労働者兼投資家への進化:変容する日本社会における資産防衛と人生設計
1. はじめに
2019年に金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」が公表した報告書によって話題となった「老後2000万円問題」は、5年を経た現在、加速するインフレの影響により「老後4000万円問題」として再び注目を集めています。
本稿では老後に必要な資金とインフレの影響を詳細に整理し、現代の日本人にとっての資産運用戦略・労働戦略・人生戦略について深く考察します。バブル崩壊以降、約30年にわたるデフレを経験した日本人にとって、近年の加速度的な物価上昇は大きな戸惑いの原因となっています。そこで、デフレ下の戦略とインフレ下の戦略の相違点も明らかにしていきます。
2. 失われゆく優位性:現代日本人が直面する苦境
かつて「日本に生まれたらラッキー」と評されるほど、日本は世界から高く評価される国でした。先進国としての地位、安定した治安、低い失業率、整備された社会保障、美味しい食事、安定した物価、高い文化レベルなど、多くの点で優れた国と考えられていました。
しかしこれらの日本の優位性は徐々に失われつつあります。GDPではドイツに抜かれ、近い将来インドにも追い抜かれることが予想されるなど、一部では「衰退途上国」と揶揄される状況にまで至っています。この表現は辛辣ではありますが、現状を端的に表しているとも言えるでしょう。
治安の面では埼玉県川口のクルド人問題に代表されるような局所的な問題が顕在化し始めています。質の低い労働者や不法移民の増加に伴う治安悪化が今後も続けば、これまで日本の強みとされてきた安全性が脅かされる可能性があります。
雇用状況に関しては失業率自体は依然として低水準を維持していますが、その内実は大きく変化しています。派遣社員・契約社員などの非正規雇用の増加、フリーランスや個人事業主の増加により、伝統的な正社員の割合は減少傾向にあります。これは、雇用の不安定化と所得の不安定化につながる可能性があります。
社会保障制度、特に国民皆保険制度は、かつては日本の誇るべきシステムでした。しかし現在では現役世代への負担が極限まで高まっており、制度の持続可能性に疑問が呈されています。早急な抜本的改革が必要ですが、政府や厚生労働省の動向を見る限り、期待できる状況にはありません。このため、国民それぞれが国に頼らない対策を講じる必要があります。
食事の質は依然として高水準を維持していますが、近年のインフレにより外食価格が30〜40%程度上昇するなど、生活への影響が顕著になっています。日本は和食のみならず、中華料理やイタリア料理など、様々な国の料理が比較的安価で提供される稀有な国でしたが、この優位性も徐々に失われつつあります。
文化的な面では移民の増加に伴う多文化共生の課題が浮上しています。日本は長年単一民族国家として発展してきたため、文化的背景の異なる人々との共存には多くの課題が残されています。法制度の改正を含め、どのように着地点を見出すかによって、今後の日本の文化や伝統が大きく変化する可能性があります。
バブル崩壊以降、日本の国際的な地位は相対的に低下し続けています。かつては途上国から日本に出稼ぎに来る労働者も多くいましたが、現在では逆に、日本の若者がオーストラリアなどの海外に出稼ぎに行く状況が見られます。
これらの状況を総合的に見ると、現在の日本、特に若年層にとっては「人生ハードモード」と言わざるを得ない状況にあります。昭和の時代には、新卒時代から老後に備えて資産運用を考える必要はなく、サラリーマン(いわゆる「社畜」)として定められたレールに乗って働き続ければ問題なかったかもしれません。しかし、現在の状況は大きく異なります。
何も考えずに従来型の「社畜」として働き続けた先に待っているのは「貧困生活と死ぬ直前までの不本意な労働」である可能性が高いのです。これが令和の時代の厳しい現実です。私たちは戦略的に資産運用・労働に励み、自身の求めるライフプランを実現しなければなりません。そしてこの課題はインフレによってさらに難易度が高まっているのです。
5年前の老後2000万円問題は、インフレによって老後3000万・4000万円問題へと発展しました。もしインフレ率と同等に賃金が増加していれば問題は軽微で済むかもしれませんが、現実には実質賃金は伸びていません。これは構造的な問題であり、政府が賃上げを叫ぼうと、全ての労働者の賃金が物価の上昇に比例して増加することは決してありません。
