見出し画像

【ちょっと上まで…】〈第八部〉『帰還』

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
# <<【 第七部】 へ            >【第一部】から読む<
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

〈第八部〉
『帰還』


〈シャトル〉・今

 亜軌道とも准軌道とも呼ばれる、成層圏低層。地球の大気と真空の狭間。
 深宇宙でも、大気圏でもない、そんな中途半端な空間でアタシはあえいでいた。

 やっばい。やばいよ!
 船いないじゃん!!
 これじゃ船に……、〈バイトアルト〉に、帰れない……!

 ◇

〈バイトアルト〉・前日

 ゴウ先生が乗った高々度機が上がってきてから、亜軌道船(エクラノプラン)〈バイトアルト〉の空気は少し変わった気がする。
 クソオヤジがちょくちょくブリッジにやってきては、女神像のお母さんと昔の軍関係の話をしている。それにショーゴの奴まで参加して、アタシ抜きでああだこうだ議論を始めるのだ。
 ちえっ。またのけ者ですか。
 ふーんだ。
 現実的なアタシはそんな話には興味がないからいいですよーだ。
 前にショーゴから言われたっけ。『リリクの方こそ現実的じゃないよ』だ、そうだけれど。
 そうなのかなあ。まあ、軍事だの政治だの難しそうな話はアタシ興味ないからね。こっちのほうから敬遠しちゃうのだわ。
 だってさ、直接会って話し合いをするとか、いざとなったらぶん殴って言うことを聞かせられるっていうのがやっぱり現実でしょう? そうではない見えない相手と「睨み合い」をしたり、地平線の向こうに鉄砲を向けるようなお話のほうがアタシにとっては夢物語みたいに聞こえて非現実的。
 そもそも見えない、いるかいないかわからない敵のことを心配するなんて、見えないオバケを怖がる子供みたいじゃないの。
 そんな情けない話にお母さんを巻き込まないでよって思うのだけれど、なぜだかそれほどお母さんは嫌がっていないみたいなんだ。お母さんは『ブレインシップ(身体がこの船)なんだから全部「わが身」のこと、逃げるわけにはいかないでしょう』なんて笑っていた。
 でもやっぱり、思いやりあふれる愛娘としてはなんとかしてあげたいなぁと思うのだ。お母さんも別に楽しいわけじゃないだろうしね。
 今までは、そんなきな臭い話が始まると気を利かせてその場を離れて、おサルのリルと遊んでいたり、広い船内を散歩したりしていたのだけれど。
 すこしばかりこの、母譲りの知性と美しさを備えた美少女っぷりを船内に知らしめるべく(もちろんみんなとっくに知っていることだけれどね)活動してみようと思い立ったわけなのでありますよ。

 計画その1
 美味しい料理でも作って、みんなのお腹をふくれさせてやる。お母さんは栄養チューブだから意味ないのだけれど、男どもの胃袋を抑えておくのは超大切だってばっちゃんも言ってたしね!

 計画その2……以降は省略。10や20の計画なんてすぐつくれるけどサ。そんなにあっても無駄だと思うのよね。
 ショーゴはいつも計画は計画的になんてよくわかんないことを言うのだけれど、そんなのアタシからしたら無駄の極地。どうせ計画なんてすぐ予想外のことが起きてその通りに行きっこないんだもん。最初の計画1があればそれで十分。あとはそう、高度な柔軟性をたもちつつ臨機応変に。まあ出たとこ勝負ってやつよ。

 ……んで、結局。実際には計画1はその初期段階で変更を余儀なくされちゃったのだ。

 ラウンジ脇にあるキッチンにいろいろ持ち込んで、さあ、お料理とやらをやってみせましょう。と、腕まくりをしたのはいいのだけれど、ほんの少しばかりしくじっちゃった臭い。
 きな臭い話にとらわれているみんなの気持ちを解放してあげようと思っただけなのだけれど……。
 いざ調理開始とやってみると、どうも上手くいかないのよねこれが。
 あれれれ、なんだかおかしい。火もつかないし色も変だし。どういうこっちゃ……。と、いろいろ摘みを捻ったりこねたりしていると、急にけたたましいベルの音がなってびっくり。
 な、なに、なに?
 そんでもってなんだかきな臭い! じゃなくて焦げ臭い!!
 わたわたしているアタシに向かって、ベルの音より大きな怒号が飛んできた。
「こらっリリクっ! 何やってんだ!!」
 ちょうど近くに居たらしいオヤジが火災報知器の音を聴いてすっ飛んできて、怒鳴りついでにアタシをふっとばした。
 まったくもう、女子らしいことするとすぐ殴ってくるんだから……。これだから男親はこまるわ。
 なんだか慣れてしまって何度目だろうなあって思いながらふっとんで壁にぶつかり、やっぱり頭からずり落ちた顔のすぐ前の空気が揺らめく。なんだこれ? 熱ッつ!! 
 どうやら見えない炎が床を這っていたらしい。オデコあたりの皮膚が急に乾いて熱くなる。
 慌てて飛び跳ねて顔の周りを手ではたく。
 よかった、燃えてはいない。なんとか事なきを……得られ……ませんでした。前髪がだいぶ短く、ちぢれちゃったよ……。

