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キックボクシング 5章 ~初めてのジムでのトレーニングで~

「フェザー級ですか⁉ 今までライト級でやってきて、無敗なんですよ。体重を二階級も落として階級を変える必要ないと思いますが」
「そう言うと思ったのじゃが、プロになると大翔くんはまだ経験したことが無いと言っていた減量があるのじゃ。体重維持をやっていたことは素晴らしいことじゃが、階級を落とせば今とは比べ物にならないくらい戦いやすくなるじゃろう。体脂肪率も減量すればあと5~8%は落とせる。水も常に2キロ抜いているならあと2.5キロは減らせる。これでギリギリフェザー級になれば、大翔くんはそのままの強さで、筋肉量の低い相手と戦うことができるのじゃ。階級を下げることは今の大翔くんからしたらいい事ばっかりなのじゃよ。それにの、後から階級を上げることもできるから、筋肉が付き過ぎたらすぐに階級を上げれば大丈夫じゃ」
 なるほど。これは一里あるかもな。でもこれ以上体重って減るか? そもそも今の体重から体脂肪率5~8%を落とすのに、試合が決まった後の一ヵ月半ちょっとで落とせるもんなのか?
 大翔が考えていると、会長がちょいちょいと、手招きした。
「何ですか?」大翔はリングを降りて会長の所に行った。
「ちぃとこれに乗ってくれんかの」見るとトレーニングジムにあるような、見るからに高性能の体重計が置いてあった。
「私こっちやりますよ」美奈がパソコンと印刷機の前にある椅子に座った。
「うむ。それじゃあ頼む」会長は美奈にそう言うと、体重計の電源をつけた。
 大翔は体重を測ることが分かったので、グローブと脛当てを外して裸足のまま体重計の前に立った。
 体重計はグリップが付いていて、向こうのパソコンに連動していることから、水分量や体脂肪率、筋肉量も分かる体組成計だと分かった。
 ものすごく高そうだけど、どうやって手に入れたんだろう?
「会長、この体組成計凄く高そうですね」
「そうじゃのう。高いと思うのう。じゃがな、これはレンタルじゃよ。レンタルなのじゃよ! が~っはっはっはっは、がーっはっはっはっは」会長は笑い出してしまった。
 な、何がそんなに面白いんだよ! ツボるほど笑えねぇよ! 会長が笑っているところを見て俺はどうすればいいんだ? 一緒に笑っとけばいいのか?
「が、が、が~っはっはっは」大翔も一緒になって笑ってみた。
「が~っはっはっは」会長が笑っている。
「が~っはっはっは」大翔もとりあえずマネして笑っている。
「ちょっと二人とも! ふざけてないで早く計ってよ!」美奈さんがそう言った時に会長はピタッと笑うのを止めた。
「が、がは、がは」大翔は会長がピタッと笑うのを止めると思っていなく、ピタッと止められなかった。
 会長、速攻で笑うの止めたじゃんか! 俺は乗っかって笑っていただけだったんだぞ。会長はガチで笑っていたんじゃないのかよ! 何が目的で笑い出したんだよ! 大体、体組成計をレンタルしているかどうかなんて何にも面白くねぇよ!
 美奈がパソコンに何かを打ち込むと、「準備良いですよ」と言った。
「それじゃあ大翔くん、ここに乗って軽くグリップを握っておくれ」大翔は体組成計に乗ってグリップを握った。
 暫くそのまま立っていると、体組成計から、ピー と、音がした。美奈がパソコンを動かすと、隣にある印刷機から身体計測結果が書いてある紙が一枚出てきた。美奈はそれを取って見ていた。
「なるほどね。会長、大翔くんをフェザー級まで落とすの結構大変なんじゃないですか?」美奈は会長にそう言いながら結果表を渡した。
「う~む。フェザー級はちぃと下げ過ぎたかもしれんかのう」
「見せてくれますか?」大翔がそう言うと、会長が結果表を渡してくれた。
 筋肉量60%で、水分量が45%、体脂肪率13%か。まあこんなもんかな。体重が・・・・・・64.2㎏⁉ こんなに増えてるのか。学校無くなってから筋トレしまくっていたとは言え、フェザー級の57.5㎏リミットに到達させるにはここからさらに6㎏以上減らさないといけないじゃんか。水はあと2.5㎏減らせても体脂肪が4.2㎏以上減るとは思えない。
「大翔くんはこの休みの間に随分と体を鍛えたようじゃね。前にわしが見た体つきとも随分と違っておる」
「え、まあ、はい」
 フェザー級って、57.5㎏がリミットだろ⁉ 無理なんじゃないか?
