アナタは神をシンジマスカ?
タイトルのように、あなたは神を信じますか?
答えは、あなた自身の心に聞いてほしい。
さて、どうして、カタカナ表記にしたのかは、昔、僕が幼少の頃、白人男性の宣教師が聖書を持って、自宅に訪れたからだ。
今でこそ、街を歩いてみると、白人男性はもとより外国人をよく見かける。何やったら、コンビニに行けば、日本人スタッフではないことが多くなっている。
確かに、時代は令和となり、昭和生まれの僕にしては、恐ろしく変貌を遂げた。目まぐるしく移り変わる速度についていけないくらいだ。
余談ではあるが、
1970年に大阪万博が開催された。
僕は1971年の2月生まれだから、同級生は万博開催時に誕生してるから、万博の一文字を使った、博之、博子といった名前をつけられていた傾向が大いにあった。
夢のような技術と謳われていたものが、今の時代では現実となっている。
人は神に近づこうとしているのか?それとも、神にとって変わろうとしているのか?
こう考えてみると、バベルの塔やノアの洪水といった話を連想してしまう。
バベルの塔は、神に近づこうとして、神の逆鱗に触れ、雷により塔が破壊され、そのような行為が繰り返されないように、それまで一つの言語だったのが、様々な言語に分かれたという。
ノアの方舟は、人の傲慢さゆえに、神の怒りを買って、善良であったノアの家族と、動物のツガイを乗せ、愚かであった人々を抹殺するかの如く、雨や嵐を起こしたと。
こうしてみると、古代から、人間は神に良く怒られている。笑えるくらいだ。ここまで、怒られても懲りてない人間も同様で、いとおかしだ。
そもそも、神話として語り継がれているのだから、どの時代も、傲慢で欲をかいて、他人のことなどお構いなしという、自己本位な考えを持つ人が一定数いるからなんだろう。
それは、まるで言うことを全く聞かない子供が親の逆鱗に触れて怒られているようなものとも言える。
神は自分の形に似せて人を作ったと言われている。
そりゃそうだろう。
崇める形が、より具体的な姿形をとってなければ、信者は増えないからね。
本題に戻ろう。
昭和から平成、令和と元号が変わり、取り巻く環境も、時代とともに様変わりしていく。テクノロジーの進歩は、劇的と言っていいくらいに変化している。
人は神にとって変わろうとしているのではないかと思えるくらいにね。ここで、神話として語り継がれている背景に良く似ているではないか?
歴史は繰り返されるというが、増えすぎた人類を減少させるために、天変地異、戦争、疫病などが起こり、リセット・ザ・ワールドといった具合にね。
もう一度、あなたに問う。
あなたは神を信じますか?