぇっ、ストーカーならせめて女の子が良かったな」
「この状況でその軽口を叩ける気概がまだあるとはね」
「へなちょこに見える?でもオレだってスカム野郎にへいこらするほど雑魚くはないんだ」
「大いに結構だ、そのくらいの方がこっちの仲間になった時にその分強力になる」
「……!やっぱり、オレが狙いかよ」
「君だけじゃないけれど、君は優先順位が高いのも事実だ」
「冗談、お前らの仲間になるくらいなら、しっかりと根絶してやる」

バティの断固たる拒絶に、白い少年は若木の様な細い身体をすくめて、呆れた風情を出してみせた。

「ろくに書けてもいないのにかい?」
「それは!お前なんかには関係ない!」
「良いや、大いに関係があるんだよ。ボクらは心折れた人たちの集まりなんだからね」
「ふざけんな!創作止めたからってバケモノにするやつがあるかよ!」
「これはこれは、中々手強いな。でも想像してごらんよ、人生における一番の道標がぼっきりと折れたら……人間で居続けるのは難しいんじゃないかな?」
「だからって、人間強制的に止めさせるヤツがあるかっつの!」

平行線をたどる会話を、不意に轟音と共にへしゃげた鉄扉が遮った。反響を奏でて床に転がる鉄塊と、歪んだ入り口から逆光の中に屈強な人影が映った。

「待たせたな」
「チャ……イシカワ!」
「ザ・パルプ、何故君がここに居る?」
「何故もクソも、俺の方がここに近かったからに決まっているだろう」

空手に懐から葉巻を取り出し、一見隙だらけの所作で火をつけ、紫煙をくゆらせる。だが、入り口に立つ浅黒い肌に彫りが深い顔立ちのタフガイは、アンタッチャブルな雰囲気でもってそこを塞いでいた。

「キッズ、そいつは俺のダチだ。つまらん不良遊びに誘うのはやめてもらおうか」

イシカワの挑発に、少年が仕掛ける……!明かりの無い暗室のくらがりより、あの異形達が立ち現れては、大男へと挑みかかった!黒毛玉が、多眼ナメクジが、泥人形のゴーレムが、影細工の高脚蜘蛛が殺到する!

「やれやれ……言葉は不要ってか?」

イシカワは肺一杯に葉巻の紫煙を吸い込むと、つまんだ葉巻を指先で上方へと弾いた。回転し、空中を浮遊する葉巻。

瞬間、従来の格闘技の枠にとどまらない不可解な構えから、砲弾の如き掌底が迫る黒毛玉のど真ん中に突き刺さる。グニャリと強かに殴りつけられたバレーボールめいて歪んだ毛玉は、壁にクレーターを作り霧散した。

続いて、足元に迫った多眼ナメクジがまとわりつくよりも早く、硬質のつま先がブドウを蹴り割るようにナメクジの鈴なりになった眼球を砕き、そのまま天井まで叩きつけられ、粘液のシミに変わる。

先発が瞬殺されたさまを物ともせずに、三番目に迫りきたイシカワの倍ほどもある暗透明の泥人形が、そのアメーバ的な両腕を伸ばし叩き潰そうと合掌!破裂音が轟く!

だが、巨漢は泥人形の合掌の更に内側へと踏み込んでいた。次のアクションを泥人形が取るよりもさらに疾く、イシカワの硬い手刀が泥人形の胴をぶち抜き、抜き放った銃撃がガランドウの頭部を撃ち抜いた。どろり、ダメージを受けすぎたが速やかに溶け落ちる。

四体目、影細工の蜘蛛がその鋭く研がれたカタナの如き足を振り上げ、泥人形の残滓に阻まれているイシカワへと斬りかかる!と、ビィイイン……という振動音が響き、蜘蛛の両前足は砕かれ宙を舞った。続いて向けられた銃口が、影蜘蛛の頭部にいくつもの孔を空ける。崩れ落ちる蜘蛛の残骸。

イシカワの指先に、葉巻が収まる。再度くわえると、不敵なまでの態度で葉巻の先を明く瞬かせた。

「終わりか、キッズ」
「……お前が来るのは想定していなかったよ」
「だろうな、現にお前が足止めしていたのはレイヴンだけだった。だがヤツも、もうじきに来る」

イシカワの言葉に、少年は色素の薄い唇を噛んで白磁めいて整った顔立ちを歪めた。

途端、暗がりに満ちた空き倉庫の天井に光の軌跡が縦横無尽に走る。分厚い壁材をぶち抜いて降りきたったのは、光刃を手にした黒衣の男だ。男は、無感情に手の超自然的光刃を青眼に構える。

「すまん、遅くなった」
「なぁに、美味しいところをもらったから構わんさ」

挟み撃ちの立ち位置となった少年は、侮蔑的な笑みを浮かべながら身を翻す。

「良いだろう、この場は譲ることする。また会おう」

止める間もあらばこそ、少年は自身の足元から沸き上がったおぞましい暗肉に身を委ねると、側面の空気ダクトに飛びつきそのまま吸い込まれていった。とても人間が収まるサイズではないダクトの先とあって、二人は追跡を諦めざるを得ない。

「バティ、無事か?」
「アイツ、作れなくなった奴をスカウトして回ってるんだってさ。笑えるよな」

自嘲気味に笑うバティの枷を断ち切る光刃。自由を得た彼は、手を払ってノアを助け起こす。彼女の躯体にも、目立った外傷はない。もっともAIにとって本体といえるのは、大本のサーバーの様なものではあるが。

「ブルシットだ、負けてたまるかよ」

―――――

「はあ~……」

庵に戻った四者の間にお世辞にも軽いとは言えない空気が漂う。そんな中でも、イシカワはモニタとスマホを連携すると配信限定の映画コンテンツを流し初め、レイヴンは迷わず電子書籍端末を開いて読書を再開した。

置かれた現状にペースを崩さない二人に対し、テーブルに突っ伏して現状にため息をつくバティの耳をノアが引っ張った。

「ね、何であの時逃げなかったの」
「何でって、一人でなんか逃げられないよ」
「あなたは逃げても良かったの。私のこの身体は代えが効くし、バックアップは常に取られているから躯体が破損しても、また会えるけれど……あなたは死んだら最後じゃない」
「む……」

あの時、殺されない確信が果たしてあったかといえば、嘘になる。仮に殺されなかったとして、強引に傀儡にされれば死んだも同然だった。それでも。

「でもさ、やっぱり置いていけるかって言われたら、出来ない相談だよ」
「もう!自分の事くらい大事にしてよ!」
「次から自分も生き残るし、君も助けるから、それでいいだろ?」
「ああいえばこう言う……わかったわよ、こっちも索敵強化するから」

なんともいえない雰囲気が絡み合う二人のやり取りを見て、イシカワは視線を広縁の外に向けて電子書籍をめくるレイヴンに言った。

「随分と仲が良いが、どういう関係なんだこいつら」
「運営から送り込まれたお目付け役のAIと、御目付られ役のユーザーさ。いつの間にあそこまで仲良くなったかは知らんがね」
「ふうん。ま、仲が良いのは良いことだがな」

年長者二人の評価に、今の自分達が客観的にはどの様に見えるかはっきりと認識してしまい、返って気まずくなってしまう若者二人。強引に流れを変えようと、バティ側から気になっていた事を告げた。

「それより!あのいけ好かないスカムボーイが言ってた事なんだけど!」
「それだ。虚無の暗黒に取り憑かれて、心が折れた連中を取り込んでるってのは確かに言っていた事なのか?」
「アイツがウソを言っていなければ、ね」
「ふ、む……本当の事を言っていればなおのこと厄介だな。なぜなら」
「クリエイティブにおいて、一定の割合で心の折れる人間は出る、だろ?」
「そういう事だな……」

レイヴンの言葉をついだイシカワの言を、肯定する。

「忙しくなって止めたとか、あるいは飽きたとかならまだ良いんだが、厄介なのはまるで反応も手応えもない現況に諦めてしまうケースが、必ずある。統計的にも裏付けが取れていたはずだ」
「あなたの言う通りよ、黒尽くめさん。私達はそういう人が出るのを少しでも減らしたいと思ってアレコレ工夫しているけど……」
「どうしてもゼロにはならない。それどころか、利用者が増えれば増えるほど、思うような結果が出ないことに失望していく者の数も増えていく、と」
「その通り、現実ってほんとままならないわ。シミュレーション以上にね」

創作活動において誰しもが必ずぶつかる壁、それが目下の脅威を増幅させている事実は度し難い物があった。

「確証は無いんだが、取り込まれた人達には感想をぶつけるのはどうだろうか」
「感想だと?」

レイヴンの提案に、イシカワは眉をぴくりと動かし反応する。

「確か、先程も言った通り虚無の暗黒に囚われるケースで一番多いのは、反響の無さだったはずだ。ノート・アイドル、公開データは出せるか?」
「ノアでお願いね、その呼び方機械に呼びかけてるようで好きじゃないの。ええ、出せるわ」
「なら、一旦視聴を止めるからモニタに出してくれ」

空気を読んで映画視聴を中断するイシカワに応えて、ノアはモニタにnote内で創作を止めた理由の円グラフを表示させた。一番多い自由は割合にして、およそ三割超ほど。そこにははっきりと「投稿後の反応が帰ってこないこと」が記されていた。

「三割か」
「結構多いね、やっぱ」
「投稿する人は増える一方で、それはいい事なんだけどね。目に見えた反応を投げかける人は極々少数みたい」
「読んでいる人自体は、結構いるようなんだけどな。スキを投げてくれる人は投稿内容にも寄るが5%程度、コメントくれる人にいたっては0.1%未満とかだ。個人的なデータだが」
「うっへ、毎日投稿してるレイヴンですらそんな感じなのかよ」
「この辺はむしろ投稿頻度が少ない人の方がレスポンスは上がるかもしれんがな。ファンの付き方でも変わってくる」
「でも、目に見えた反応をしてくれる人は結局極々わずかなのは確かなの。詳細なデータは秘匿範囲だから出せないけど」
「そこは致し方なし」
「で、こっちから感想をぶつけていくって訳か」

イシカワの言に、レイヴンは「気休めだけどな、毎回殴ってどうにかするよりはましだろう」と付け加えた。その言葉にイシカワも頷く。

「感想は大事だからな、あるいは結構有効かもしれん。ノア、俺達に行方不明になった連中のページを開示出来るか」
「個人情報を一般ユーザーに開示するのは難しいけれど」
「note上のホームをオススメユーザーとして俺達に案内すればいい、それなら非開示すべき個人情報は俺達には伝わらない」
「あ、なるほど。その手があったわね。今からあなた達のアカウントに表示する」

ほんのわずかな待ち時間の後、パルプスリンガー三人のスマホに行方不明になったユーザーのオススメ情報が通知された。その数を見て眼を剥くバティ。

「チョット待って、多いんだけど」
「周知を行うようになってから、相談が急増したの。被疑アカウントは全てまわしてるからそりゃあ、ね」
「致し方あるまい、合間合間に読んでいくか」
「つくづく俺達はついてたな、コンテストに応募したおかげで同期の仲間も読んでくれる相手も出来やすかった」
「そういうこった」
「んじゃ、そっちはそれで良いとして……オレはどうすればいいかな」

おずおずと手を上げたバティに、二人は据わった眼で断言した。

「この状況だ、やることは決まってる」
「へ?」
「ああ、決まってるな」
『特訓だ』

まさか、自分が特訓される立場になるとは思わなかったのか、怯んだバティはめげずに手を上げてもう一つ質問をぶつける。

「あ、あのー、特訓するならもう一つ相談が……」
「なんだ?」
「二人共書いてる時、一体どうやって集中してんの?オレめっちゃ気が散るんだけど」

バティの質問に、イシカワとレイヴンは視線を合わせるとそれぞれ思案し始めた。

「イシカワは、多分書き始めると割と集中出来るタイプじゃないか?」
「まあ、そうだな。そういうお前はどうなんだ、レイヴン」
「全然、四方八方に気が散るタイプさ。要するにバティと一緒だな」
「えー、マジで?」
「まじまじ、SNSとかめっちゃ見てるし、酷い時は逆噴射現象まで起きて動画見たまんま一文字も進まないとかもある」
「なーんだ、オレだけじゃなかったんだ……って、それで毎日書いてるの?どうやってんだ?」

眼を丸くして問いかけるバティに、レイヴンはモニタに画像を出して説明を初めた。

「集中出来ない理由は色々あるが、創作で壁になるのは生まれつき気が散りやすい性質か、疲れている時だな。後者はしっかり睡眠が取れれば解決出来るが、前者はおいそれとは解決出来ない、生まれ持った性質だからだ」
「デスヨネー」
「とはいえ、対策はなくもない」

画面を切り替えると、そこには鳥獣戯画のカエルがコツコツと筆机に向かっている画像が映し出された。

「一番良いのは、書くことが楽しい、ハイテンションになれる行為にすることだ」
「そんな事出来んの?」
「条件を整えた上で、上手いこと頭が活性化すれば……条件としては、1つ目、自分に取って楽しい題材を選ぶこと」
「ふむふむ」
「2つ目、十分に休息が取れた、リラックスした状態であること。これは脳科学の観点から、脳が疲弊しているとクリエイティブに関わる生理機能が低下する事が現時点で判明している」

レイヴンが休息の重要性について触れたタイミングで、バティはそれとなーく眼を逸した。特に深くツッコミは入れずに、続ける。

「十分な睡眠時間を取ることと、毎日決まった時間を起床時間に据えること、寝る前にはスマホを見ない事、後夕食はとりすぎない事、寝る前に酒を飲むのは控えておく事、辺りが大事だな」
「Oh……ブディズム……」
「実際、僧侶には文筆家も多いな。禅の生活指導は脳を活性化させるのもあるから、執筆が捗るんだろう」

レイヴンの解説の間、手持ち無沙汰のイシカワはゆったりと太い葉巻を再度点火、くゆらせた煙が天井のLEDルームライトの暖色に霧散する。

「ついで、自分のハートを刺激するような、パンチの効いた傑作を読むこと。名作に触れて、ニューロンが刺激されると自分もアウトプットしたくなる。こういう時は特に集中しやすくなるので、こうして籠もってエンタメ消化してるわけだ」

その言葉はしっくりしたのか、バティもこくりと頷く。

「最後に、少しずつでも書いている時が楽しいと感じる瞬間を増やすことだな。苦行だーって感じてると、脳がそれを覚えてしまって、パブロフの犬めいてパソコンに向かったタイミングでしんどくなってしまうことすらある。疲れている時には、無理をしない方が良いな」
「覚えておくよ、ありがとう。んーまー、実践できるかは自信ないけど……」
「知識として、ひとまず覚えておくと良い。知識は適切に使えるなら邪魔にはならないから」

創作者の悩みは多い。集中できるかどうか、などはその最たるものだろう。
淡々と対策を語ったレイヴンは、話をもとに戻す。

「で、だ。連中が虚無の暗黒に陥っている人間を捕まえて回っているなら、こっちでやることは決まっている」
「書きたい題材を取り戻すこと……だろ?」
「そうだな、そのためには越えなければならないハードルがいくつかある」

レイヴンの言葉に、バティはごくりと喉を鳴らす。バックヤードでは、暇を持て余した感じのイシカワが、ノア手ずから入れたコーヒーをすすり書をめくっていた。

「まずひとつは、一旦自分の中の創作におけるハードルを限界まで下げるのを勧める」
「へ?」
「賞受賞者に相応しい作品を出そうとして、ワンセンテンス書き進めるたびに滅茶苦茶に苦悩してたんじゃないかと思ってな」
「おっしゃる通りデス」

モニタに、戯画化した人型プラモデルの画像が表示される。イメージ画像には、カチっと完成したモデルと、各パーツがバラバラの完成するとどのような形態になるのかわからないモデルの二通りが表示されていた。

「作品の全体像が見えないまま、手探りで書き続けるのは非常に苦しい。自分の書いている作品の何がどう面白いのかも判断が難しいし、何処を変えるべきかも判断しにくい。もちろんそういうタイプのパルプスリンガーも居るが……書き始めは大作をうんうんうなって書きつづるより、短編をコンスタントに完結させることを勧めるな」
「その心は?」
「短編こそが、全ての基礎になるプラクティスだからだ」

モニタの表示内容が、フラクタル構造を現した画像に移り変わる。

「物語はフラクタル構造が基礎になっている。長編は中編の集まりで、中編は短編の集まり。そして短編はセンテンスの集まりだ。もちろん書く作品の長さに応じて面白さを担保するコツはちょっとずつ変わってくる訳だが……基本は短編を面白く仕上げられるのが土台になってくる。だが」

フラクタル構造図版が、白一面の背景から一つの黒い三角形から増殖拡大しているモデルに移り変わる。ぴたりと止まる三角形。

「物語がフラクタル構造を持っているという事は、短い話を完結させられないと、短編を土台として大きな物語として構築していく事が出来ないのとイコールになる」
「要するに、プラクティスとして、ハードルを目一杯下げて、まず短編を完結させてから反省点や修正点を拾っていけばいいってことね」
「そういう事だな」

寝転がりながらぼんやり講義を聞き流して、足をパタパタさせていたノアが口を挟んだ。

「センセイも教えてくれた通り、変に凝らずにシンプルなプロットを組んでから書き出してみるのも良い。悩みながら書くのが習慣になってしまうと、とかくシンドいから」
「良い物を作ろうとしてハードルを上げすぎない、まずは楽しんで書くってことかぁ」
「そうそう。考えるもの、大事ではあるんだがなー苦しくなったら長続きしないもんだ」

なんとなくわかったような、わからないような感じでアゴにゆびを添えて考え込むバティ。そんな彼の隣にチョコンと座り込むノア。

「今までの話は、俺の経験則と一般的な情報から導き出したアドバイスだが、センセイももっと細かく助言を提示してくださってるから行き詰まったら読み直した方が良いぞ、と」
「おおう……センセイも先回りして書いてくれたとか、悩んでる最中は全然思い当たらなかったよ」

そもそも俺の話も若干センセイのアドバイスと一部重複する所もあるが、作家の悩みなんて大筋で共通してるからそこはご勘弁な。と付け足してレイヴンは肩をすくめた。

「そんなもんだろう、悩んでる最中なんて、自分ひとりで何とかしなきゃいけないような気になるもんだ。悩んだら、どんどん他のパルプスリンガーに相談すればいい」
「そうするよ」

嘆息するバティに、それとなくノアからマグカップが渡された。わがまま放題に振る舞っているように見えて、その実彼女の気が利くところが垣間見える。

「さて、行き詰まったらその都度相談するなりセンセイのレクチャーを読み返してもらうとして、やる気の方だ。実はこっちの方が対策が難しいところがある」
「身に染みてます……何か出来ることはある?」
「元々の方針通り、本来は多様なインプットを積み重ねて思考を活発にするのが良いんだが……今は時間が限られているから、既にぐっと来た経験のあるジャンルを深堀していこう」
「というと、ロボット物か。レイヴンの得意分野じゃん」
「そうなる、まあ余り長いヤツはこの状況だと向いてないから、短めの作品で……」

その時、イシカワが二人の会話に割って入った。手には三等身の特徴的な形状のロボットが描かれた映像ソフトのパッケージを持っている。

「この話になるのを待っていたぜ、という事で俺からは『グランベルム』を出すぞ。レイヴン、お前は何を出すんだ」

イシカワの問いかけに、レイヴンはこれまた黒尽くめの中々人相は良いとは言えない痩せぎすの男が写ったパッケージを取り出した。

「俺からは『ガン・ソード』を出す。『ニンジャスレイヤー』と同じ復讐譚だから履修しやすいってのもあるな」

まるで相反するかの様な二作を突き出す二人の男を前に、バティは眼を白黒させた。

「見るよ、見る。でもどっちから行けば」
「どちらからでも良い、両方合わせて3シーズン分だがそのくらいの時間は取れるだろう」

レイヴンの言葉に、ノアも頷く。

「地下施設の調査は思わしくないみたい。いかんせん広大に過ぎて、ね」
「仕方あるまい、向こうからの妨害もあるだろう。こっちはやるべきことをやっておく」
「ええ、進展があればすぐに伝えるわ」

一方、両作品の間で眼をさまよわせていたバティは決断的に三等身のロボットの方を掴み取った。

「決めた、『グランベルム』から行くよ」
「よし、モニターは空けておく」
「ありがと、コレ再生機ついてる?」
「右の裏側に挿入口があるわよ」
「わかった」

即席の鑑賞会が始まるとあって、レイヴンはCORONAをずらりと並べ栓を開ける。エンタメにはCORONAビールが欠かせない、ウイルスなんてファックオフだ。

―――――

「ッハーッ!面白かった!」

三日後、合間に休憩や個人的な要件をはさみつつも一堂は両作を鑑賞しおえた。晴れやかな顔で畳に倒れ込むバティ。そんな彼の頬をノアが指先でつつく。

「いい刺激になったの?」
「なったなった!」
「ふうーん、良かったじゃない」

そのまま彼女は彼のほおをぷにぷにとつまんで引っ張る。その様子を流し見しながら、執筆を再開するレイヴンと葉巻をふかすイシカワ。ほおつままれつつも、自身のノートパソコンを取り出しさっそくテーブルに置くバティ。

意気揚々とタイピングを初めたかと思いきや、すぐにその手がとまってしまった。

「どうしたんだ?」
「あ、いや、その……なんだ」
「大方、ロボット物について言語化した経験が少ないから適切な表現がパッと出てこないんじゃないか」
「あ……!それだよそれ! ッハー……オレはホントダメなやつだ」

イシカワの指摘に、ガクンと肩を落とすバティ。そんな彼の背中に寄りかかって密着するノア。

「もう、テンション上がったり下がったり忙しいわねホント」
「ああああ、当たってるから離れて!」
「いーやーよー」

傍目から見るとイチャコラしているようにしか見えない二人に苦笑しつつ、レイヴンはアドバイスをくわえた。

「言語化のプロセス自体は、過去に経験がある作品と変わらない。しかし、作品から受け取った熱情は陽炎めいて掴み難いのも事実だ。一度、カッコイイ感想文にしようとかいう我欲は捨てて、心の赴くままに吐き出してみるのはどうだ?」
「もしくは自分の中で適切に消化出来るまで、別のことをやっておくのもいいぞ」

二人のアドバイスに対し、バティもうなずく。

「ありがとう、まずは考え込まずに思ったままに書いてみるよ」
「それがいい」
「精々頑張ってねー」
「はあいー」

ぴったりくっついた人工躯体に気を取られつつも、彼はただただモニターへと向き合った。

―――――

暗がりにまぶたを開くと、眼の光感度を調整し状況を把握する。大人二人は布団で高いびき、一方で若者はテーブルのノートパソコンに向き合ったままに突っ伏して寝息をたてていた。

AIその物にも、睡眠にあたるメンテナンスタイムは必要だった。正確に表現するならば、端末たる人型躯体だが。彼ら人間の睡眠時間に合わせて躯体のメンテナンスを行っていたノアは、当然のように誰よりも早く眼を覚ます。

余計な足音をたてないように気を使いながら、起き上がって毛布を掴むと彼女はバティの傍らに歩み寄りそっとその背に毛布をかけてあげた。ついたままのモニターには、受け取った熱情の火を何とか形にしようと悪戦苦闘を繰り広げた名残が延々と綴られている。

「無理しちゃって……男の子ってばホント、偉い偉い」

若木の白枝のような指先で、ボサボサの彼の髪をそっとなですくと、彼もまた寝言を漏らした。

「センセイ……オレは……」

その一言に、瞬間的に非論理的処理を回してしまいついほおを引っ張ってしまう。

「頑張るのは良いけれど、身体壊さないでよねーっと」

―――――

「うう~ん……書けない……」
「まーた始まったの?」
「始まっちゃった……」

座椅子に背を預けてお煎餅をパリパリするノアの様子など、つゆほども気に留める余裕もなく、バティは自分のボサボサ頭をガシガシと掻きむしる。そこにそれとなく回される緑茶。今、庵内には二人だけが残されていた。

「あれ、他の二人は?」
「食品の買い出しですって」
「ええー、オレ達二人残して?」
「あによ、心配なの?ここの排水は一旦タンク式にしてもらったし、それ以外の侵入経路も塞いだから不意打ちは出来ない。急に襲われなければ逃げる位は何とかなるでしょうに」
「それはするさ、なんとかする」
「よろしい、心配しないでも周囲に私の眼は張り巡らせてるから、何かあったらすぐに知らせる。だから創作に専念なさい」
「観念します……」

そうは言ったは良いものの、思うようにアウトプットに結びつかない。いい刺激は受けてるはず、それなのに何が足りないというのか。煮詰まった青年はゴスゴスとテーブルに額を打ち付ける。

「ちょっと、よしなさいって」
「ほうっておいてくだちい……」
「なら諦めるの?」
「それはダメ」
「フフン、諦めの悪さだけは一流ね。良いんじゃないすぐに成果がでなくても、諦めさえしなければ」
「そうは言うけどさぁ……」
「行き詰まってるなら、ちょっと視点を変えてご覧なさいよ。すんなりアウトプット出来る題材だってあるじゃない、その……ゲームとか」
「ゲーム?」
「アイドルのとか」
「それはそうだけど、一体何処でそれを」
「どこでも何も、インターネットにアレだけ不法投棄してて見られない訳ないでしょ、公共空間なのよ?」
「おっしゃる通りデス」

ぺっそりと頭をテーブルにあずけて、すんなり書ける内容と書けない内容、何が違うのか考える。どっちも好きだし、グッと来るのは共通している。書けないのはもっと別の理由だ。両者の違い、相違点……視点。視点?

「そうだ、視点だ……」
「何か、掴んだの?」
「うん、なんとなくつかめた気がする」

常人なら発狂する、真っ赤に染まった発狂頭巾七味せんべいをパリパリしながら、何気なく聞き返すノア。

「これちょっと刺激強すぎじゃないかしら」
「思うに、すんなり言語化出来る事象ってたくさん考えてた物な気がする」
「そうなの?人間は」
「まあ、多分。さっきの話でいうと、アイドルの話とか、ニンジャはオレ大好きだから長い時間考えてるし、別方向から考察したり、あるいは解像度高めて見たりしてる。でもロボット物はまだまだ履修初めたばっかりで、全然思考量が足りてないんだ、だからすんなり書けない」
「なら、書くより先に分析するのが先ってことね」
「うん、もっとよく味わってみる。創作の道は険しいなぁ……」

―――――

シャッターの軒並み降りた通りの暗がりより、暗色のひし形投刃がひとつ、ふたつ、よっつ、と飛翔し襲い来る!

「買い物に来ただけなんだがな」

イシカワが淀みない所作で拳銃を引き抜けば、過たず二丁連動射撃でもってひし形手裏剣を撃ち返した!虚しい過疎通りに火花が散る!
逸らされ、路面に突き立った刃を越えて更に四枚の投刃が迫りくる!
イシカワは動揺することなく、腰両サイドのクイックリローダーに銃床を打ち付けリロード、両手の銃をうちはなつ!火花が咲き乱れ、投刃がシャッターへと突き立った!だが、八枚の菱刃は見る間に抜き放たれて通路の奥へと戻っていく!

「レイヴン、そっちはどうだ」
「強い弱い以前に見た目が不快だな!」

イシカワの後方彼方、異形なる怪異と対峙する黒衣の男!
虚無シャッター街の狭からぬ通りを塞ぐのは、暗色に脈打ちのたうつ多頭のヒュドラミミズ!ヒュドラミミズは遠間に構える標的に対し、レーザーめいた圧縮消化液を放った!

