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痛いの痛いの飛んでいけ🌈

 昨日投稿した記事を書いていて、思い出したことがある。

 弟が3,4歳の頃。彼は、自分の声をカセットテープに録音していた。「北斗の拳」のケンシロウの真似をしている声である。

 「あたたたたたたたたたたーっ、あたたたたたたたー---っ」と叫びながら、身振り手振りもあったのだろう。そして手をどこかにぶつけたのだろう。

 「あたたたたたたたー--っ!!!」のあと、「いたい……っっ!!!!!」と叫んだ声も入っていたのだった。「あたたたたたたー--っ」よりも大きな声だった……。

 そしてその後しばらく沈黙し、(痛みに耐えていたのだろうか……?)

 「ほ く と ひ ゃ く れ つ け ん……!!!」とカッコ良く言い切っていた。

 小学校3年生くらいまで、弟と一緒にそのカセットテープを聴いて、よく笑ったものである。

 わたしも昨日書いた記事に、「痛い」と言ったと書いたが、言ったところで痛みはすぐには消えないのだが、痛い、痛かった、という事実を口に出すことで、少しは早く痛みが消えるような気がするのかもしれない、と思ったり、

 「痛いの痛いの、飛んでいけ~~!!」と自分で笑いながら言えるようになる前の、素朴で自然な発語なのかもしれない、とも思った。

 痛みといえば、わたしの場合、入院での治療経験や手術にまつわるものがとても多い。もうさんざん苦しんできたし、耐えてきたし、完全に過去にはなっておらず、今でもたまに痛みに襲われる。嫌だけれど、先日観た「ヒューマニエンス」という番組で、痛みを感じられないことの困難ということも知ったので、痛みは大事な感覚でもあると再認識しつつ、

 食事の時はゆっくりよく噛むようにし、歩く時は足の指を家具の角にぶつけないようにし、ドラム練習の時はスティックが自分の体にあたらないようにしている今日この頃なのであった。

 

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