資本主義システムはそれほど甘くありません。経営者は常に合理化のプレッシャーに晒されており、賃金(コスト)には常に下落圧力が作用します。一部のハイスキルな人材以外の賃金は、今後もほとんど上昇しない可能性が高いのです。これが日本の実態です。
このような厳しい状況下で、私たちはどのように生き残っていけばよいのでしょうか。それが本稿のテーマです。
3. 脱・社畜のすすめ:資産運用が鍵を握る新時代の生き方
これまで資産運用は富裕層など一部の限られた層のものでしたが、今後は親や家系がよほどの資産家でない限り、全ての日本人にとって不可欠なスキルとなります。「自助・共助・公助」という言葉がありますが、共助や公助は徐々にその機能を失いつつあります。現代は「自助」が強く求められる時代へと変化しており、個人の意識改革が必要です。
国や自治体を当てにすることは現実的ではありません。自分の人生設計は自身で完結させる前提で行動する必要があります。NISAやiDeCoはどちらも自助を後押しする政策ですが、その背景には「年金はもう限界だから老後資金は自分でなんとかしろ」という国からの明確なメッセージがあります。これらを正しく認識し、国は国民を助ける財政的な余裕がない、という前提で対策を講じる必要があります。
これからの将来設計・資産設計を考えると、NISAの1800万円の枠は絶対に利用すべきです。併せてiDeCoや401kなどの税制優遇制度の活用、ふるさと納税などの各種控除の活用も検討すべきです。
日本の税制はサラリーマンに対して極端に不利な制度になっていることから、可能であれば自身の法人を設立することを検討することが、資産運用と並行して「資産管理」の観点から重要です。
資産運用は「個人」だけでなく「法人」という別人格も活用し、可能な限り制度上の優遇を受け、税率のコントロールに努める必要があります。資本主義における活動の単位は「個人→法人→国家→(地球)」と拡大します。
個人と法人は実質的に同一と見做すことができます(プライベートカンパニーの場合)。よって個人と法人の属性を戦略的に使い分けることは、これからの時代には必須となります。サラリーマンの顔と個人事業主の顔と法人の代表者の顔を、場面に応じて使い分ける形となります。
国に関しては個人や法人と異なりコントロールはできませんが、「選択」することは可能です。これはグローバル化が進んだ現代の特典です。昔は生まれた国で一生を過ごすのが一般的でしたが、現代は居住地を選択的に決定することが可能です。これは大きなアドバンテージです。
個人と法人を使い分けつつ、自身にとって最も有利な国を活動拠点にすること。これがこれからの時代の人生設計のベースとなります。日本人だからといって日本に固執する必要はありません。逆に明確な理由もなく海外に居住する必要もありません。すべては相対比較であり、何らかのトレードオフが伴います。
若年層は「居住地は選択的に選ぶことができる」という点を念頭に経済活動に励むべきです。別の論考で述べたように、日本の国民負担率(搾取率)は高く、選択的に経済的弱者(例えば非課税世帯)を装うことが、経済的には合理的な選択肢となる場合があります。低所得・高資産が最強のポジションであり、高所得・低資産のサラリーマンは最弱の立場にあると言えるでしょう。
FIREに関しては日本の社会制度を考えると合理的な選択ですが、将来的に制度の改悪が加速する事態も想定する必要があります。以前の論考で提案した二段階FIREを準備する必要があります。第一段階として日本でのFIREの達成、続いて第二段階としての海外FIREの準備です。
海外FIREは日本の状況が更なる悪化により居住に適さなくなった場合の保険です。物価・治安・税制・社会保険制度が今よりも更に悪化した場合、日本に残り続けるメリットはありません。投資家らしく冷静に(日本を)損切りすべきです。遠くない将来、日本人は選択に迫られることになるでしょう。日本を損切りするかどうか、という決断を。
損切り条件には個人差があることから、一斉に海外移住が加速することはありませんが、段階的に増加すると予想されます。税制を重視する人もいれば、治安や物価を重視する人も存在します。自身のキーファクターを認識し、事前にボーダーラインを明確にしておくことが必要です。
国民が選択的に国(居住地)を選ぶ、という行動が今後は加速するはずです。現代社会がそのような設計となっているので、これは避けられない流れです。個人は生存戦略の一環として、計画的な資産運用と居住地の選択を求められるのです。
