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お笑いとラーメン

そのむかし、「暮れの紅白」とか「暮れのレコード大賞」という言葉があった。でも、もう誰もそんなこと言わなくなった。今は「暮れのM-1グランピプリ」かな。私も3年くらい前からYouTubeで見るようになった。

で、今年の「M-1」の優勝は「ウエストランド」だった。毎回、トップ3に入るようなコンビのネタと話芸は素晴らしいと思うが、今年のウエストランドも、ネタと話芸ともにとても面白かった。

実は、私は3年前の夏、ウエストランドのライブを見ている。下北沢ってところに行ってみたいと思い、数十年ぶりで行ってみた。駅前の再開発でこじゃれた店が増えていて、かつてあったような(よく知らないけど)アングラ文化の香りみたいなものが消え失せていて、街にはちっとも魅力を感じなかった。

で、諦めて駅にむかて歩いていたら、客引きのお兄さんに声をかけられた。曰く、「これから近くでお笑いのライブをやるんですが、いかがですか。500円ですよ」。別に急いでもいなかったので、お兄さんについて小さな芝居小屋に入って行くと、私が全く知らない下積み修行中といった感じの若手お笑い芸人が出てきて、次々とネタを披露した。平日の昼間だったので、お客は女子高生が数人とおばさん数人(含む私)。

その中にウエストランドがいた。もちろん、当時は名前も顔も知らなかった。ネタは面白くないし、声ばかり大きく張り上げるのでうるさいだけという印象だった。私は最前列にいたので、うるさくって、「若手芸人はこんなものなんだろうな」と思って帰ってきた。

そのウエストランドが去年の「M-1」で決勝に残っていたのでびっくりした。なんだか見たことがあるような芸人だなと思ったら、その2年半前に下北の劇場で見た二人だったことを思い出した。初めて見たときはコンビ名さえ知らなくて、このとき初めて「ウエストランド」というコンビ名だと知った。数千という若手芸人の中からベスト10に選ばれるだけでもすごいが、なんと今年は優勝してしまった。

準優勝の「さや香」もすごく面白くて、甲乙つけがたかった。私はお笑い批評家じゃないので、ここで批評をするつもりは全くない。私が強い印象を受けたのは、あんなにつまらなかったお笑いコンビが、わずか2、3年でトップ芸人に躍り出てきたことだった。もう、下積みの暗さもなく、漫才もインタビューでの答え方にもすっかり貫禄さえ出ていて、見違えてしまった。

「M-1」には、毎年、こんな漫才もありなのか、と思うような斬新な芸風やネタを披露するコンビが出てくる。もう、「和牛」は大御所、「かまいたち」も旬を少し過ぎた大物芸人、1昨年大ブレークした「ミルクボーイ」や「ペコパ」もすっかり過去の芸人になってしまった感がある。「中川家」や「博多華丸大吉」に至ってはもはや古典になってしまった。といっても、私は今でもこの芸人さんたちが大好きだけど。

お笑い芸人の層の暑さを感じたし、そこで切磋琢磨しながら実力をつけてくる若手芸人のカッコよさを感じた。やっぱりライバルがいるってすごいことだし、これほど情熱を傾けられるものを見つけられた人は幸せだなあと思った。

そろそろ、で、ラーメンは何なんだと言われそうだ。ラーメンとお笑いには共通点がある。それは、ここ40年ほどですっかり日本の文化としての地位を確立したことだ。

40年前のラーメンはただのラーメンで、行列ができるラーメン屋なんてなかった。安くて待たなくても食べられて手頃な価格の、日本のファーストフードという程度の地位だった。ところが、いつ頃からか、ラーメン業界に参入者が増え、ラーメンに特化した雑誌が登場し、テレビ番組ができ、行列のできるラーメン屋が増えた。

40年前に漫才ブームがあり、ツービートや紳助竜介などの斬新なネタを提供する漫才コンビが登場して、それまではおじいちゃんおばあちゃん向けの娯楽だった漫才が若者に支持されるようになった。そして、ダウンタウンの登場で漫才はまた新たなフェーズに入り、「M-1グランピプリ」が漫才やお笑いの裾野を大きく広げた。

海外でもラーメンは大人気で、もはや寿司を凌ぐ日本の食文化ということに誰も異論はないだろう。漫才は日本語でなければ無理なので海外に出ていくことはないだろうが、これからは日本語ペラペラの外国人が漫才に挑戦するようになるだろう。大阪弁ペラペラの外国人はすでにけっこういるらしいし。これまでは落語は日本の文化と言えても、漫才はせいぜい大衆娯楽くらいの地位しか与えられていなかった。でも、もう日本の文化だ。

ただ、私はここに来て、ラーメンとお笑いの違いを感じている。お笑いはまだ勢いがあり、まだまだ伸びて行きそうだが、ラーメンはもう行き着くところまで行ってしまったような気がする。私が日本を離れる20年前はラーメンはおいしかった。おいしくないラーメン屋は生き残れなかっただろう。ところが、去年帰国して時々ラーメンを食べるが、東京のラーメンは全然おいしくなくなっていた。スープがドロドロしていていしょっぱすぎる。これなら出汁なんかにこだわる必要はないだろうというくらい味が濃くて、水が欲しくなる。

ラーメン店の看板は派手で、店の名前にもこだわりがあり、店内ではかっこいいお兄さんたちがラーメンを作っているが、なんだか”やりすぎ”に見える。他店との差別化を図ろうとしすぎて、いろんなことをやりすぎているように見える。

最近、ラーメン好きな友達が気になるラーメン屋があるというので、一緒に行ってみた。普通のラーメン屋よりちょっと高めで、店内はおしゃれだったが、店を出た後、二人で「ここは2度は来なくていいね」と言い合った。

今の若手お笑い芸人たちは基本的な話芸を極めて、プラスそれぞれのコンビの個性を出すことに努力しているように感じるが、ラーメンの方は、基本がお粗末なのにプレゼンテーションで勝負しようとしているように見える。

お笑いと漫才はこの数十年ですごく進化したが、ラーメンはどこかで道を間違えて違う方向に向かっているような気がする。私は帰国して以来、東京でラーメンを食べておいしいと思ったことが1度もない。



らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

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