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東京グランドキャバレー物語★21シャケ弁当付きミーティング

 本日は、半年に一度あるミーティング。
私にとっては、初のミーティングなので、いつもより早めに出勤する事にした。これに欠勤すると罰金が科せられるので、ほぼ全員が参加する。
参加特典として、シャケ弁当が一個付いて来る、幕ノ内弁当と言えないのが、残念と言えば残念だが、お店を欠勤する理由にはならない。

 しばらくすると、トレードマークの薄紫色のメガネを掛けた社長が登場した。皆、もくもくとシャケ弁当を頬張りながら、社長の話しに耳を傾ける。

 百人はいるであろう観客はホステス。時代が時代なら女優になってもおかしくないほどの数人の美女が前列にいる。半世紀前の美女たちに社長も緊張ぎみだ。初代社長、自分の親父時代から在籍している大御所ホステスが眼光鋭く鎮座しておられる。

 片手にノートを持った社長が一つ咳払いをし、開口一番こんな事を言った。
「え~皆さん。たくわんを持って来るのは止めて下さい!」
「たくわん?」
 誰かが、素っ頓狂な声で叫んだ、

 あははは!あははは!
笑いの渦があちらこちらで起きる。大爆笑だ!
 大御所ホステス陣の体が揺れている。上品な扇子で口元を押さえながら、くっくと笑いを押さえようとしているホステスもいる。

「お願いしますよ。エレベーターとか匂うんですよ。お客さんに自分の漬物を差し上げたい気持ちは、良くわかりますよ。だけど、匂いの強いたくわん、ラッキョウ、にんにくの効いたおつまみとかね、持って来ないで下さい!止めてくださいよ!ここはね、キャバレーなんですから!」

 確かにエレベーターに乗ると匂う時があった。席を移動する時に漂って来る匂い。あれは、やはり、自前の料理だったのか!私は、頷き感心した。
 ホステス嬢の中には料理上手がいる、お客様が田舎の人だと懐かしい一品料理を食べさせてあげたいと言う人情家だ。
 止めて下さいと言う、社長の気持ちもわからないわけではないが。

 社長は、渋い顔をしながら続けて言った。
「それと最近、その辺に買い物に行く様な格好で店に出るホステスがいます。大根とか玉ねぎを売っているわけじゃないんですよ、ここは!夢を売っているグランドキャバレーなんです。鏡で良く自分の顔と格好を確認してから出勤して下さいよ!お願いしますよ!」

「給料安すぎてドレスも買えないんだから、賃金上げろって言いたいわ」
 誰かが言った。はははは。あははっは。
皆、笑っている。笑っていないのは、もちろん社長だ。

「え~続いて、来月から始まるこの店の催し物について、川崎マネージャーが話します」
 川崎マネージャーが立ち上がった。
「7月から夏祭りになります。期間は、10日間。お客さんに御案内のお手紙を書いて下さい。10通以上お願いします。それ以下だと罰金です!」
「えぇ~またぁ?」
 どこからともなく不満の声が上がる。
「皆さん、今時、手紙と思われるかもしれませんが、お客さんは、年配の方ばかりなんですよ。美しい文字でご案内されたら、しばらくご無沙汰だったから行ってみようか、と言うお客さんだって中にはいるかもしれません。スマホでメールと言うのもありますけれど、風情がありませんよ」

 川崎マネージャーは、長く社長の片腕としてやってきた人物だ。
柔らかい物腰に、ざわついていた女性たちも神妙な顔をした。 
 私は、マネージャーの言葉に呆然とした。
この私に、案内状を出せるお客さんは、果たしているだろうか?

 家に帰り、30枚ほどの少ない名刺を確認したが、東京23区は、数枚。行った事もない北は北海道の札幌、南は九州鹿児島、長野、静岡に散らばっている。東京出張のついでに入ったグランドキャバレーで、挨拶代わりの名刺を出しただけのお客さん。いちホステスの顔など覚えているわけがない。
 その日に名刺を頂いた私とて同類だ。記憶は曖昧で、お客様の顔まで思い出せない。思い出していたらとっくに遠距離恋愛が始まっている。

 どこのどなたに手紙を書くか、10通の案内状の宛て先を見つけないと、と悩む夜が過ぎて行った。

             つづく