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ノベルゲームを作ろうと思ったら15年かかった話・【第3話】制作前夜③「街」〜袖振れ合った、あの頃の渋谷〜

これは、サウンドノベルの持つ魅力に取り憑かれ、「自分でもノベルゲームを作ってみたい」という思いを抱き、終わりのないゲーム制作に足を踏み入れた1人の個人ゲーム制作者の物語である。


「かまいたちの夜」発売から4年後の1998年。
落柿(らくし)は大学生となり、実家を出ていた。


ゲーム好きの兄と離れ、落柿のゲーム熱はすっかり冷め切り……とはならず。学生寮に入居した落柿は同好の士を集め、寮でも部室でも(文芸系のサークルに入った)睡眠時間を削りゲームに興じる駄目大学生であった。


実家を出ていたとはいえ、落柿は長期休暇となれば実家に戻り、「弟切草」や「かまいたちの夜」に興じたあの頃と同じように柿兄とゲームを楽しんでいた。


その頃、世間を賑わせていたゲームハードといえば「プレイステーション(初代)」と「セガサターン」である。ちなみにゲーム好きの兄はプレステ・セガサターンのいわゆる「次世代ゲーム機戦争」に身を投じることはなく、悠々と両ハードを所有していた。さすがである。

PC-FXもあったかどうかは忘れた。でもNEO-GEOがあったのは覚えている。あのでっかいソフトとコントローラーは一目見たら忘れられるもんじゃない。なので落柿はストリートファイターより「餓狼」「KOF」「サムスピ」派。ちなみにドクソ下手であり、パワーゲイザーが出せた数は両手の指で足りる。

そんな中、兄が買ってきたのがサウンドノベル第三弾「街」
デデン! とパッケージの中央に鎮座ましましている漢字のロゴが印象的だった。だが、落柿は思った。これってどんなゲームなんだっけ。タイトルだけではあまりピンとこない。


ゲーム情報誌でチラッと内容は見ていたものの、ホラーでもないし、ミステリでもないし、何か今までと違って実写で主人公が何人もいるってことぐらいしかわからない。


あとは、舞台が実際の街──渋谷だということ。


何を隠そう落柿の実家は都内にあり、渋谷にも電車で数駅で行けるというロケーションだった。特別陽キャというわけでもなかった落柿も、遊びに行く繁華街といえば渋谷だった。


幼い頃は両親と「NHKホール」や科学館、小中高は友達と映画で「東急文化会館」や買い物に109やセンター街。大学からは関東を離れていた落柿にとって渋谷はすでに思い出の街となりつつあった。

ちなみに作者は人混みが大の苦手なため、渋谷は今となってはそれほどお気に入りの街というわけでもない。梅田の方が好きである。関西人、歩くの速いし。避けるのも上手いし。

そして毎度のことだが、落柿にはこのゲームにひとつの懸念点があった。

実写かぁ……」

「弟切草」は背景のみで想像力を駆り立てられる良さがあった。
「かまいたちの夜」は数多く登場する人物のイメージを補助しつつも想像を妨げないシルエットの良さがあった。


それが実写。舞台も実際の渋谷。
それってどうなん? ドラマとどう違うん?
サウンドノベルの面白さって、テキスト主体で想像力をふくらませられることじゃないのか?


まあ、あれこれ考えても仕方がない!
いつだって、サウンドノベルはやってみないことにはその全貌はわからないのだ!

いざサターン、スイッチオン!

セガサターンのビジュアルは以下の記事でご確認を。サターンには黒と白の2色が存在するが、落柿家は初期に購入していたため当然「黒」である。ちなみに「せがた三四郎」の歌は未だに脳裏から離れないよ! 「セガサターン、シロー!」


年を経ても、実家に戻ればやっぱりそこは兄の天下。落柿は以前と同じように後方に控え、初回は兄のプレイを見守るというスタイルである。


ふんふんなるほど、主人公選択。8人のうちから1人選んで好きなエピソードから始められるというわけか。ここで兄は迷いなく刑事である桂馬編──「オタク刑事、走る!」を選んだ。やっぱりミステリ好きの兄である。そこはブレない。


ゲームスタートは渋谷の交差点から。コーヒー牛乳片手に歩くコートを着た若手刑事・桂馬。オタクである彼はミニパソ片手に渋谷のスクランブル交差点を歩いて行く──

ここで初選択肢だ! 兄が選ぶ。さてどう展開していくか……と思って画面を見つめる中、刑事が誰かとぶつかる。パソコンを落とす。ドシャッ!


