焼きたてパン
ほんとうは文庫本がよかったけれど、中古ショップにはハードカバーしかなかった。鞄の中で、あんこが多めのあんぱんみたいに、ずっしりしていた。歩いていたら、あんぱんが食べたくなってしまった。
サトミの家に着いたら、焼きたてのパンの匂いがしてきて、まばたきが多くなった。家に入ったら、パンの匂いしかしない。
「急にパンを焼きたくなっちゃってね」
サトミは早口で言った。人参パンと、胡桃パンと、チーズパン。
「あと、胡桃を炒って、砂糖をまぶしたのがあるよ」
「それ食べたい!あとチーズパンも!」
気がついたら言っていた。
サトミはいつものテーブルにパンと胡桃と紅茶を用意してくれた。ふたりでパンを食べてお茶を飲んだ。わたしはハードカバーの本を読んだ。胡桃がおいしくてやめられない。サトミはパンを食べながら、モノクロの映画を観ていた。向かいの窓の光が、TVに少し当たっていた。
「彼とダメになったけど、あたらしい出会いもあったんだ」
サトミが急に言った。わたしは「うん」とだけ言った。エンドロールが流れていた。本は半分くらい読み、しおりをはさんだ。
「今度、パンの作り方教えて」
わたしは聞いてみた。
「いいよ、楽しそう」
サトミがちょっと笑った。
帰りがけ、ティーカップをふたつ買った。今度はふたりでパンを焼き、このカップでお茶を飲もう。
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