とはいえ、資本主義の構造を考えると「資本家と労働者」の比率が逆転するような事象は想像しにくいのが実情です。資本主義は多数の労働者と少数の資本家で成り立つ経済モデルだからです。投資家(資産家)が9割を占めるような資本主義社会では、労働力が不足し過ぎて社会が成り立たない可能性が極めて高いでしょう。
そうすると、資産運用が強く求められつつも、多くの国民は資産運用だけで生計を維持するのは困難である、と言えます。これからの時代は「労働者をベースにしながら部分的に投資家(資産家)」という層が増加すると予想されます。
過去の中流は安定したサラリーマン労働者でしたが、これからの中流は「労働者兼投資家」のハイブリッド型が主流となるでしょう。後は比率の問題であり、投資家としての比率が高くなるほど、資本主義におけるピラミッドの上位に到達することができます。
資産運用が必須の時代、「労働者兼投資家」としての振る舞いが求められる時代です。仮に労働者一本で生き抜く場合、現在の数倍の年収が必要になる可能性があります。しかし、資本主義における労働者の賃金はそう簡単には増加しないため、これは現実的ではありません。従って、防衛的な観点からも資産運用が不可欠な時代となっているのです。
4. ハイブリッド戦略:労働者と投資家の二刀流で生き抜く
資産運用が前提の時代においては、多くの国民は労働者兼投資家となります。この場合、労働者・投資家の比率をどのように調整するかが重要な問題となります。最終的に投資家比率100%が理想かもしれませんが、各々が心地よいと感じる割合は異なります。
例えば、労働はほどほどに趣味を優先したい方は投資家比率80%程度で週1程度働くのが最適なバランスかもしれません。逆に労働が自己実現となっており楽しくて仕方ない方は、投資家としての側面を持ちつつも労働100%(週5フルタイム)でも良いかもしれません。投資家という属性はもしものときの「保険」にもなります。
何らかの理由で労働の継続が困難になった際に、投資家という第二の属性が自身を守ってくれます。従って、労働100%を志向する方でも、保険としての投資家属性は有効です。大抵の方は投資家比率0%から段階的に20%・50%・100%と上を目指していくことになるでしょう。その過程で自身にとって最適な比率を試行錯誤する必要があります。
労働比率の調整を検討する際の重要な変数として、健康(体力)と時間があります。年を取ると病気などで健康を害し、体力の衰えで長時間労働が難しくなる場合があります。この場合、現実的な理由で労働比率のコントロールが必要となります。
人生は長期戦です。体は資本であり活動基盤です。24時間の耐久レースを想定した場合、機材のメンテナンスと体力の調整は必要不可欠です。人生も同様で、体は機材に相当します。病気で害することもありますが、日頃のメンテナンスが重要です。あわせて体力に応じたペース配分が重要で、無理に全力ダッシュをすると後半でスタミナ切れになります。最終的に完走しタイムを縮めたいのであれば、頑張り過ぎないことが大切です。
Time is money という言葉がありますが、時間は希少資源です。労働は人生を幸福に満足感を持って過ごすための手段の1つに過ぎません。労働自体は目的ではなく手段です。手段としての労働の目的は生活に必要な資金を得ることです。加えてスキルや経験の蓄積、評判の獲得、承認欲求の充足、自己実現などが副次的要素として続きます。
労働に何を見出すかは個人差がありますが、生存欲求が満たされるとより高次の欲求へとシフトするのが一般的です(マズローの欲求5段階説)。私個人としては、生理的欲求・安全の欲求が満たされれば問題なしと割り切っています。上位欲求はおまけであり、無理をして目指すほどの価値はないと判断しました。
SNS全盛の時代、承認欲求モンスターがあちこちに跋扈していますので、私のような価値観は少数派かもしれません。しかしながら、他人と比較しない・他人に期待しないを基本スタンスに生活するとストレスが大分軽減されます。強いて言うと社会的欲求・承認欲求には興味ありませんが、自己実現欲求には興味があります。他人に縛られず、自分の価値観に従って生きるということは、言い換えると「自己実現」です。
自己実現と言っても何か大きなことを成し遂げたい、というわけではなく、他人に左右されることなく自身の価値観に従って人生の重要な判断を下し、後悔のない人生を過ごしたい、という程度のものです。