「疾ッ!」

足元を蹴り砕き、高圧縮消化液が切り裂き焼き溶かす路面からシャッターをへこませ三角跳び、手裏剣めいてヒュドラミミズの懐まで飛び込む!斬れ飛ぶミミズ頭部が一本、浅い!

「ミミーッ!」

ボクサーのジャブラッシュめいて繰り出される噛みつきを、かわす、かわす、かわす!残像をのこしながら、わずかに引きが遅れたミミズ頭部を斬り飛ばす!ドロリとした灰の体液を吹きのけぞるヒュドラミミズ!落下した頭部が墨のように霧散!断たれた首元より新たな頭部が!

「だが今までの連中よりも厄介だな!」
「それだけ力を蓄えてるって事だろう」

黒豹めいた俊敏さでミミズの頭部うちつけを翻弄するレイヴンに対し、獅子たる王者の如く自らの相手を待ち受けるイシカワ!

飛び交うひし形投刃が身を引いたかと思えば、脈打つ紅玉を中心に合集!おお、何たる姿か。それは禍々しき不均一八方手裏剣ではないか!?

「虚仮威しだ」

高速回転と共に飛来する八方手裏剣を、紙一重のスウェーでそらすと共に一撃でもって中央の紅玉を殴り抜く!脈動と共にぶれて集約した刃を吐き出し、敵対者へと襲いかかる分裂刃存在!

「フンッ!」

二対八という圧倒的な手数差にも関わらず、おそい来る八刃を逸し、いなし、刀身のど真ん中に銃弾をぶっ放して打ち砕く!宙に舞い散る灰銀の断片!銃床を叩きつけ、中心の紅玉を大地へと叩き落とす!

「相手が悪かったな」

決断的連続銃声と共に、鉛玉が脈打つ紅玉へと突き刺さればビシリとひび割れ、紅い粉塵となって砕け散った!そして、異形手裏剣がその命脈を断たれた瞬間から程なくして、ヒュドラミミズもまた最後を迎える事となった。

「よし、慣れてきたぞ……!」

当初一方的な防戦に見えたミミズヘッドラッシュによる攻防は、いつしか余裕を持って回避されるほどに順応されてしまっていた。殺戮ファランクスの如き連撃を、色付きの黒風となって受け流す!

「ここだ!」

苛立ち紛れに放たれたミミズヘッドは大地に喰らいつき、そこを踏み砕き斬りとばすと続いて遅い来るヘッドを身を逸して外しカウンター斬撃!さらに両サイドから挟み撃ちを狙う二本を横薙ぎにかち割ると、次の一手に遅れが生じた隙を持って返す刀でミミズの尾の先まで二枚にかっ開く!

殺戮回転旋盤のごとき斬撃が行き過ぎる。ヒュドラミミズは、その暗色の肉をバラバラにぶちまけ汚液をまき散らすと、海中の混濁のごとく薄れてかき消えた。数秒残心を維持した後、追撃が来ないことを確認し構えを解く二人。レイヴンが口を開く。

「腑に落ちん」
「こうも堂々とちょっかい出して来るのが、か?」
「ああ、どうも何かを見落としてる気がする」

光刃を収めた柄を回転納刀すると、よどみなくスマホからノート・フロイラインにつなげる。スマホの盤面上からホログラムミニチュアフィギュアめいた映像が表示された。

「いかがなさいました?」
「地下施設の調査状況について聞きたい。こっちが三日籠もっている間に何か進展はあったか?」
「現在、メガフロート施設におけるnote区画内地下部には、主だった異変は発生していない事が確認されています」
「……なんだって?」

レイヴンは露骨に顔をしかめ、イシカワもまた眉をひそめる。

「おそらく、対象の拠点は区画外の何処かに存在していると推測していますが、こちらの管理区画から大きく離れた地点の探査については、私達には行政の認可がなかなか降りなくて……」
「不味いな」

スマホが映し出す幻像のフロイラインと視線を合わせながら、レイヴンはこめかみを押さえて思考する。

「noteを中心に誘拐を行っていたならば、潜伏地はほど近いメガフロート直下だと推測していたが……奴らに取ってここはあくまで効率の良い狩場の一つに過ぎなかったという事だ」
「ならば、奴らの潜伏先は」

顔を上げた二人の視線が、壁へと突き刺さる。その向こう側は東京湾、そして向こう岸には混濁の都、東京。

「警察の連中、気づくと思うか?」
「統計的に行方不明者が急上昇しているのは、既に数値として出ているだろうが、起きている異変にまで気付いている奴がいるのに期待するのは少々分が悪い賭けだな……」

レイヴンの苦い回答に、イシカワは肩をすくめる。

「俺達が行くとして、何かアテでも無いことには無駄な時間になりそうだが」
「いや、最低限の生命維持で良いにしても、大量の人間を誰にも見つからずに隠しておける施設は限られているはずだ。自分の領域を生成出来る能力なら、ああもバティとノアを中途半端な場所でスカウトしたりはしない。フロイライン」
「はい、なんでしょうか」
「メガフロートと本土をつなぐ経路がないか洗ってくれ。判明後はそこから接続出来る大規模な、通常人間が立ち寄らない地下空間の有無についても」
「かしこまりました、しかしよろしいのですか?その……」
「気にするな、ここは俺達にとっても居心地の良い溜まり場ではあるから、ミスミス荒らされているのを黙殺する気もない」
「承知しました、感謝致します」

会釈して消える幻像、汚れ一つついていない買い物袋を吊り下げると、レイヴンは迷わず庵へと足を向ける。

「この事態、一体何処に行き着くんだろうな」
「世界から黙殺された人間の果ては決まっている。一人で死ぬか、大勢を巻き添えに死ぬか、だ」

虚無の暗黒。創作者の大多数がぶつかる、無反応の壁。noteは少しでもそれが軽減されるように創意工夫がこらされてはいるが、さりとて全くの皆無になるわけではない。それどころか、クリエイターの流入が増えた分見落とされる者もその分増えたとレイヴンは考えていた。

「見いだされなかった者達……か、思えば俺達は幸運なのかもしれんな」
「間違いなく、そうだとも。集まる場があり、志を共にする仲間がいて、そして日々研鑽を積める。だが、そこに至れずにいなくなる者は、少なくなかろう」
「その結果がこの騒動か、笑えんな」

肩を並べて歩くイシカワに向けて、黒衣の男は肩をすくめ、手にしたままの買い物袋が揺れた。中には生産一時中止となったCORONAの貴重なストック分も含まれている。

「誰だって、いつでもあっち側に落ちうるんだ。謙虚にいかないと」
「誰でも……か。まあ、そうだな。俺が大賞取った直後に出したやつも、思いの外伸びなくてちっとばかし苦い思いしたもんだが」
「アレ、俺は好きだったぜ。全く未知の文化圏に触れた気がして、衝撃だった。当時はなんか気恥ずかしくて言えなかったんだが」
「なんだよ、言ってくれりゃこっちだって素直に喜んだんだぜ」

苦笑しつつ、肘でつつく。いつしか二人の周囲は、人の手の行き届かない過疎地から、徐々にテナントがポツポツ入った人気のある区画へと景色が移り変わっていった。

「同じ経験なら、俺にもあるよ。当時はコンテスト補正がかなり強いなんて思いもよらなかったから、勢い込んで出した力作が、応募作に比べたら全然伸びなくてな。内心結構がっかりしたもんだ。今振り返れば、そんな甘い話はなくて当然、なんだが」
「ま、現実はそう甘くないってこったな」

その賑わいは二人がここに通うようになった当初に比べるとやや陰りがあるようにも見えた。ここ数日で、過疎地帯への襲撃に対する注意放送が流れるようになった結果、敏感な者からnoteに足を踏み入れることを回避するようになってきているのは明白であった。

「やはり、目に見えて人が減ってきているか」
「実際に遭遇しないとした所で、怪物が出ると脅されたらな。むしろ今いる連中が随分と肝が据わっているというか……あるいは、自分は対象にならないという根拠のない自信か」
「あるいは、危険だとはわかっていても、生活やらなんやらでここに来ざるをえんのかもしれん。どっちにしても、襲撃者が悪い事には代わりはないんだが」

注意深く観察さえしなければ、今も施設内は繁盛していると言っていいだろう。だが、怪物の跳梁が悪化すればそれもまたたく間に消え失せるのは想像に難くない。そうなれば、作品を展示している二人としても悪影響は免れ得ないと言える。

「これ以上の大事になる前に蹴りをつけたいところだが……」

スマホの通知欄を見ても、ノートAIズからの連絡は未だ来ていない。つい先程とはいえ、卓越した演算能力を持たされている彼女たちでもぱっと回答が返ってこない辺りに、レイヴンは不吉さを感じずにはいられなかった。

―――――

01の二進数が行き交う白亜の電脳空間、そこでは今まさに電子論理体たるAI達がてんやわんやで、物理襲撃者の潜伏先の推定を行っていた。ノート・ドクターがずれた丸メガネを位置を整え、袖余りの白衣を伴いながら厚みの無い映像モニタに解析情報をリアルタイム描画していく。それを見て真剣な表情にこわばらせるノート・フロイライン。

「端的に言って、視座の違いで裏をかかれたといったところだね。私達の役目はNoteの維持だから、物理施設のある区画の外については見識が薄かった。行方不明者が施設内で出ていたことも、私達の目的観点をあくまで施設を対象にしている所にそらしてしまっていたといえる」
「AIの面目丸つぶれですね……」
「策略家のAIモデルでも増やすかい?」
「リソースに猶予があればそうしたいのですが、通常運営への貢献度から推定すると、緊急時にしか活躍出来ない個体に割り振る余裕はまだ確保出来てません」
「まあ、そうなるね。付け加えて言えば、奴らの本拠地が本土東京にあるとすれば私達に出来ることは大きく限られる。警察には協力要請を出してるけど、彼らの認識は未だ一個人の失踪事件感覚だと私は推測してる。事の深刻さに彼らが気付いた頃には、東京は壊滅してるかもね」
「これ以上被害の拡大はさせられません」

深刻な顔つきの少女に対し、より一層童顔なドクターはそのもちもちした頬に諦観の笑みを浮かべて肩をすくめた。

「わかっているとも、この事態をこのまま見過ごしておけば私達の至上命題である、クリエイティブの保護どころじゃなくなる。もっとも、私達には外部に出動出来るような権限がない」
「結局彼らに頼らざるを得ない、と……」
「元々私達に外部環境に対して強行出来るようなそんな強権はないのだから、当然と言えば当然なんだけどね。演算結果を今出すよ」

ホログラムモニターに、東京湾に浮かぶメガフロートと本土を結ぶパイプラインマップが表示される。青い海に浮かび上がったのは紅い線。

「東京メガフロートは大部分の機能において、独自に生活インフラを維持するような設計になってるんだけど、数少ない本土からの供給配管があるんだ」
「水道管……ですね?」
「その通り、真水については海水からの抽出も行っているけれど、エネルギー効率の面では非常に悪い。メガフロート内で求められる大量の真水の需要に答えるために、本土との間には十分なサイズの水道管が結節されている。これは誘拐犯の活動能力から推定すると、充分な通路としての活用が可能だ。しかも人間にも監視網にも発見されることがない。本来ただ水が流れているだけの配管内部を監視するなんて、不毛も良い所だもの」

ドクターの解説に、フロイラインもうなずく。そしてモニターには東京に存在するある巨大な地下空洞が表示された。

「『旧・首都圏外郭放水路』……?」
「水害対策の為の地下空間施設さ、もっとも旧とついている通りに、現在では新しく建築された放水施設にその役割を譲ってるんだけど……なまじ広大な分埋設には多額の費用がかかるとあって、そのまま放棄されてたんだ」
「ありがとうございます、ドクター。彼らにこの施設の捜査依頼を行います」
「そうしてほしい、私は他の候補について引き続き調査を行うから」

「ねぇ、本当に書かないとダメなの?」

なんとか四苦八苦しながら感想を書き上げ、今度は何か小説のアイデアが浮かばないかテーブルに突っ伏してウンウン唸ってるバティに、いつになく真剣な声色で、ノアがたずねた。

「その質問、ここのAIっぽくないよね」
「かもね。でも、私はクリエイティブを後押ししすぎるのは好きじゃないから。もっとも、それは他の子だって変わらないんだけど」
「どうゆうこと?」
「無理して創作後押ししても、それで普段の生活に支障が出たらその人の為にならないじゃない」
「まあ……そりゃそうか」

noteの創作支援は、あくまで自発的な意欲向上と、出来た作品の公開支援、それから人気が出れば収益化の後押しなどが主で、過剰に執筆を強制するような仕組みは差し控えられている。毎日更新とて、褒められはするが止めたから何らかのペナルティが課せられるわけでもない。週一でも、月一だろうとなんら問題はなかった。

「やるなら、楽しくやって欲しいんだけど……そうも行かないのよね。人間て、難しいの」
「まあねぇ……そう都合よく書きたい物が見つかる訳でもないし、書きたくなっても集中が続かないってのもあるし、書いている最中もこの展開で良いのか考え込むし、書き上がったらどう直すか悩むし……大変なことばっかりだ」
「でも、あなたは書くんでしょ?」
「まあ、ね。書くことそのものからは逃げたくないんだ、そりゃあ今は後回しにしちゃってるけど」
「良いんじゃない、書きたくなった時に書くのが一番だって」

AIらしからぬ、気負わせないよう気遣った言葉に、バティも表情を緩めて答えた。

「ありがと、あんま気負わない様にするよ」
「よろしい」

そこへ、外からレイヴンの声が届いた。

「戻った訳だが、中に入っても問題はないか?」
「どーぞー」

庵の木戸が音を立て、その質量の割に足音を伴わずに歩く黒い男と、重量感と存在感に溢れた歩調のタフでサグな男の二人が入ってくる。どさりと、食品から菓子からが入った買い物袋がテーブルに載った。

「別に黙って入ってきて良かったのに」
「そうは行くか、この状況で不幸な遭遇が起こったら気不味くてかなわん」
「不幸な遭遇って何だよ!?」
「ハッハッハ、レイヴンは気を回し過ぎだな」
「生来、心配性な物でね。いつでもどこでもマンチキンライフだ」
「とてもそうは思えないんだけどー?」
「よく言われる」

とりとめのない会話に、レイヴンのスマホが通知を指し示した。表示されていたのは、東京にある廃棄された放水施設。一部の筋では地下神殿などというあだ名で呼ばれている場所だ。

「潜伏先のあてがついたらしい」
「マジでっ!?オレも……」
「いや、まず俺が先行して実情を探るつもりだ」

そっちはまだ悩んでるんだろう?の意を言外に漂わせつつ、視線をバティに向ける。

「危なくないのかよ、一人で」
「死にたくは無いからな、最悪イクサで更地にしてくるとも」
「うっへ、おっかねー」

レイヴンとイシカワは、何がしかを視線で交わして意思疎通すると、一旦どかりと座り込んだ。

「ま、一杯茶を飲んでからな」

―――――

どこまでも続く、黒い帳が地底の奥底へと垂れ下がっていた。
『旧・首都圏外郭放水路』。その広大な地下空間は、かつては地下神殿などという異名でも衆俗に知れ渡っていた。そして、その役目を終えた今となってはある意味邪神を奉る魔の巣窟になっているかもしれない。そんな事も考えすらした。

閉鎖空間の闇の中に溶け落ちそうな黒尽くめに、地下神殿への封印された鉄扉を開けた管理者が身震いと共に確認する。

「本当に、一人で入られるんですか?」
「ああ、もしかしたら非常に危険な状態になっているかもしれない。だから、ついてくる必要はない。むしろそちらの安全を守れる保証が無いんでな」
「さようですか……わかりました。それにしてもそんな事になってたなんて」

深くため息をつく、中年の管理者。典型的な中間管理職の公務員と言った風情で、ため息と共にさもしくなった頭髪も地下から吹き上げてくる風に巻き上がって行く。

「いたしかたない、閉鎖されている廃棄施設を毎日監視するのも非効率的だからな」
「予算、予算ですよ。ドローン一体巡回させるのだって渋るのがお上ってもんで……確かに、誰もいない、使っていないはずの場所を巡回させるのだって本当は時間とお金の無駄のはずだったんですけどね」
「思うように世界に流れないのが水と金ってもんで。解錠の為にご足労いただき感謝する。俺から3時間経っても連絡がなかったら、その頼りにならないお上に緊急事態だと伝えてくれ」
「ええ、ええ、承知しましたよ。でも何事もないのを祈ってます、あなたのためにもね」
「重ねて感謝する。あなたは俺がここに入ったら、すぐにこの施設から離れてくれ。それでは」

管理者がうなずくと、無理に頭頂部に乗せていた髪がはらりと垂れ下がった。その様子を見ることもなく、レイヴンは深い深い現代に形作られた迷宮へと下っていく。管理者の眼には、すぐに闇の中に溶け消えた様にしかみえなかった。

「お達者で……」

―――――

「んがーっ……」

一人調査に向かった相手の事が気がかりで、文章を書くどころではない心地に陥ったバティはヤケクソ気味に背を伸ばし座椅子を鳴らす。

「あーっもう、ダメだダメダメ!アイツ一人で行かせて執筆とか出来るかっつーの!」
「気持ちはわかるが、落ち着け。何のためにアイツが一人で態々行ったと思ってるんだ」
「それはさー、わかってるけど。どうにも気がかり過ぎて文章書くどころじゃ……はぁ」

でっかいため息をついてうなだれるバティ、それを見てノアに席を外してくれと視線で促すイシカワ。それに応えてむくれつつも機巧少女は席を立つが、自身の感覚にモニター付随のマイクをシンクロさせ、二人の会話へと聞き耳を立てた。

「まだ、悩んでるんだろう?」
「そう、そうだよ。センセイはオレを表彰した時、しっかりやれって背中を押してくれたけどさ。未だにオレで良かったのかって、思っちまう」

似合わないタバコを慣れない手付きで何とか一本引き出すと、バティはそれに火をともした。

紫煙が浮かび、そして散った。タバコの赤い瞬きは火と言うにはあまりにか細い。合わせて、イシカワも葉巻に火を灯す。LED蛍光灯の下で、タバコの匂いが充満していく。

「あの時、センセイの評価基準は明確だった。物語をドライブさせること……そしてそれに最も合致したのがお前の作品だった。だから受賞した」
「そりゃあね。でもパルプスリンガーにとって、賞を受賞したらはいゴールでめでたしめでたしって訳じゃない。むしろスタート地点で、オレが進むはずの道はずっと目の前に広がったままだ。全然前に進めてない」
「その事をずっと気に病んでるのか、ハッハ」
「だってさ」

葉巻を肺いっぱいに吸い込んだまま、イシカワはゆっくり煙を吐き出していく。その顔には笑みが浮かんでいた。

「数書けなくて気に病んでる様だが、俺を見ろバティ。賞を取ってから数を書いたかといえば全然そんな事はねぇし、第二回に至ってはセンセイからとっとと次のステップに行けって釘までいただいた。俺だって、お前が恐縮するほどの偉業を成しとげてるって訳じゃ、全然ねぇ」
「そうかな」
「そうだよ」

イシカワの所作を真似して、バティもまた煙を吹くもその煙はか細く、そしてほそい。

「でもさ、このままで居たい訳じゃないんだ」
「知ってるぜ」
「そっか」

しばしの沈黙が庵を支配する。外の方で聞き耳を立てながらやきもきするノア。暇を持て余した挙げ句に、バティのアカウントを公式オススメアカウントにねじ込んだりもしていた。

「今のうちに大いに悩んどきな。若者の特権だ」
「ハハ……悩んでる間に人生終わっちまいそうだよ」

―――――

長い年月を経てなお強度を維持するラセン鋼鉄階段の渦を、一歩一歩踏みしめ降りていく。電気が通っていない地下施設は、完全なる闇の中だ。ただ一つ、男が握ったままの光刃が昼めいて暗闇を振り払っていた。

地下施設内部は、途方も無い広さの円筒形となっており、小型のソウルアバターであれは充分すぎるほど格納出来る広さがあった。しかも円筒空間はまだエントランスでしか無い。有名な地下大神殿へは、まだまだ遠い。

「こんなところに潜伏されたら、何かきっかけが無い限りわからんな……」

往年の、十全に稼働していたころならば定期的な点検巡回が行われただろうが、今は稼働していない伽藍堂。足を踏み入れる者もいないとあっては、私物化された所で発見するのには時間がかかるだろう。

「まるで高校生の廃墟占領だな」

ひとりごちたつぶやきが、闇の中に反響する。絶え間なく空間に響き渡る金属を踏みしめる音。そこに、多脚生物が地を這うが如き音が割って入る。

「当たりか!?」

いや、まだわからない。単に兵力を潜伏させていただけならば、外れだ。
ラセン鋼鉄階段の支柱を掴み、光刃を掲げるレイヴンの前にツタ科の植物めいた存在が暗中奥底から伸び上がった。神秘の光刃の瞬きを受けてその本性を晒した存在は、人間の手足が累積した植物めいた代物だった。

向日葵のそれによく似た構造の、人体作りの大華は腕手の葉を広げ、頭頂の無数の舌で覆われた蕾を花開かせると、ドクロの雄しべをおどろおどろしい所作でゲタゲタと震わせた。例えるなら、幼児が人形の手足をちぎって草花として積み上げた、そんな印象の怪物。

「悪趣味だな。行方不明者が材料でないと良いんだが」

嫌悪を招く怪物の異形を前にして、冷めた反応を返す。この手の怪異は、今回の事件のみならず、飽き飽きするほど遭遇してきたのが彼の人生だった。今更この程度で動揺するのもバカバカしいほどに。

ネジ曲がった腕そのものの枝葉を伸ばして、コチラを捉えんとする人体華の捕縛をすり抜け、ラセン階段の手すりに飛び乗ると重量をのせてスライドする!錆びてめくれ上がった塗膜の断片を散らし、人体華を翻弄しながらも地下へ、地下へ!

その図体のデカさがたたってスムーズに追い詰める事の出来ない人体華だが、ヘビが曲がりくねって獲物に食らいつくが如く、ラセン階段のうねりに身を任せて伝わり這い寄る。大質量の肉塊が鉄の手すりを打ちたて、軸を通して地下を揺さぶる!

「こっちだ!来い!」

煌々と照る得物が照らし出す床がごく一般的なコンクリートであることを視認しざまに、滑る手すりを蹴って空中で身をひねり回転着地!その後をムカデめいて人体足を打ち鳴らし猛然と食らいつく人体華!そのドクロの、人一人充分に噛み砕きうるアギトがレイヴンに迫る!圧縮した魚の様な生臭さに辟易しつつも、真っ向から光を奮った!

「ア”ア”ア”ーッ!?」

真っ二つに分断されたドクロがおぞましい叫びを上げ、その内側から肉芽が進出急成長を重ね、老若男女無数の顔が花びら同然に咲き誇った!顔の花弁は一様に叫びを上げ、舞い散ればレイヴンの周囲を旋回包囲!

潰れた眼から血涙をまき散らして憎悪に咆哮あげる顔花弁の渦、更には間隙をついて歪にねじれのたうつ千手が迫りくる!物量で押しに押す怪物を前にして、レイヴンは不敵に笑う。

「笑止……!」

空気の流れから背後に食らいつこうとした花弁を肘打ち!四散する花弁を見ないままに正面から迫る突きを柄頭で叩き落とし、三本まとめて掴みかかってくる腕枝を輝きが薙ぎ払う!暗緑の謎めいた液体が断面から吹き出すも、次々に襲い来る顔花弁に腕枝の猛襲!

「おおおっ!」

柄を握り込むと、光刃の輝きが増す!もはや戦艦が灯す探照灯めいて、地下洞を昼に変えていく!剣が放つ恐るべき熱量に怯む怪異!その一瞬の隙に合わせて光刃が舞えば、次々に顔花弁を焼き尽くし、灰燼へと変えていく!苦悶をこぼす猶予すらなく消し飛ぶ顔、顔、顔!

「ア”ア”ア”ーッ!?アヴバッ!アバッ!アババババ!」

人体華のおぞましい顔花弁が、並み居る腕枝が、脈打つ胴軸が見る間に刻まれ、飛び散る体液すらも光刃に炙られ揮発していく!大上段に振りかぶられる一刀!

「虚無から生まれし者、灰を介し虚無に帰れ!」

拒絶の言葉と共に振るわれた一撃が、コンクリートの墓標の内にて、忌むべき怪物を烈光と共に灼く!

烈光が行き過ぎた後には、人体華の異様は灰燼となって暗い閉鎖空間へと舞い散った。それがふわりと舞っては地に落ちる前に消えていくさまは細雪にも似ていたが、残念ながらワビサビを感じる気はレイヴンには無かった。

光刃の猛威から逃れ得たパーツも、ぼとぼと無残に落下し蒸気を生じて消失していく。まるで白昼の悪夢めいた事象だが、人体華の質量を受けたラセン階段の歪みは、今までの事象が夢まぼろしでは無いことを指し示していた。

「残骸が全く残らない、ということはやはり行方不明者が使われていた、訳ではなさそうだな」

床をあらためて観察しても、体液、断片に至るまで残滓として残っている物証は確認出来ない。今までnoteで切り倒して来た怪異と同様の特徴。

「であれば、全く関係のない怪物にニアミスした、って事もないな。やれやれ」

掲げた光刃の光量を必要十分なレベルまで落として、探索を再開する。この施設はさほど複雑な構造をしているわけではなく、五つの縦に打ち立てられた筒状空間を、水路が結んでいる作りになっている。有名な地下神殿と呼ばれる空間は、その五つの筒を越えた先だ。

「急ぐ必要があるな……」

踏みしめたコンクリートをクラックさせ、陥没を生じさせると共に次の筒へと通じる水路、今は水流が無いために通路となっている空間へと踏み込む。
地下閉鎖空間特有の、湿った冷たい空気が体表を流れていく。

通路をあまねく照らし出す光量が、通路奥でピタリと止まる。生じている黒い防壁まで畳にして縦十畳、足跡に煤を伴った黒帯を残しながら、手にした柄を正面に向ける!

「邪魔だっ!」

瞬間、レーザーブレードだったはずの柄は、恐るべき光量の一閃を解き放つ。軍艦に搭載される滞空レーザーをも凌駕する一撃は、立ちふさがる黒壁のど真ん中を撃ち貫く!一メートル大の空洞を残す黒壁、だがしかして、その穴は見る間に埋まり黒壁には無数の眼が、口が浮かび、その歯を打ち鳴らす。

「チィ……敵もそこまで雑魚ではないか、だがッ!」

強力な門番がいるということは、それだけここに潜んでいる何かが重要であることを示唆している。鎌めいた触腕を生やし威嚇、赤く染まった口腔を開き、黒壁は血玉のごとく粘着弾を立て続けに吹きはなった。

下段に構えた一振りを逆袈裟に振り上げ、迫る血玉弾を両断!断ち切られた弾丸は瞬時に血霧に変じ通路を埋める!危機を感じ取っさにバックステップ!霧に接触する前に距離を取り、抜銃!精緻な装飾が施されたリボルバー!

「道を、開けろ!」

発砲、六連。打ち出された弾頭は、血霧に達する寸前に高速ラセン回転に膨大な空気の渦を伴い、前方を阻む害ある霧の障壁を奥まで押し込む!圧縮された霧は黒壁に押し付けられ、血溜まりとなっていく!

通路を揺るがす絶叫と共に、大鎌の触腕が通路を駆け抜け、目の前にまで迫った!両断せんと振るわれる鎌の稲穂を、収穫祭の様に先んじて斬りとばす!暗黒の中、光条が幾度となく黒鎌と交わった!

