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小学生メンター ミソノ <第8話(最終話)>

8.さよなら天使

【前回のお話】7.心のモヤモヤが晴れる時

 こんな風に将来の夢を告げたのは、物心がついてからは初めてだった。
父さんも母さんもオレの言葉に真摯に向き合ってくれ、母さんが退院してから、医者になるにはどういった進路を歩んだらいいかを一緒に調べてくれることになった。

 ねーちゃんは母さんに付き添うことになり、オレは仕事に行く父さんと別れて、急いで家に戻った。
 早く美園に伝えたかった。
 生まれたての自分の気持ちを、目指す道を、美園にとにかく聞いて欲しかった。

「ただいま!」
 靴を脱ぐのもまどろっこしくって、靴を脱ぎ捨てて、家の階段を駆け上った。
 ガチャっと、大きな音を立てて扉を開く。

「美園!!」
 部屋のどこにも、それどころか家のどこにも美園はいなかった。
 なんだか、嫌な予感がしてきた。

「美園、美園、美園! 出てきてくれよっ」
 叫んでも、オレの声が響くばかりだった。
「なんでだよ、あとでねって、さっき図書室で言ってたじゃないか」
 肩をガックと落とし、自分の部屋の絨毯の上に座ってうなだれた。

「ちゃんとここにいるわよ。私は約束を守る天使よ」
 急いで顔を上げると、美園が目の前にいた。
「美園!」
 会えたことに安堵し、泣きじゃくって、美園に抱きついた。
「よかった。もう……会えないかと思った」
 美園は、優しく背中を撫でてくれている。

「あ〜あ、男子たるもの、簡単に泣くんじゃないわよ。今日泣くのは何度目?」
 グスグスとしているオレに、ティッシュを箱ごと差し出す。
 確かに、いつもはこんなに泣かないのに、美園が来てから何だか涙腺が緩くなっているように思った。

「カズ、聞かせてちょうだい。あんたは何を目指すの?」
 まるで全てを承知しているかのように、優しく問いかける。

 ああ、最後だ。多分、これが最後の時間なんだ。
 生まれたての自分の気持ちを再度確かめるように、そして美園に誓うように言葉を発した。
「オレ、医者になる。大変だと思うけど、頑張る。
自分の大切な人も、誰かの大切な人も、助けられるように。
そのために、オレは勉強を続けるよ」

 美園はうん、うん、と嬉しそうに頷きながら聞いてくれた。
「とっても素敵よ。今のあんたは最高にイケてるわ」
 そして美園は輝く天使のように笑う。
 それは、オレが見た中でとびっきりの笑顔だった。

「カズ、今のあんたに、ぴったりの名言を教えてあげる。
“未来は明日つくるものではない。今日つくるものである”
経営学の第一人者、ピーター・ドラッカーの言葉よ。
今日一日、一日の積み重ねが、未来のあんたを作るわ」
 オレは、美園の言葉に強くうなずいた。

「あんたは、もう大丈夫。あんたの心に一本の芯が立っているのが、ちゃ〜んと見える。だから、私はそろそろ退散するわ。」
 いつもは“帰る”と言う言葉なのに、今日は“退散”と言う言葉を使っている。
「退散って、もう美園に会えないのか?」
「私があんたのところに来た理由、覚えてる?」
 理由……
 オレは、初めて美園が来た時のことを思い出した。

『人はね、人生の中で必ず踏ん張り時があるの。その時の踏ん張りが、後の人生を大きく変える。でも、最近の若い人はだめねぇ……。打たれ弱いというか。まあ、住みにくい世の中になって来ていることもあるんだけど、なんて、ヘタレなのかしら。
天上界でも、そこが問題になってきてね、心の声が聞こえたら、誰かがメンターになることになったの。私はその小学生部門に配属になったってわけ。』

 そうだった、ヘタレのオレの気持ちを引き出し、美園は導いてくれた。
 まさに、美園はオレのメンターだった。
「この数日間が、あんたの人生を大きく変える時だった。それに、カズの必死の声が私の耳に鳴り響いたんだわ。
“オレはどうしたらいいんだ。誰か、教えてくれ”ってね。
だから、来てあげたのよ。感謝しなさい。
これでも私、敏腕のメンターで引っ張りだこなんだから」
 そう言うと、パアッと光を放ち、美園は天使の姿になった。
 大きな真っ白い羽が二つ背から突き出し、神々しいまでにまぶしい黄金の輪が頭の上に乗っている。
 初めて会った日に見た、あの姿だ。

「美園、まって。オレ、まだ一人でなんて無理だよ。だって、上手く行かない時とか落ち込んだ時とか、どうしたらいいんだ?美園にカツを入れてもらわないと、まだダメだよ。」
 ダメだと分かっていても、すがるように美園に言ってしまった。

「あら、恋人を引き止めるようなセリフね。ロマンスだわ」
 クスッと美園は笑い、そして続けて言う。

「“人を相手にせずに、天を相手にせよ”
西郷隆盛の言葉よ。
毎日を一生懸命に積み重ねていても、上手くいかない時もあるし、心が折れそうになる時もある。
当然よ、だってそれが人生だもん。
でもね、上手くいかない時は、決して人をとがめない。人ではなく、天を相手にして、今、自分に足りないのは何なのかを常に考えて進んで。そうすれば、きっと道が開けるわ。

いいわね、忘れないで。
辛くてしんどい時ほど、人間の真価が問われるのよ。
そして、どうにもならないと思える時でも笑っていなさい。

天には、私がいるわ。
あんたがふてくされていたら、直ぐわかる」
 うん、うん、とうなずく度に、また涙が出てきた。

「じゃあ、最後に私から質問。
カズ、今の心はハッピー?」
 初めて美園と会った日に聞かれたフレーズだった。
 あの時は、何も返事が出来なかったけど、今は違う。
 涙が混じった声でも、なんとか笑顔を作りながら答える。
「もちろん、最高にハッピーさ」
 その言葉を聞いて満足そうに美園は笑うと、大きく光を放った。
 眩いばかりの光が部屋中に広がり、一瞬にして光が消え去った。
 消え去った光とともに、美園の姿はなかった。

「美園、ありがとう」
 静けさが広がる部屋の中で、ポツッと言葉にした。
 ちゃんと美園にお礼を伝えられなかった。
 だからこそ、行動で示していこう。
 そう決意し、窓から見える空を真っ直ぐに見つめた。

 その日の夜、オレは机にかじりついていた。
 美園はちゃっかりと、オレに試練を残していった。
 それは、一週間分の宿題だ。
 ようやく鉛筆を握って文字を書けるようになったオレは、猛スピードで宿題を仕上げなければならなかった。

 そして、学校へいくともう一つの試練が現れた。
「佐藤、お前、この間のテスト白紙で出したな。放課後、再試だ!」
 今まで何も言わなかった担任の山口先生から、大目玉をくらった。
 でも、今は勉強ができるのが嬉しかった。

 家に帰って扉を開けると、部屋には誰もいない。
 時たま、美園とのことは夢だったんじゃないかと思うけど、それが夢でないことを教えてくれるものがあった。

 勉強机の引き出しを開け、箱を取り出す。
 その中には、あの開かなかった封筒と美園の名刺が入っている。
 封筒は、美園が居なくなってから難なく開けて読めることができた。
 中には、この一週間、美園がオレにくれた名言がズラっと並んでいる。
 そして、文末にはこう締めくくっている。

 『あなたのメンター 美園より』

〜おしまい〜

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
心からの感謝をここに❤︎

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