 その後、焦げ付いた髪をひっぱたかれた上に例によって大目玉をいただいてしまったわけで……。
 良い事しようとしたのになあ。
 踏んだり蹴ったり。というか殴られたりぶん殴られたり(吸着靴なので足技はあまり出てこないのだ)だわ。
 鉄拳制裁の結果、何度壁に張り付いたかなんて具体的な数字は、アタシの名誉のために控えさせていただきます……。

 だってほら! 低重力だと炎が膨らむなんて思わないじゃん! ほとんど見えないのにぼわって広がってアタシの方がびっくりしたわよ!
 なんて、おサルに愚痴を言って紛らわす乙女なのでした。ショーゴはまた物騒な話でオヤジたちに取られてるしね。あーあ。つまんないの。

 なんて、まあ、そんな、一応は平和な〈バイトアルト〉の日常だったのです。が、この日は、大目玉の続きなのかきな臭い話にアタシも付き合わされてしまった。そのうえ、『ちょっと上まで』行ってほしいってお使いを頼まれたのだ。
 それさあ、半分オヤジの口癖になってるけど、地上からこの準軌道までですら「ちょっと」だなんて言う奴の口から出てくると、これまたすごいところまで上がらなきゃいけないみたいに聞こえるじゃない。
 なんだか嫌な予感がするけれど、ボヤ騒ぎの後だということもあって、あんまり断れる雰囲気じゃないことも事実。
「いや、ほんのちょっとだ。たいしたことのないお使いだよお使い」なんて言ってくるんだけれど、本当かなあ?
 なんだろうねもう。

〈シャトル〉

 そんなこんなで、クソ親父の命令。ちょっとしたお使いである。
 船内の上のほうの階から何か持ってくるようなお使いだったら良いなあなんて思っていたけれど、やっぱり、想像通りというか母艦外行動(オフショア)ってやつを言い渡されて、〈ちびシャトル〉(RESC)で成層圏中をさらに昇ることになった。
 実を言うと初めてのシャトルミッションだ。初めてのお使いである。ちょっとわくわくどきどきしながら上層に上がったアタシは、謎の物体 ―銀紙をくしゃくしゃに丸めたくす玉に針金を刺したみたいなヤツ― をいくつか軌道に置いて、頼まれたお使いをあっさり終了。簡単簡単。まあ、今度はうまいことやったわ。オヤジも褒めてくれるでしょうよ。そんな姿はぜんぜん想像つかないけれど。なんてほくそ笑みながら帰還シーケンスに移る。

 アタシはシャトルを180度反転させて、ほんの少しの減速噴射をする。
 空気のない軌道上では、上に行きたい時は加速、下に降りたい時は減速する。
 回転角がどうだとかベクトルが何だとかショーゴが小難しい説明をしてくれたけれど、アタシは地上を走るオートバイのレースを想像して理解していた。
 カーブでR(半径)を小さく、小回りをしようとするにはきっちり減速しないとダメで、無理にスピードを上げると、傾けた車体は遠心力でおきあがり、外側にはらんでしまう。それじゃ、たとえ速度を上げても速く曲がることはできない。速く小回りしたければゆっくりと。しっかりブレーキングして低速で車体を倒し込む。急がばまわれ。は、意味が違うかな。まあトニカクそんなところ。
 地球は丸いじゃない? 地表のカーブに沿って飛んでいる軌道上でもその理屈は同じ、単純にスピードを上げると外側に、つまり上昇してしまう。Rを小さく、軌道を下げるには減速をしないといけない。
 直感には反するけれど、地上から見ると減速して低い軌道を回る船のほうが実は速いのだ。
 だから、〈バイトアルト〉を飛び出し、上昇するために加速したアタシは、お仕事を終えて帰還するために、減速して下降しはじめたってわけ。
 減速すればするほど高度は下がり、地上から見たら速く進み、先行してしまった〈バイトアルト〉に近づける、ハズだった。
 予定の高度まで降りてきて、またシャトルの向きを変えたアタシは、巨大な翼を広げた私達の母船、亜軌道船(エクラノプラン)の〈バイトアルト〉がどーんと目の前にいるのを想定していた、のだけれど……。

 何もない!?
 え? どういう事!?

ここから先は

11,370字
明るく楽しく激しい、セルフパブリッシング・エンターテインメント・SFマガジン。気鋭の作家が集まって、一筆入魂の作品をお届けします。 月一回以上更新。筆が進めば週刊もあるかも!? ぜひ定期購読お願いします。

2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。

よろしければサポートお願いします!いただいたサポートはクリエイターとしての活動費にさせていただきます!感謝!,,Ծ‸Ծ,,