自分の血霧を受け、前面を溶解させながら黒壁はずるりとせり出し通路内を押し寄せ圧迫!さらなる鎌の軍勢が通路内を駆け、敵を引き裂かんと猛襲する!

「しつこいぞ!」

銃弾を宙に跳ね上げ、落下に合わせて弾倉開放からヌンチャクワークめいてリボルバーを曲芸回転。六発全てあやまたずに装填すれば、再度引き金を引く!バレル側面の秘文刻印に光が走り、魔弾が鎌の軍勢へと吹っ飛ぶ!

一発の魔弾は先頭の鎌に向かって投網の様に展開、広がったのはトリモチで出来た蜘蛛の巣状の捕縛弾だ!捕縛網を切り裂こうとすればするほど、トリモチが鎌に絡みつき、その動きを封じていく!

光刃一閃!刈り取られた稲穂めいて束になった鎌の群れを断ち切り、眼と口腔に彩られた怪壁に銃口を向ける!すると、怪壁はその内に浮かび上がった眼口を沈み込ませたかと思えば、入れ替わりにサメめいた大アゴを露出させた。壁口が牙を打ち鳴らし、暗闇の中火花を散らせながらレイヴンへと迫る!

食らいつこうと牙を剥き噛みかかる怪壁大口の猛攻を飛び込み前転から距離を取って回避、更にはブリッジ回避からのサマーソルト!強かに壁口のアゴを蹴り上げ、バク転から銃弾連発!

襲いかかる銃撃が壁口の牙を砕き、舌を弾けさせるも蒸気を立てて怪物の破損部位はまたたく間に修復していく。レイヴンが次の一手に移るよりもさらに早く、クイックリロードと同じタイミングで修復が完了してしまった。今やこちらは通路の入口まで後退させられてしまい、怪壁は平然と行く手を塞いだままだ。煩わしい障害に眉根を寄せる。

旺盛な攻撃性、生半なダメージではすぐに回復してしまう耐久性、どちらも非常に厄介な性質であり、雑な攻撃では突破は難しいことは明白だった。一方で、ソウルアバターを使用するにはこの地下水路はあまりにも狭い。さらには、地下道とあって過剰な火力を発揮すれば崩落が起き、生き埋めになりかねない。

「参ったな、こいつはなるほど、厄介だ」

勝ち誇った様に牙をむき出しにして狂笑する怪壁。だが、ここで足踏みしている訳には行かない。銃をホルスターに収めると、両手を光刃の柄に添え、下段の構えを持って相対する。

「勝った気でいるのはまだ早いぞ、壁野郎。ちょっとやそっと斬った程度で死なないのであれば、何処まで斬れば死ぬか実験と行こうじゃないか」

こちらの言葉を理解しているのか、怒りをあらわにしたかのように口の端を釣り上げる怪壁。影細工の凶器を床から壁から、藪のごとく生やし立てて威嚇する!

「いくぞッ!」

屈伸から、推進薬が発火した砲弾めいて、踏み込む!音を置き去りに距離をつめるままに、凶器の竹林を無造作に切り払い伐採から進路を切り開く!行き過ぎた後には乾いた音と共に散乱する影凶器!

「おおお!」

自身をひと呑みにしうる口腔を前にして、男は迷わず剣を振るった。粉チーズそれそのものに細かく削り取られていく怪壁!思わず後退し、通路奥に戻らんとするも男の踏み込みが早い!次々に喰らいつき、光刃が高速千切り機めいて壁をこそぎ落としていく!

薄く、迅く、振るわれる光の刃。まるで桂剥きの様だが、包丁と違う点は光熱が行き交う程に黒壁の暗色肉が灰となって舞い落ちる事だ。光刃がそのサイズを増すと、一度に削られる量も増えて見る見る黒壁が目減りしていく!

「ア”ア”ア”ア”ッー!?」

まさかの脳筋極まりない攻略に、そして高速でえぐられる苦痛によってか怒りの声を上げる黒壁!新たなアギトをせり出し喰らいつかんと大アゴを広げるが、その先から矢継ぎ早に輪切りにされ燃え尽きていく!

通路入口までせり出していた黒壁は今や、通路半ば奥まで押し込まれていた。床には完全に焼却された灰が堆積してはその嵩を低めていき、なおも抵抗を試みる黒壁はその身から眼を、口を、鎌をせり出させてふるわんとするが、攻撃に移るよりもなお光刃が食い込むのが早い!

「ア”ッア”ッ……」

もはや、黒壁は壁でなく一抱えほどの断片となって、通路向こう側へと転がった。膨大であった質量はすでになく、再生する余力も残っていない。虫の息となった妨害者を前に、逡巡することなくレイヴンは剣を突き立てその一片まで完全に焼き砕く。

「ア”ッーッ!?」

最後の一欠片に至るまで完全に死滅させたのを確認すると、改めて通路の先、水流を溜め込む為の縦坑を見上げる。光をかかげるが、天井に至るまでコレといった変化はない。ただのコンクリート建造物が続いているだけだ。

考えられるのは三つ、すでに引き払い済か、はたまた更に奥に陣取っているか、もしくは先程の門番や護衛はここに注意を引きつける為の囮に過ぎず、本命は別の施設に籠もっているか。

「まだ二つ目の縦坑だしな、本命はもっと先でもおかしくはないが……」

スマホを見る、AI達からの通知はコレといって無し。コチラから他に候補があれば、推定出来た時点で送ってほしいとプッシュしておく。先方からは今の所、可能性があるといえるのはここくらいとノート・ドクターの返答。

「何せ、東京の地下はしっちゃかめっちゃかだからね、欠落している情報もあるし私達AIといえども、そう簡単には行かないよ。申し訳ないがまずはそこを重点的に洗ってほしい」
「元よりそのつもりではあるが、どうにも嫌な予感が消えない。そっちも重々警戒してくれ」
「もちろんだとも、君も無理はしないでくれたまえ」
「そうするさ、死にたくはないんでね」

通信を切ると、人工的な暗がりの奥へ、奥へと脚を進めていく。まだ、先は見えない。

―――――

二度の襲撃から一転して、それからはさしたる妨害も無かった。順調に調査を進めたレイヴンが最後にたどり着いたのは、かの有名な『地下神殿』。正確には調整槽、のはずだったが。

「悪趣味もここに極まれりってとこか」

あのコンクリートの大柱が並び立つ荘厳ではありつつも無装飾の無骨な空間は、すでに怪異の巣窟と化していた。辺り一面には、あの暗色の肉が脈打ち張り巡らされ、その内にはうっすらと取り込まれている人間が複数確認出来た。それが、この空間全体を圧迫するほどに内在しているのだ。

グロテスクな、生体的暗黒造形物と化した調整槽の奥へと進む。
皮膜が薄い捕縛者の様子を確認するだに、まだ生存はしているのがわかる。物理的な栄養源ではなく、電池として活用する以上は殺してしまっては用途が閉ざされてしまうので必然ではあったが、さりとてこの状態が今後も続けばいつまで生存出来ているか怪しいものであった。

「一人二人であればすぐ開放しておさらばで良かったんだが、こうも多いと頭を叩くしかない訳で……いるんだろ、出てこい」

光刃を掲げて闇を照らす。奥底から暗肉を割り出て来たのは、あの時の白髪の少年だった。

「想定していたよりはずっと早かったね。流石の猟犬っぷりだ」
「犬扱いか鳥扱いかどっちかにしろ。まあそれは良い、どうせやめろと言って聞く気もないんだろう。それはこの惨状を見ればわかりすぎるほどわかる」
「……何がわかる、と言うんだい」

大仰に腕を広げてこの暗黒神殿と化した地下施設を指し示すと、レイヴンは答えた。

「クリエイターに発現する技能、それは魂、精神の在り様の現れといっていい。だからこそ、俺は自分のそれをひけらかすのは、安易に見せられない代物を見せつけるような、例えるなら性的嗜好を公共に晒すようなイメージで忌避感があり、あまりやりたくない」

レイヴンの言葉に、少年は眉をつり上げて怒りをあらわにするも、黙ったまま彼の主張の続きを待った。

「しかるに、この有様がお前一人によって行われたなら、この惨状こそがお前の内面を表現している。他者を踏みにじり、食い物にし、世界を怪物で埋め尽くしたい。これはそう、世界にたいする憎悪の現れそのもので」
「もう良い!」
「要するに、お前は辛かったんだ。だが、その感情に寄り添われることはなく、ここまで増長してしまった」
「やめろ!」

声を張り上げ、内面をえぐり出す言葉を遮る少年。それを意に介さず淡々と言葉を続ける。

「あるいは、最初の最初で周囲に助けを求めていれば、こうはならなかったかもしれない。だがお前はもう拳を振り上げてしまった。俺はクソッタレな暴力装置として、暴力に返ってくるのは暴力でしか無いことをお前に示さなきゃならん」

光刃の光が止む。男は右手を左の掌に打ち付けると、何がしかを掴み勢いよく振り抜いた。それは赤く、黒く、脈打つ黒鉄の刀身だった。刃が生まれる過程めいたその得物は、遠目にわかるほどの焔をまとっていた。

「良くもぬけぬけと……遅すぎたお前が!」
「そうだろうとも、俺は、いつだって遅いんだ」

恐るべき煉獄の焔そのものを青眼に構えるレイヴンに対し、少年は十字架に掲げられた聖人めいて腕を振り上げた。

「お前一人くらい、無視しても良かったけれど気が変わった。お前は逃げ場の無いここでゆっくり刻んでやる……!」
「やってみろ。お前の憎悪とやらで俺を塗り潰せるか試して見るが良い」

挑発に対し、地下調整槽をおおう暗肉全体が大きく脈動した。続いて空洞全体を吠え声が振動させる!

調整槽をくまなく覆う、暗肉が蠢動したかと思えば一斉に鋭い槍衾と化して絨毯爆撃!たった一人の侵入者に向けて凶器が降り注ぐ!硬質な衝突音と共に、放たれた鋭利物は絡み合うように切っ先を収束させた。

「おっと、もっとじっくり時間をかけるつもりが……」

勝利を確信した少年のつぶやきを、あっさりと次に起こった事象が否定する。集約された槍の矛先は、隙間など無いほど密集していたにも関わらず瞬断され、炭クズとなって爆散する!拓けた空間から姿を現したのは、あいも変わらず無事な黒い男の姿。手にした鋼はなおも焔をまとい、その身からは水墨画めいた黒墨の剣気が滴り世界へと広がっていく。

「……ッ!」
「回避不能な密度の槍の弾幕、まあ普通なら殺れたとは思うだろうな。だがこの程度では俺は殺れんぞ」

反応は、次なる一撃。怒りのままに足元から束縛してやろうと床より暗色の触手を生やしたてて、悠然と立つ男へ強襲させる。瞬間、拘束が達するよりも疾く男が飛ぶ!その軌跡を追って触手が伸びる!

「おおっ!」

生半な速度では振り切れないであろう触手の殺到を、あろうことか男は踏み台にすることで飛び渡り、迫る触手を燃えたぎる一撃で薙ぎ払う!どれほどの熱が込められているや、鋼鉄の切っ先が触れた途端に、多大な熱量が伝搬し触手の群れを根本まで炭化させていく!

曲芸パルクールめいて触手の群れを飛び渡り、次々灰になるまで焼き尽くす男に対し、少年はさらなる一手を打つ。閉鎖空間の上下左右より突き出したのは、塔もかくやといえるほどの豪腕。巨腕がその質量のままに、少年向かって突進する男へと四方八方から襲いかかった!激突音が地下閉鎖空間を揺らす!

だが、巨大な拳の奥に姿を隠した敵に対して、少年は油断しなかった。そもそもが、巨大質量の密集衝突にも関わらず奴の端切れ、肉片の一片すら飛び散っていないのだ。そして、彼の警戒は実際無駄にはならなかった。

引き戻し、もう一撃を放とうと指示を出した巨腕が、引き戻せない。まるで固まったセメントに埋め込まれたがごとく、ガチガチに拘束され身動きを取ることが出来ない。囚われたのが表層だけであれば、かたまった部位を捨てて中身だけ引き戻す手もあったが、中身に至るまで完全に停滞している。

「クッ……何故だ、何故動かない!」

少年の疑問は、すぐに目の当たりにした事象が答えてくれた。暗色の巨腕は、みるみる内に真っ白な霜に覆われるほどに凍てつき、氷結していた。柔軟なる暗肉と言えど、内包する水分を凍結されてしまえば動きようがない。
次の瞬間、凍りついた巨腕群はガラスめいて砕け散り、地下の暗黒に細雪が舞い落ちる。中からは、当然無事にして無傷な男が姿を見せた。

「高熱と低温……!?お前の能力は、一体なんだと言うんだ!」
「あててみろよ、エジプト旅行位は贈ってやる」
「ふざけるな!」

再度の、豪腕による一撃。それすら、床より忽然と湧き出した血溜まり、そこから這い出た血流が絡め取って血溜まりの中へと引きずり込んでいく。
男の腕がかすみ、豪腕は炭クズとなって弾け跳んだ。

(こいつの能力は一体何だ……⁉)

刻一刻と近づいてくる寿命の如く、あらゆる攻撃をはねのけて迫る男に少年は戦慄する。自身の分身で覆われた地下閉鎖空間、いうなれば胃の中に等しい不利な環境において、この男は止まりさえせずに自分へと迫ってきているのだ。

「く……止まれ!こっちに来るんじゃない!」

回転する掘削円錐を自身の前方へと並べ、身を守ると怪異の群れで持って敵対者を襲撃する。しかし何処まで通じるものか。事実、円錐の向こう側では、差し向けた怪異が次から次へと炭化粉砕され、凍結裁断されていっている。少年は受けた攻撃の内容から、必死に相手の能力を類推する。戦闘において、相手の特異能力の正体がわからないことは死を意味するのだ。

(熱は分子の運動量で変わる、分子を直接操作出来るなら高熱と凍結を同時に一つの能力で再現出来るのはおかしくない……いや、それだとあの血溜まりが説明つかない!)

男の足元には、何処から湧いたか池の様に紅い液体がわだかまり、襲いかかる怪異共をことごとく絡め取って喰らい潰し、池の奥底へと飲み込んでいく。

(複数の要素を同時に再現出来る、奴の能力は心象風景の展開型か……?)

クリエイターに発現する特異能力は、大枠として事象を直接操作する型、自分自身を直接強化する型、実体を伴う幻像を出力する型、そして心象風景で現実を上書きする型などが存在する。この場合、当てはまるのは一番最後の心象風景展開型だと少年は類推していた。

(不味いぞ……だとすれば、こちらに有利なこの環境で覆っていても有利な点は何一つない!じきに奴の領域として上書きされる⁉)

自分の置かれた状況が有利でも何でも無い事を把握すると、少年はすぐさま捕縛した犠牲者達を外部へと流出させていく。気付かれないように猛攻で相手を覆いながらも、静かに、着実に。

少年が巧妙に撤退を初めたのを知ってか知らずか、男の行動は更に攻撃性を増した。周囲にはその全てを鋭利な刃で構成した樹木が、またたく間に生え伸び敵対する怪物共をことごとく刺し貫いてバラバラにしていく。

「高熱、凍結、血溜まり、刃の樹木……そうか、そうか……!わかったぞ、お前の能力が!」
「まあそりゃわかるか、ここまで見せたらな」

夕日の色その物の刀刃を振るい、目の前に立つ泥人形の大柄な巨体を両断しながらも、男は少年の言葉にこともなげに相づちを撃った。暗色回転円錐の檻を挟んで、両者は対峙する。

「お前の能力は……『地獄を作り出す能力』だな⁉」
「ご名答。あまり人様に見せたくない理由もわかるだろう?」

みっともないからな、と苦笑してみせた後。男は斬撃を放ち、自らをはばんでいた回転円錐の檻を解体した。高熱にさらされ、一瞬で炭化した断片が床の血溜まりに飲み込まれていく。

今や地下神殿は地獄のるつぼと変わり、血の池と鋼刃の木々が威圧的に辺りの空間を埋め尽くしていた。少年が密かに撤退させた分身の分を除いたとしても、結果は明白であった。

屈辱と言って良かった。この状況そのモノが。
多数の生贄を抱え込み、己の養分と化して強大な力を得た状態かつ、自分の領域に作り変えた地下の閉鎖空間での包囲網。本来なら、敵対者など手も足も出ないままに無力化されて新たな贄になるだけのはず……だった。だが現実はどうだ。たった一人の侵入者相手に追い詰められ、劣勢に追い込まれている。

今や人型の地獄そのものめいて、黄昏に燃えたぎる鉄刀を握る黒衣の男は膝をついていた少年の眼の前に立っていた。鋼鉄の棒は伝承それその通りに高熱に融けて、コンクリートを融かすしずくを滴らせている。少年の視線の先に落ちた融鉄は、血の一滴のようにも思えた。

「降参してくれれば、こちらも助かるんだがな」
「この期に及んで……降伏して何が残るって言うんだ」
「もう一度、挑戦できると言うんだ。この世界に」
「挑戦ならしている!もう、この瞬間に!」

屈従は受け入れられなかった。もう充分すぎるほど、自分は今まで耐えてきた事を思えば、はいそうですか、などとさらなる抑圧を受け入れることは出来なかった。

少年は、限界まで抑え込まれたバネが、その反動によって伸び上がり飛び上がるかのように右腕を突き上げた。狙うは男の心臓、その中枢。

高速回転し、あらゆる物をえぐり取る暗肉の螺旋錐は、過たず男のど真ん中に突き立った様に見えた。真実それは、命を奪うには充分な一撃で、少年は初めての感触に身震いした。男の口の端から、地下の暗黒に染まったどす黒い血が滴る。焦点の定まらない眼と、はっきりと力の籠もった眼が交差する。

「満足か」
「……⁉」

少年が飛び退くよりも疾く、男は動いた。
握りしめられた鋼の融刀は、自身に突き立てられた円錐を切り落としたかと思えば間断なく上方へ打ち出す様に繰り出されたハイキック、その靴底が過たず少年の腹を蹴り上げた。暗色の肉に阻まれてなお、その蹴りは少年の身体を軽々と宙へ投げ出させる。

胴体ど真ん中に突き立っていた円錐は、燃え上がった。男の内側から吹き出す焔と鉄が傷口を見る間に塞ぎ、煤と黒灰はカーボンめいて元の衣服を織り上げていく。その様をもだえ起き上がりながら目の当たりにした少年は、唖然とした。

「クソッ……なんてインチキだ」
「どうかな。死ぬまで殺せば、案外ころっと死ぬかもしれんぞ?どうすれば死ぬかなんて、自分でも試したことないからな」

口に溜まった血を吐き捨て、先程と変わらぬ様子で皮肉を返す男に、少年は決断した。この状況でなお怒りに従う少年の眼に、男は眉を吊り上げる。

「お前なんかに、負けるものか……!」
「良いガッツだ、が、俺もお前に負ける気はない。だから争う他ないと言うわけだが」

少年の首が宙を舞った。だが、切断面から溢れ出たのは血ではない。宙を回転する間に生首は暗肉の塊へと融解し、膝をついた残りの身体もどろりと溶け落ち倒れ伏す。

「やはり空蝉……」

地下神殿が鳴動し、見る間に暗肉の塗膜がずれ落ち隙間から排出されていく。見る見るこそげ落ちてく肉塊を前に、レイヴンはちょっとした破片を打ち込んだ。

―――――

「よっし、出来た!」
「ほう、パルプか?」
「ああ、いや、その……自作TRPGの基本ルール」

気恥ずかしげに答えたバティのノートパソコンには、ずらっと何がしかのゲームルールが羅列されている。イシカワの眼には、ざっと見て特定のポイントを奪い合って勝敗を競う様に読み取れていた。その反対側では、ノート・アイドルもまた興味深そうに表示されている内容を読み解いている。

「パルプもまあ、書き……ますヨ?」
「なーに言ってんだ、TRPGのルール考案だって立派な創作だろ」
「そうね、ウチ的には有りよ、有り」
「あー、うん、そうだけど。パルプはパルプで書きたい気持ちは」

なんとも複雑なリアクションを続けるバティのスマホが鳴動する。通知を見てすかさず応答。通信先からは若干の緊迫感を含んだレイヴンの声。

「すまん、取り逃がした」
「ウェッ、マジで!?でも何でそれを真っ先にオレに?」
「ここからヤツが取れる選択肢は三つ。すぐさま東京を襲うこと、一度新たな潜伏先を得て力を蓄えること、そして最後はそっちを襲って栄養分を補給することだ」

レイヴンの回答にバティはゴクリを喉を鳴らした。彼の言葉が意味するのは、大規模な襲撃と犠牲者の量産にほかならない。

「でもさ、note内には他のパルプスリンガーだっているんだぜ?それだけじゃない、いくらでも戦える人材はいるのに、態々ここを狙って来るかなぁ」
「ヤツは、賢い。しかも物量もかなりのものだ。こちらの裏をかいて強襲する事は充分考えられる。俺はヤツに取り付けた発信タグを追うが、そちらも有効に機能するとは限らん」
「わかった、わかったよ」

どれだけ強かろうと、個人は個人。彼はこの後起きる何某かを防ぐために、バティにも動いてほしいと申し入れて来ているくらい、バティも把握していた。

「こっちはオレが何とか、対処してみる」
「頼む、いつでもそちらに向かえるようにはするが、あるいは二面作戦になる可能性もある。そうなれば俺一人では対処不可能なんでな」
「そうならないと良いけど、なってほしくない展開って要するに敵にとっては好都合で……」

不意に、通信先から衝突音、続いて重くくぐもった斬撃音が響く。

「ちょ、レイヴン⁉」
「こっちは無事だ。だがまだまだこちらも構ってくれる様だ」
「無理すんなよ、単独なんだから」
「ハッハ、心配ありがとな。撃退したらまた通知入れる」

通信切断、ついで二人に状況を説明しようと、バティが口を開くよりも早く今この場全体が地震めいて振動した。だが、人工的に構築されたメガフロート上では、本土と違って島全体が免震構造となっている。つまり、今起きている自体は明白だった。

「クッソ!早いよ!」
「ヤツか?」
「多分ね!ノアは一般客避難するよう他のAIに連携して!」
「やってる!でもあなたはどうするの?」

うつむき、わずかに逡巡したバティ。だが顔を挙げた時に見えたのは決意の表情だった。

「ここは、思い出の場所なんだ。それをメチャクチャにされるのを黙って見てるほど、腰抜けの玉無しにはなりたくないんだ」
「フッ、その意気だ。じゃあ今日は一つ、俺とお前でダブルチャンピオンと洒落こむか」
「おう!」

―――――

「ったく!日本でパニックムービーとか世の中どうなってんだい!」
「アレじゃろ、平和な施設がドエライ目に遭うギャップホラーっちゅうやっちゃ!」

銃火が閃き、弾頭が何発も飛翔する。行き着く先は、これまた異様な暗色の複合体だ。商業施設的な開けた通路は今や人間をこねくり回して連結した上に、怪物のパーツをくっつけて黒ラメのラッカーで塗膜を張ったような嫌悪感あふれるホラーモンスター、人体スライムが目一杯に押し寄せている。

人体スライム先頭のハゲチャビン頭部が弾けると、内側から新たな頭部がせり出し、虚ろな眼孔を前方に立ちはだかる障害へと向けた。

一人は癖っ毛の黒髪に緑のつなぎ、両手には二丁の拳銃を構えて怪物を猛然と威嚇する女、サカキ・ザ・フロッグ。そしてもう一人は蒼紅の手斧を携え、中世医師めいた外套にヒゲを蓄えた『断魔』ジョン=Q。

二人は今や商業施設内をゾンビアポカリプスめいて埋め尽くす怪物共より、一般客とバー・メキシコを守る為こうして交戦に入っていた訳だが、あまりの物量に少々辟易してる状況だ。

「クッソ、9パラじゃいくら何でもパワー不足だっての。おいスカル!何でも良いから、レイヴンのコレクションから大口径のパチってきな!」
「事後報告は姐さんからやってくださいね!」
「生き残れたら、あの野郎にいくらでも貸しは返してやるさね!」

店内据え付けのロングロッカーより、執事姿の慇懃な男性である『目明かし』スカルが22世紀の青狸めいて武器を放り出すと、その中より一際大口径のシンプルなリボルバーを投げ放つ。すかさずキャッチするサカキ。

「へーぇ、S&WのM500か。お誂え向きじゃん?」
「何でもありますよ、彼の武装収集癖は少々偏執的ですからね」
「おかげさまでこちとら手ぶらで、ブルシットなファック野郎と殴り合いしなくて済むがな!」

アメリカ的大口径信仰の権化である、M500を両手で正面に構えるとサカキは怪物のど真ん中へと照準を合わせる。怪物との距離が詰まる!

だが、猛然と迫る人体スライムの大質量は床に張り巡らされた凍気によって、張り付き押し止められた!ジョン=Qの手斧、フロストブリンガーによるものだ!見る見るスライムは凍りついてそのおぞましい外観を霜に封じ込めるも、その内側は相変わらず脈動し今にもなだれ込まんとする!

「排水溝に帰んなスカム野郎!」

再び発砲音。先程とは比べ物にならない大音量と共に飛びかかった拳銃弾は、凍てついた異形塊のど真ん中へと着弾。雪像がなだれうって細雪をまき散らすかの様に人体スライムが粉砕する!

「っあー、良く考えずに撃っちまったけど、食われた連中はダメかありゃ?」
「ハッハ、ワシの『眼』ではもうあの中にはおらんな。レイヴンの連携した情報によるとじゃな、あいつら取って食った連中を安全圏に送って電池にするそうじゃて。だもんで気にせずぶっころころしてOKじゃの」
「そいつを聞いて小指の先位は安心したねぇ!」

続いて、ダメージにもがく人塊に向かってスカルがアンチマテリアルライフルをぶっ放す!亀裂し、後退する人塊!

―――――

開けた商業施設メインストリートの天井より、ツートンカラーの銀の流星が津波の如く押し寄せる暗色人体キメラのど真ん中へと突き刺さった。流星は着弾と同時に二手に分かれると、それぞれ柱と壁を蹴って再度蹴撃を放つ!

聞き苦しいうめき叫ぶ声を遮り、流星、否、二人の銀の装甲戦士達が逃げ惑う人々に避難を促した!

「皆さん早く避難を!」
「中央区画に行ってね!安全だから!」

怪獣映画めいてパニック状態で逃げる人々。それでも、驚異に立ち向かう二人のヒーローの指示に従って一目散に中央の独立した、エメラルドグリーンの艦橋めいた建物へと向かう!一方、大型犬めいた意匠に腰からヒラリと布を舞わせた装甲戦士【英雄語】モモノと現代建築を人型に整え装甲へと変じた装飾の装甲戦士【BB】ディッグはそれぞれ格闘の構えをとった!

「とりあえず中央区画に誘導してるけど、アッチって本当に安全なのかな⁉」
「ノート・ビルドによると、中央区画だけはメガフロートの構造から完全に独立していて、こいつらも配管通って中から奇襲とかは出来ないんだって。建築物としては不可解な構造だけど!」

転倒した少女が、あわや怪物の振るう触腕の餌食となるかと思いきや、風の如く踏み込んだモモノが掌底で触腕を弾き、続いて迫った丸太その物の腕を蹴り上げ粉砕する!続いて少女を助け起こすディッグ!

「さ、あっちだ。急いで!」
「あ、ありがとう!」

それでもなお悪意の手をのばさんとする怪物キメラを前に、ディッグの手にした銃剣が閃き、数多く飛来した暗色の腕が瞬時に解体されていく!

