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『息吹』レビュー

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『息吹』

テッド・チャン (著) / 大森望 (翻訳)

現代最高のSF作家は誰かと聞かれたら、なかなか答え辛いところですけれど、すくなくともベストテンの中には絶対はいっていると思うのがこのテッド・チャンさま。
驚くべくことに、この長編流行りの時代に、ほぼ短編だけで勝負されていて、しかもとっても寡作な方。この『息吹』は第二短編集なんですが、第一短編集の『あなたの人生の物語』から17年でようやく二冊目。という超寡作。
だのに、出す短編が常にSFの世界的な賞を軒並み受賞しているというウルトラスゴイ作家さんです。
前回の『あなたの人生の物語』のレビューでもスゴイスゴイ言っていましたが、やっぱりスゴイw

とゆうわけで、第二短編集でもおバカの一つ覚えにスゴイスゴイを連発しそうな気がしつつも、また短編それぞれに一言レビューしていってみようとおもいます。

◇ ◇ ◇

『商人と錬金術師の門』

『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』 にも収録されていた作品。アラビアンライトの世界でのタイムトラベルストーリー。ロマンスあり教訓ありで、それでしっかりハードSFしているのはさすがです。再読してもやっぱり面白い。すばらしい! すごい!

『息吹』

表題作。すっごい。
空気圧で駆動する機械生命にとっての世界、宇宙。
宇宙論と(機械)生命論をその宇宙の機械視点で描ききってる。いやほんとすっごい。
鳥肌たちました。そして深呼吸。

『予期される未来』

予言機という、ボタンを押す1秒前にLEDが前もって光る。というガジェットをめぐる、自由意志と決定論についてのショートショート。タイトルの意味をかみしめるべしw

『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』

これまたすごい。コンピュータ上で走るAIに人格が与えられたとき、将来的に何が起こるか、SF好きはだれしも想像するとおもいますが、ここまで徹底的に考えられてドラマ化しているのは初めて読みました。さすがテッド・チャン。すごい!

『デイシー式全自動ナニー』

ナニー、つまりは乳母のこと。ヴィクトリア時代のテクノロジーでゼンマイ仕掛けの乳母を作る話。てっきりスチームパンク的な展開かと思ったらなんと!? というこれまたテッド・チャンらしい事象の切り取り方が上手いです。すごい。

『偽りのない事実、偽りのない気持ち』

攻殻機動隊で「コンピュータの普及が記憶の外部化を可能にしたとき、あなたたちはその意味をもっと真剣に考えるべきだった。」と人形遣いが言っていましたが、その考えるべきだった点を掘り下げまくって書いているお話。という印象です。いま以上にライフログツールがさらに進化した時代に、「文字」という原初の記録ツールにまでさかのぼる思索とドラマに圧倒されます。すごい。

『大いなる沈黙』

フェルミのパラドックスに対する「知的生命は敵を呼び込まないためにひっそりと黙っている」からだ。という理由(『三体』の暗黒森林理論ですね)を、人類のすぐそばにいて言葉を話す生物であるオウムが語るというなかなかおもしろい知的考察。 アレックス君 もでてきますw
作者の解説によると、アレシボ電波天文台とオウムをつかったビデオ作品への参加テキストだったのだそう。
https://www.youtube.com/watch?v=7BxBCbjlTZc
↑元ムービーは見つからなかったけれど、イタリア語字幕付きのは見つけました。
すごい。

『オムファロス』

オムファロスとは、ギリシャ語で「おへそ」のこと。もしアダムとイブにおへそがあったなら、それは母親から生まれたということで、それじゃあ神が最初に創りたもうてないじゃないのさ!! という仮説があるわけです。
さて、その説を踏まえたうえで、テッド・チャンは「おへそのない原初のミイラ」が登場する世界を描きます。つまり、その原初人類は母親からうまれていない、何者かの創造物である。ということですね。
そんな世界の科学者であり考古学者の絶対の信仰の告白と、宇宙の観測による発見から微妙にその信仰が揺らいでいく瞬間が見事な一人称で語られます。
読者にバックグラウンド知識がないとなかなか難しい話だけれど、宗教や科学の歴史を学びつつ読めば(検索しながら読むと)なかなかなんとも味わい深い逸品です。(『チ。-地球の運動について』ってマンガを副読本にするとこれまた盛り上がれます(何が?w))すごい。

『不安は自由のめまい』

量子力学の多宇宙解釈、さまざまな偶然と選択で量子論的に分岐を続ける宇宙で、2つのパラレル宇宙どうしで通信できるマシンができたら? というアイデアをとことん深く考察しています。二つの宇宙間の通信にはデータ容量に限度があって、通信機の性能でいつか完全に断絶して連絡が取れないワールドになるという設定も秀逸。そのうえで、人間の自由意志や決定論まで踏み込み、宇宙間通信機が一般化した社会での犯罪や人間性、アイデンティティの揺らぎまでを克明に描いています。ちょーすごい。

◇ ◇ ◇

ふー。
いやあ、これまた堪能しました。
本当にスゴイスゴイ連発しちゃってますが、この、ハードSF的な設定をとことん考え抜いた思考実験を基礎にして、ロマンスや人間性の問題を複合させて幾何学的に美しく、ついため息をついちゃうような精緻で巨大な物語を作ってくれて……、それでいて常にテーマの中心は「人の心」。という、もうほんとスゴイ。名人芸・職人芸を超えて神の領域にたどり着いてそうな超スゴイSF短編集なのです。

最初に、ベスト10に入る作家と書きましたが、こと短編集ならはここ10年で文句なしベストワンですね。もしここ20年でと言われたら、第一短編集も入れてワンツーでしょうw スゴイなあw
本書の翻訳者でSF評論家の大森望さんも、本書を指して「当代最高の短編SF作家による当代最高のSF短編集」とあとがきで語っていますw
そのぐらいスゴイ(まだいってる)SF短編集です。SFの短編集でお勧めをっていわれたら間違いなくコレ。やっぱり超おすすめです。スゴイですw(くどいw)

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