知らないと恥ずかしい?『ベジタリアン』や『菜食主義』の常識と歴史
最近ではインバウンドによって”ヴィーガン”であったり、”ベジタリアン”の絶対数が多くなったように思います。
はるか昔、食料が不足していた原始時代から、食料自給率や食料のライフラインが急速に普及・発展した事によって、肉に頼らず栄養素を賄うことが可能になったのは紛れもない事実です。
しかし、多くの国で、政府は健康政策や環境保護の観点から菜食主義を推奨しています。その背後にはさまざまな利害関係が潜んでいます。
そもそも、ベジタリアンは何を食べるのかご存じですか?
ベジタリアンは、日本では「菜食主義者」と言われますが、健康上の理由で実践しているケースと、宗教や倫理観から実践しているケース、また環境問題の配慮から実践しているケース、と其々が違う理由で実践している事が、ややこしさを生んでいる発端です。
しかも【ローマ起源であるはずのベジタリアン】と、【日本起源である菜食主義】が、どちらも6世紀ごろに流行したという点が更にややこしさを生んでいます。
「菜食主義者」と”精進料理”
「菜食主義者」とは、”精進料理”を思い浮かべます。これは日本原産で、最先端のフレンチでもはこの精進料理に大きく影響を受けているわけですが(アランパッサール等)、精進料理とは、歴史を大きくさかのぼって6世紀ごろになります。
仏教が日本に伝来し、仏教には、生命を尊重する教えがあり、特に殺生を避けることが重要視されました。奈良時代(8世紀)には、仏教の教えに基づき、動物の肉を食べることが禁止される法令がいくつか出されました。例えば、675年には天武天皇が牛、馬、犬、猿、鶏の肉を食べることを禁止する詔(みことのり)を出しました。このような法令により、動物の肉を食べることは長い間、社会的にも宗教的にもタブーとされてきました。
ちなみに精進料理が生まれたのもこの頃で、寺院では僧侶たちが戒律に従い、動物性の食材を使わない料理が発展しました。これが始まりです。
しかもこの肉食禁止令が解かれたのはなんと1200年後の明治維新の後です。こうみると、日本人が肉を食べるようになったのは、ごく最近であることがわかります。
明治維新(1868年)以降、西洋文化の影響を受けて日本の食生活が変化しました。特に1872年に明治天皇が牛肉を食べる姿が公に報じられたことは、肉食奨励の象徴的な出来事となりました。これにより、牛肉の消費が徐々に広がり始めました。
歴史が浅いにも関わらず、ここまで食品発展を遂げた日本は流石という他ありませんね。
さて、先の本題に戻りますが、この精進料理と同じ時期(厳密にはローマでは早い時代に動物殺傷に異を唱えていましたが)に、ローマでもベジタリアンが流行していました。
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