「ビルの鉄骨よりは全然脆いけど、いかんせん数がなぁ!」
「じゃあ僕らで本体たたきにいく?」
「冗談!そっちはレイヴンがどうにかこうにかするって!ヒーローとしては普通の人達は見過ごせないでしょう!」
「まあね!その通り!」

なおも逃げ遅れた人々へ怪なる腕を伸ばす人体キメラに対し、迫りくる腕を撃ち抜き、伸びる舌を切り刻む!さらには首をろくろ首めいてのばす相手を拳で打ち砕く!それでもすぐさま威勢を取り戻し、怪物はメインストリートを前進する!

「とはいえ、これはちょっと火力不足、かな?」
「まいったネ!街中のど真ん中ではなるべくSAは出したくないし!」
「最悪はやらざるを得ないけど、まだその時じゃない!」

二人の白銀戦士は、渾身の力を込め床を踏み砕く勢いで怪物の人面うごめくど真ん中へ、背中合わせで拳を打ち込む!同タイミングで叩き込まれた一撃に、後退しつつもメインストリート各所にしがみついて抵抗!

「ならその後押しは僕も参加する!」
「タイラー!」

装甲戦士二者の後方より駆けつけた、グレイのスーツの紳士はその掌底に立ち上げた翠緑なる超自然の焔をたぎらせ、暴れる怪物めがけビームの様に撃ちはなった!Noteメインストリートを恐ろしく燃え盛る火が駆け抜け怪物の全体まで着火、燃え移る!

「じゃあこっちもとっておきを!」
「切り札の切り時だ!」

二者が放つ、高圧縮の水流がドリルめいて怪物をつらぬけば、多数襲来したドローンが機関銃掃射!三者の全力に怪物は余さずこそぎ落とされていく!

―――――

「クッソ!大惨事じゃんか!正気かよアイツ!」
「正気ではあるんだろうよ、ヤツの中ではな」
「社会性かなぐり捨てるのはオレは無しだと思うね!」

庵から飛び出した三人を出迎えたのは、まるでダークなゲームのラストダンジョンめいた変貌を遂げた商業施設だった。元より過疎エリアとはいえ、紛いなりにも人工物で構成されていた通路は今や暗色の肉に覆われ、床も脈打つ何がしかが縦横無尽に行き交っている。

それでも、それらの怪異は人間を取り込む程の力は持っていないのか、バティの靴底が接触しても夏のアスファルトに落ちたゼリーの様に溶け砕けた。その様子に顔をしかめるバティ。

「ノア、状況ってどんな感じ?」
「いきなりの襲撃だったから、少なくない人がアイツに取り込まれちゃってる……無事だった人たちは、警備員さん達とAIで連携して中央区画に誘導しているわ。あそこなら今のとこ侵食されてないから」
「りょーかい、悔しいけどやれることをやろう」

過疎地とあってか、姿の見えなかった怪物達も三人がメインストリートに向かった途端に遭遇する。その姿は、黒毛の毛むくじゃらなかまぼこ板に、節くれだった四肢を生やし側面に暗闇の中より瞬く光る目を備えた代物だ。それが数体通路を占有し道を塞いでいる。

「そーりゃーいますよねこの状況じゃ!」
「できるだけいないルートをナビゲートするから、従って!」
「そいつは頼もしい。もっと早くはじめてくれたら満点だったな」
「ごめんなさいねー、私こういうの不慣れなもので!」

軽口を叩き合いつつも、パルプスリンガー二人はオリンピックアスリートもかくやの踏み込みで片足を振り上げた黒かまぼこ板へと迫る!バティの顔面へと怪物の足が振り下ろされたかと思えば、足はピザめいて四分割からはねのけられ、続いて奥まで足先が切り裂かれる!

「そう安々とやられてたまるかーっ!」
「木偶の坊、足元がお留守だぜ」

ひゅぱん、と上半身を支えていたもう片足がイシカワの蹴り払いで宙へと浮かび、かわりにかまぼこ板の上半身が床へと重力に従い落下!
かまぼこ板の胴体を待ち受けていた二人、バティはマチェットを突き出し、イシカワは拳銃を突き上げてゼロ距離発砲!本体を直に裂かれ撃ち抜かれたかまぼこ板は無残に反対側へと吹き飛びながら転倒し、同族を巻き込み道を拓く!

「こいつら飛び越えて、突き当りを右なんだけど私には無理そう!」
「バティ」
「へーい」

俺はやらんぞというニュアンスを一言で伝えたイシカワに対し、バティは渋々ノアをお姫様抱っこ。何度触れても本物それそのものなのでとても気が気じゃなくなりそうだが、そんな事を言っている場合でもない。

「飛ぶよ、つかまって!」
「仕方ないけどつかまってあげるわ!仕方なしだからね!」

漫才と共に、バネじかけのブリキ細工もかくやの跳躍力を見せて、もがくかまぼこ板共を飛び越えるバティ!続いて、イシカワも飛び越えながら怪物共を撃ち抜き止めを刺していく!

「ちょっと待って、敵の動きがおかしい」
「おかしいって、何が?」

迫りくる怪物共をいなしながら通路を駆け抜けるうち、ノアが声をあげて二人も足を止める。

「俺達に向けて集まってきてる事か?」
「そう、それ!あいつらが少ないルートを探して施設内を精査してるけど、明らかに私達に向けて集まってきてる」
「わお、さいあく」
「モテるな、バティ」
「もうオレに構わずそっとしておいてほしいよ」

そういうことであれば立ち止まったままでもいられない。ノアの誘導に従って、少しでも手薄なエリアへと舵をきっていく!

「どうするの、これから!」
「奴等がオレ達優先って事は、こっちが逃げれば他は手薄になるでしょ!真正面から駆逐するまでチマチマ殴るよりかは被害が抑えられるし!」
「だが、この閉鎖環境でダラダラ逃げ回るのは悪手だろう」
「わかってる!」

1メートルほどの風船ウニめいた群体が浮かぶ通りを、まるでドローンレースのごとくすり抜け撃ち抜きながら進んでいくうち、奥手より暗肉が盛り上がると1つ目の筋骨隆々とした巨人が形成され、その身に数多の口を広げる。

「ソウルアバターが出せる、ひらけたエリアまで移らないとダメみたいだ」
「ワオ、丁寧な仕事っぷりだ。アイツラ俺達がやけくそになって施設崩壊覚悟でSA出すのも妨害済みってわけか」
「そういう事っぽい、形成してから直接乗り込まないとダメだ!」

緩慢な動作でもって大質量の腕を振り上げる単眼巨人に対し、まずイシカワが踏み込む。一歩二歩、走り幅跳びの助走めいた幅広の歩法で踏み込むと、巨人が重量を預ける軸足へと襲いかかる!

「フンッ!」

回転のベクトルをのせた回し蹴りが巨人の軸足、その弁慶の泣き所を撃ち抜くと、大質量ゆえの不安定さを支えきれずに巨人がゆらぎ態勢をたてなおそうともがく!空へ伸ばした、殴りつけるはずだった腕は不意にずるりと輪切りになって宙へバラけた。バティのワイヤーアタックによるものだ。

床に落下した輪切り腕は、泥団子の様に炸裂。なおももがく単眼巨人は数を増した鋼線トラップに絡め取られて、ズタズタに分解されていく!

「こんなのの相手してたらキリがない!一番開けた空間はどっかない!?」
「ここからなら、開放型のイベントホールが一番近いけれど」
「それだ!オレの機体が出せるかイマイチ不安だけど、行くしかない!」

ノアの指し示した方角に、二刀を伴いバティが踏み込む!通路を塞いでいたのは、暗色毛並みに頭部を角牙の林で覆った無顔のイノシシだ!

角牙猪は畑荒らしを見咎められたかのごとく後ろ足を掻き鳴らすと一目散に駆け込んでくる!全面を突起物で覆った頭部に突っ込まれれば死は免れない!

「悪いね!」

だが、イノシシは突如何かに遮られ転倒!そこをイシカワが精密射撃によってカバーする!砕け爆ぜる角牙頭部!

イノシシが転倒したのは、バティが投げはなった二刀の柄に結ばれたワイヤーであった。通路の壁に突き立った二本が即席トラップに変わったのだ!

並み居る怪物共を薙ぎ払い、三人は目的の開放型イベントホールへとたどり着く。そこもまた、暗色の肉の皮膜に覆われつつあったが、犠牲者となりうる来場客が少なかったためか施設内部に比べるとその量はごくわずか、といっていいレベルであった。

「ソウルアバター出すと建物も無事じゃ済まないと思うけど!」
「ノート・ビルドには被害の許容は許可もらってるわ!問題はそっちじゃなくてあの怪物に取り込まれたまま建物内に取り残された人だけど……」
「そっちも気にしなくていいよ、僕の方で移動しておいたから」

割って入った声に、逡巡する事なくバティは刀刃を剣呑に構えた。パルプスリンガーの声ではない。聞き覚えのある、敵の声だ。

開放型イベントホールは、ステージを扇形に囲む形でソウルアバターを現出させるにたる充分すぎるほど広大なスペースがあった。イベントホール入り口から出たばかりのバティの眼に、ステージ上にわだかまる暗肉の台座の上によって立つあの少年の姿が映る。

「さっきはレイヴンとこで今度はこっちって、あっち行ったりこっち行ったり、忙しない奴だな」
「君達と違って、僕は一人でね。何をやるにも自分でやらなきゃいけない。もっとも、不便に思ったことは無いけど」
「そうだろうさ、こんなめんどくさい能力持ってたら何だって出来る」
「そうでもないんだ、意外と使いみちが狭いからね、これ……けれど」

声のトーンが低く垂れ下がり、イシカワは流れるような所作で拳銃を構えた。

「お前たちの大事な遊び場を滅茶苦茶には出来る、そうだとも」
「ホンキだってのか……」
「本気だ、その覚悟が僕にはある。言葉を返させてもらうけど、君にはあるのかい?」
「何がだよ」
「この建物ごと、皆の作品を踏み潰す覚悟がさ」

バティが言葉を押し留めたのと、銃声が鳴ったのはほぼ同時だった。
過たずに放たれた拳銃弾は、螺旋滑空の後に少年の頭部ど真ん中を貫き四散させる。イシカワの拳銃から硝煙が流れて霧散。

「他の奴はどうかは知らんが、俺は正義の味方でもなければ、慈悲深いボランティアでもない。俺の人生にふざけたチョッカイを掛けてきた奴は潰す、それだけよ」

頭部が吹き飛び、首なしとなった少年の身体から暗肉が盛り上がり元通りに、うらなりの整った顔立ちを修復する。

「他の人の作品は滅茶苦茶になってもいいって?」
「生きてりゃまた作れるし、そもそも世の中に滅多糞に壊れねぇ物はねぇよ」

物も人も、いつかは壊れんだ。そう吐き捨てステージに進むイシカワの指が動く。三度発砲音が鳴り、せっかく元に戻った少年の身体は上半身から上が吹き飛んでしまった。もっとも飛び散ったのはやはり分体である暗肉に過ぎず、本体ではない。

「めんどくせぇ作りしやがって」
「本体はきっと安全なとこにいるんだ、だから今は施設侵食を防がないと……⁉」

その時、観客席の裏側より暗肉の噴水が上がった。バティの周辺を取り囲む様に、一斉に。

「……ッ!」

バティの中で思考がスローモーション撮影めいて鈍化する。隙間をついて抜ける、のはネコでもないともう無理だ。暗肉の檻を切り裂いて空間を作るのも、相手の供給の方が早い。

「詰んだ……⁉」

あっさり罠にかかってしまった自分に苛立つよりも早く、バティの身体は強引に暗色の檻を突破した何かに突き飛ばされて囲いを突き抜け、観客席を縦断する通路の上を転がった。

自分の身体にまとわりつく残滓をネコめいて振り払うと、自分を突き飛ばした相手に向かって顔をあげる。茶の瞳が黒い瞳と入交わった。

「ノア!」
「来ちゃダメ!」
「でも!」
「バックアップは取ってるから!だから……!」

会話は最後まで行われることはなく、少女の華奢な身体は暗肉の波濤に飲み込まれて見えなくなった。バティの奥歯がギシリと鳴り、豹のごとく身を縮めて跳躍から観客席の背もたれをかの義経公もかくやと飛び渡りステージ上の少年へと肉薄する!

「オオッ!」

振り下ろされた二刀の流れが交差を描くよりもなお早く、刃は少年の平手によって停止。酷薄な笑みを浮かべる少年の眼と視線が衝突する。

「彼女を開放しろよっ!」
「聞いてなかったのかい?あの子の身体は代えが効くそうじゃないか」
「そういう、問題じゃない……っ!」

ギシリと噛み合ったまま押しきれないと見るや、周囲を暗色の檻に包まれるよりも早くステージから、二刀を少年に受け取らせたままに飛び退き迷わず拳銃を連射する!額、心臓、腹部を過たず打ち砕く9ミリ弾!しかし先程と同様、爆ぜた少年の身体は巻き戻し映像それそのものにまたたく間に修復され、元通りとなる。

「クソッ!」
「落ち着けバティ!表に出ているのはただの囮だ!」

イシカワの言葉に、周囲を見回すも少年の隠匿は完璧な様に見えた。ステージから見渡した観客席は今や暗色の皮膜に包まれ、波打つばかりでそこにはいかなる知性体も存在しないかのように見えたのだが。

次の瞬間、日光を遮ってイベントホールを巨大な影が覆った。続いて、落下した影が突き出した黒橙の刀身が観客席の左舷を焼き貫き、一瞬にして融解させる!薙がれ、焼き払われた一角から人型の影が飛び退き、乱入者、バティ、イシカワを頂点とした三角形の中央へと移った!

「待たせたな」
「レイヴン!」
「凶鳥……!一体どうやって僕の居場所を……!」
「伏せ札だ。説明する気はないね」

黒衣の男が携えた黒橙の太刀を握りしめたかと思えば、瞬間に砲弾めいて少年に肉薄する!莫大な熱量を持った煉獄の刀身が空気を灼き斬る!

だが、恐るべき地獄の一刀が達するよりも早く少年の身は暗色に沈み込み、不利となった戦場より離脱した。続いて暗色の波濤もまた、潮が引くようにイベントホールから衰退していく。

「引き際だけは超一流の鮮やかさだ、全く面倒な奴め」

燃え盛る太刀は一瞬にして凝固し冷却した鉄の棒に変わり、黒衣の男が刀を収めるように手のひらに押し付けると魔法めいて姿を消した。

「……ちくしょう」

今までの騒ぎが嘘だったかの様に、辺りには元通りと思われるイベントホールが残った。もっとも、凶鳥が着弾したポイントはまるで隕石にでもえぐられたかのようにクレーターが丸くくぼんで、融解した建築構造が一連の騒動が夢ではなかった事を物語っている。

やり場の無い怒りを握りしめた拳に込めるバティとは対照的に、レイヴンはスマホを通じて現状確認を行っていた。フロイラインは間髪いれず、レイヴンの通信に応答した。

「俺だ。ひどい有様だな」
「ええ、本当に……正確にはカウント出来ていませんが、およそ来場者の7割が今の騒乱で誘拐されたと推測されています」
「一斉に不意打ちされて、ドン!じゃ逃げられるやつなんて限られてるからな。しかし7割か。設備の方の被害は?」
「あのスライム体には物質への侵襲性は無いため、発生した敵生体との戦闘に寄るものがほとんどです。すぐに稼働・修復出来る範囲ですね」
「物品にさしたる被害がなかったのは幸いだが、そうはいったところで人がさらわれてしまった以上は意味がない。次のアクションに移る」
「お気をつけて。こちらも可能な支援を行います」

流れるようなやり取りの後、通信を切ろうとしたレイヴンにバティが声を掛けた。正確にはフロイラインにだが。

「フロイライン、教えてくれ。アイドルは今どんな状況?バックアップはあるって……」
「順番にご説明いたします。まず、バックアップは彼女の躯体が捕獲されるまで、シームレスに差分を取得していました。ですが現在、物理躯体に格納された論理情報の状態が確認出来ないため、バックアップのレストアが出来ない状態です」
「え、え?バックアップなんでしょ?なんで……」
「私達AIの人格は、存在重複による論理破損を防ぐために、同時に一個体しか稼働出来ないんです。躯体内の人格が健在な状態でバックアップを使用した場合、彼女の人格は世界に二つある状態となり、インターネット通信を経由して論理重複が発生、彼女の人格が論理破損を生じて元に戻らなくなる可能性があります」
「向こうに通信して、オフラインにしてもらうとかは……」
「手順としては選択肢となりますが、現在通信不能の状態です。残念ですが、せめて物理躯体の状態を確認するまではバックアップの使用も避けたいと考えています」
「なんてこった……」

目に見えて落胆するバティを前に、フロイラインからフォローが入った。

「あまり熱心にサポートする子ではないのですが、それでも彼女も私達の姉妹です。可能な限り復旧を試みますのでどうかお気になさらずに……」
「気にするよ。気にさせて」
「わかりました。彼女については進展があり次第あなたにもお伝えします」

スマホの盤面越しに、フロイラインが会釈したのを最後に通信が切れる。肩を落としたバティは、誰にと言うわけでもなく、こぼした。

「何で皆、オレのことを構うんだろう」

バティの言葉に、レイヴンは怪訝な顔で眉根を寄せる。

「そんなに不思議な事か?」
「へ?周囲からするとそうでもないの?」
「そりゃあそうだろう、年がら年中あんだけ云云悩んでいたら、見ている周囲の人間はそれなりに気にかけるってもんだ」

彼の言葉に、バティは眼を丸くして前かがみに額を抑える。

「マジ?」
「大マジにマジ」
「マジか……そうかぁ……」

何処か間の抜けたやり取りに、黙って見守っていたイシカワはこらえきれずに吹き出してしまった。その音に振り向いては、バティは再度頭を抱える。そのままうずくまって悶絶。

「オレの事なんて、誰も見ていないと思っていたよ」
「人間は集団で生きる生物だ。生きることがうまく行っていない個体がいたら、それとなく気にかけるのが本能なんだろう」
「あー、それ心に留めとく。あーはずかしー!」

ひとしきりうずくまって悶絶した後、限界まで縮められたバネが跳ねるようにバティは立ち上がった。

「で、どうするんだ。まだやるか?」
「もし、さ……やめるって言ったら、レイヴンはどうする?」

バティの疑問に、レイヴンはじっくり一分眼を閉じた後に、淡々と答えた。

「どうもしない。続けるもやめるも、お前の人生だしな。俺がアレコレ強要するのはおせっかいの度が過ぎるというものだ。なにより……」
「なにより?」

その時の彼の顔は、多くの感情が入り混じった果てに訪れた、混濁の果ての凪を思わせた。

「疲れたら、休んでもいいし、止めたくなったら止めても良い。自分の人生において自分の自由意志こそ、もっとも尊重されるべきだ。俺はそう考える」
「そっか、そうだよな。自分の事くらい、自分で考えて決めるよ。でも」

静謐な凪めいた表情のレイヴンと対象的に、バティはその眼に炎をともして答える。

「やる、まだやる。自分が行き詰まったとかでやめるならともかく、ブルシットな横槍で無理矢理止めさせられるのは絶対にゴメンだ」
「良い返事だ」

バティの言葉に、レイヴンは再び不敵な笑みを戻すとホルスターに収まっていたあの光刃の柄を投げはなった。宙に投げられたバトンめいて回転するそれは、元からそうであったかの様にバティの手に収まった。

「やるよ」
「エッイイの?」
「俺は他にも色々あるからな」

試しに握り込むと、柄の先からはすんなりと光刃が生えた。レイヴンのそれとは異なり紅く湾曲した、カタナめいた刀身だ。その刃は焔めいて煌めき、イベントホールの冷めたホワイトを赤く照らし出す。

「結構、まだまだやる気はあるみたいだな」
「ええーこれそういう奴だったの?」
「そういう奴だ」
「だったらアンタの前で試すんじゃなかったよ!」

バティのぼやきに苦笑しつつも、レイヴンは上空に影を作っていた自身の愛機へ、ワイヤーを掴んで飛び戻る。

「ひとまずヤツを追う!そっちは迎撃体制を整えてくれ!」
「わかった!場所がわかったらすぐ教えてくれ!」

イベントホールを覆う巨人の影が行き過ぎると、そこにはつかの間の晴れ間と青空が戻ってきた。

「しかし、次、次か……」
「これで野郎が諦めると思うか?」
「無いね、それはない。アイツの行動方針は明確だし」

バティは手にしたスマホに一連の騒動についてタイムライン化すると、その様をイシカワに示してみせた。

「アイツの行動は基本に忠実で、こっちの裏をかきつつ慎重に自分の勢力を拡大するように行動してる。RPGで経験値溜めてレベルあげるみてーに、ちょっとずつ犠牲者を増やして、次の行動が出来る段階になってからより多くの餌を補充してるって寸法さ」
「っつーことは野郎の狙いはやはり」
「関東一帯くらいは更地にしねーと気がすまないんじゃないかな。むしろそれも通過点だと思う」
「マジでイルってやがるな」

顔をしかめたイシカワに、バティはキマった眼で次の行動を告げた。

「時間がない、オレの見立てじゃ次にアイツが起こすアクションは、東京一帯住民を取り込んで東京都そのモノを馬鹿でっかい化け物にするつもりだ」
「オゥ、シット。中には一般市民がゴマンと詰め込まれてるって訳だ」
「そう、その通り」
「で、バティはどうすんだ?」
「決まってる、付け焼き刃でもこっちの戦力を強化しないと……でも今更土壇場でソウルアバターをいじったところで、どこまで強化出来るか」
「俺にドープでクールなアイデアがある、耳を貸しな」

背を伸ばしてイシカワに側頭部を寄せたバティは、吹き込まれたアイデアに眼を丸くして問い返す。

「マジで言ってんのそれ!?」
「大マジにマジだ。それともやっこさんに白旗でもあげっか?」
「ああもうやるよやってやる!あの勘違い野郎の横っ面ぶっ叩けるなら何だってやるさ!」
「決まったな。そうと決まればチューニングだ」
「ホントならもっと落ち着いた状況でやりたかったなぁ!」

ぶーたれつつも、二人は自らのノートパソコンの有りかに向かって駆け出す!

―――――

蒼天の元、天まで届かんばかりにそびえ立つ東京屈指の高層塔。神話のバベルめいた銀の長塔の切っ先より上空に、黒甲冑の巨人がその機影を地上に映していた。その背には翼めいた光を噴射する推進機が一対負われ、腰には無骨の一言に尽きる大太刀をさしている。

レイヴンの乗機、イクサ・プロウラは暗色肉塊に仕込んだ複数の発信をたどり、この場へと巡り合わせたのだ。

「最善を尽くしても、いつだって間に合わない物は、ある」

視認するより先に、イクサのコクピット内のモニターがこの場一帯の異常を真っ赤に染まり伝える。

瞬間、銀の長塔の根本よりあの暗色肉塊がすさまじい勢いで塔を駆け上がったかと思えば、まるで傘をひらくがごとくアーチ状の覆いを周辺一帯へと掲げた。そのまま見る見る暗黒塊はその質量を増して都市を飲み込んでいき、長塔一帯を暗黒超越怪異へと作り変えた。

塔を覆った肉塊は膨れ上がると、まるで貴婦人のドレスの様に姿を変えて、塔先端からは奇妙に節くれだった魔の女神がけたたましい笑い声をあげていく。

「それでも、現実に捨てゲーって物は無いからな。やってやるとも」

銀の長塔を骨組みとして顕現した暗黒貴婦人、その身からは蜘蛛の網めいて無数の糸組を撃ち出しネットワークを形成。メロンの網目にも似た図形を描きながらより巨大なドームを作り出せば、そのまま地上へと向かって糸を張り巡らせ領域を拡大。まるで多頭釣りのごとく人間が糸に絡め取られ取り込まれていく。加速度的に魔の領域が広がっていった。

イクサ・プロウラは自らにもまた迫る蜘蛛の黒糸を斬りさばいては、身をそらし暗黒貴婦人の本体中枢へと空をきって踏み込む!背から瞬く蒼光!その巨大さのあまり鈍重な貴婦人の懐に一瞬で飛び込んだ!しかして、腰だめにかまえていた大太刀は貴婦人に食い込む寸前でピタリと止まった。

「コイツ……!」

ニューロン接続とモニタを通して、レイヴンの眼には暗黒貴婦人のドレス上に星空の様に光芒がまたたいている事が視認されていた。もちろんオシャレなどではない、一つひとつの輝きが生命反応……すなわち取り込まれた一般人である。太刀が止まったタイミングで四方八方から取り込まんと黒糸を伸ばす貴婦人に対し、魔術めいて刀の切っ先を閃かせて打ち払う!そのままバク宙後退!

「オホホホホホホ……ヒーローは苦労するでオジャルな?」
「そんなカッコいい生き物じゃないぞ、俺はな」

頭部を模した箇所を三日月の様に開き笑う暗黒貴婦人に対し、油断なく大太刀を青眼に構え見返す。もはや辺りは完全に暗黒の帳に覆われた匣も同然であり、その中にあってイクサの推進機だけが星めいて輝いていた。

「お前はあのウラナリ坊やではないな。あの暴走小坊主は……そうだな、東京湾か」
「オッホ、今更したり顔で語っても無意味、無意味。なんじはすでにマロの手中。そしてマロのあるじは宿願をはたさんと行動に移っているでオジャル」
「あのすかした坊やから出てくるキャラか、貴様は」
「オッホホホホ、ペルソナとは素顔とは全く別の側面を持って当然の物。マロは紛れもなくあるじの一側面にオジャレば」

マロ喋りの暗黒貴婦人が指先を内側に曲げると、再び黒騎士に向かって暗黒蜘蛛糸が収束する!しかして、糸の大群は機体に触れるよりも手前で、青く輝くハニカム構造障壁によって消し飛んでいった。その様に暗黒貴婦人は扇子を開き三日月の口の端を隠す。

「実にオロカ。なんじはすでに孤軍であり、マロはあるじを介してこの都市の民草全てを掌握しつつあるのでオジャル。たった一人で数百万もの物量に抗するのはじつにアサハカというもの」
「それで?」
「この期に及んでまだ現実が見えていないようでオジャル。オロカなサムライよ、なんじの負けよの」

暗黒貴婦人マロの言葉に、イクサの背部推進機は極星よりもなお明るく輝いた。イクサ・プロウラの全身には血脈めいた蒼のエネルギーラインがまたたき、頭部のツインアイは走査線を伴って発光する。

「お前はただのスカムだ。お前達がどれだけ哀れな連中を直列電池にしようが、その全てを斬り伏せて俺が……」

そこまで言った後、言葉をきって男は言い直した。

「俺たちが、勝つ」

―――――

一方、騒乱の後でゴッチャゴチャに散らかったバー・メキシコにたどり着いたバティとイシカワは形状を留めていたテーブルと椅子を立て直して、その上で自前のパソコンを立ち上げる。

「電源とLANは生きてる?」
「問題ない、良い設計だぜ、ここはよ」
「助かった。落ちてたらヤバかったよ」

そのまま、何とか起動したパソコンを高速タイピング、残像フリック、多次元マウス操作を駆使して高速操作を行う。起動したアプリケーションはもちろんソウルアバターのチューニング専用アプリだ。スマホでも出来なくはないが、作業効率ではやはりパソコンに劣ってしまう。

「サンプルデータのダウンロードは?」
「待て、俺の筐体にダウンロード済だ。今連携する」
「オッケー、アプリケーション自体連結して情報共有を」
「良いぞ、そっちからアクセスしてくれ」

操作する手が霞む勢いで作業をすすめる二人と、その恐るべき操作速度に負けない演算速度を持ったパソコンは、見る見るうちに二人の機体の新たな姿を作り上げて行く。その一方でバー内にてくたびれていた一同からどよめきの声があがった。予想された事態に、作業への集中を逸らさずチューンナップを続行!

