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『小学4年生の世界平和』レビュー

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『小学4年生の世界平和』

ジョン・ハンター(著)/伊藤真(訳)

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著者のジョン・ハンターさんは小学校の先生で、もう35年以上も先進的な授業を、4年生の優秀な生徒を集めた特別学級で続けています。

その特別な授業とは、生徒たち全員が『世界の指導者』となり、自分たちの『世界を平和』にするゲーム。その名も『ワールド・ピース・ゲーム』をする。という授業です。

ゲーム盤は立体的で、一辺が1.2メートルのアクリル板を4層重ねた構造になっています。積み重なる層は、下から海中/地上・海面/空中/宇宙を現したレイヤーになっています。四角いけれどこの地球世界を表現しているわけです。
その中に、規模の違う4つの国。それと少数民族が2つ。

生徒たちは各国および少数民族の首相・族長・大臣・銀行総裁・武器職人や破壊工作員などになり(気候と気象、作物の出来不出来に株式市場の変化をつかさどる女神もいます)すべての立場で相反しあう事情や損益を、交渉や武力(!)で解決していかなくてはなりません。

ゲームの勝利条件は、複雑に絡み合う50もの世界の難題『危機』を乗り越え、問題を解決し、4つの国の資産がすべて増加していなくてはならない。というものです。つまり、一つの国が独り勝ちはできないということです。なんとも現実っぽいですね。

やろうと思えば、好戦的国家が核戦争でもして世界制覇を狙うことは不可能ではない(そういうこともできるようにデザインされている)のですが、もしそんなことをしたら他国は黙っていないとか、世界の生態系のバランスが崩れて自国の存亡も怪しくなるようになっています。

このあたりの『危機』が大変よくできていて、あらゆる問題の解決や変化は他の(より大きな)問題を引き起こすように、非常にリアルに、ある意味で意地悪にデザインされています。

部族、民族、宗教などのマイノリティーをめぐる対立、核拡散、核廃棄物による汚染や原発事故、水の利権争い、過度の耕作や牧畜による砂漠化、国家からの分離独立運動、新たに独立した国家の国家主権をめぐる論争、海洋への石油流出事故やその浄化作戦をめぐる惨事など、しかもそれが交戦地帯で起こったりする!〈――― 中略 ―――〉協定が無効にされたり破棄されたり、領土や主権をめぐる論争、領海や漁業権に関する見解の不一致、乱獲と海洋破壊、民族の祖国をめぐる紛争や難民発生など……。

どれ一つをとっても簡単な問題ではありません、これがごく一部(それも地表面のみ)なのです。海底で新資源が見つかったり原潜が事故をおこしたり、空中で大気汚染や異常気象、宇宙では衛星兵器が作られたり等々、まさに重層的に危機が積み重なっていく状況を、子供たちはその知恵と想像力の限りをつくして解決していかなくてはならないのです。

これ、現実の世界でも大人たちが解決できていない問題ばかりじゃないの。子供たちが解決できるの? 難しすぎないです? とつい思ってしまいます。が、なんと、著者のハンターさんによると、35年間、常に子供たちはゲームの勝利条件を達成してきたというのです。常に。まじですか!?

ハンターさんは日本や中国、インドで仏教的な精神を学んだ人で、複雑に絡み合ったカオス的な世界の秩序とバランスに単純な答えなど無いということを、子供たちに知ってもらいたいと考えています。でも、「単純な答えなどないという答え」も、そのまま押し付けるのでは意味がないと言います。
すべて、自分たちで試行錯誤して、時間をかけて見つけていかなくてはならないのです。
ゲーム進行もハンターさんは「どうしたらよいか」の解法を説明するようなことはせず、「先生も正直言って解決方法はわからない。君たちはいったいどうしたらいいと思う?」と、小学4年生の集合知を信頼してすべて生徒たちに任せています。
彼らはそこで混沌に満ちた世界を学び、時に手痛い失敗をし、どう危機を乗り越えていくかを体験して、自分たちの英知を磨き、そのうえ世界を平和にしていくのです。

そうした英知は「エンプティ・スペース」という何もない(そして混沌に満ちた)可能性空間から生まれるとハンターさんは言います。大人たちが常識や「こうあるべき」と決まった答えで埋めてしまっている、「限定された可能性」ではなく、無限の可能性が詰まった自由な空間です。
なんだか東洋の思想に通じますね。
その「エンプティ・スペース」を造るには、解決不能な難題をとにかく山ほどかかえて「自分の手に負えない」危機的状況に陥らせるのだそう。なかなかにスパルタなやり方な気もしますが……、困難な状況ほど子供たちは「燃える」ようです。
そして、一人や一部族や一国で解決できない難問は、世界で協力しないといけないということも、英知の先にある他者への思いやりについても、じつに自然に学んでいくのだそうです。

私がこのゲームが良いなと思った点はたくさんありますが、特にすばらしいと感じたのは、単に「世界の問題を単純化して、その解決策を探る」というシミュレーションゲームなのではなく、子供たちが「複雑な世界と危機を乗り越えるための英知と思いやりを身に着ける」ことを主眼にしているゲームだということです。言い換えるなら「今、複雑怪奇なこの世界で何ができるか」を学べるということ。ワールド・ピース・ゲームという名前の通り、まさに世界平和の方法を学べるゲームだということです。

これ、世界中の子供たち、いや、大人たち、政治家たちにぜひやってもらいたいゲームです。
いまの政治家たちは絶対やらないでしょうけれど><
このゲームをクリアした、とんでもなく困難な状況を潜り抜けて世界を平和にした経験のある子供たちが大人になって、本当の現実世界で政治家や国の指導者になってくれたら、どんなに良いことでしょう。まさに世界平和への最短ルートかもと本気で思います。

いま現実世界を支配している大人たちが、まだ一人として成功したことのない世界を平和にするというゲームを、子供たちが、何度も(ていうか毎回!)クリアしているという事実は、まだまだ人間は捨てたものじゃないという気にさせてくれる。素晴らしい本でした。


実はこれ、山本弘さんの『翼を持つ少女』(BISビブリオバトル部)で、「この世界」というテーマで紹介されていて読んで見た本です。素敵な本の紹介ありがとうございます。

読みながらネットで検索してみたらTEDでジョン・ハンター先生、講演されておりますね。字幕付き映像はこちら。

本書の中でもそのことはちょっと書かれています。そのほか、映画にもなっているようです。

見てみたいけれどまだ映画全編は翻訳されてはいないのかな? こちらの動画は、この「ワールド・ピース・ゲーム」を日本で行おうというクラウドファンディングの一環で予告編だけ訳されたもののようですね(クラウドファンディングは無事達成できたようです。どんなゲームになったのか知りたいですねー。ドキュメンタリー映像かなにか公開してほしいものです)

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