見出し画像

東京グランドキャバレー物語★27 緊急指名手配!


 新人のホステスは、まだお客様がそんなにいない頃は、店側が初めて来店したお客様の席に付けてくれる。ご指名のホステスさんも決まっていない時、それこそ巡り会いの一瞬。
 お客様が、席に付いたホステスを気に入れば、次からは指名してお店に来てくれる事もあり、もっと仲良くなれば同伴と言う道にも繋がるので、初めてのお客様との出会いは、ホステスの運命の別れ道となる。
 
    本日の彼は、40代前半、この店の客層にしては若い。
若いと言うお客様は、経済的に厳しい方もおり、数か月に一度の忘れた頃に、再来の方もいらっしゃる。
 その時は、盛り上がって次回の指名を約束してくれたはずが、再来店の時は、もうそのホステスの名前も顔も忘れていると言う事もあり、ホステスのとっては、旨味はあまりない辛口のお客様だ。
 若いお客様の初来店時、ホステスも緊張しながら、お客様のご機嫌を損ねない様、財布の中身は大丈夫か?カードは持っているだろうか?と様々な話題から判断して行く。身に着けている服、時計、靴などなど。さらに髪型や口の中の歯の状態まで確認している。

「はい、お口開けて。あ~んして」
と言いながら、ホステスが、おつまみのキュウリの漬物を差し出す、日頃この様な甘い出来事もないので、心が緩んだお客様は、嬉しそうに大き口を開ける。歯のお手入れもまずまず、歯科衛生士兼ホステスであります。
まずは、一次審査通過だ。
 若くとも、どこかの老舗の坊ちゃん、IT企業を自分で起こした社長などもいらっしゃる。その辺のキャバクラで遊び慣れ、もう少し違った昔ながらの昭和の遊び場、『異次元の世界を俺は知っているぜ!後学のた為におまえ達を連れて行ってやろう!』と部下に見せつけたい隠れた若き帝王もいるのだ。
 今夜のお客様には、いつもと同様、福ともう一人の女性が席に付く。相方のホステス嬢は、レベル5の超ベテラン女性で、あまり若造系は好みではないらしく、お客様を一瞥した後は、隣席のお姉様とお喋りをし始め、こちらには無関心だ。今回のお支払いは行って二万止まりと計算した様である。
 ここは、福が頑張るしかない!

「俺、名前中〇貴一、俳優と同姓同名。顔もどことなく似てるでしょう?今日は、ジャンジャン、派手に行こう!」
 と中〇貴一氏似は、おっしゃった。
派手にと言う言葉は、人それぞれの金銭的価値観なので、一万円に行かなくとも、派手にと言う方もいらっしゃる。ここは馴染みのスナックや居酒屋とは少々異なり、いくら何でもキャバレーで数千円は無理である。要注意だ。

 初のご来店、キャバレー初心者には、最低料金を提示し様子を見る事も忘れない。さらに用心深い福は、必ず途中で、今現在、この様な金額になっております、と概算を報告する。酔っていると、どこまでも登り龍の如く、天下人になってしまうお客様もいるので、ブレーキ―を掛けるのも席に付いたホステスのお役目である。

 中〇貴一氏似は、剣道や柔道もやっているとの事で、どうりで胸板は厚くスポーツ選手か?と思うほどだ。
 マッチョ中〇貴一似氏は、キャバレーに来る前に、どこかの居酒屋で飲んで来たのか、すでに出来上がっている。
 焼酎を飲みながら、右に左に体を揺らしたかと思うと、
「逮捕するぞ~」
 と言いながら、隣に座った福の両手をガチッと自分の手で掴み離さない。どこを見ているのか視点が定まらず、意味不明な事を言う。
「刑事ドラマが好きなのかねぇ?」
 と、こちらを見ながらベテランホステスが自分の焼酎を作りながら
「刑事になったつもりなのかねぇ?それとも、何かやらかしたのかねぇ」
 独り言の様につぶやき、またまた隣のホステス嬢と顔を見合わせた。

「おまえ~。何をしたか、わかっているのか!このオカメ!」
 怒鳴る中〇貴一似。今度は両手で福の頬を挟む。
    福は、その手を振り払い、焼酎を作る。
「オカメだなんて!」
 初めてオカメと言われた呼び名に動揺しながら
「福です!オカメじゃないですから!それに焼酎を作ってるだけです!」
「福!もう、裏は取れているんだぞ。覚悟しておけよ。じたばたしたって始まらないぞ!」
 オカメと言われたり、福と呼んだりと、酔っているお客様のたわごとなど、福にしたってまともには受け取らない、気を取り直し
「はいはい、わかりました!じゃあ、じたばたする前に一曲踊りましょう!」
 ごつい手を引っ張ってホール中央に移動し、二人で踊り始める。
「よし!わかった。おまえの言う通りに踊ってやろう!だが後で、吐いてもらうからな」
 偉そうな彼は、ふらふらしながらも頭にネクタイを巻き、茹でタコのようにリズムに合わせ踊っていた。
 
 ダンスが終わると、目を閉じ何か恍惚の表情を浮かべる。

「福!明日、ここに電話しろ!俺の名前は、中〇貴一と同姓同名だから。忘れないだろう!」
携帯番号を交換した。

 次の日の夕方、私は教えられた電話番号にかけた。
昨夜のお礼の電話を中〇貴一氏似に伝えようと思ったのである。ホステスのマナーの一つだ。
「もしもし、中〇貴一さんの電話で宜しいですか?」
 と、その電話に出たのは、昨夜の貴一よりも数段低い声の主だった。
「はぁ?お宅だれ?」
「誰って、中〇貴一さんに、ここに電話しろって昨夜、言われて」
 その声の主が、どこかに向かって大きな声で怒鳴っている!
「おい!誰だぁ!私用でこの携帯使ったのは!」
 そして再び、声の主が言った。
「あのね、お嬢さん。ここは〇〇警察の刑事課なんです」
「えぇ!」
「この携帯電話はですね。幾つも箱に入っていて出勤と言うか朝ですね、誰もが勝手に自分用に一つづつ携帯を持って現場に向かうんですよ。昨日、誰か戻さなかったのかな」
「えぇ!そうなんですか?じゃあ、中〇貴一って言う人お願いします。俳優の中〇貴一似で、同姓同名だって言ってましたが」
「本当、申し訳ないです。そんな名前の人間いないです。本当、申し訳ないです」
 と〇〇警察の刑事課の人は、ただただ謝って終了した。

指名手配は出来ないものか?

 呆然とする福。福は刑事に騙されたが、何の被害もない。
心配した支払いも滞りなく支払われた。
ただの酔っ払いが刑事だったと言うだけの事であった。

        つづく