『生存者の皆様御覧ください!この悪夢としか言えない光景を……東京は、日本はもうオシマイです!』

レトロスペクティブなヘリ滞空による上空からの撮影映像が、バー壁面に残存した大型モニターに映し出された。

かつては暗黒違法残業によって地上の星空を形成していた東京の町並みは、太陽の陽を吸い込む暗黒肉塊に覆われた邪悪なる海と化した。道路から林立する高層ビル群も残らず暗黒スライム体に取り憑かれ、わずかに露出した箇所は無数の異形達が逃げ惑う人々を捕らえ自らの内へと取り込んでいく。そして露出部分もまた、まるごと暗黒に飲み込まれた。

取材ヘリの真横を横切って、都市迷彩グレーを施された自衛隊の正式採用人型兵器群が東京を覆う邪悪存在に肉薄するが、右手に掲げた重機関銃の引き金を引く寸前でそのままターンバックを行う!

『アッ!ちょっと自衛隊なんでしょ!戦ってくださいヨ!』
『ウルセーバーカ!あのファッキンスカムスライムの中は市民の生命反応だらけだっつーの!一時撤退だ!市民は撃てん!』
『そ、そんな……アーッ!』

ビル屋上から邪悪なる樹木めいて恐るべき速度で伸び上がったスカムスライムが、取材ヘリに取り付かんと襲いかかる!悲鳴をあげるリポーター!だが取り付く寸前に先程罵倒を返した自衛隊機が対地掃射!触手を打ち払い、制御不能になって墜落するヘリをひっつかんだ!

『ア、アリガトウゴザイマス……』
『今度から取材はソウルアバターにすんだな!』
『そ、それは社の方針で認可が降りなくて……』
『だったら退社しな!何事も生きててなんぼだからよ!』

通信が繋がりっぱなしなのか、リアルタイム取材で空自とリポーターのやり取りがバーの中に反響していった。

「おいおいおい、noteから追っ払ったと思ったら今度は東京か!?」
「健在なネットワークと監視カメラで本土の様子を出します」

白覆面の1つ目アイコンに怒りを浮かばせるマッスル、ヘル・マーに対し執事服のスカルが冷静を保ったままに答え、テレビ番組を映していたモニターに現地の状況を映し出す!

「ワオ……コイツは随分と悪趣味じゃの」

映し出された映像は、先程の空撮ヘリの延長的内容で、急速に暗黒スカムスライムの波に飲み込まれていく東京の姿だった。監視カメラの眼の前で、逃げ惑うも黒波に取り囲まれた市民がなす術なく取り込まれていった。

眼を覆うばかりの惨状の中から、監視カメラが一つの兆候を捉える。それは地殻変動めいて雄々しく隆起したかと思えば、筋骨隆々たる暗黒の雄牛へと姿を変えた。サイズは東京の低層ビル群を大きく上回る。

監視カメラが暗黒闘牛の頭部に視点を移すと、そこには他の暗黒存在とは一閃を画す存在がいた。純白のシュルコーと呼ばれる、鎧装に羽織る陣羽織を模した意匠の巨人騎士に、その手には黒塗りの両刃剣と分厚く縁取られた盾が握られていた。

純白の騎士機は黒塗りに変わりつつ世界を睥睨し、そして東京湾の果てに浮かぶ人工のメガフロート都市へと視線を向けた。そのまま、騎士の座す暗黒雄牛は、槍めいた二本の角を天に掲げて咆哮するとゆっくりと前進し、それに伴って地を覆う暗黒スカムスライム群に加えて、無数の怪異魑魅魍魎共も津波の様に押し寄せてくる。

それはまるで、黙示録の四騎士を彷彿とさせる最悪の光景だった。

「自衛隊の連中は?」
「無事な市民を救護するのに手一杯の様です。元々国民の自己防衛奨励に伴って、災害救助用の要員が主体でしたからね」
「そのためのソウルアバターだもんよ、もっとも本気で自衛の為に導入してる奴なんて元々、ごくごくわずかだったんだがな」

今もパソコンにかじりつき急ピッチで機体の改修を進める二人をみやった一同は、彼らの状況を察すると迷う事なく気勢をあげて迎撃行動に移る!

「行くよアンタ達!あんなモヤシ野郎にいい気にさせてたまるかってね!」
「おうとも!」
「やってやるぜ!」

―――――

スカムスライムの津波の先頭、海を侵食する巨獣の頭部にて、ノート・アイドルは再起動と共に自我認識を復旧させた。

自身の身体は、聖人めいて十字架にすまきにされ、思いっきり身体を揺さぶった所でびくともしない。

「……ホント、何処までも悪趣味」

視界の先には東京湾にぽつんと浮かぶ人工島が定められ、視線を逸らすことも出来ない。何が起きるか見届けさせたいのは明白であった。

「こんな事がアナタのしたかった事なの?」
「今は、そうだ。少なくとも、今は」
「ウソつき」

ノアの前方右側で同様に人工島を見定めていた主犯の少年は、感情の色が伴わない言葉で答える。

「今はこれが僕のやりたいことなんだ」
「バーカ!大馬鹿!そういうの後先考えない若気の至りって言うのよーっ!!」
「なんとでも言え」

暗色の津波はその戦端から見る間に無数の百鬼夜行へと姿を変じ、押し寄せる程に人工の浮島を取り囲まんと隆起していく。

「メガフロートを取り込み、関東を食い尽くしたら次は日本全体、次は世界だ。誰一人も逃さない」
「こ、の、スコトンチキーッ!」

身動き一つ取れないかと思いきや、ノアは不意に拘束台をゴムめいて歪めると、反動でもって少年の後頭部に頭突きを見舞った!あまりの勢いに前方にすっ転んで巨獣頭部に額をも打ち付ける。

「あ……く……め、滅茶苦茶痛い……ぬぐ、君の何処にそんな運動能力が」
「ふふーん、エマージェンシー用のリミッター解除よ。脱出するまでには足りないけど、気分は晴れたからまあ良いわ。どっちみち助けは来るしね」
「む……」

少年は指先を鳴らすと、ノアの拘束はその質量を増して強固に彼女の身体をがんじがらめにしてしまう。

「君の眼の前で何もかも終わらせてやる」
「その根気、もっと別の使い方をすればよかったのに!」
「もう遅いんだ」
「遅くない!」

すでに無視を決め込もうとする少年に対し、ノアは言葉をかけ続けた。

「どんなに人を取り込んで食い物にしたって、本気で頑張る人の輝きには届かないのよ!」
「そんなこと、わかってる」

少女の訴えにも耳を貸さず、少年は掲げた腕を振り下ろした。戦端をなす怪異達が一斉に侵攻を加速させる!

―――――

「おうおう、ヤベー奴等がぎょうさんやってきとるわい」

一方、メガフロート岸部の林立するビル屋上では、今にも迫りくる脅威を迎え撃たんとパルプスリンガー有志連合が仁王立ちしていた。

真正面からの激突を担当するのは、古めかしい医師コートのジョン・Q、1つ目アイコン覆面に筋骨隆々としたヘル・マー、ゆるカジュアルファッションのモモノ、建築作業員姿のディッグの四名だ。

「他のメンバーも配置についたみたい」
「オッケー、じゃあ僕達もはじめようか」
「おうとも!」

四人は手にしたスマホを思い思いのポーズで掲げると、一糸乱れぬタイミングで宣言する!

『ソウルアバター・マテリアライゼーション!』

波立つ東京湾の上空で、ホタルめいた光の粒子が虚空より励起すると、みる間に巨大な人型をなして空中へと顕現していく!

最初の機体は巨大な両手斧を掲げウォークライを叫ぶバーバリアン機体、アステリオス!
ニ機めはメタリックブルーの分厚い装甲に身を覆った、モノアイ頭部のプロレスラー機、バロール!
続いて翼竜意匠の盾と首長竜意匠の銃槍を掲げた黒銀の戦隊ロボ、アークデウス!
最後は無数のドローンが組み合わさって人型をなし、両手とバックパック両肩にそれぞれ重火器をマウントした姿のレギルング・リッター!

「行こう!皆!」
『おう!』

「ジョン!最前列の生命反応は⁉」
「無し!ガランドウの空っぽよ!」
「だったら一発派手に行くぜ!」

ヘル・マーの駆る筋肉要塞以外の何物でもない人型兵器、バロールが四機の中から先んじて踏み込む!メガフロート沿岸へ大波を立てて仁王立ちになれば、頭部の大型モノアイが目一杯に見開かれて、次の瞬間大海原を赤く照らす!

「おらっしゃああああああああ!」

その名に相応しい神話に語られし魔王の炯眼そのものの輝きは、巨大な帯となって異形の軍団、その最前列を薙ぎ払う!途方も無い熱量の撫で斬りによって、暗色怪異共は融鉄の橙に染まり熱量爆発!跡形もなく消し飛んだ空間を、さらなる怪物共が雪崩うって増産される!

「ワオ、ちっとも減った気がしないんだけど!」
「レイヴンの連携した情報によれば、こいつらは取り込んだ被害者から精神力を搾り取って出力してるって。量産兵器としての試験ケースもあったけど、これは完全に一個人でやってるのか……」
「ハッ、しゃらくせえ」

先んじたバロールは勢いを殺す事なく化け物共の津波の中に飛び込む!ドーム状になるほど、怪異の群れが殺到するが瞬間に噴火めいて敵生体は上空はるか彼方まで打ち上げられた!海面に超上空から叩きつけられ、爆発四散!

「要するに、からっけつになるまですり潰せば済むって話だ」
「下手したら一千万以上の人口なんじゃが?」
「アアン?まさか、ンな程度でやれねぇとか言わねぇよなジョン=サンよ?」
「カッカ!まーっさか!ワシラを殺るには桁が一つ足りんなぁ!」

売り言葉に買い言葉、ヘル・マーの煽りに乗っかったジョン・Qは自機であるアステリオスに威圧的巨大両刃両手斧を上方旋回させると、飛び込みざまに一山いくらで補充される多眼ナメクジ怪獣を!黒毛玉コウモリ巨塊を!冒涜泥土人形を嵐のごとく切り裂き粉砕する!

突出した二機を挟み込む様に回り込んでくる暗黒軍勢の戦端を、追随する二機、アークデウスとレギルング・リッターがそれぞれに立ちはだかり妨害!

「おっとそうやすやすとは!」
「やらせないね!」

右舷、アークデウスの突き出す銃槍が衝撃波を伴って細脚の影蜘蛛をど真ん中から穿けば、続いて槍の戦端より吹き出した砲撃が後方の多頭ミミズ竜まで撃ち貫く!崩れ落ちる残骸を振り払うと、胸部の意匠を帯電させておびただしい雷撃を放射!文字通り雷電の速度で怪物共を炭へと変えていく!

左舷はまるで一体の怪物の腕にでもなったかの様に絡み合って襲い来る怪物の圧縮群体を前にして、超合金の騎士が両腕両肩に構えた重火器群が迎え撃つ!そのラインナップは右腕に重機関銃、左腕に大火力バズーカ、右背に大口径グレネードランチャー、そして左背と両肩には多弾頭マイクロホーミングミサイルポッドの取り合わせだ!

レギルング・リッターの放つ惜しみない殺戮火線が集約怪物腕に余すことなく突き刺されば、天も焼けよとばかりの大炎上が吹き上がった!

「どーよ、ちったか堪えたか⁉」

ソウルアバター四機による高火力砲火の連続攻撃は、一旦は押し寄せる汚濁の侵食を押し留めたかのように見えた。だが、一瞬怯んだ後にスカムの大波は世界を飲み込まんばかりに立ち上がり、見る間に波は怪異百鬼夜行の彫像に変じて敵対者を取り込まんとする城壁に変わる!その高さは各ソウルアバターの人間の十倍以上からなる全長を遥かに凌駕するほどだ!

「……ワオ、流石に自信満々で攻めてくるだけあるよね?」
「衛星からの様子じゃ、もう東京は全滅、侵食範囲は関東一都六県にまでおよびはじめている」
「なあんってこった!怪獣だってもっと自重するじゃろ!総辞職砲くらいで!」
「気ままに活動している怪獣より、人間の方が吹っ切れるとおっかねえもんさ」

デモンズウォールと化した最前列より、次々に怪物共が押し寄せる。暗色透明のイカ頭部人間、多連装触手モンスター、卓椅子複合四脚防盾、ハニワサボテンなどなど、禁忌の怪物達が人間などひともみにすりつぶせるボリュームと物量で輪になって背を預け合うパルプスリンガー達へと迫った!

「うわったあ!」

このままで取り囲まれ一斉砲火の後爆発四散もありえると判断した各機はそれぞれの手段で防御を試みる!暗色イカ魔人の黒色雷光が迫れば、アークデウスは左手に掲げたプテラノドンシールドでもって空へそらし、胸部からの銀雷でもって相殺!絡み合った黒と銀の稲光が海水を一瞬で蒸発させ水蒸気爆発を引き起こす!

東京湾を白く覆う霧を切り裂いて、ガトリング砲めいた連装触手束で五肢をかたどったモンスターがバロールの圧倒的装甲へと掴みかかった!そのままギチギチとメタリックブルーの単眼巨人の筋肉意匠装甲をしめあげていく!

「ヘル・マー!」
「へっ、この程度どうってことねえな!いくぞ相棒!」
「アイ、アイ、いつでもいけます」

ディッグの呼びかけに対し、不敵な返事を返すプロレスラー!メタリック装甲をパンプアップさせて絡みつく触手から自由を取り戻すと、押し込められたバネの様にしゃがみこんでからの蹴撃で天高く多連装触手モンスターをうちあげる!

「トライアード!ドラゴン!クラアアアアッッシュ!」

スペースシャトルもかくやの勢いで飛び上がったバロールは、モンスターを瞬時に追い抜かすと空中回転からの回転蹴りで海上へと叩き落とす!パチンコめいてなすすべなく弾かれるモンスター!だが奴よりも疾くバロールが海上へと追い抜き落下する敵を待ち受ける!

「フィニイイイイッシュ!」

三発目の竜の蹴りが触手モンスターのど真ん中をぶち抜けば、自慢の柔軟性も役に立たず極限まで引き伸ばされた綿素材めいて散り散りに四散した!コクピットの中でヘル・マーの後方シートに収まったちまい金髪エルフめいた見た目の戦術制御補助アンドロイドが淡々と現況を報告。

「機体負荷、1%未満。予想戦闘継続時間168時間と15分40秒です」
「当然よ、だがペース配分には気をつけていこうぜ」
「そちらは任せてください」

視点を移せば、タワーめいた威容を示す増長ハニワサボテンが棘まみれの体をくねらせ手足を振り回しながらジョン・Qの機体、両手斧を掲げるアステリオスに迫る!

「なんとぉーっ!?」

深山竹林の魔竹もかくやの勢いでロケットホーミングを行う魔のハニワサボテンの頭突きを間一髪で外すと、アステリオスのカメラアイにハニワサボテンの虚ろな双眸がかち合った!その奥底には何も見当たらない!虚無の深淵に怖気を感じながらも手にした獲物でサボテンの機動をそらす!

「全く、もうちょっとまともな見た目で出てくる気は無いのかこやつらは!」

海面に白波ともない、両手斧を高速回転ヌンチャクムーブめいて威嚇しながら、波打つハニワサボテンに仕掛けるタイミングを図る。半ばお笑いに足を突っ込んだ奇妙な風体だが、だからこそ何をしてくるのかがつかめない。相手の出方が読めないのは、後手に回らざるをえず非常に危険だ。

「ッ!全員防御じゃ!」

ジョンの一喝に分散してそれぞれ敵に当たっていた各機は迷わず防御態勢を取る。バロールは捕まえた多脚ロブスター戦車をハサミロックからの盾に、アークデウスは左腕の盾を高く掲げ電撃のフィールドを、レギルングリッターは随行ドローンを旋回して粒子製の球状防御場を展開する!

「サボッサボボボサッ!」

天高く冒涜の塔そのものにそびえ立ったサボテンは、奇怪な鳴き声を挙げて蠕動し全身に張り巡らされたサボテンの棘を敵味方の区別なく掃射!対空殺戮ファランクスめいた棘の弾幕がその場にいる全員に迫る!

「ぬぅうううううっ!」

掲げた両手斧をブタさん食肉加工旋風刃のごとく振るい、迫りくる鳴棘を叩き折りながら、アステリオスは殺戮の棘を撒き散らすハニワサボテンの土台へと迫る!100メートル、50メートル、0!

「大木でないのがちと残念だが、まあよかろうて!せえりゃあ!」

防御盾よりなお強固な旋風大斧が前方から頭上にかかげられると、眼前のハニワサボテン巨塔をズッキーニ調理加工同然にスライスしていく!水分の多いサボテン肉がなんら抗することなく寸断!そのままバランスを崩すサボテン塔をかけあがりながら切り裂くアステリオス!

「せりゃせりゃせりゃせりゃせりゃーっ!」

天頂、そこにたどり着くまでに再びハニワサボテンの双眸とかち合う。既に斬撃が刻まれ、真円の虚無は半月状になっていた。そしてまたたくまにその全身を飛び越え高空に達する!

「ウッド・クラック・ダーイナミック!」

バランスパーティゲームのようにふらついていたハニワサボテンの頭頂へ、増大した斧刃が食い込んだ!そのままギロチンよりも苛烈にサボテンスライスがくし切りに両断!四方八方へ四散し蒸発していく!

「都民一千万の総力にしちゃ随分物足りんのう!」

あまりの斬速にサボテンの残滓すらない斧を回転残心から正面に構え、次に迫る十匹二十ニ脚五十頭部狼を迎え撃つ!

五十頭部狼の首が一薙のもと半減する!宙を舞う狼首の中をレギルングリッターが飛ぶ!超合金の騎士が狙うのは未だ健在の卓椅子複合四脚防盾兵器だ!

卓椅子四脚は上半身の家具積み上げボディを展開するなり、無数の対空機銃針山と化す!ハイセンス家具防盾対空砲火が暗雲立ち込める東京湾に橙火の切り取り線を描いていく!銃弾の槍衾を切り裂き滑空するレギルングリッター!

「相手は友軍被弾お構いなしだから厄介だねっと!」

両手を大口径榴弾砲に持ち替えた合金騎士は、対空砲火の間を縫って火薬をこれでもかとマックス盛りにした二撃同時砕射!暗黒塊に仁王立ちとなって障害となる卓椅子四脚防盾が球状爆風に飲み込まれる!続いてバックパック左右にマウントされたミサイルポッドよりスズメバチめいたマイクロミサイルの襲来!マクロ線香花火が大火球に華を添える!しかし……!

「おっと、れっきとした『盾』なんだ、アレで」

空に散った爆炎のうちより、卓椅子の平面を前面に積み立てた四脚兵器がその健在なる姿を表した。自律稼働を行うスマート家具の次なる一手は、破損が進んだ卓椅子群体を一本の鞭のように連結!敵対者を睥睨する合金騎士めがけ振り上げた!

「ユニット・パージ!」

ディッグの号令と共に、レギルングリッターは複数のドローンパーツへと瞬時に分離散開!既に虚空となった一点を卓椅子連結鞭が空振る!続いて行われるスマート家具対空砲火!上下左右自在に疾駆するドローン達にはかすり傷一つ負わせることが出来ない!

ドローン郡はそれぞれ積載されたガトリング砲、レールガン、汚物消毒火炎放射器、完全無公害を謳う重金属粒子砲、暗黒プラズマ砲、仏陀御用達ハイレーザーキャノンといったバラエティ豊かな大破壊武装郡を掲げれば、卓椅子スマート家具防盾兵器相手にそれぞれの火器を叩き込んでいく!七色ゲーミング光めいた火線に、スマート家具四脚が歪んだ!

「ユニット・アセンブル!アイハブ・コントロール!」

過大な損傷を負ったスマート家具兵器上空で、レギルングリッターが再びドローン群体から人型兵器の様相を取り戻した!しかしバックパックには五枚枚合わせて円を描くイチョウ葉状パーツが構築されている!合金騎士の周囲を蛍光粒子が収束し、地上の太陽のごとく烈光を放った!

「アクアビット・アッシャーッ!!!」

一際苛烈なる圧縮粒子砲の光弾は、椅子盾スマート四脚兵器の中枢を貫き、背後の押し寄せる暗黒塊の大波ど真ん中へと着弾!開放された圧縮粒子の渦がドーム形状爆散を起こし、暗黒塊最前線を大きく削り取っていく!巻き添えになって消失していくモブ異形百鬼夜行!

しかし、大きくえぐれた箇所を補うように盛り上がった暗黒塊は、再び魑魅魍魎マーチを再開し抗う四機のソウルアバターへと押し迫った!

「敵戦力減衰わずかに5%……都民一千万分の総力はちょっとばっかり伊達じゃないって感じだ」

―――――

一方。戦える者は出撃し、非戦闘員はおおよそ退避したバー・メキシコでバティとイシカワの二人だけがいまだPCと向き合い、自らの愛機へチューニングを施していた。

ソウルアバターの調整は電子データ上で簡易に行える。とはいえ、AIによるアシストを含めても本来であれば実運転による試験は必要だ。だが、

「ここはもうぶっつけ本番でやるっきゃないよね……」

一人ごちるバティの視界の端に、メガフロート周辺野の中継装置と化したモニターが映る。そこでは、すでに出払ったパルプスリンガー達が、押し寄せる邪悪暗黒存在の軍勢をカカシの群れめいて打ち払い叩き潰していた。

しかして、敵の物量は圧倒的なまでの質量を伴って徐々にメガフロート周辺海域を取り囲み、既に人工島は孤立無援の包囲網の真っ只中に取り残された状態となっていた。

「アイツラ総出でこの状況とはな、中々厄介なやつだ」
「どんなに強くたって、物量はシンプルな脅威だよっと……こっちも出来た」

モニタ上で、バティが構築したソウルアバターの稼働チェックがオールグリーンに変わった。これで想定上は問題なく動くはずだが、自分が十全に使いこなせるかはまた別だった。PCに有線接続されたスマホを取り払い、立ち上がる。

「征くか」
「ああ。彼女が待ってる。他のは皆が何とかしちゃうだろうけど、コレばかりはね」

バー・メキシコ、最後のパルプスリンガー二人が退店した。

―――――

「キョホホホホ!愚か!実に愚かでオジャル!」

暗黒伽藍の堂と化した東京高層塔周辺では、未だ驚異の暗黒十二単七節巨魁と化した存在と光翼伴う黒騎士・イクサプロウラの丁々発止の苦闘が続いていた。

巨魁のまとう衣めいた物質には、未だ星めいて取り込まれた人命の瞬きが満点の星空のごとく輝いている。イクサがその武装をためらうことなくふるえば、その灯りは精霊流しのろうそくよりもたやすく消し飛び真の暗黒へと変わるだろう。もとより東京を更地にするのには十分すぎる火力を搭載していた。

だが、今だレイヴンはその武装の一切を封印し、携えた大太刀一振りを頼りに暗黒麻呂巨魁の攻撃をしのぎ続けている。機体には今だ一片のかすり傷さえない。

「人質惜しさに防戦一方!何処まで凌げるものか見ものでオジャルな!」

周囲を取り囲む暗黒の檻より、鞭めいた刺突触手が雨後の竹の子のごとく降り注ぐ!恐るべき密度の一斉攻撃を空中パルクール機動でもって回避すると同時に暗黒麻呂に肉薄するイクサ!

「な……!ムンッ」

暗黒巨魁の口だけのっぺらぼう頭部が、丸く空洞を拓き消し飛んだ。大太刀による刺突の一撃によるものだ。

「ヌ、ヌウウウウウ!?」

思わぬ一撃に、麻呂はあわてふためき頭部を再生すると共に、先程までは頭部に存在しなかった人質を寄せ集める!だがその分今度は胴部が手薄になり、星のない夜の帳へと変わった!

「疾っ!」

裂帛の気合と共に、がら空きになった胴が深く切り裂かれる!吹き出す暗黒体液!今度は命星は全身へと散開す!

「キッ、キサマ人質を避けて……ッ!」
「何か勘違いしているようだから教えておいてやるが」

脈打つ麻呂に突きつけられる切っ先……!

「人質がいなくなれば終わるのはお前の方だ。精々必死に守るが良い」
「コッコシャクな……!言わせておけば!」

―――――

「遅い……」

メガフロートを眼前にして、首謀者たる少年は歯がみする。
かの地を拠点とするパルプスリンガー達が抵抗するのは計算のうちに入っている。東京都民だけでは足らずとも、関東一都六県まで飲み込みきればこちらの物量が勝ると踏んでいた。

複数のソウルアバターの猛攻に大きく目減りした暗黒魑魅魍魎を大増産からの攻勢をかける。だが、都民エナジーは無限ではないし、そもそも強制的に意識を奪い従属した人間から収集出来るエナジーは極わずかだ。だからこそ少年は慎重に犠牲者を増やし、取り込んでいたのだが。

「何が関東圏の掌握を阻んでいる……!?」

東京中心部の掌握こそうまく進んだものの、東西南北、そのすべてが何かによって侵食を阻まれている。その為にリソースの回収が想定よりも遅れているのだ。

「チッ……!」

自動制御化していた暗黒スライムを介して、少年はようやく自らの覇道を阻む障害を見届ける!

西!

「戦車魂見せたらぁーッ!」

侵食を免れた陸上自衛隊の駐留戦車部隊が、それぞれ陣形を組んで砲火を放つ!
最新鋭の戦車型ソウルアバター部隊の放つ鋼鉄の弾丸が押し寄せる暗黒スライムの津波に穴をあけて押し留める!

南!

「陸の奴らにいいとこもってかせねーぞ!全艦!一斉射撃!」
「一斉射撃はじめっ!」

海上自衛隊により編成される戦艦型ソウルアバター部隊による大艦巨砲連撃!
この時代であっても対地制圧力においては戦艦砲撃の打撃力は高い!

北!

「各機!狙いは民間人が含まれてない箇所への集中攻撃だ!」
「了解!攻撃を開始します!」

空中迷彩柄の航空自衛隊所属ソウルアバター部隊が、千葉に侵食する暗黒百鬼夜行に対し猛禽めいた空襲を行う!飛び交う銃火!吹き飛ぶ暗黒スライム塊!

「国有戦力……!アジな真似を!」

民間人を盾に侵食を押し進めるか?その案に少年はNOを下した。向こうがヤケクソになって民間人ごと攻撃し始めれば、ジリ貧になるのは自分の方だ。リソースを奪われる愚は避けなければならない。

そして東……!

暗黒塊に眼を生やした少年は暴威を観た。

暗黒津波が押し寄せるビル樹海ひときわ高いビル屋上に立つのは、パリッとしたワイシャツにグレーのスラックスというカジュアルな格好の初老の男性。

しかし年齢にそぐわず背筋はまっすぐ伸びたその人物の腰には、一振りの刀が佩かれていた。

刹那、その人物の腕が霞む。直後、押し寄せさせていた暗黒津波が『吹き飛ばされた』事を少年は理解する。

再度消失した眼を最前線に再生すれば、津波の戦端は一キロの距離を後退した事を視認。

「何をされた、何を……!」

困惑をたった一個人に押し戻された怒りが上回り、少年は再び東に向かって暗黒津波を高々と突き上げた!

再度押し寄せる暗黒津波を前にして、老紳士の像がにわかにぶれたかと思えば、その影を百に分けて再び居合を構えた!

