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もう戻らないものについての孤独ーレキシントンの幽霊(村上春樹)

喪失の物語。
失うことと、失い"つつ"あること。
あまり婉曲的ではなくストレートに心へ届く短編集。

⬛︎レキシントンの幽霊
そこはかとなく漂う死の香り、寂しさや孤独はない。ぷかぷかと闇に浮かぶような感覚になる話だった。人は深い眠りの中で亡くなった人の記憶を辿る。自分はこちら側で、あの人はあちら側なのだと理解するのかもしれない。

⬛︎緑色の獣
妖艶で淫靡な生き物を想像させた。
求愛した獣は女の欲望の形なのではないだろうか。想いや欲望はそれを持つだけでも罪となるのだろうか。それは止められないはずだ。自分以外を除いては。

⬛︎沈黙
信頼していた人が居なくなっても生きていける。おそらくは信頼という名のつく感情を自分が他人へ持てなくなってしまうことが一番、人を孤独にさせるのだと私は思う。
大沢さんはその孤独の味を知っている。自分で理解できる範囲を超えた部分で付いてしまった傷は、もう消えることがない。

⬛︎氷男
少しずつ少しずつ失っていく自分という存在。氷男との結婚で、彼女は喜びも悲しみも全て失った。最後の涙は氷となって消えた。
『眠り』を読んだ時に近い衝撃が私自身にあった短編。
自分の置き場所がもうどこにもない。そんな孤独。

⬛︎トニー滝谷
トニー滝谷は父と理解しあえなかった。そして父は癌で死んだ。トニー滝谷は最愛の妻の中毒性のある傾向を理解できなかった。そして妻を事故で亡くした。
自分自身でいることを理解し認め合い支え合うことというのが愛だと、ある映画で言っていた。
トニー滝谷は愛に触れることが出来ただろうか。愛に報いることができたのだろうか。
ひとりぼっちの孤独に包まれて、やっと気付くことがある。

⬛︎七番目の男
過去も未来も変えられるなんていうけれど、私は何かに足を取られてじっと動けない。
気づけば孤独だけが存在している世界にいる。
私がしがみついているそれは安らぎに見える恐怖だった。
自分が安らぎだと思ったものが泡のように儚く消える。少しずつ自分の中から消えて行く。
失い続け心が消えて行く時に見えて来るのものはなんだろう。

⬛︎めくらやなぎと、眠る女
別の短編集に収録されていたものより少し短い、改編ver。
螢と同じく、ノルウェイの森を感じさせる喪失の話。愛した人がもうこの世に存在しないことを理解することは、存在していることを理解するに等しいのだ、と。

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