「むむ、大翔くん今無理じゃと思わんかったか?」
 何で分かったんだ⁉ 会長は人の心がよめるナチュラルエスパー野郎か?
「思いました。やっぱりこの計測結果を見ると不可能な気がします」
「大丈夫じゃ。このジムで必要な筋肉だけ鍛えて、殆ど必要のない筋肉は落とすのじゃ。大きく言ってしまえばどの筋肉もすべて必要な筋肉なのじゃが、少しあれば十分な筋肉と、沢山あった方が有利な筋肉があるのじゃ。そのバランスを整えればフェザー級で戦える体になるじゃろう。試しにアマチュアの試合を三ヵ月後に組んでそれまでに肉体改造するってのも面白いのう」
「なるほど。休みの間はとにかくいろんなところを鍛えていたし、プロで戦うとなると筋肉の付き方でも試合に大きく左右されるって事か」
「うむ、如何にも」
「大翔ちん、プロになるならやってみたら? 私もプロになる前は肉体改造したんだよ」
「そうなんですか。穂香さんはどの階級でプロになったんですか?」
「あーしはアトム級。46㎏リミットだね」
「アトム級ですか、身長結構高いし、もっと上の階級だと思ってました」
「あーし身長163あるから。アトム級であたしより大きい人に当たったことはないかも。筋肉は職業上あんまりつかないからここの階級なんだけどさ」
「学生じゃないんですか?」
「あーしこの近くでキャバ嬢やってるの。今度来る? サービスするよ! 笑」穂香がニヤニヤしている。
「い、いや、俺まだ高校生なんで」
「えー。大翔ちん来たら絶対モテると思うけどなぁ」
「穂香、あんまり悪戯しないであげなよ」優華が止めに入った。
「きゃはっ」穂香は笑って更衣室へ行ってしまった。
「大翔くん、とりあえず次の最後のアマチュア試合までに体を作ってみると良い。できる限りサポートはしてやるからの」
「分かりました。やってみます」
「それじゃあ、早速じゃが、サンドバックに右脚でキック一万本じゃ」
「キック一万本⁉」
「終わったら言っての。ふぉっふぉっふぉ」会長はそう言うと、キッズたちのところへ行ってキックボクシングを教えだした。
 ・・・・・・千本。
 1. 2. 3. 4. 5. 6.・・・・・・403. 404. 405. 406.・・・・・・いつまで経っても終わる気がしない。とりあえず水飲むか。
 彼方は水を飲んで、脚首を回すと、もう一度サンドバッグの前に立った。
 会長は・・・・・・寝てるな。キッズたちもいつの間にか帰ってるし。一万本終わったら会長起こして次のメニュー教えてもらうとするか。蓮介にだけは負けたくねぇし、もっと自分を追い込もう。まだまだ俺はやれる。
「行くぞオルァ3448. 3449. 3450. 3451. 」
「ぐーぐーぐー」会長がいびきをかいて寝ている。
 7761. 7762. 7763. 7764.・・・・・・いてっ脚が、彼方は自分の脚を見ると、サンドバッグに当たっていたところが紫色に染まっていて、見るからに痣になっていた。多少痛いのは気にせずにサンドバッグを蹴っていたが、さすがに脚が使い物にならなくなり、片脚を引きずりながらベンチのところまで行くと、座って持ってきていたペットボトルで脚を冷やした。すると、丁度更衣室から私服に着替えた美奈が出て来たので目が合った。
「あら、休んでたんだ。大翔くんももう上がるの?」
 大翔は咄嗟に膝を曲げて脛を椅子の下に隠した。
 ヤバい、さすがに入会初日で怪我したところなんか見せられない。ここはどうにかはぐらかそう。こんな所で見つかって休まされるわけにはいかねぇし。笑ってごまかす作戦で行こう。
「そ、そうですね。俺はまだまだ練習し足りないので、もう少しここに居ようかなぁと。あははははは」
「そう。じゃあ、あたしももうちょっと居ようかな」
「い、いや女の子は暗い時間に出歩くと危ないですよ。もうお外真っ暗ですよ。あー危ないなー」
「まだ十七時半前なんだけど。・・・・・・あそう、そんなにあたしと残るのが嫌なの? へ~」
「いや、そんなことないですよ。本当は美奈さんと残りたくてしょうがないんです。いや~。残りたかったなぁ~。でも外が暗いんじゃしょうがないよなぁ~残念だぁ~」
「まだ全然暗くないわよ! 何かおかしいわね。大翔くん、ちょっと立ってみて」