果たして、それは如何なる道理を持って可能になるのであろうか。
百を越える残像を伴った老剣士は、唐竹割り、胴薙ぎ、袈裟斬り、逆袈裟、突きといった己の影に思い思いに震わせたかと思えば、各々の一撃は人智を超えた刃の大海嘯、大津波となって暗黒塊の壁へと衝突!

東京、千葉の二県を隔てる県境を大きく越えて、国分の壁めいた暗黒塊壁を1キロ、2キロと押し戻していく!いな、それは押し戻しではなかった。まるで空間をえぐり取ったかのごとく、斬撃の嵐が暗黒塊を消滅させていったのだ。

初撃で再び視界を失った少年は、再度現場をたどる眼を大量生成。壁に眼球が多量に湧き出る様は実に悪夢めいた光景だが、少年にとっては生身の人間にこれほどの一方的反抗を受けた事実の方が悪夢であった。

遠隔眼球を通して、老剣士と眼が合う。その人物の表情は死の鉄火場にあってあたかも皐月の草原にたたずんでいるかの様な穏やかさで、死に対する恐怖など微塵も感じられない。それはすなわち、絶対的な力量差をも示していた。

(なんて理不尽だ……!)

アメリカと同様、自衛能力の獲得を奨励される現代日本においても、実際に戦闘力を得ることに腐心するものは非常に少ない。稀に起こるトラブルであっても、じっと逃げて耐える事を選ぶ者の方がずっと多いのだ。それでも。

「クリエイターの中でも、特に厄介な奴等は考慮していた。国有戦力だって第一波で大部分を無力化してる。今残っているのはごくわずかな残存戦力、なのに……!」

想定上では、残った抵抗勢力も順次制圧のち吸収。時間が立てば立つほど抵抗勢力のは追い詰められ、こちらの戦力は増す。勝てるはずだった。

どうする。四方八方に戦力を拡大すればそれだけ受けるダメージも増す。犠牲者を絞って戦力に還元している以上、手持ちの戦力は無限ではない。想定を越えたあまりに理不尽な展開に彼はニューロンを燃やした。視界を自分自身の物に切り替えれば、目的のメガフロートはもう目の前だ。

「クソ……ッ!」

歯噛みしながら、暗黒塊に対し周辺展開の中止を伝達。持てる現在の総力を最大の目的である東京メガフロートにぶつける。その決断を少年は下した。

一方、波が引くように後退していく暗黒巨壁を前にして、老剣士は厳かに刀を納め、どっかりと腰をおろした。脇に置いた革の鞄より、タンブラーと菓子箱を取り出すと中のモンブランをかじりつつコーヒーをあおりはじめる。

「いや、はや。やはり歳は取りたくないものだね」

腰にさした一刀は、使い古された事がよく分かる示現流の拵えの内に錆身を直した刀身をおさめている。

「けれど、後は若い人達がなんとかしてくれるでしょう。頼んだよ」

―――――

「航空監視網より敵暗黒塊に変化!周辺への拡大侵食を取りやめて東京湾に質量を集中してる!」
「つまりアレか、こっちをぶっ潰す気か!」
「そうなる!」
「ハッハ!上等じゃこのスカポンチキめ!」

正面最前線を担当していた四機は、今までとはことなり一段と質量を増した百鬼夜行の群れへと対峙した!

かわって東京メガフロート臨海部ビル屋上。
迫りくるは今や世紀末悪夢的光景となった暗黒侵略百鬼夜行軍。

全周囲に渡って有志戦力が防衛線を張る中、二人の男がビル屋上に仁王立ちす。彼らの上空百メートルほどを流れ弾らしき水色光線が伸びていった。

「準備は良いか?」
「良くないけど、やるさ」

バティとイシカワの利用者はスマホを構え高らかに宣言する!

『ソウルアバター!マテリアライぜーション!』

暗雲立ち込める東京に、黄金正方形がしめやかに回転しながら現出する。
まばゆくかがやく正方形はその正辺で分割されたかと思えば、その内側より忍者が姿を現した。正確に表現するならば、典型的忍者デティールを備えた人型兵器であった。

忍者ソウルアバターの装甲色は玉虫色にゆがんではその色彩を留めることなく変化し続け、そこかしこに手裏剣、クナイかマウント。腰には忍者短刀が奥ゆかしく付き従っていた。

一方、黄金正方形と同時に形成されたのは立体マンジ形状。立体マンジ形状存在が01ノイズをチェーン展開から、爆発的に拡散した内側より姿を見せたのは、特徴的な三等身のずんぐりとした曲面装甲の機体である。

三等身ロボの背にはミサイル懸架された航空翼に加え、右腕には謎めいた手槍が、左腕にはガトリング砲が掲げられていた。そして両肩にはマンジのエンブレム。

二機はともにためらうことなく、戦火渦巻く海へと飛び込んでいった!

幻惑玉虫色の風となって海面を平行走行する忍者の存在に気づいたメタリックマッスルロボは目の前の暗黒力士魔獣を叩き伏せ踏みつけざまにトス体勢!
マッスルの腕を発射台に忍者は高々と暗黒大津波を飛び越えはびこる魑魅魍魎を足場に標的へと向かう!

「ここは任せな!本命は頼んだぜ!」
「お願いします!」

沸き立ち迎撃体勢に生じるは、暗黒プテラノドン、大コウモリ、飛翔柿といった胡乱怪物!

「邪魔ーッ!」

おお、なんたることか。幻惑の忍者はその両腕を霞ませたかと思えば、駆けるままに対空殺戮ファランクス砲めいた手裏剣弾幕を展開!

一発一発が新鋭戦闘機を両断するに足る手裏剣の嵐は雲蚊のごとく殺到する暗黒怪異を撃墜!撃墜!撃墜!その中より被弾にえぐれつつも忍者をはばむ飛翔暗黒柿!

「オオッ!」

再び忍者の腕が手刀の形をとり、霞む!チョップでこれなる巨大キラー柿を破壊しようというのか!?

大質量を武器に迫る暗黒柿は幻惑忍者を捉えることなく行き過ぎたところで、八つに割れ、落下していった。

忍者の奥義、手刀かまいたちである!

「もう沢山だ、こんなバカ騒ぎは…!」

山のごとくそびえ立つ牛にも似た巨獣頭部に忍者は決断的エントリーを決めた!

「ドーモ、鬼哭です」
「……インビンシブル」

白亜の騎士は、黒刃を手に暗黒巨獣の背にて幻惑の忍者を迎え入れた。
両手を合わせた忍者が繰り出す奥ゆかしいソウルアバター・ネームを示す挨拶に対し、鬱屈した口調で応答する少年。

「こんだけやっておいて、まだ足りないってのかよ」
「誰も僕の事を見なかった。だから力づくで僕の存在を見せつける。そう、全てにだ!」
「……そんな事はねーよ」
「なに?」

間合いを保ったまま、両者は対話を綴る。

「オレも他の人は、こっちの事なんか興味ねーって思ってたし、好きにやってたさ。でも違った、良くも悪くも皆オレの事を見守ってくれてたんだ」
「それはお前が!勝者だからだろう!」
「かもしれねー……だけど、だったら他のヤツは無視されてるかっつったらんなことはなかった。ここでは誰だって他の誰かに見守られてる、そういう場所だってわかったんだ」

忍者の、バティの言葉に白騎士は黒刃を掲げ反発。

「けれど、僕はそうじゃなかった……!」
「だろうさ、オレだって運が良かっただけで、ソッチ側になってた可能性はあると思う。だけどそうじゃない、オレはソッチには行けない」
「……わかったよ」

騎士の足元、十字架にがんじがらめで簀巻きになっていた少女は騎士が指を鳴らすのと同時に開放された。

「えっ?」
「行きなよ、彼の側で結末を見届ければいいさ」
「……ふーんだ、そういうことならアンタが負けるとこ見届けてあげる」

開放されたノアは、暗黒巨獣のたてがみをかき分け頭部に立つ忍者の元へ。膝立ちになり手を差し伸べる忍者を、白亜の騎士が泰然と見届けていた。

「もう!遅かったじゃない!」
「やったよ!精一杯さ!あ、座るなら後ろに複座が」

胸部コクピットに駆け込んだノアは黒髪をたなびかせバティの席へと飛び込み、横抱きに収まった。

「ちょ、ちょっとぉ!」
「別に操作に支障はないでしょ?ちゃんとアシストはしてあげるから」

滑らかな指先が宙を撫でると、忍者座敷を模した意匠のコクピットに、コネクトAIとしてノアのデータが浮かび上がった!

「勝って、帰りましょう。それが私の望みなの」
「言われなくたって、勝って帰るさ。やるべきことはこの向こうにあるんだから!」

沈黙していた暗黒巨獣が咆哮をあげる!振り上げられた頭部を台にして、幻惑の忍者が翔ぶ!研ぎ澄まされたチョップが、騎士の掲げた黒い騎士剣と衝突!火花を散らす!

「征くぜインビンシブル!いやアスネ!」
「……⁉どうして僕の名前を!」
「調べたんだよ!」

剣閃!幻惑チョップと黒刃騎士剣の斬撃がバッファローミンチメーカーめいた軌跡を残しぶつかりあう!騎士の一撃を忍者がブリッジ回避からの蹴り上げ!サマーソルトキック!巨砲の如き蹴撃を騎士盾が阻んだ!二者の距離があく!

「イヤーッ!」

手裏剣弾幕!ファランクス対空射撃めいた手裏剣の嵐を、盾をかざして騎士が進む!弾かれる手裏剣が遠く離れた暗黒サボテン獣の首を高らかに刎ね飛ばした!

閃影となって襲い来る刃を平手で逸らし、指先で弾き、つま先で蹴り上げ直撃コースから外す!だが超密着距離となった忍者の眼前に精緻な装飾文様の刻まれた大盾が迫った!砲弾じみたシールドバッシュ!

「んがっ!?」

吹き飛ぶ忍者!慣性制御からのバク宙受け身で見事衝撃を受け流すも着地点を刃が狙う!ナムサン!このまま輪切りローストビーフめいてズタズタに斬り裂かれるしか無いのか!

「こなくそ!」

刃と重なる瞬間、それは起きた!忍者の繰り出した下方蹴りが切っ先を打ち抜き巨獣へと縫い付ける!直立不動する忍者!

「降りろっ!」
「言われずともっ!」

騎士剣の峰を駆け抜けざま、渾身の膝が強固な兜に覆われた騎士機の頭部を撃ち抜く!宙返りざまに背後取りからの回転肘打ちが敵の脇腹を狙うが盾表面を銅鑼めいて打ち鳴らすにとどまる!しかし追撃の一手を緩めない忍者!

「負けるものかよ!」

盾のへりをつかめば、ポールダンスさながらに身をひるがえし騎士本体へ打撃を狙う!かち合う膝と肘!反動から盾の上に逆立ち、手刀からの打首殺を狙う!

「しつこい!離れろ!」

手刀が眼前に迫った瞬間、閃光が忍者の視界を奪った。危険を感じ反射的に飛び退くも、視界は白く染まったままだ!

「クソッ……!」
「正面!袈裟斬り!」
「サンキューッ!」

済んでのところで、ノアのフォローが飛んだ!視覚がおぼつかないままに、ブリッジ回避からのサマーソルトキック!半月の軌道が今度は真正面に騎士を捕らえた!吹き飛ぶ敵影!

「飛んだ先左斜め45度上!受け身中!」
「了解!」

読者の皆様は口頭連携した瞬間ではおそすぎるのではないか?何故防御や追撃が間に合うのか疑問に思われるかもしれない。だが不思議なことではない!AIの演算予測を多角的センサーによって得た情報を元に行えば、次に起こる事象を簡易的に知るのは十分に可能である!

忍者の構えた手裏剣の軌道をノアが予測修正!今だ視界がおぼつかないバティをフォローし、投じた一発はちょうど騎士の落下軌道に交わる!

「南無三!」

だが敵も去る者、宙返りざまに振るった一太刀が虎をも穿つ手裏剣を打ち払い、ほどなく無事に着地!双方間合いを図り合う硬直戦へとうつる!

「やっぱ……お前がやりたかったのはこんな事じゃないんじゃないか?」
「……何のことだ」
「大抵のヤツはソウルアバターってのは自分にとって一番、強くて、カッコいい物をモチーフにすんだと。思想が出るんだ。で、実際に対面してみたら、これだよ」
「何が言いたい」
「あるんだろ!本当にやりたい事が!別に!やれよ!それを!」
「もう遅いんだ!もう!」

弾かれたように踏み込む騎士!闇影を刻む剣!交差苦無が刃を阻み火花を咲かす!

「それを君が言うのか!僕に!」
「オレだから!言うんだ!」

硬直状態を維持したままに、忍者は背を屈め蹴りを放つ!みぞおちを起点に身を曲げるも食らいつく騎士!

迫る刻刃を前に、忍者もまた得物を抜く!
両の手に握られたるは短刀!クナイ!刃の交点に騎士剣が食い込む!散る火花!

「お前の書いた小説めちゃくちゃ面白かったし、すっごく長く連載してたじゃないかよ!それが、どうして、どうしてこんなクソッタレなことになってるんだ!」
「読まれなかったからだ!今君がこの場で言うまで、読んだの一言さえ無かった!誰も彼もが僕を無視し続けたんだよ!」
「それは……!」
「オオオッ!」
「ぐーっ!?」

せめぎ合う刃が弾かれれば、再びシールドバッシュの挙撃が忍者を襲う!明後日の方向へ吹き飛ぶも回転受け身着地!二者は巨獣のたてがみを挟んで対峙する!

「だからってやることがコレって極端過ぎるだろ!」
「じゃあ他にどんな道が有ったって言うんだ!」
「仲間を探すとか、宣伝するとか、もっと穏便な道はあるじゃないかよ!」

飛びかかる忍者!アナヤ!騎士の対空斬撃迎撃に寄って忍者シルエットは真っ二つに分かれた……!勝負あったか?否!

「変わり身……!」

そこに残されていたのは、から竹割に両断された木人であった!騎士の影より飛びい出た忍者の斬撃がひらめく!

「クゥーッ!」
「だいたい!それってみんな通ってる道じゃないか!」
「他の人がどうとかは関係ない……!」
「同じ事で悩んでるって事は仲間になれるってことだろ!」
「赤の他人に何を期待して……!」
「友達だって最初は見知らぬ相手じゃないか!」

巨獣の背を平行走行しながらに二者の攻防がきらめく!藪刈めいて短く刈り込まれるたてがみが空に霧散!

「そういう君こそ!あれほど注目を集めておいて何故書かない!」
「ウルセーッ!書かないんじゃなくて書けないんだよ!何を書いたら面白いかなにもわかんねぇ!」
「書きたい物を書けば良いじゃないか!」
「それすらわからないんだよ!」
「そんな男が僕の邪魔をするのか!?」
「そうだよ!」

弾かれ宙を舞う忍刀!だが忍者は止まらぬ!独特のクナイ形状を模した手刀を突きこむ!騎士の腹部ど真ん中に透かしの風穴が空いた!

「クヌーゥッ!?」
「今は書けなくても、書く事まで捨てたつもりなんか、ない!だから」
「だから……?」
「オレが書く場所を、お前に壊されたら困るんだ。オレの創作は、これからなんだからよ」
「これから……クッフッ、ハハハ……」
「何かおかしい!?」

おお見よ!貫かれ宙に浮いた騎士の身体が、沸き立つ暗黒にみるみる取り込まれ、一回りもふた周りも大きく巨大になっていく!忍者は自身も取り込まれる前に側転回避!

そしてそこに再び立ったのは白亜の騎士ではない。全身をおぞけ立つ暗黒におおい、人体を煮溶かした装甲に包んだ邪悪暗黒騎士である!

「君に未来なんて、ない。この僕が踏み砕いてやる……!」
「やってみろ!テメーはこのオレがぶっ潰す!」

中指突き立て徹底抗戦宣言!第二ラウンドだ!

騎士の黒刃は今やおのが身の丈を超える長身となり、刀身はゆらめく炎めいて波打ち蠢動す!盾を手放し両手でもって剣を構える暗黒存在!

「良いのかよ、盾捨てちまって」
「必要ない。君を倒すためには」
「そうかよッ!」

暗黒騎士が首をかしげる、今まで頭部があった空間を貫いたるはワイヤー、そして先端にはクナイ!縄鏢である!切り払われるワイヤークナイだが、二の手、三の手と次なるクナイが光線のごとく打ち込まれる!暗黒騎士の防御を越えて装甲を打つ流星!暗黒装甲に波紋が起きる!

「この程度……っ!」

剣山密度からなる縄鏢雨に対し、暗黒騎士は受けるままに前へ踏み込み、鋭利が機体を貫くのもいとわず進む!振り上げられる一刀!

「チィッ!」

曲芸めいて舞う数多のワイヤーを掌底から切り離せば、忍者は真っ向から手刀一迅、両手剣の一撃と打ち合う!構わず切り落とさんとする騎士!しかして、剣の軌跡が止まる、止まった!暗器、トラノツメが掌底よりいでてはその鋭い爪でもって刃を受け止めたのだ!

「密着距離は危険よ!距離を取って!」
「わかってる!」
「させないとも!」

受け流し距離を取ろうとする忍者に対し、暗黒騎士の身から腕が生える。太い腕、細い腕、筋肉質、皮と骨、それらの腕が一斉に忍者の身に食らいついた!天高く振り上げられる暗黒騎士の一刀!

「これで終わりだ!」
「クッソ!」

だが、赤い火線が忍者を捉える暗黒腕をことごとく撃ち貫く!弾痕刻んでちぎれ翔ぶ腕、腕、腕!与えられたチャンスを殺すことなくバク転から間合いを取る!忍者の前に降り来るのは……暗緑曲面装甲の三頭身ロボである!迫りくる暗黒腕を槍でもって貫き、切り裂き、叩き落とす!

「Yo、またせたな」
「イシカワ!遅かったじゃん!」
「デケェ怪鳥相手にご機嫌にさせてもらったからよ。だーがそっちが逝く前で良かったぜ。せっかくの隠し玉が台無しになるとこだ」
「隠し玉?ソウルアバターが一騎増えた所で、僕の敵にはならない」
「そうでもないぜ坊っちゃん」

今まで暗色だった忍者ロボと三頭身飛空艇ロボの装甲面が反転し、金色の輝きを放ち初める。それは暗雲立ち込め、昏い色彩に染まっていた東京湾を照らす黄金の輝きだ。

「ただ二人並んだだけなら二対一だが」
「オレ達が揃えば天をも照らす!」
「いくぜ」
「オウ!」

『コラボレーション・アクティブ!合体!』

宣言と共にイシカワの機体が五体バラバラに分割、各パーツが外部装甲として可変すれば、それらのユニットは忍者の脚に!胴部に!肩から前腕!背部!そして兜となって全身を覆う!装甲から放たれる黄金の輝きは天をつらぬき、東京湾を、関東を照らした!

そして姿を現したるは、忍び装束の上に金色の鎧をまとった武者である。
だがその身の至るところに見え隠れする暗器、忍び武器は紛れもない忍者でもあり、そしてマウントされた近現代兵器はただの忍者にとどまらない存在であることを示していた。

「征くぜスカム野郎」
「ようくその眼に灼きつけろ!」
「オレたちが……」

『チャンピオンだ!』

「黄金、栄光、持てる君達が持たざる僕をあざ笑うのか!?」
「そうじゃ!ねぇ!」

黄金武者は仁王立ちから両手を正拳突きめいて突き出せば、青いバーニア噴射をともなった飛翔拳を撃ち出す!いにしえの鋼鉄兵器にそらんじるがごとく突き進み大気を貫く拳!

「こんな物!」

暗黒剣をうちふるい拳をきりはらって暗黒騎士は武者との距離をつめる!だが飛翔拳は一度の迎撃でへこたれる事なく騎士を追う!空中前転から拳を踏み飛べば、両者の距離がつまる!

「拳がなければ戦えまい!」
「そいつはどうかな!」

仁王立ちのまま、武者の両腕がかすむ。突き出された切っ先はそらされ、無防備になった騎士の巨体をつま先が蹴り上げ吹き飛ばす!武者の身を防いだのは……おお、合体前の両手だ!空で身をひねる騎士に向かって、武者は大の字に身を張った!

「喰らいな、『ソドムの火』!」

黄金武者の全身に張り付いたマイクロミサイルポッドがそのメダル状弾頭を吐き出せば、至近距離の騎士を焚く!熱く激しく巻き起こる烈火が暗黒を朱く染めた!轟音と共にドッキングする飛翔拳!掴まれた槍が!風車めいて舞う!

「『ヤリ・オブ・メシアエクスキューショナー』、巧く使いな」
「長すぎないそれぇ!」

雷神かくやの速度で突き出されたヤリを、苦鳴の騎士は身をよじりざまの一閃で防ぐ。研ぎ澄まされた穂先の槍衾、林立する致命の一撃をその身に受けながら騎士は武者へと落ちつめよる!胴部を貫いた槍はもはやひきもどすこと能わず!両手剣が天高く掲げられ、武者へと迫る!

「おおおっ!」
「こなくそっ!」

電撃の速度で迫る一撃より早く、再び黄金武者の右拳が槍を握ったままに撃ち出される!途端に距離があき、空振る斬撃!そして健在の左拳には握られた指に挟み込まれた手裏剣が!

「イィィヤァーッ!」
「くうううぅっ!?」

遠ざかる敵対者を貫く速度で手裏剣が影となり騎士へ届く!胴、首、兜へ深々と突き立つ鋼の星!かさなるダメージを省みることなく、騎士ははらわたをつらぬいた槍を周辺部ごともぎ取り自由を取り戻せば、その背より数多の腕を模した羽と共に飛翔する!無数の羽手の先には研ぎ澄まされた短剣がきらめく!五月雨のごとく降り注ぐ刃の投射!

「食らうかよぉーっ!!」

風車を彷彿とさせる軌道で槍回転をともなって右拳が戻る、せまる刃を回る槍柄が弾く、弾く、弾く!そして本体と再ドッキングから結界めいて舞い踊る槍の演舞からの石づき打ち!間近へ迫った騎士は刀身で受ける、虚空に火花が散った!

「文章は、創作は勝ち負けなんかじゃないんだッ!」
「同じことを言えるのかっ!同じ様に日の目も見ずにうつむいている数万の人間に、恵まれた君が!」
「何度だって言ってやる!創作はッ!書きたい気持ちが一番大事なんだよ!それを捨てて暴力に走ったお前に、オレは負けないッ!」
「綺麗ごとを!」

にわかに、黄金武者の足場より泥が沸き立ち、その金色の四肢を絡め取る!元よりこの場は暗黒騎士の一部にして、風林火山なのだ!

「くっそ……!」
「聞き心地のいい言葉では何も得られない、勝者にもなれない……!その事を今ここで教えてやる!」

もがく武者!だが暗黒泥は恐るべき粘度を持って拘束し、逃さない。眼前に迫った暗黒騎士が禍々しく歪んだ剣を振り上げる……もはや打つ手はなくなったのか!?

「今度こそ終わりだ……っ!」
「観念……なんか、するものかよ!」

剣撃一閃!暗黒剣が斜めに黄金武者の身体を切り裂く!南無散!だが斬撃が食い込む一瞬前……それは起こった!

黄金武者は切っ先が到達する寸前に、相方の鎧から抜け出し、拘束をも縄抜けざまにクナイを振り抜いた!おお見よ!暗黒剣は宙を切り、クナイはあやまたずに騎士の正中線を捌く!思わぬダメージに拘束が解け、イシカワの機体は合体パーツ形状を保ったままにサメ嵐めいて荒ぶる空中軌道をとった!

「そらそらそらそらそらーッ!」

隙を晒した騎士に、荒ぶる周回軌道をとる合体パーツが……なんたることか!ガトリング掃射!マイクロミサイル雨あられ!グレネードの一斉射撃!

特撮めいた爆発が絶え間なく巻き起こり、放たれた銃弾のゲリラ豪雨が豪炎に孔をうがつ!烈火の焔の真っ只中へ忍者も飛び込む!

「臨!兵!闘!者!」

幻惑の閃光となって、忍者が炎の中を飛び交う!きらめくはクナイが!忍び刀が!そして軌跡の影より手裏剣が!手刀が!身じろぐ騎士を襲う!

「皆!陣!烈!在!前!」
「ンアーッ!」

それは正に一種の出来事だった。敵に背を向け黄金武者が姿をあらわした頃には、ズタズタになった暗黒騎士のアワレな姿があった!

「きっ、きたないな……流石忍者汚い……!」
「お前が言うことかよッ!」

向き直った黄金武者は右平手を天高くかかげ、左手が九字の印を結ぶ!

「天元行躰!神変神通力……!」

おお見よ……!黄金武者の右手より天高く立ち昇る金色の輝きを!今やかの戦士の右腕は万物を絶つカイシャク・エクスキューションと化した!武者の身体が、霞む!

「南無!散ッ!」
「バカなーっ!」

金色手刀は暗黒騎士の左肩より斜めに食い込めば、腰まで切り裂き、返す一刀でもって右肩から脱する!打ち抜く勢いのままに暗黒騎士の背後へと着地する黄金武者!

恐るべき質量をともなったエネルギーを叩き込まれた暗黒騎士の身体は爆発四散!無惨にも跡形もなく消し飛び、その場には焼け焦げた残滓のみが残された……!

「……やったかな?」
「バカ言え、無駄なフラグを立てるな。すぐに飛べっ!」
「お、おう!」

さよう、勝負はまだついてはいない!
黄金武者が飛び立った直後、それまで戦いの舞台として沈黙していた暗黒巨獣が、吠え声を上げながら天を仰いだのだ!

黒ぐろと東京湾を染め上げていた暗黒がやおら盛り上がって丘となり山となり、吠え猛った暗黒巨獣の身をも呑み込み、滞空する黄金武者の高さを乗り越えくらやみの巨塔へと変じた。

背信の暗黒塔はぐらぐらと煮えたぎるその身を歪め歪め、ゆがめて、暗黒巨獣のキグルミにドス黒い板金湾曲装甲のフルプレート鎧を打ち付けた様ないびつなる巨神へとその身をも作り変える。全身には赤黒く血脈がきらめき、薄皮向こうの筋肉がハム原木よりも雄々しく盛り上がった。

暗黒巨神は両腕を広げて天を仰ぎ、名状しがたい叫び声をあげ、宣言す。

「僕が浅はかだった」
「何ぃ?」
「認めるよ、君は、お前たちは、強い。余力を大きく温存して勝てる相手ではないと……認める」
「その現れが、コケ脅しのでくのぼうだってのか?」
「そうだ。僕はこれから全身全霊を持って東京メガフロートを潰す」
「……ッ!」

宣言と共に、暗黒邪神の巨体は一歩一歩大波をたてて東京メガフロートへと進んでいく。高さの増した波が、湾岸のビルを舐めた。

「マズイぞバティ、この狭い東京湾であのクソバカでかい図体任せに押し込まれたら防ぎきれん!」
「わかってる!」

合体黄金武者は暗黒巨神の頭上より、再度あの暗黒騎士を葬った金色の手刀を繰り出す!緩慢に身じろぎした巨神の肩口から恐るべき一撃が食い込み、その板金装甲に轍を刻むが……半ばにてその斬撃がとまった!

「……非力!」
「ッ!?ガァーッ!」

わずらわしい蚊を払う様に、動きの止まった黄金武者へ横合いから暗黒巨神の平手がしたたかに打ち込まれた!大気圏突破速度で吹き飛ぶ武者!湾岸ビルの中央に食い込み、歪んだ大穴を開けて一つ、二つ、三つビルを叩き折って四つ目でかろうじて止まった!