いきなり……終わった? え、これでゲームオーバー!?
え、ええええええッ!?


こ、これは違う。「弟切草」や「かまいたちの夜」とは違うぞ……。「弟切草」はどんなエンドでも最後まで遊べたし、「かまいたちの夜」はバッドエンドといえど物語の全体像の片鱗を見せてくれたりしたものだが……。


しかしこのゲーム、序盤はバッドエンドの回避方法をヒントで教えてくれる。それによれば、他の人物の行動を変える必要があるということだった。


な、なななななな成る程ーーーー!!
合点がいった、すべての合点がいったぞ!
なぜこのゲームが複数主人公なのか。なぜスクランブル交差点なのか。


登場する人物はすべて絡み合い、影響を及ぼす。
それも推理といった積極的な行動ではなく、ごく自然で何気ない行動で他人の行動が、運命が、変わる!!


おおおおお面白れぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーー!!


それぞれの主人公を取り巻く登場人物たちとその人間模様。ときにはその人物たちが複雑に絡み合って展開する。このゲームシステムには実写しかありえないだろ?(3回目のてのひら返しである。)


これがいわゆるザッピングシステムというやつである。その後も落柿きょうだいは詰まる度に主人公をカシャカシャと切り替え遊んでいった。


ゲームの構造上、1人の主人公の物語だけを進めることはできない。ある程度進むと、他の主人公のシナリオを読む必要性が出てくる。


ミステリ系シナリオである桂馬編を早く進めたい柿兄は初めは不服そうであったが、ザッピングするうちに徐々に入れ替わりモノである馬・牛シナリオにハマっていった。


この「街」、おそらく人によってシナリオの好みが分かれるゲームじゃないかと思う。我がきょうだいもだいぶ割れた。共通して好きだったのは七曜会シナリオ、馬・牛シナリオぐらいだっただろうか。


特に自分が狂おしいほど好きだった市川シナリオが兄に「暗い。なんかよくわかんない」と言われてショックだった。なんでだよ!! 


しかしこのザッピングシステムにより、普段は読まないであろうジャンルでもグイグイ読ませてしまうのだから、やっぱりサウンドノベルというジャンルは凄い。毎回新しい世界を見せてくれる。

また、このサウンドノベル第三弾から“TIP”というシステムが導入された。今ではノベルゲームではよく見るいわゆる文章の注釈なのであるが、このひとつひとつがウィットに富んでいて面白いのだ。この“TIP”からのザッピングもあったりしてワクワクさせてくれる。

ただ現在では“TIP”には賛否両論あるように思う。文章を読むテンポを阻害する、そもそも面倒で読まないといった声もあるだろう。だがこの「街」の“TIP”は本当に逸品だった。ネタだけでなく当時の風俗・文化がギュッと詰まっているこの“TIP”は時を経たことでさらにその価値を上げているように昨年久しぶりにPSPで「街」をプレイした作者は思った。

そしてこの「街」のシナリオの特性は最終的に〝収束〟しないこと。渋谷の街で主人公たちはすれ違い、お互いに影響を与えながらも自分の人生を生きていく。それを渋谷の街の5日間に限定して切り取り、クローズアップさせた物語。それが「街」だ。

小説やドラマと違うのは、観測者であるプレイヤーがいなければこの物語は完成しないことだ。神の視点でプレイヤーは主人公たちの行動を操る。その選択の先に生まれる物語はときに滑稽で泥臭く、哀しくそして美しい。

そしてこの「街」の風景は作者にとって高校時代まで過ごした渋谷という街を当時のまま留めおいてくれるノスタルジックな1本ともなった。現在も東京を離れて暮らしている身にとって、目を閉じて思いだされるのは東急百貨店のあるあの渋谷の街並みなのである。

「弟切草」「かまいたちの夜」「街」……常に進化と挑戦を続け、唯一無二のサウンドノベルというジャンルを揺るぎないものにしたチュンソフトに落柿は魂が震えるほど感動した。


これから先、どんなサウンドノベルが出てくるのだろう?
落柿はそう胸を躍らせたものであった。が……。

まさかこの「街」の売上が振るわず、作中で匂わされていた続編も出ないだなんてことを当時の落柿はまだ知らなかった。

そしてその20年以上も先、自分がノベルゲームを作ることになるとはもちろん想像もしていなかったのである。


そんな作者が15年かけて作ったノベルゲームはこちら


サウンドノベル「街」の記事はこちらから


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