 ヤバい、立ったら怪我がバレる。どうする、ただ立つだけなのに、断ったら不自然だし。しょうがない。膝を曲げたまま立とう。どや顔してれば美奈さんも何もなかったって思ってくれるかもしれない。
 大翔は右膝を隠すように曲げたまま、片足で立ち上がった。そして、キリッとした表情で最大限のどや顔をした。
「ただ立っただけなのになんでそんな顔してるの?」
「いや~、俺からしたら立つことって余裕なんですよ。ぶっちゃけ楽勝っすね。はっはっは」
「ただ立つことでマウント取ってくる人初めて見たわ」
「ははっ。情けなくなってきたぜ」
「あそう」そう言うと、美奈は大翔の曲げている右膝に目をやった。
「何で右膝曲げてるの?」
「俺、生まれつきこの姿勢が一番立ちやすいんですよ。たまにこう言う人いますよ」
「いないと思うけど。片足しか地面に付いていないじゃん」
「片足だけで立つことに喜びを感じているんですよ。そう言う性癖なんです。ささ、今日のところは帰って明日に備えましょ」大翔がそう言った時に、少しバランスを崩したので左手を壁に付けた。
「おっと、危ねっ」大翔がそう言った途端、美奈の顔つきが変わった。
「大翔く~ん。あたしが気付かないとでも思ってるのかしらぁ~? 右足どうなっているのかなぁ~?」美奈さんの口は笑っていたが、目が笑っていなかった。
「ああ、オワタ。俺オワタ」大翔はそう言って、曲げていた右脚を地面に付けた。
「ちょっと、あんた何してんの‼」
「い、いや、俺も怪我したくてした訳じゃ、」
「怪我したくて怪我してる奴なんかいないんだよ! 何でこんなになるまでサンドバッグ蹴ったの! ほんとバカ。ありえない。ちょっと待ってなさい、すぐ包帯してあげるから」
 大翔はもう一度椅子に座ると、美奈が包帯を取って来て撒いてくれた。美奈の怒った声で会長が起きたらしく、会長が大翔のところに来た。
「千本くらい終わったかの?」
「ああ、会長。起きたんですか。あと二百本くらいで一万本ですよ」
「何じゃと⁉ わしはそんなに寝てしまったんか⁉」
「そうですね。・・・・・・会長、申し訳ないんですけど、あと二百本がどうしてもできないです。脚がダメになってしまって」
「は、大翔くん・・・・・・こ、これは・・・・・・申し訳なかった!」
「どうしたんですか?」
「もう、そんな事だろうと思ったわよ」
「・・・・・・え」大翔が混乱していると、美奈が説明してくれた。
「会長さ、いつも見込みがある人を見ると、キック一万本って言ってサンドバッグに釘付けにするのよ。でも実際は千本くらいで止めに入って、一万本はやらせてないんだけどね。こんなにぶっ続けで蹴り込んだのは大翔くんが初めてよ」
「そうだったんですか。てっきり根性試されているのかと思ってました」
「今の時代に根性論なんて古臭いことする訳ないでしょ。会長は千本蹴っても足がブレないかを見るために千本蹴らせてるのよ。言っておくけど、こんな足になるまで蹴り続けた大翔くんも悪いんだからね」
「・・・・・・はい。・・・・・・反省します」それを聞いた会長が話し出した。
「こりゃいかんな、次の試合はもう少し遅らせよう」
「いや、会長! そこまでしなくても」
「ダメじゃ。選手の怪我の管理ができなかったわしにも問題はあるが、このまま三ヵ月後に試合をさせる訳にはいかない。マッチメイクもまだじゃから、伸ばす分には問題ないわい」
「そんなに重症じゃないですけど」
「何を言っとる。十分重症じゃ。それに、ボディメイクもやらないといかんのじゃよ。そうすると、三ヵ月じゃギリギリじゃ。余裕をもって、怪我が直ってからマッチメイクするからの」
「・・・・・・そうですか。分かりました」
「はい。できたよ大翔くん」大翔の脚は包帯でカッチカチに固定されてしまった。美奈の包帯の撒き方が上手かったからか、包帯による痺れや痛みが無かった。中にシップを貼ってくれたおかげでひんやりしていて気持ちがいい。
 足がダメでも上半身はまだ使えるし、まだまだ鍛えまくらないと。今頃蓮介ももっと強くなってると思うし。俺ももっと強くならないと。
「じゃあ、脚は使わず腕のトレーニングしたいです」大翔は立ち上がってそう言った。
「「ダメじゃ!」」
「「ダメだから!」」
「・・・・・・はい」二人にそう言われ、仕方がないので大翔は帰ることにした。

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