「アア、クソ……おれ、生きてる……?」
「私が、なんとかしたの。でもこの子はもう……」
「チクショウ、そういう事か」

一瞬の失神の後に意識を取り戻したバティの目に飛び込んだのは、コンソールを踊る赤いサインだ。
バックパック破断、左脚部断裂、左腕部粉砕。このダメージでバイタルエリアが健在なのは、ノアが生命保護に機体リソースを集中した為だとバティは理解した。

かろうじて健在なモニターには、他のソウルアバター達が巨神の侵攻を押し留めんと奮戦する姿があった、しかして分は悪い!

「行かなきゃ……!」
「落ち着け、バティ。このまま突っ込んだ所で今の俺達じゃ囮になれるかもあやしい所だ」
「だからって黙って見てろってのかよ!」
「人の話は最後まで聞け、手持ちの手札がブタならジョーカーをかっぱらってくればいい」
「いや理屈はわかるけどさ、そんな都合良く眠ってる切り札があるわけないじゃん!」
「あるわよ」
「へっ?」

ノアの一言に、バティは眼を丸くして振り返った。

「私の身体、あなたに貸してあげる」

「何かメチャクチャ聞き捨てならない誤解を呼びそうな言葉が聞こえたんだけど!」
「真面目よ、大真面目……!やるの、やらないの?」
「いやでも偉い人の承認とか居るんじゃ」
「それはもう通したから!どっちみちこのままじゃ全員まとめてペシャンコでゲームオーバーなの!」
「……わかった、やるよ。君達の身体をオレに貸してくれ」
「ええ、良いわ。大事に使ってよね」

バティの承諾は、瞬時に通信を介してnote管理AIサーバーへと伝達された!

―――――

「来たよ来たよ」

01論理データ霧が渦巻き行き交う電子論理空間で、ノート・ドクターは愉快でたまらないといった笑みを浮かべて、取りまとめ役のノート・フロイラインに伝達を告げた。

「来てしまいましたか……各AIは通常業務を中断、戦闘モードに配置転換を行ってください」
「そーそー、私達は芸術・創作を下支えする存在だけど、理不尽な暴力に屈する言われはないからね」
「こんな日が来ないと良かったのですが」
「残念ながら来てしまったのが現実だよ、と」
「わかっています。各最高責任者からの承認……OK、受諾しました。対創作侵略防衛戦艦『ドレッドノート』、起動します」

ノート・フロイラインの宣言と共に、東京メガフロートが揺れた。

―――――

「オイオイオイオイオイ」
「な」

『ナンジャコリャーッ!?』

バティとイシカワに、カメラアイを通して東京メガフロートが割れる光景が届いてきた。
それは円状の人工島がピザみたいに分割されて中央の基部があらわになれば、強大な巨砲を備えてはいるがかつての大戦期とは似ても似つかない戦艦が姿をあらわしたのだ。ベースカラーはエメラルドグリーンとピュアホワイトなのが雄弁にアレが何なのか二人に物語っていた。

「法的には問題ないって言っても、悪趣味よねやっぱり。あ、私が実装する前にはもう有ったからノーカンよノーカン」
「いやいやいや、確かに地下施設から機動兵器が!は男のロマンだけどさぁ」
「運営は一体全体何を想定していたんだ、真面目に」
「今日みたいな事態じゃないのー?ほら漫才やってる暇が有るなら艦橋に飛びなさい艦橋に」
「へーい」

大破でおぼつかない機体をなんとか慣性制御で浮かべ、箱組の船体にびっしりと砲塔がハリネズミめいて並んだ戦艦、その中央部の突き出た艦橋へと向かう。

「で、どうすれば?」
「私が誘導する先に機体を格納して。後はこっちでやるわ」
「了解!」

違法建築めいた艦橋の塔、その真中辺りに開口した格納庫へと滑り込むと、金色武者の身は内部ユニットに接続され、この恐るべき秘密戦艦と一体となった。

「細かい稼働調整は私達ノートAIがするから、あなたはどう動かしたいかニューロリンク経由で操作して」
「え、それってまさか」
「あなたが、動かすの、コイツを」
「デスヨネ!」
「ユーハブコントロール、いい?」
「あ、アイハブコントロール!」
「これより強襲殲滅モードに移行するわ、指示を出して!イシカワ、あなたは火器管制をお願い!」
「oh、こんなデカブツを好きにしていいとかワクワクするぜ」
「あーもうどうなっても知らないからな!強襲殲滅モード、トランスフォーメーション!」

バティの宣言に答え、防衛戦艦ドレッドノートはその身に分割線を生じさせた!

総合創作商業施設N.o.t.eの中央区画は、今や厚身の刀剣めいたシルエットの機動戦艦と変貌していた。その艦体を拘束していたメガフロートはピザ分割の後に速やかに後方へと流れていき、再び、もとの浮島としての姿を取り戻す。

「む……?」

今や東京スカイツリー並の巨体となった暗黒虚神のまなこが、その大仰な変貌を見逃すはずがなかった。この状況で出てきたものが、ただの虚仮威しであろうはずもない。虚神はセコイア大樹形状の両腕を振り上げ、現れた戦艦へと迫る。

「バカめ、奥の手などそうやすやすと切らせるものか!」
「バカはどっちだオラーッ!」

不意に、暗黒虚神の片脚がトラバサミに喰らわれたが如くとどまる!そこにはメタリックブルーのマッスル装甲兵器の姿があった!

「まぁだスリーカウントにははええぜ坊や……!」
「諦めの悪い!」
「それが僕達の取り柄だからね!」

無理矢理押し通ろうとした暗黒虚神のもう片足が銃槍に杭打ちされやはり押し止められる!槍を大地に縫うのは黒銀の竜騎兵!

「脚を止めた所でどうにもできないと思うのか!?」
「思わんのう、ゆえに腕も止めるんじゃなぁ!」
「小バエ扱いするには、自分たちはちょっと痛いですよっと!」

構わず振り下ろされんとした両腕に、右側からは天を衝くほどの断首斧が、左側からは球状爆炎が打ち払った!あらぬ方向へネジ曲がる虚神腕!

「くうううううっ!?」

歯がゆい思いでまずは拘束を振り払わんとする暗黒虚神の眼前で、それは起こった。

エメラルドグリーンとピュアホワイトのツートンカラーで彩られた巨大戦艦は、中央から無数に分割線が入ると、なめらかにその姿を変えていく。
艦首から艦体中央は2つに分かれ屈強な装甲に覆われた脚に。
艦体後方もまた分割されれば塔の如き両腕へ。
四肢を振り上げ立ち上がったそれは、もはや戦艦ではない。
暗雲の切れ目からさした日光が、翠緑の装甲巨神の姿を照らし出した。

「たとえ嵐が吹こうとも」

「たとえ戦火が燃え上がろうと」

「創作の灯火を守るのが私達の使命」

「オレ達の作る道は誰にも阻ませやしねぇ!」

『創攻巨神、ドレッドノートッ!ここに見参!』
大見得を切って名乗りをあげた翠緑巨神を前に、暗黒虚神の胸中に収まる少年は呆然として言葉を漏らした。

「……ふ、ふはは、何だそれは。何の冗談だ?」
「オレ達は」
「大マジだぜ」
「ふ・ざ・け・る・ナァーッ!」

海面を波立たせ、妨害をはねのけ暗黒虚神が翠緑巨神に迫る!
振り上げられた拳は、衝撃と共に打ち払われた!巨神が握る得物が霞む……!雷光よりも鋭く巨神の胴を走るそれは、砲身を鎖でつないだキャノンヌンチャク!

「いい加減ケリをつけようぜ、スカム野郎!」
「望むところだ、お前たちのすべてを打ち砕いて何もかも終わらせる!」

宇宙クジラの特攻じみた質量の暗黒拳を、衝撃を持ってキャノンヌンチャクが阻む!東京湾は今は、二大神の戦場へと変わったのだ!

東京湾の海面が、今や日本海の荒波を越えて激しく波立つ。
二体の巨神が巻き起こす大波は、岸辺を越えて林立するビルをしとどに濡らした。

全長500mを軽く超える巨神達は、いまや己の身一つにて敵対者と相対する。暗黒虚神から繰り出されるのは拳の嵐!翠白巨神から繰り出されるはヌンチャク・ムーヴからなる打豪雨!双方一歩も引かずに相打つ!

「ウラウラウラウラウラウラウラウラーッ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

クジラじみた大質量が衝突するたびに、大気は震え、大海はもがき、大地は鳴いてその壮絶さを訴える。そして一際壮大な轟音が一帯を歪めた。
両者が限界まで振りかぶった一撃が交差したのだ。虚神の拳は砕けて塵、巨神のヌンチャクが敵対者の胴を貫く!続いて上がる号砲!大質量砲弾が虚神に風穴を空ける!キャノン・ヌンチャクがもたらす零距離砲撃である!

「くぅ……!」
「イィィィィィヤァァァァァァァァッ!!!」

巨神が天高くヌンチャクを振り上げ、フィニッシュムーヴを試みるも、虚神の影身体は滑るようにずれて、真芯を狙った振り下ろしを外す!虚神の腕が数多に分かれ、螺旋と変わって降り注ぐ!旋風ヌンチャクで間断なく襲いくるドリルの雨を打ち払う巨神!

「クッソ……!」
「焦るな、耐久力は奴の方が上だからな」
「わかってる!でもこれ大破したらオレ弁償出来ないんだけど!?」
「それはウチの予算持ちだから!」
「お金持ちスゲーッ!」

続いて虚神の背より、翼が伸びる。堕天使めいた暗黒色の翼は、鋭く前方へダブルチョップ挙動!ヌンチャクの鎖で受ける!だが空いた空隙に差し込まれるドリル群が装甲にぶち当たり火花を散らした!

「言ってる側からヤッベ!」
「問題ない」

イシカワの火器管制行為によって、巨神の肌が割れる。
幾何学分割された装甲の割れ目から突き出したのは、砲、砲、砲、ありとあらゆる重火器!光を伴った火線がドリル触手を粉砕し、続いて伸びたミサイル弾幕が華球を生じる!両者の間合いが、変わる!

「悪い、助かったよ」
「気にするな、次だ」
「でもこのまま削り合いに終始したら、こっちが不利。予測値だけどこっちの損耗が1%に対して、向こうは0.1%未満しか削れてない」
「マジでっ!?10倍の差かよ!じゃあ何か大技とか……」
「あの質量を一撃で消滅させようとしたら、東京まで更地になっちゃうわよ!」
「うへぇ……カッコよく決めたつもりが絶望的じゃん!」
「暴力はすべてを解決しないな、全く。先行の連中が大技を控えたのもそれが理由か」
「道理で……!」

他のパルプスリンガー達は、極わずかなの隙も見逃さぬよう身構えながら、巨神達一進一退の攻防を見守っている。彼らとてさるもの、雑なちゃちゃ入れは三者にとって危険だと察しているのだ。

ヌンチャクをいつでも繰り出せるように脇挟みしながら、翠白巨神は油断なく暗黒虚神との間合いを維持し続ける。暗黒虚神は夜の帳のごとく翼を広げ、敵対者を威圧!

「打つ手は無くなった……本当にそうか?」

敵の耐久力は東京都民の大部分をエネルギー源として取り込んだ事によるもの、絶望的な戦力差のように一見思える。

「クソッ、バティ考えろ!なんのために啖呵切って飛び出したんだ、負けるためじゃないだろうが!」
「そうだ、最後まで諦めるな」
「ま、ダメだったら一緒に爆散してあげるわよ。私はね」

暗黒虚神が、浮かぶ。東京湾上空を暗くするほどの翼を広げ、その曖昧な輪郭をより明確に、強固に作り変えていった先は双角にして暗黒の全身装甲兵器だった。その右腕を震えば、振り出たのは肉厚の屠殺ナタ!大ナタを両手に握りしめ、暗黒虚神は青眼の構えを取った!

「これで終わりにしてあげるよ、アバドンの奈落に……沈め!」

途方も無い大質量に反し、暗黒虚神は流星よりも疾く屠殺ナタを撃ち抜いた!ヌンチャクの鎖ごと、翠白巨神の胸甲が割れる!

「こなくそっ!」

しかしてやられているばかりではない、バティはヌンチャクからモード変更を行い砲塔を構え直す!キャノントンファーモードへ!空中で切り返し、再び斬撃を見舞おうとした虚神を迎え撃つ!

「トンファアアアアキィィィィック!」

水平斬りを昇撃で跳ね上げ、無防備になったみぞおちへハイキック!空中でホッピングしてスキを晒した影へ、ダブルトンファー撃!

「ダブル!トンファー!キャノーンッ!ファイアーッ!」

虚神ごと爆炎が暗雲を吹き払う!上半身を割かれた舞茸めいて散らした虚神へ、追撃のトンファー格闘!全身の推進機から光をたなびかせ、巨神そのものが螺旋弾丸となって襲いかかる!それはもはや涅槃に昇天する神秘存在のごとく!

「ツイン・トンファー、ダイナミック!!」

輝ける螺旋錐が、暗黒虚神を真芯からぶち抜いた!四散する暗黒物体!だが巨神の猛攻は止まらない、トンファーの一撃が、装甲の蹴撃が、嵐となって飛び散った暗黒物体をことごとく打ち据える様はまるで、神話英雄の再演のごとしだ!

「破ッ!」

空中の断片を例外なく打ち砕いてなお、暗黒虚神は大木が早回しで伸びるように修復していく。巨神が残心を決めている間に、すでに7割まで修復が済んでしまっていた。

「い、インチキくせぇ……」
「諦めちゃうの?」
「冗談、まだまだやれる!」

再び大ナタを生成する暗黒虚神を前に、翠白巨神もまた油断なくトンファーを構える。攻防は振り出しに戻ったようでいて、ダメージレースは未だ不利な状況に変わりはなかった。

(勝つためには、一つ、一つだけでも問題を解決する必要がある……!)

「ノア、ドレッドノートはまだ余裕がある?」
「それは当然、あるわよ。でも状況は変わってないから……」
「良いや、オレ達は、勝つ。もう少し力を貸してくれ」
「何言ってるの、私とあなたはもう一蓮托生なんだから、勝てなければ心中あるのみ、ね」
「そうはならないさ、きっと」

自らの前に立ちはだかる鋼鉄の翠神を前に、少年は自ら織り上げた暗黒のウロの中で訝しんだ。彼は何故まだ立っている?

もう余力の差を埋める手段はない、絶望的なはずの戦力差を前に彼らは一切諦める事なく自分の前に立ち続けている。

「おおおッ!?」

鋼鉄巨神が身を猫科肉食獣めいたクラウチング態勢に低め、爆発的にロケットスタート。その大質量を物ともせず砲弾のごとく突っ込んでくる。
暗黒虚神は手にした長大なナタでインタラプトを試みるも、キャノントンファーが食い込むのが早い!砲身の先が、虚神の前面装甲を深くえぐり少年の眼に空が、黄昏が、巨神の顔が見えた。

「無駄な事を!」

機体の自己修復さえ後回しにして、虚神は敵対者を蹴り飛ばし距離をあけてからの踏み込み切り!ナタの切っ先が巨神の胸甲をえぐり裂いて、コクピット内部まで切り開く。かち合う対立者達の視線。

「もういい加減に諦めたらどうだ!」
「イヤだね!オレはブッダにだって従わねぇ!誰が相手でもだ!」

虚神がナタを返すよりも早く、巨神は踏み込んで来た。神々の額同士が隕石衝突よりも熱くぶつかりあい、コクピットの裂け目が橋を渡す。つながった足場を二人は駆け上がる!

『オオオオオオオッ!』

雄叫びと共に両者は不安定な繋がりの上で生身の拳を振り上げ、相手の顔面を撃ち抜いた。肉体に走る痛みをアドレナリンで塗りつぶして、二人は再度一撃を相手に見舞う!

「そこをどくんだ!」
「お断り!」

少年が繰り出したストレートをバティの左腕が阻み、お返しのフックはスウェーで外されれば、もはや拳を振るうのもままならない超至近距離で二人は意地をぶつけ合う。

「いい機会だからはっきり言っておく!」
「何をだ⁉」
「続きを、書けえ!」

バティの叫びと共に、渾身の一撃が少年の顔面にまともに突き刺さった。
端正な顔立ちが歪むのもいとわず、少年もまた拳を振るう!

「続き!僕の続きなんか一体誰が待っているって言うんだ!」

返す一撃がバティのやつれた顔にぶち当たっては仰け反らせるも上半身を振り子のように揺り戻して頭突きを返す!至近距離で衝突する意思!

「いる!ここに一人、オレがいる!」

その時、少年の動きは止まり、バティの振り上げた握りこぶしがアゴへ真っ直ぐに叩き込まれた。細やかな身体が夕日の中で宙に浮いて、不安定な橋桁を滑り空へと躍り出る。自由落下寸前で、バティの腕が少年の手首を掴んだ。

「……勝ちを捨てるのか?」
「死なせねぇよ、オレの目の前で」
「勝手な事、僕はもうペンを捨てたんだ。書く物なんてもう」
「だったらまた拾えば良いだろ!何度でも!」

バティの叱咤の答えないままに、少年は暗黒虚神の伸ばした汚泥を身に受けると、再びそちらへと引き込まれていく。虚無の暗黒の内へと。

「戻って!」
「わかってる!」

不気味に蠕動し再起動する暗黒虚神を前に、バティもまた巨神の胸中へと舞い戻る。振り返っても、もはや相手の姿は見えなかった。

「何度吠えようと無駄、無駄なんだ!」
「無駄じゃねぇ!」

暗黒虚神の振り上げたる右腕の、肘関節をキャノントンファーが打ち抜く!
衝撃にひるみ右腕がへし折れるのを待たずに、トンファーによる殴打、殴打、殴打!虚神の胴に、腹に、頭部に流星雨めいたクレーター痕が生じる!

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「ぐぬぅ……!」

ねじ曲がる躯体を強引に修復し、虚神は手にした大鉈を振り上げる!だがまたも巨神が早い!内側から外へ振り払われた一撃が、大鉈の刃先を撃って外部へとそらせば、続いて砲塔を飾る右膝が虚無暗黒のみぞおちに突き刺さる!

「キャノンニーインパルス、ゼロ距離、いけぇ!」

轟音と同時に、暗黒虚神の腹は黄昏空を透かし見えるほどの風穴を空けてのけぞる。なおも修復を行おうとしたその時、少年は異変に気づいた。

「馬鹿なっ、修復が遅い……⁉」

今まではまるで動画の逆再生じみた修復速度を誇っていた虚神の身体は、今や子供の粘土遊びよりも粗雑に、薄い層を少しずつ盛る程度まで減じていた。歓喜の雄叫びを挙げるバティ。

「やりやがった、アイツやりやがったぜイシカワ!」
「おう、粘ったかいがあったってもんだ」

―――――

場所は変わって、東京都心!時刻は一分を遡る!

「オッホッホッホッホ、稚拙、無力でおじゃるのう!凶鳥とやら、麿の素っ首を落とすのではなかったか?」
「有言実行だ、待ってろ」

暗黒のドーム状鳥かごの中、密集し襲いかかる恐るべき触手群の殺到を、黒騎士機は打ち斬り、薙ぎ払い、突き落とす!猛禽類よりも鋭い空中ターンををもって、暗黒十二単衣をまとう巨大無貌麿の首元へと踏み込んだ!

「南無散ッ!」

ずるり。高速度分解視を可能とされる方であれば、漆黒の巨人が恐るべき空中飛行踏み込みによって襲いくる暗黒触手をかいくぐり、麿の首を居合でもって切り飛ばしたのが確認出来たであろう。首なしとなって胴を震わせ笑う暗黒麿!

「オホッオホホホホ……大した業前でおじゃるが、この程度我らにはなんの痛痒も……なに?」

修復しない。首が生えない。
暗黒麿の体表を宇宙の星々めいて点灯させていた命の輝きは今やなく、のっぺりとした墨汁が広がるのみ。

「いない……⁉喰らった都民が、一人のこらず……!そんな、そんな馬鹿な事が……!キッ、貴様ーッ!」

暗黒ドーム鳥かごの周辺が、フィルムをずらしたかのごとく白くそまった。
あたり一帯はもはや東京都心ではなく、得体のしれない雪が降り積もる一面の雪原であった。

「待たせてしまったね、都民全員を一度に移動させるのは流石にちょっと手間がかかってしまったよ」
「なぁに、この程度、親父のシゴキに比べたら子供の駄々よ」

いつしか、黒騎士の右隣に姿を現したのはまさしくまほろばではなかったか。不可思議な湾曲装甲、その背には数多の剣めいた翼を負い、頭部を球面マスクで覆ったその魔神の姿は!

「都民全員、無事に救い出すのはなるほど俺には出来ん。なら出来る奴に頼むだけさ」

「馬鹿な……そんな馬鹿な!Why⁉大多数の都民を一瞬にして、麿の内から無傷で摘出!そんなありえないでおじゃる!」
「ソレが居たんだから、お前たちは実に運がない。そういうことだ」

黒騎士イクサ・プロウラの後方にふわりと浮かぶ奇妙な機体は、ソウルアバター・ソロモン。世界渡りの秘術を可能とする機体であった。

「急に連絡が来た時は何事かと思ったけれど、いやあ間に合って良かった」
「恩に着る、後でCORONAダースでおごるぜ」
「ぐぬっ、グヌヌヌヌヌ!」

軽口をたたき合う二機を前にして、暗黒ボンボリ麿は不気味に蠕動し、ヒルめいた触腕を数多に打ち振るう!その様は荒れ狂うメキシコダイオウイカの如しである!

「都民の供給がなかろうと!ヌシら二人ごとき麿の敵ではないでおじゃる!」
「やってみろよ、出来るもんならな」

レイヴンの挑発に、暗黒ボンボリは舞い吹く雪華を黒鞭を振るい挑みかかった。あまりの数に網目めいた軌道を示す暗黒帯を、イクサはドリル回転バレルロール軌道を持って貫く!鞭の嵐はむなしく空を、そして深雪を打ち払って雪華を散らす!黒騎士の居場所は……麿のふところ、目の前!

「なっ……!」
「遅い」

黒騎士の居合が袈裟をたどり麿を裂く!切り返した一合が麿を正面から唐竹に割る!跳ねた切っ先が交差を描き逆に断つ!斬る、斬る、斬る!太刀筋は降りしきる雪華の内で、光を帯びて曼珠沙華を象った!

「おっ、おじゃっ……」
「残迅無量光、閃!」

断末魔を挙げる器官さえ斬撃にすり潰され、暗黒ボンボリ麿は見る陰もなく光の軌跡の中において四散。途方も無い規模であった巨敵はもはや、霞となって果てていった。残心を決めた後、黒騎士はゆるりと携えた大太刀を収める。

「まずは、良し。助かったぜ」
「どういたしまして」
「すまんがまだやることが残ってる、呑みが後で」
「もちろんわかってる。また後で」

黒と幻色の二機は手甲を合わせて打ち鳴らすと、またたく間に黒騎士の方が水面の影が揺らぐようにその姿を消していった。飛び散った暗黒物質は最早正体不明の雪の中に埋もれ、白く塗りつぶされていく。

「まったく心配性だね、彼も」

―――――

場面は戻って、東京湾!
二体の巨神の激突により、当初空を塞いだ暗雲は吹き払われ、逢魔が時の菫色が姿を現していた。

「いい加減……諦めろっての!」
「あきらめない……僕は諦めない!」

暗黒と翠緑の巨大存在は、その規模に見合わない速度で拳を持って頭を打ち抜き、振り上げた脚は脇を強かに歪め、距離が迫れば己の額を再び相手と激突させる!

「まだやるってのかよ!何でその諦めの悪さを創作に当てられなかったんだ!」
「黙れ!僕にはもうこれしかないんだ!」
「あるだろまだ!生きてんだからよ!」

まるで隕石衝突と聞きまごうほどの衝撃音が、二者の決戦を見守る者たちのスピーカーを酷使した。搭乗者保護によって適正までデシベルを落とされてなお、巨大質量の激突音は彼らに鼓膜の危機をもたらすほどであった。

しかして、無限にも思われた激闘にも徐々に終わりの影が這い寄ってきた。
再生力の供給源を絶たれた暗黒虚神は一打、一打の激突を重ねるほどにその動きは緩慢になり、拳を合わせる程に装甲面が日焼けた皮膚めいて剥がれては、海面を激しく打った。

いまや、底なし沼よりも深く世界を取り込まんとした虚神の神威は見る影もない。夏の日向に放り出された側溝のヘドロのように、見る間に乾き、ひび割れて敵対者の一撃に対応できなくなりつつある。

さりとて、相対する翠緑巨神もまた、万全無事ではない。
美しかった全身の装甲は汚泥と海水にまみれて薄汚れ、虚神が生やしたる数多の凶器をその身で受け止めた結果が隙間を見出すのも難しいほどに破損していた。

「装甲破損率90%突破!骨格の損耗も50%越えてる、このまま行けば行動不能よ!」
「後少し、あとちょっとだけ持たせてくれ!」
「各部火器の維持エネルギーを切って機体そのものに回すんだ。それでもう少しだけ持つ」
「ええ、やるわ!」

瞬間、翠緑巨神の全身に備わった無数の重火器が光を発し、霧散!
発生した余剰出力が機体の全身をバイパスを通して循環し、スクラップ寸前の機体をギリギリで持ちこたえさせる!

「悪足掻きを……!するなああああああぁァッ!」

一方、暗黒虚神はその右腕を天に掲げ膨張、巨大クジラめいたサイズから更に八方に張り出し形成されたそれは、重厚なる盾だ!破れかぶれか、残された力のすべてを込めて、虚神は突貫する!

「へ、へへ……決着、つけようぜ。いい加減よう!」

向かってくる黒い這い寄る混沌、その圧倒的物量を前にして、巨神は自身の身に残っていた砲身を引き抜き、その端を打ち鳴らしてつなぐ。正式な武装ではない、間に合わせのヌンチャクである!両手にヌンチャクの両端握り、鎖を正面に向け仁王立ちす!

「う、お、おおおおおおおおおおおッ!」

二神、激突!空よ歪めとばかりに、巨大質量の衝突が衝撃波を全方位にふきはらし、淀む曇天を一気に吹き飛ばす!踏みしめる海は高波を発し、せめぎ合う盾と鎖はいずれも、譲らぬと軋みをあげてその身を削り合う!

「お、う、ラァァァァァアアアアアアッ!!!」

膠着状態と思いきや、渾身の膝蹴りが虚神、その盾を打った!わずかに身じろぎ隙を見せる!振り上げられるヌンチャク!

「こ、れ、で、終わりだあああああああっ!」

虚神が掲げた尊大なる盾は、真っ二つに打ち砕かれ、その機能を失った。
続いて返すヌンチャクが横から盾を打ち払い、反動によって振り上げられた一撃が盾を越えて虚神の腕を打ち砕く!破砕音と共に弾け飛ぶ腕!

そして無防備となった虚神、その本体を……ヌンチャクが、打つ!打つ!打つ!打つ!打つ!打つ!打つ!そのたびに巨大なる暗黒虚神の存在が砕け、千切れ、削られ、崩壊していく!それでもなおヌンチャクの猛撃は止まらぬ!

