ノベルゲームを作ろうと思ったら15年かかった話【第16話】エターナル編③「忙殺、そして……」
これは、サウンドノベルの持つ魅力に取り憑かれ、「自分でもノベルゲームを作ってみたい」という思いを抱き、終わりのないゲーム制作に足を踏み入れた1人の個人ゲーム制作者の物語である。
Nscripterで人生初のノベルゲーム作りを始めた落柿(らくし)。ゲーム制作に費やす時間を増やすために個人事業主となることを決め、ついに開業届を出す。本業が軌道に乗るまでの時間を使ってゲームを作りきることを目指す。
「さあ、開業届も出したし青色申告申請書も出した! 取らぬ狸の皮算用はバッチリだぜ!」
当時の効果音担当者にも「仕事を変えたので、しばらくは時間が取れる。お待たせしてしまっているが、制作ペースを上げていく」旨の連絡をした。
さて、ここから本格的に自営業とゲーム制作のバランスを取れた生活を目指していくぜ! そしてゲームを2年以内に完成させる!
「ま、でもまず本業の方もちゃんと取り組まなくちゃな」
熱く拳を握り締めたかと思えば、ふと冷静になる落柿。とりあえず、前回「開業まだですか?」と背中を押してくれた方に声をかけてお客様1号になってもらう。その後は紹介や口コミで細々と、ありがたいことにちょこちょこお仕事をいただいた。
この時期はそこまで忙しくなかったので、本業に関わる各種勉強会や講習に参加。受けたい講座があれば東京や横浜にも遠征をした。
個人事業主の良いところは、自分でタイムテーブルを組めること。仕事の時間もプライベートの時間も思うがまま。
「しかしこの生活は自堕落になりやすいというリスクがあることぐらいは先刻承知! ちゃんと自制して行くぅ! まだ仕事は多くないが、MAXで仕事が入ったときと同じ意識で働くのだ!」
時間管理だけはアナログ派の落柿。どれだけヒマでも仕事の時間はしっかりと確保し手帳に書き込んだ。目安は「普通の社会人くらい」。週休2日、1日8時間労働、残業は週に2〜3日のイメージだ(あまりにもテキトーな社会人のイメージである)。
「まあ開業届にゲーム開発って書いたし、ゲーム制作は仕事の時間と考えてもいいか。本業の時間はまだスッカスカだからこの間にゲームのシナリオを進めて行くぜ!」
改めてゲーム制作と向き合う落柿。
ホラー編(分岐あり長編)と最低でも7本(どれも長編)のサブシナリオ。
……改めて見ても「大丈夫か?」という作業量だが時間があれば、できるはず! やるぜ!
まだまだヒマな本業の傍ら、毎日コツコツとシナリオ執筆に勤しむ落柿。
幸い本業の仕事も少しずつ増え……いや割と急に増え……どっと増え……。
あれ? なんか忙しい?
そう気づいたときには、落柿はもう仕事沼にどっぷりと浸かっていた。
初めての自営業は、落柿にとって麻薬だった。自分で決め、自分で動き、自分で仕事を得て、その結果がダイレクトに自分に返ってくる。何をするにも意思決定は自分。誰かの指示をいちいち仰ぐこともない。
しかもやっている業種は元々趣味だったもの。もう……これはずっと仕事していてもいいくらいだ。
仕事、たーのしいぃぃぃぃ!!
落柿は忘れていた。
ゲーム制作を始めた頃、なぜあまり興味もなく向いていない業界で働いていたのか。
それは、自分が好きで向いている業種を選ぶと潰れるまで働くワーカホリック人間だったからということを。
はいここで復習です。個人事業主の良いところは?
「自分で(苛酷な)タイムテーブルを組めることー! 仕事の時間もプライベートの(境目がなく、仕事にかける)時間も思うがまま(に増やせる)ことー!」
……あかんやん。
仕事のオファーが嬉しくて、休みと決めていた日にも仕事を入れる。気づけば怒濤の13連勤の1人ブラック企業。朝からバリバリ働くために休み前にしか酒を飲まなくなる。あれだけ好きだったライブにもすっかり足を運ばなくなっていた。
だが安心してほしい。いくら落柿が忘却能力が高いからといって、以前の失敗をまるっと忘れた訳ではない。仕事で埋め尽くされた手帳を見たある日、落柿は気づいた。
あれ? ライフワークバランスとは?
やっば、このままじゃブッ潰れるわ。ふー、危ない危ない。働き方を調整するために自営業になったのに、気づいたら一生仕事してた。
ちゃんと働き方を整えないとな。よし。定休日は何が何でも休日にする。あと受ける仕事の量をちゃんとセーブしよう。余暇もきちんと楽しめるようにスポーツ系の趣味の時間も増やしてっと。あとたまにライブに行くのも復活させよう。ライフワークバランス、ライフワークバランスっと。
気づいたときにちゃんと働き方を調整できる!
やっぱり自営業、最強!!
こうして落柿は、未然に過労を防ぐことができたのであった。めでたしめでたし。
……って、待て。
ずっと呆れっぱなしだったもう1人の自分がここぞとばかりにツッコミを入れてくる。
で、ゲーム制作は???
おや? いつも強気で言い返してくる落柿が視線をそらした?
何か覇気がないようだが?
…………。
…………。
…………。
まあその、いつかは完成させたいねミ☆
お、お前ーーーー!!
その「いつかやる」は絶対「やらない」やつじゃないっスかーーー!!
期限は2年じゃなかったんかーーーー!!
あれからもうとっくに2年過ぎてますが???
「わ、わかってるよ。だけどさぁ、仕事楽しいしプライベートも充実してるし、仕事で自己実現と自己表現もそこそこできてるから、正直創作するモチベーションが湧かないっていうか……」
背中を丸めて下を向き、何やらモゴモゴと言い訳を重ねる落柿。前回までの強気な姿とはえらい違いである。
「そ、それにさあ。不安になってきちゃったんだよね。『これ、本当に完成するのかな?』って……」
落柿がこの時点で書いていたシナリオ。
本編30%程度、サブシナリオ4.5本。ここまでで原稿用紙換算でゆうに1000枚を超える。それでも全体のまだ半分にも満たない。
それでもシナリオは書き進めればいつかは終わるだろう。しかし、実は落柿にはもうひとつ大きな不安があった。
シナリオ・スクリプトをすべて終わらせたとして、Nscripterからどうやってゲームを書き出すか、その方法がマニュアルを読んでもよくわからなかったのである。
……ええ?
「お前の言いたいことはわかる! 『そんなのもっと早く考えとくことだろ』っていう気持ちはわかる! だけどシナリオの完成なんてまだ先だろうし、先延ばしにしたっていいだろっていうこの気持ちもわかってほしい!」
いやいやいや……。
わかんないんだったら調べればいいだろ?
今までだってそうしてきたんだし、ほら早くPCを開いて……。
もう1人の自分がやさしく肩を叩く。
しかし落柿は顔をあげなかった。
…………。
…………。
…………。
い、いつかは完成させるからあーーーー!!
とりあえず今はやりたくないからぁーーーー!!
あ、逃げた。
こうして人生初のノベルゲーム「アカイロマンション」の制作はここから長きに渡るエターナル期を迎えることになる……。
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