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東京グランドキャバレー物語★23 オープンカーでパレードする?

 私、福を覚えてくれるお客さんも少しづつ増えていった。真面目にやっていれば、お天道様だって味方してくれるって、なものでしょうか?否、お天道様じゃなくて、お月様でしょうと、今夜も軽やかな気分で歩いていたら・・。横断歩道を渡ろうとするとお店の真ん前に派手なスポーツカーが止まっていた。それも屋根のないオープンカーと言う代物だ。

 通り行く人が、一瞬チラ見しながら横断歩道を渡って行く。
出勤時間のお姉様たちも、誰のお客さんなのかしら?と興味深くジロジロ見ながらお店に入って行く。
 マネージャーがわざわざ入口にお立ちになり、愛想良くオープンカーの運転手にペコペコしているのが見えた。

 そして、お店の前に来た私を見つけると
「何やってるんですか!福!お客さんがずっとお待ちだったんですよ」  
 と、大声をあげた。
「えっ?でも、私、約束なんかしてませんよ~。勝手にいらしたんじゃないですか?」
 私は、立ち止まり屋根のない車を見ながら言った。

 マネージャーは、さらに頭を下げながら、
「すいませんねぇ。まったく困っちゃいますねぇ。気が利かなくて」
 と、訳のわからない事を言っている。
「福ちゃん、ずっと待っていたんだよぉ~」
 オープンカーのお客様は、ドアを開け車から降りながら私に言った。
「へっ、あなた様は、埼玉方面にお住まいの矢口様!」
 私は、ビックリしながら叫んだ。
「良く覚えていたねぇ、埼玉とかさ」
 嬉しそうに、その人は言った。

 そのお客様は、矢口さんと言う車好きの社長だった。
電話ぐらいして同伴してくれたって良かったんじゃない?と言う言葉を飲み込んだ。
「こうしていらして下さったって事は、矢口さん、福に会いに来てくださったんですか?」
「そうだよ~。どう?この車。福ちゃんに見せたかったんだよ~」
「凄い真っ白ですね~。パレードに出てきますよね、こういう車」
「わははは、パレードか。この車、日本に数台しかないんだよ。自分でいろいろいじってるからさ」

 マネージャーは、手を重ねスリスリしながらニコニコだ!
「ひぇ~。そんな高級車でいらして下さって有り難うございます。それで、どうされますか?」
 まさか、車を見せたから用は済んだとはおっしゃるまい。
後ろからは、マネージャーの圧を感じる。
 私は、言葉を続けた。
「お店にいらっしゃると言う事で宜しいでしょうか?そうであればお席を
 ご用意致します」
 福ちゃんの顔見ただけで満足とか言われて、帰られてしまっても困る。
「もちろん、お邪魔するよ。この車いつもの所に預けて来るから、先に行っててね」
「本当ですか!嬉しい~。お席用意しておきますね」
 マネージャーも、いつのまにか福の隣にいて
「お待ちしております!」
 と、エンジンをかける矢口さんに向かって言った。
オープンカーのエンジンの深い音が響いた。
 そんじゃそこらの車とは段違いで、低音サウンドを醸し出しながら、ちょっと得意気の矢口社長は、右にウインカーを出しゆっくりと走りだした。
 マネージャーは、私を見ながら
「もう、参りましたよ。ずっと福が来なかったら、どうしようかと思って引き留めていたんだから。頑張って下さいよ福」
「はぁい。有り難うございます。頑張ります!」

 突然、今夜のお客様が見つかったので正直嬉しい~。
それも優しい矢口さん。このお店で一番豪華なフルーツ盛り合わせだって、福の好きなビールだってリクエスト出来ちゃう福が甘えられる唯一のお客様なのだ。
 
 お店に入ってドレスに着替えていると、皆が寄って来て代わるがわる同じ事を聞いてきた。
「どこで、あの金持ちのお客様を見つけたの?あの車高いわよ~」
「数か月間前に、お店に入らしたお客様です。キャバレーが初めてと言う事で、その時にいた私を指名して下さったんです」

「福ちゃん、あんな金持ちの人に出会えるなんて、ラッキーよ。今の時代はね、金持ちは銀座とか六本木に行ってしまうんだから」
「そうなんですか!あの人、お金持ちなんですか?」
 銀座や六本木に行かない矢口さんは、なぜ、このお店が良いのだろうか?どちらの街も、あまり知らない私は、緊張しながら、少し静かな席を取って矢口さんの来店をお待ちするのだった。

                つづく