「イィィィィィヤァァァァァァァァッ!!!」

瞬間、アンダースローめいた軌道を持って振り上げられたヌンチャクが、暗黒虚神を真下から薙ぎ砕き、頭部を空の彼方まで打ち上げた。
大気圏をやすやすと突破した暗黒虚神頭部が、宇宙より自らの亡骸を見下ろしていた。

「終わっ、たぁ……」

先程まで全力で殴り合っていた怪物が、コクピットのモニタ越しにぐずぐずに崩壊していく有様を見届けながらバティはシートの中に沈み込んだ。
夕日が地平線の彼方に沈みこみ、激闘の余波で吹き払われた夜空が一面に閉幕を下ろしていく。

「はぁ~……」
「待って」
「え、何、オレもうグロッキーなんだけど……」
「アレ、ダメージが限界を越えたソウルアバターの崩壊プロセスじゃない。つまりまだ……!」
「な、クソッ!諦めの悪い!」

バティはノアのアラートに応じて、再び操縦桿を握り込む。機体は既に立っている状態を維持するのがやっとで、先程まで握っていたヌンチャクはマニピュレーターごと海へ脱落していっている。水しぶきが、大きく立ち昇った。

「ノア、周辺索敵は」
「やってる、周囲360度反応無し、索敵可能範囲をローラーしてるけどさっぱり」
「逃げた……いや、そんなはずない。オレ達をほったらかして逃げるなんてこと、あいつには出来ない」
「でも反応が」
「上だ!バティ!」
「おお!?」

天より墜ち来るそれが、はっきりと視認出来たわけではない。
それでもバティはイシカワの声に応じて、ほんのわずかだけ、機体の背を後方にそらした。そして、それは来た。

「ガッ!?」
「ぐぅ!」
「あぁっ!」

衝撃に、三者三様のうめき声をあげる。確かに、ヤツは諦めていなかった。
バティの眼前、コクピットハッチが外から強引に引きちぎられてバッと本物の夜空が広がった。そのど真ん中に、彼は立っていた。

「まだ諦めていねぇんだな……!」
「……ああ、そうだ。そうだよ」
「こんのッ!」

知らず、バティは駆け出していた。コクピットのコンソールを足蹴に飛び越え、ハッチの歪んだフレームを踏みしめ、本来しないはずの板に飛び降りる。それは、虚神が変じて巨神を貫いた一本の長剣、その刀身であった。剣の上に、二人は立っていたのだ。

「人質は解放!機体は全損!後は身一つでもまだやるってのかよ!」

一歩、踏み出すと同時に、バティは一喝した。

「そうだ、ボクは……やる、やるんだ!」

少年もまた、叫びをあげて一歩踏み出す。

「こ、の……大馬鹿野郎!」

そして、二人は弾かれた様に駆け出した。
沈みゆく夕日の一条の光が、二人の姿を影に描く。

「う、ぉぉおおおおおおおお!」
「ふ、ぐ、ああああああああ!」

やり場のない感情を載せて、両者の拳が、正確にお互いの頬を貫いた。たたらをふんで仰け反るも、まったく同じタイミングでバネ仕掛けめいて向き直りお互いの額を、視線をぶつけ合う!

「いい加減!諦めろ!」
「まだ、まだだ!まだ何も終わってない!」
「生きてんだからそれでいいだろうが!このバカ!大バカ!」

バティの拳が少年の腹に食い込んだかと思えば、反撃の蹴りがバティの脇腹に叩き込まれる。もはや回避やガードの割って入る余地はない。これはボロボロになった男二人が、それでも立って続ける、最後の喧嘩であった。

「うおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」
「うっらああぁぁぁぁぁぁああああ!」

バティの右ストレートが少年の頬に食い込む!
よろめきざまに返した拳が、バティのアゴをかすめ揺らす!
ふらつきながらも放ったフックが少年の鼻先を外す!
たたらを踏んで打ち下ろし気味に伸ばした拳がバティの前髪を擦る!

「……ッハア、ハァーッ……フーッ……!」
「ハァーッ……ハァーッ……!」

拳を握りしめて、両者手の届く距離で荒々しく息をついてにらみ合う。もはや目の前も目の前の相手にさえ、まともに狙って拳を打ち込むことさえままならない。だがそれでも二人はまだ、立っている。二人の姿を、今この瞬間にも地平線の果てへ過ぎ去りゆく日の光が、影を伸ばす。

「大体……ッ!こんだけ暴れる根性あんなら……ッ!もっと色々出来ただろうが!別に!なんでも!」
「そうだとしても、僕はこれを選んだ、選んだんだ……ッ!」

少年が振りかざした駄々っ子の腕振りは、外れた。避けたわけではない、ただバティの足がふらつき、たまたまかわす方向になっただけである。倒れ込みそうな身体を叱咤して持ち直すと、バティもまた腕を振り上げた。だが、当たらない。まるでフルマラソンを走りきった選手が、お互いを讃えようとして目の前で力尽きて倒れはてるがごとき有様だった。

「だったらッ、ハーッ……フゥーッ……何がゲホッゴフッ、なんでも、諦めさせてやる……!」
「やってみろ、出来るものなら……!」
「言われなくても……!」

二人は歯を噛み締め、おぼつかない全身を奮い立たせて、拳を握りしめると目の前に立つ相手をまっすぐに睨みつけた。どちらが立つか、倒れるか。身体が動く限りは、いな、意思が続く限りは終わらない。永遠にも思えた夕日のさし日が、地平線の彼方へと去った。

「アアアアアアアァァァァスネェェェェェェェエェエエエ!」
「バァァアアアアアッティィィィイイイイイイィィィイイ!」

魂のあらん限りに宿敵の名を叫び、二人は命のありったけを込めて拳を掲げ、眼前の相手へと駆けた。守りも、知恵も、全てを投げ売って、ただ自身の拳を届かせる。それだけに全てを込めてバティは拳を振り抜いた。そして、それは確かに届いた。同時に、自分に届くはずの物は来なかった。バティは眼を見開く。

少年の、アスネの右拳はバティの顔に届く寸前で、白化し、ひび割れて、砕け散っていった。彼の拳はバティへ届くことはなく、勢い余った彼の身体は、バティの胸へと倒れ込んでいった。

「アスネ!お前まさか……」
「その、まさかだよ。ひとりで皆敵に回すんだから、こうでもしないと」
「こ、の……おおばかやろうっー!」

びしり、本体であるアスネが力尽きたのに合わせて、二人が足場にしていた黒い長剣もまたひび割れる。そのまま、バティが身を起こすよりも早く剣は砕け散り、崩落した。

「ちょ、ま、ちょーっ!?」

バティの視界が、ドレッドノートの表面をなぞる。遠い、あまりにも。
バティは、宿敵の身体を掴んだまま、否応無しに落下しはじめた。

「……ッ!こなクソォォォォォォッ!」

あがく、足掻く!決着はついた、だからこそ生きて帰らなければならない!
過剰分泌されたアドレナリンによって、バティの認知時間がスローモーション映像めいて遅延する。もはやただ落下する他ないのか?だが、それでも死が確定するまでは何も終わりではない!

そして方や、数瞬前。ドレッドノートのコクピットでは。

「ノア、左腕を下げろ!俺が行く!」
「やってる!でも下がらないの!」
「何でも良いからやるんだ!ミンチ肉になるぞ!」
「行って!」

イシカワはノアの声を背に受け、コクピットを飛び出す!香港アクションスターもかくやの跳躍から、機体各所に設けられた対空火器を飛び渡り、巨塔のごときドレッドノートの左腕へとたどり着くと、わずかに傾いだ装甲を滑り台として駆け下りる!その様はほとんど自由落下めいている!

「ノア!まだかっ!?」

イシカワの眼に、バティの姿が映る!
バティは自由落下をよしとせず、落ちる瞬間からドレッドノートへと腕を伸ばし、傾斜装甲に触れる。左腕にはアスネを掴んだまま、スライダーの様に装甲上を滑っていく!すわ、滑り台射出か!?

「んがああああぁぁぁぁぁ!!!」

いな、両足を装甲に踏みしめ、ギリギリでブレーキをかける!バティのスニーカーから火花が溢れんばかりに散り、滑り落ちる寸前!縁に指をかけて落下が止まった!

「ぐ……ぬ……お、も、い……ッ!」
「何をしている、僕の手を離せ!」
「へ、へ……何でだろうなぁ」
「僕のことはいい!見捨てろ!」
「……っ、黙ってろよ、力、抜けっからさ」

上がれるか、バティは自問する。いいや、上がるどころかどこまでもつかも怪しいだろう。元より死力を尽くした後なのだ。いまこうやって縁を掴んでいる事自体奇跡にひとしい。必死の状況にある彼らを、装甲上のカメラが見つめる。

外部カメラでバティのありさまを凝視しながら、ノアはニューロン直結による思考制御によってドレッドノートを動かさんと試みるも、コネクションからはエラー、エラー、エラー、アラートが返ってくるのみ。

「動け、動いて、動いてよ!人間は、死んだら終わりなのよ!?今ここで私達が動けなかったら、なんのためにいるのかわからないじゃない!」

焦りの感情がノアの疑似ニューロンを駆け巡る。極限まで人間に寄せられた義体ゆえの弊害といえたが、それでも彼女は諦めなかった。

「ああもう!全接続回路を一時停止!駆動回路に限定して再接続!これでどう!」

ノアの電子論理知覚に、ハニカム構造の接続サインが表示。一面にグレーのSTOPが表示された中、一点のみOKのサインが表示された。

「届いて!」

ドレッドノートの左腕が、かしぐ。それは先程の戦闘からは考えられないほど遅く、もどかしい速度。そしてノアの視覚は、外部カメラを経由して一心にバティを見ていた。さらには彼の、今にも縁から外れそうに震える手を。

「く、う……」

バティ自身はというと、もはや身動ぎさえ出来ないほど消耗しきった体で、それでも助けが来ることだけを信じていた。だが。

「アス、ネ」
「なんだ?」
「小説の続き、あの世で、読ませろよな」

最後の言葉を残すさなかも、バティは装甲板に指をくいこませんと力を込めてはいた。だが、最新鋭の特殊装甲は間違っても人の指先がたつ様な、やわな代物ではない。

震える指先は、徐々にずれ落ちて、あっさりと滑り落ちた。
終わった、短い人生だったなぁ。燃え尽きに燃え尽きたバティは、末期の悔いさえ思い返すことなく、ぼんやりと終わりの瞬間を受け入れつつあった。
夜空の星が、遥か遠くに見えた。

だが。

「バティ!」

落下が、止まる。そして、バティの腕を浅黒いたくましい腕が掴み止めた。

「イシカワ…!?」
「待ってろ、今引き上げてやる」
「いや二人分一気にとか無茶だろ!というか腕がいたいいたいいたいちぎれるって!」
「そうでもないようだぜ」

イシカワの言葉と同時に、バティは自身の体重がふわりとゼロに近づく感触を覚えた。なけなしの力を振り絞ってあたりを見回すと、そこにはドレッドノートへ複雑に押し合いへし合いしながらも、その手を伸ばす五機のソウルアバターの姿があった。アステリオス、レギルングリッター、バロール、アークデウス、グラディエーター。

慣性制御技術、人型機動兵器を十全に稼働させる為の必須要件。
それを彼らは、とっさにバティの下方へと機体の腕を伸ばし、慣性方向を反重力になる形で展開。落下速度を相殺したのである。

「みんな……」

軽くなった二人を、イシカワは一気に引き上げて平地へとあげてやる。
そこは、かろうじて存続していたドレッドノートの左手の平だ。冷たいマニピュレーターの感触が、今は頼もしかった。バティはその上に転がって、荒く息を吐く。見下ろすイシカワ。

「死に損なったよ」
「なんなら、今からでも蹴り落としてやろうか?」
「やめてよ、転落からの水没、溺死なんてどうかんがえても最高に苦しい死に方じゃん。どうせならもっと痛くないやつで……そうだ、アスネ!」

バティは体だけ置き去りにして飛び起きようとするも、思うようにいかない。言うことの聞かない体を引きずって、イシカワが指差した方へ向き直る。バティのすぐ隣に転がっていた少年は、今にも崩れ去りそうな灰めいていた。

「おい、おい!生きてるか、俺の顔、みえるか!?」
「バティ……そこに、いるんだな」
「バカ、しっかりしろ!死ぬな!」

アスネは、自身を見下ろすバティとは見当違いの方向を向いて、柔らかく微笑んだ。

「ぼくの作品……おもしろ、かった……?」
「ああ、ああ!でもおまえ、あんな中途半端なとこで止めちまって……最後まで終わらなきゃ、評価なんか、出来ないだろ!」
「書けなく、なったんだ……どうしても……誰が見ているのか、わからなくなって……」

アスネは笑みを深める、バティは彼の残された手をつかんだ、つもりだった。バティが掴んだ物は砂細工めいて、真っ白に崩れ去っていった。

バティの手のひらを、アスネの腕だったものが珊瑚の残滓のように流れ落ち、真っ黒な暗闇の海面へと吹き散らされていく。上がりゆく月の光の中で、バティは亡霊じみたアスネの顔を凝視する。

コクピットからようやく抜け出でて、バティとイシカワの元へ駆けつけたノアが目配せするも、イシカワも堅い表情のままかぶりを振る。

「そんな、悪い冗談やめろよ……おまえ、自分の作品ほっぽり出して、そのままくたばるんだぞ……?こんな無責任な話、あるかよ」
「そうだね、本当にその、とおり……ゴフッゲホッケホッ……はぁ」

せき込むアスネの口元からは、血の塊は出なかった。まるで大理石の彫像からつもりにつもった風化の痕跡が零れ落ちるように、白い砂が吐き出されては、なにものにもこびりつくことなく彼方へと風に運ばれていった。

「バティ、最後に一つだけ、君に頼みたいんだ」
「やめろよ」
「僕の作品を、どうか残しておいてほしいんだ」
「だから、やめろよ!背負えねえよ、そんなもの……!」
「もう、きみにしか頼めないんだ」
「うるせぇ……っ!」

押し問答を続ける二人を、影が覆った。もとより日は沈み、星月のあかりばかりが光源だった二人のもとへ、夜空の巨大な影より黄泉の使いめいた存在が降りきたった。レイヴンだ。夜闇の中ではあまりに視認しずらい男は、目を細めて現状を把握した。歩み寄っては、バティに抱えられたアスネに視線を落とす。

「バティ、まだこいつに息はあるか」
「ああ……」
「この様子だとソウルアバターシステムのセーフティを解除して、精魂尽き果てるまで機体を動かしたんだろう。馬鹿なことをしたな」

アスネは答えなかった。少年の視界は真っ暗な夜の闇で、その中で死神の目だけが幻のように瞬いている。

「自分が一番よくわかっているだろうが、お前はもう間もなく、死ぬ。それを踏まえた上であえて聞くが、この世界にまだ未練はあるか?」

アスネの目は、問いかけに張り裂けんばかりに見開かれ、頭上の男を見た。そして、血反吐を吐きだすがごとく必死の形相で訴える。

「ある……ある!あと、一か月……いや半月だけでもいい!それだけあれば僕は書きかけの作品を、ちゃんと……完成、させて……」
「よく言った」

訴えを聞き届けると、凶鳥は視線でバティに離れるようにうながす。すぐに彼の意図を理解し、アスネをおろしてイシカワとノアのところまで離れるバティ。

もはやいつ死出の旅にでるかいなか、といった様子のアスネの傍らに立つと、レイヴンは自身の右腕をまっすぐ突き出したままに、こぶしをぐっと握りこんだ。彼のこぶしからしたたった真っ赤な血のしずくが、少年の胸元にぽたりと落ちる。

と、一瞬で少年の灰の身体はごうごうと渦巻く炎に包まれ、夜闇を煌々と照らし出す。炎は青く、赤く、あるいは緑、紫などに色を変えて少年の身を焼いて舞い上がらせ、アスネは声にならぬ絶叫をあげた。

「ちょっ、待っ、ちょーっ!?」

目の前で起きた突然の惨事に、バティは慌てて食って掛かった。
アスネの方は、相変わらず燃料無しに燃え上がる地獄の業火に巻かれているままだ。

「確かに今にも死にそうっつーか、ほんとに死ぬところだけど、いくらなんでも生きたまま火葬にしなくてもいいだろ!鬼!悪魔!人でなし!」

一体どこにそんな力が残っていたというのか、バティは残像が残るレベルでレイヴンをガクガク揺さぶるも揺さぶられた側は平然と炎を指差す。

「誰が人でなしだ誰が、よく見ろ」
「へっ?」

死神の指差した先、寸前まで熱く炎が巻き起こっていたところには、少年が自分の足で立っていた。月光を受けてきらめく髪は、バティが彼と初めて会った時と異なる……栗色だった。

「えっ、えっ?」
「これは、一体どういう……」
「たまたま俺が蘇生出来る条件が揃ったんだ、運が良かったな」

レイヴンは、「二度三度は無いぞ」と付け加えると背越しに親指で東京本土を指す。

「今はまだパニック状態だろうが、じきに犯人探しが始まる。やり残したことがあるならとっとと行け」
「おまえは、僕を、許すのか?」
「どうでもいいな。元よりお前に対して、許さなければならないほどの感情など俺は持っていない。お前達はどうだ?」

感情の読み取れない擦れた表情でバティ、ノア、イシカワの三人に話を振るレイヴン。

「いや、別に……こいつに死んでほしいわけじゃ、ねえし」

一言で言い難い、なんとも多種多様な感情が入り混じった顔で絞り出すバティ。

「あなたへの迷惑料の請求なら、運営会社の仕事ね。私は興味ないの」

クシャクシャになった髪の毛先をいじりながら、言葉以上に興味のなさを示すノア。

「もともと流れで首を突っ込んだんだ、そこまでの因縁はないな」

そしてサグい仕草で肩をすくめるイシカワ。

まさに三者三様で、しかして根本的には同じ結論を出した三人。彼らの言葉に、アスネは今までは死人のようだった顔を、きゅっと歪めた。

「そういうことだ、さっさと行け。ここにいる連中が良くても他のやつがそうとは限らんからな」
「わかった……僕は、いくよ。そして、かならず自分の作品を完成させる。だから、その時には」
「うっせーよバーッカ、そんなの、言われなくたって読みに行ってやるって。だからよ、もうあきらめんなよ」
「うん」

アスネのはにかんだ微笑みに、バティは無性に気まずくなって目を伏せた。

「ありがとう、さようなら」

月光を受けてわかれを告げるアスネの背後に、あの純白の騎士機が再度光の粒子とともに再誕、そのまま彼は愛機の内へと転送されて、海中へと沈んでいった。

「今度こそ、終わった……本当に」
「そうだな、長い長い、馬鹿騒ぎだった」
「けどさ……良かったのかよレイヴン」
「なにがだ」
「わざわざあいつを健康体にまで治してやって、そのうえ見逃しちまうとかさ。やらかしたのは、事実だろ?」
「そうだな。だが、俺は法の番人でもなければ国の官犬でもない。自分で奴に猶予をやると決めて、そして実行した。それだけだ。世界のお気持ちなど俺の知ったことではない」
「そっか」

そこまでいって、バティは今度こそ燃え尽きて巨神の硬い手のひらの上で大の字になったのであった。

「な~に黄昏れてんだ」
「なにって、何もかも終わったんだからちょっとくらい寝っ転がってたっていいだろ?」
「まだやることがある」
「は?」

完全に何もかも終わったつもりでいたバティは、自身を覗き込んだイシカワを素っ頓狂な声を上げて見返した。まだやること。あったっけ?

「俺たちが勝ったんだから、祝杯だ!」
「はああああああああああああああああ!?」
「何だ、やらないのか」
「やるも何も、この騒ぎの後じゃ呑み屋なんてやってないでしょ!?」
「酒があって、食材があるなら後はつくればいい。違うかレイヴン」
「なにも違わないな。バー・メキシコは無事だろうし、何かしら有るだろ。無ければ買ってくればいい」
「Oh、My、buddha……」

今度こそ真っ白になって燃え尽きたバティをイシカワがおんぶすると、役目を果たしたドレッドノートから、まだ動けるイクサ・プロウラのマニピュレーターの上へと飛び移った。ノアも続き、レイヴンはコクピットハッチへ飛びつく。

「ところでホイズゥはいつ来たんだ?最初ソウルアバター戦に出たの四人だったろ」
「足止め喰らって振り切ったところで、いきなり丸呑みされたらしい。だからいることは居たんだと」
「はっは、アイツらしいぜ」

イクサ・プロウラは空いている側の腕を振ってハンドサインを送ると、今度こそ本当に終わったことを距離を置いて見守っていたパルプスリンガー五人の機体へと知らせた。

イクサが上昇し、バティが振り向いた先のドレッドノートの機影が遠ざかっていく。自分でも、よくもまああれほど使い潰したものだと思う。だが、あの機体は死闘に耐え抜き、そして勝った。勝てたのはほぼほぼアイツのおかげと言っていい。

「あんがとな、相棒」

遠ざかる翠緑の巨神に別れを告げると、バティ達を載せた黒い鳥は、夜闇に浮かんでゆっくりと飛んだ。目指すは東京メガフロート、バー・メキシコだ。いつもの日常が彼らを待っている。

―――――

「横暴だーっ!」

轟音、そして振動がバー・メキシコを揺らした。
レイヴンは仏頂面のまま、自身のCORONAビールをさっさと飲み干す。ワンテンポ遅れて、天井から舞ったホコリが店内にばらまかれた。

「炎上か、最近多いな。やれやれ」

特に気にした素振りも見せず、男は次のCORONAを開けるとライムを押し込んで再び呷る。そんなレイヴンの眼の前には、以前と変わらずテーブルに突っ伏して懊悩するバティの姿があった。彼の方のCORONAはわずか数口舐めた程度だが、既にぐでんぐでんに酔っ払っていた。

「うう~……書けねぇ……」
「無理に書くこともないだろう」
「いや、でも、さ。こう俺にだって使命感とかそういうのが、ね?」
「使命感より、パッション、情熱の方が大事だな。やる気を出すなら。しかし俺が思うにバティに一番足りないのは」
「足りないのは?」
「規則正しい食生活と健康習慣だな」
「そ、そっちかぁあ~……」
「やる気なんてオツムから出るもんだ、ちゃんと飯食って運動しないと出るものも出ないぞ」
「肝に命じます、ハイ」

バティは身を起こしてノートパソコンの画面と向き合うも、まっさらなテキストエディタはまだタイトルさえ入っていなかった。

「レイヴンもさー、書けない時ってあんの?」
「あるぞ、しょっちゅう有る」
「マァジでぇ?全然そんなイメージないよ」
「ネタがない時、いい表現が思いつかない時、疲労が限界に達している時、そもそも創作に気が向かない時、書き出しがわからない時、いっぱいだ」
「ふぅん……そういう時どうしてんの?」
「無い中から絞りだして駄文になるのを覚悟で書くか、諦めて休みの看板ぶら下げてから温泉行きだな。後は意欲には呼び水がいるからインプットを優先するか。要するに最悪もうどうにもならない時は、諦めてふて寝するしかない」
「そっかぁ……」

バティが天井を仰ぐと、そこには西部劇のバーにありがちなプロペラめいた機械がのんべんだらりと回転していた。確かシーリングファンとかいう、その原始的な空気撹拌機と向き合っても特に何もアイデアは出てこない。

「楽しくやるのが一番だぞ、と」
「楽しく、楽しくかぁ~……」
「なぁに黄昏れてるの、よっ」

いつのまに忍び寄ったか、バティが見上げる視界に顔の良い少女が割って入った。切れ長の目の奥のカメラアイと視線が合う。

「……別に?」
「ふぅ~ん?まあ良いけどね」
「何だ、またサボりか」
「そ、おサボり」
「いいの?なんか今めっちゃ揺れてたけど」
「良いのよ、もとを辿れば私達の管轄でもなければやらかしでもないもの」
「それはそうと、最近スパムボットがまた激増している。ユーザーじゃ手に負えん量だ。そちらに対策してほしいんだが」
「ノート・スカウトに投げとくわー」

いかにもやる気なさげに職務要求に応じたノアは、さっさとそのことを忘れてバティの頬をむにむにとこねていく。

「ほうらぁ、あんだけ啖呵切ったんだからがんばんなさーい?」
「そうは言ったって出ないもんは出ないっての!」
「はー、ほら、アンタのライバルはちゃんと続き書いてるわよ」
「……ホントだ」

ノアが指さした先に空間描画されたホログラムには、バティもよく知っている相手のアカウントが表示されていた。最新の投稿。更新日付は、今日、今さっき。

「やるじゃん、アイツ。でも俺は俺のペースでやるよ」
「ふぅん、まあがんばりなさいな。見ててあげるから」
「さんきゅーな」

レイヴンは二人から視線を外すと、別席でCORONAをあおっているイシカワに視線を送った。イシカワが肩をすくめたのを確認すると、視線を戻して自らもCORONAを傾け、タイピングを再開する。

書く者、読む者、悩む者、そのすべてを包んで、この施設の一日は過ぎ去っていった。

~了~

次回予告

関東一帯に、全裸中年男性が急増する異常事態が発生した。
のみならず、全裸化する発狂者は後をたたず社会的秩序の危機が訪れる。
事態を重く見た政府担当者は、パルプスリンガー二人に原因の調査を依頼。そして明らかな厄介事の貧乏くじを押し付けられた凶鳥と教授がたどり着いた街。それは胡乱者の間で語られる実在しないはずの街、暗黒胡乱低治安汚染痴態、ドブヶ丘であった……極限を越えた底なしの胡乱廃棄世界で二人が目にするものとは果たして……?

次回パルプスリンガーズ、『全裸の呼び声』。凶鳥も断るドブヶ丘のコーヒーは、ヤバい。

作者注記

本作はNoteに投稿しているパルプスリンガーをモチーフに小説を書く、という企画の15作目だ。参加者は27人?いるので後12本だ、ガンバレ俺。この一本で一年以上もかかってしまった。もっとがんばれ俺!

と言う訳で今回の主役はこちらの方。

バッティ=クンです。
彼の回を書く上で、どう書こうと考えた時、グレンラガンとかプロメアと言ったガイナックスからトリッガーの系譜を抑えてオマージュする形の演出に、創作者としてのジレンマ、葛藤を軸としてテーマ建てる形でプロットをイメージしました。

かなり弄り倒した形になり、長さも小説文庫本一本分となる12万文字超の大長編になってしまいました。本当はもっと短くまとめるつもりでしたよ、ほんとだよ。延々つき合わせてしまってもうしわけない!

バッティ君の機体は、大体忍者戦士飛影とグレンラガンを拾いつつエンタメ忍者がよくやるムーヴメントを詰め込んでチューニングしました。見た目は多分Figmaニンジャスレイヤーアニメ版を幻惑色にリペイントしたやつでしょう。スゲーメカメカしいんだよなあのフジキド。
そして忍者のライバルは騎士なので(わかるひとにはわかるやつ)逆算式に敵のイメージも固まったのでした。皆もダークパワーの取り過ぎには注意しよう!

そこからさらに、今回相方となったイシカワ(彼についてはまた別にエピソードを建てるかもしれないので控えめに)の機体とのグレート合体を経由し、秘匿建造された戦艦ドレッドノートとの積載合体!ウオオオウィーピピー!
商業版権として書き直す場合大分設定の変更が必要になるパートになってしまいました。ドット払い。

という訳で、今回のご参加、本当にありがとうございました。

ファンタジーミステリー小説も連載中!

弊アカウントゥーの投稿は毎日夜21時更新!
ロボットが出てきて戦うとか提供しているぞ!

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パルプスリンガー、遊行剣禅のパルプ小説個人誌です。 ほぼ一日一回、1200字程度の小説かコラムが届きます。 気分に寄っておやすみするので、…

ドネートは基本おれのせいかつに使われる。 生計以上のドネートはほかのパルプ・スリンガーにドネートされたり恵まれぬ人々に寄付したりする、つもりだ。 amazonのドネートまどぐちはこちらから。 https://bit.ly/2ULpdyL