最下層の生理的欲求は人間という生物に遺伝子レベルで備わっているものであり、人類共通の欲求であることから議論の余地はありません。安全欲求も同様で本能的なものです。
社会的欲求と承認欲求は「他人との関係性」に依存した欲求です。私は他人に期待しない価値観を前提としているので、組織・コミュニティへの帰属はさほど重視していません。必要性に応じほどほどに、がモットーです。他人との距離が近すぎると精神的に疲れること、必要以上に時間を喰うことがデメリットだと考えています。
自己実現欲求はマズローの欲求5段階説では最上位に位置していますが、私は社会的欲求・承認欲求と並列関係にあると考えています。他人を重視するか、自分を重視するかの違いです。私は他人にさほど興味がなく、自身の考えに従って行動することを重視するので、社会的欲求と承認欲求は低く、自己実現欲求は中程度です。
投資家目線で評価すると、社会的欲求と承認欲求は足を引っ張るマイナス要素です。特に承認欲求はお金の浪費に直結します。資金効率の悪化に直結し、投資家比率の向上を阻害します。承認欲求には限界がありません。上を見たらきりがなく、無限に資金を吸い取られるリスクが存在します。
5. 結論:インフレ時代の日本人の生存戦略
本稿ではインフレと老後資金問題、日本の社会経済状況の変化、資産運用の必要性、そして労働と投資のバランスについて詳細に論じてきました。これらの考察を踏まえ、現代の日本人にとっての生存戦略をまとめたいと思います。
まず日本は「人生ハードモード」とも言える状況に突入しています。かつての日本の優位性は徐々に失われ、経済的にも社会的にも厳しい環境に置かれています。この状況下で、従来型の「社畜」として働き続けることは、「貧困生活と死ぬ直前までの不本意な労働」という結果をもたらす可能性が高いのです。
このような厳しい現実に対応するため、全ての日本人にとって資産運用が必須のスキルとなっています。NISAやiDeCoなどの制度を最大限活用し、「自助」の精神で自身の老後に備える必要があります。同時に、税制面での不利を克服するため、法人設立や海外移住なども視野に入れた戦略的な資産管理が求められます。
しかし、資本主義の構造上、全ての人が純粋な投資家になることは現実的ではありません。そこで浮かび上がってくるのが「労働者兼投資家」というハイブリッドな立場です。これが、これからの時代の「新しい中流」の姿となるでしょう。
結論として、これからの時代は「労働者兼投資家」としてのバランスの取れた生活設計が求められます。自身の価値観、健康状態、時間の価値観に応じて、労働と投資のバランスを柔軟に調整し、長期的な視点で人生設計を行うことが、現代の日本人にとっての生存戦略となるでしょう。
同時に社会的欲求や承認欲求に過度にとらわれず、自己実現を重視しつつも現実的な範囲で欲求を満たしていくことが、精神的にも経済的にも安定した人生を送る鍵となるのではないでしょうか。
特に重要なのは以下の点です:
1. インフレを考慮した老後資金の準備(4000万円問題への対応)
2. NISAやiDeCoなどの税制優遇制度の最大限の活用
3. 法人設立や海外移住を含めた戦略的な資産管理
4. 労働と投資のバランスの最適化(個人の状況に応じた調整)
5. 健康と時間の重要性の認識(人生を長期戦として捉える)
6. 社会的欲求や承認欲求への過度の執着を避け、自己実現を重視する姿勢
これらの戦略を個人の状況に応じて適切に組み合わせることで、厳しい環境下でも充実した人生を送ることが可能になるでしょう。
最後に強調したいのは、これらの選択や戦略は個人の価値観や状況に大きく依存するということです。FIREや海外移住が全ての人にとって最適な選択というわけではありません。しかし、日本の現状の社会システムに疑問を感じ、より自由な生き方を求める人々にとっては、十分に検討に値する選択肢と言えるでしょう。
投資家として、そして一個人として、常に自分の人生の主導権を握り続けることが重要です。社会システムの変化に翻弄されるのではなく、自らの判断で最適な選択を行い、真の意味で自由な人生を送ることこそが、私たちが目指すべき姿なのではないでしょうか。
インフレ時代の日本において、戦略的な思考と行動が、私たち一人一人の未来を決定づけるのです。
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