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東京グランドキャバレー物語★11 初めての同伴


 皆勤賞で無遅刻の私は、毎晩七時にお店に入る。出勤時、慌ただしく店に近づくごとに鬼の形相に変わって行く女性達の意味がわかった。店の中にはタイムカード機があり、1分遅れても遅刻になる。機械は正直で温情はない。私の顔も必死の形相で小走りに。だって遅刻しそうだから!

 ある日ゆっくり八時に入って来るホステスさんがいた。お客さんと一緒にお店に入る女性たちは、特別なのかしら?と不思議に思っていたら、それは同伴と言うシステムだと言う事を知った。
 お客さんと待ち合わせして、どこかで軽く飲んだり、食事をしてから、お店に出勤する様だ。お客さんはデート気分、女性は、今晩のご飯はお外で、って感じ?羨ましい…。 
 私と同伴してくれるお客さんは、これから現れるのだろうか? 

 その時は、意外に早くやって来た。
お客さんは、加賀さんと言って、いつも相棒の沼さんと二人で一週間に一度の割合でやって来る上客であった。私のお客様と決まったわけではなかったが、毎回私を指名で呼んでくれる有り難い二人組だった。

「どう?福ちゃん、もうお店に慣れた?」
 優しく私の顔を見ながら、加賀さんが聞いて来た。
「まぁ、三ヶ月もたてば何とか慣れました。それでも、私は、まだ、同伴と言うものをしたことがないので、それが一番の課題です」
 と正直に言った。
「なんだぁ~、そんなこと?じゃあ、同伴ぐらいしてあげるよ。なぁ、沼さん」
「そうだよ、福ちゃん、同伴してあげるよ!」
「本当ですか!本当に本当?」
 同伴があっさりと決まった。
「うわ~!バンザイ。同伴、同伴」
 私は嬉しくて、嬉しさのあまり、目の前にあるウーロン杯を一気に飲み干した。
「おいおい、そんなに慌てて飲むなよ」
 加賀さんが目を細めた。
「だって、嬉ぴい~」

 二人がキラキラ輝いて見える。私は、なんて幸運なのだろう。同伴してくれるお客さんを、私は一生忘れません。どこ行くのかな、何ご馳走してくれるんだろう。お寿司かな~それとも、焼肉?この際、何でも良い。どこで待ち合わせするんだろう。八時にお店に入るとなると待ち合わせの時間は六時半ぐらいだから、近くのお刺身の美味しい居酒屋かな、それとも焼肉なら、パチンコ屋三階のタカキか?頭の中で、同伴のあれこれを考えた。

「じゃあさ、来週の月曜日ね、お店の入り口で待っててくれる?」
加賀さんが、言った。
「へっ?お店の入口?」
 キョトンとして私は、二人を交互に見て言った。
「同伴って、どこかに行くんじゃないんですか?」
 怪訝そうな顔をした私を見て二人は、顔を見合わせて笑った。
「同伴って言うのは、お客さんとお店に入る事を言うんだよ。別に一緒にどこかに行かなくたって良いんだよ」
 沼さんが、教えてくれた。
「そうなんですか!なぁんだ」
 いやしい私の頭の中では、同伴=ご飯=焼き肉>お寿司と言う式に当てはめていたので、ちょっと恥かしい。それでも同伴は、同伴である。
 その日は、指名してくれるお客さんを確保して安泰と言う事だ。
私は、小さなポシュエットからボールペンを取り出し、ナプキンの裏に日にちと時間をメモした。
「絶対、約束だからね!指切りげんまんしてぇ」
「おいおい、大丈夫だって。ちゃんと八時に来るから」 
 私にとっては、入店以来の初同伴です。何としても確約はしたい。

 同伴は、新しいお客さんとの間では、待ち合わせの時間を早めにしておき、いざ、ドタキャンされた時のことを考えて出勤時間には間に合う様にする。また、当てにしていたお客さんが来ないとわかると、次のお客さんを呼ぶ必要が出て来る。新米の福には、次のお客さんがいないので、そんな芸当は出来ない。なので絶対に来て頂かないと困る。
「初同伴だからぁ!指切りしてぇ~。絶対、ぜったいの約束だからね」
 目の前のウーロン杯を飲みながら、何度も指切りをせがんだ私は、その夜はグラグラ揺れながら夢心地で家に帰ったのだった。

つづく